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87.主従(2)

《アルブレヒト・エルメンライヒ》




「主君ご自身が王となることを、考えたことはありますか」



 そのエーリヒの質問に、頭に血が上っていたはずのジークヴァルトがぽかんと呆ける。


「……なんだと?」


 さすがにアルブレヒトも割って入る。

「…エーリヒ。それは、現実的ではないのでは?」

「ですが主君、ジークヴァルト様にも王位継承権はあります」

「それはそうですが……それは…」




 確かにジークヴァルトにも継承権はある。リーデルシュタイン公爵家は王家の傍系だからだ。

 そしてジークヴァルトの実母は、現在の国王の妹姫であった。

 ジークヴァルトには、今現在ある王家傍流であるどの公爵家の誰よりも、王家の血が色濃く流れている。それは、世が世なら彼が王太子であってもおかしくはないほどに。


 いや、現国王の実母の血筋から考えると、ジークヴァルトの方が現王太子よりも王太子に相応しいと言える高貴なる血筋だった。

 それによりジークヴァルトが現在の王族を超えて遥かに魔力量が多いことを証明できるならば話は別なのだが。

 まさかそんな明確な差はないだろう。



 魔力量の明確な数値を知るには貴重な魔導具や精密な検査を必要とするが、測れない訳ではない。だが魔力量とは各家門で秘匿する魔術刻印のように機密性の高い情報。下手すると序列が覆るほどの重要な情報を王族がおいそれと明かすはずがない。

 だからこそひと目見て明らかとなる情報、“金色の髪”であることが高位貴族には重要なのだ。


 いくら現国王コンスタンティンの実母よりも、ジークヴァルトの実母であり王妹の、その実母の家門が上位であろうと、現在の王は、元第四王子コンスタンティンなのだ。


 いくらジークヴァルトの魔法適性が王子王女達の適性よりも上位である氷属性だとしても。



 だが例えばジークヴァルトが稀有な紫眼だったのなら。

 それくらいに明確な才能差がないと、継承序列は覆らない。

 しかし本当にジークヴァルトが紫眼に生まれていたのなら、あの政変にリーデルシュタイン公爵家も巻き込まれて、今頃もう彼の命はなかったであろうが。




「それはあってないようなものだろ。私の継承権は奴らよりも低い。つまりは奴らを全て排除せねばならないということだ。しかも奴らの後ろ盾ごとな」

「ええ。ですから、そう言っています」


 エーリヒは気負いすらせずにあっさりと言ってのける。さもそれが至極当然で、自然なことであるかのように。



「…ふっ……ははっ…」



 ジークヴァルトの乾いた笑い声が執務室に響く。

「……お前は、本当に怖いもの知らずだな」

 ギシッとジークヴァルトの椅子が軋んだ。背もたれに体を預けて手の甲で目元を覆っているようだ。

「はぁ……なんだ。一体どうした、エーリヒ。お前は何が言いたいのだ」



 エーリヒの荒唐無稽な発言に、ジークヴァルトの先ほどまでの怒りはとうに霧散してしまったようだ。

 仮面も鎧も全て脱ぎ捨てて、無防備な状態を晒しているとアルブレヒトは思った。こんな状態は、乳兄弟であるアルブレヒトか、エーリヒにしか、彼は見せない。…リュディガーにはもう少し取り繕うだろう。

 こんな危うい状態は、決して他の誰にも。



「…………」

「…エーリヒ?」

 押し黙ったエーリヒを促すようにアルブレヒトは名前を呼ぶ。


 いつもなら厚かましくもジークヴァルトの心中を正論で乱しておいて、さらに余裕を思わせる笑みを浮かべているエーリヒの亜麻色の瞳が、今は何か、見たことがない色を映していた。



(これは、寂しさ、か……?)



「他の王子や王女も選ばない。王配にもならない。自分が王になる気もない。……そういうことで、よろしいですね」


 ひとつひとつを確認するように、噛みしめるように言葉にする。


「ふふっ。本当に喧嘩を売りに来たのか?今日のお前はいつにもましてどうかしている……そんなの、私が言いたい……もっとまともな選択肢をよこせ…とな…」


 ジークヴァルトは背もたれに体を預け、腕で顔を覆ったまま呆れたようにぼやいている。



 エーリヒのあの表情を、あの瞳を見たのは、アルブレヒトだけだった。

 いや、もしかしたら、ジークヴァルトが目を逸らしていたから、エーリヒの心の内が漏れ出てしまったのかもしれないと。

 ほんの一瞬だけ。

(本当に、この主従は…)



「では、別の選択肢を与えましょう」



 すると、執務室の空気が変わった。大きな魔力を前にしたときの圧を感じる。

 ジークヴァルトも何か異変を感じて、顔を覆っていた腕を外し体を起こした。かけていた執務椅子がギシリと軋んだ音がする。



 エーリヒが光に包まれていく。身体から発せられる魔力が目に見えるほどに濃いのだ。

 髪の色が、瞳の色が、彼の淡くくすんだいつもの亜麻色から、光り輝く黄金色へと変わっていく。

 魔力の気配がどんどん濃くなっていく。それは息苦しいほどだった。


「…………」

 ジークヴァルトも、アルブレヒトも、声を発することができずに、ただその変化を見つめていた。



コンコンコン

 執務室の扉を叩く音が聞こえた。魔力の異変を感じ取ったのだろう。おそらく執務室の前を守る護衛騎士のギルベルトだ。

 アルブレヒトは慌てて扉に近づいて鍵を閉めた。

「問題ありません。待機していなさい」

「は」



 再びジークヴァルトのもとに戻り、エーリヒを正面から改めて見つめる。

 金髪は確かに珍しいが高位貴族であれば見慣れたものでもある。かくいうアルブレヒトもジークヴァルトも金髪である。だがエーリヒの金髪はまるで魔力が満ち満ちて淡く光を放っているように見える。


 そして何より、その金色の瞳。それは初代王ヴァイデンライヒの伝説にある、全ての魔法を行使できるという全属性を示しているのではないのだろうか。当然見たことがない瞳の色だ。神話やおとぎ話でしか聞いたことのない、輝く黄金色の瞳。


 さらにその肌すらうっすらと淡く輝いて、彼を構成する全てが、溢れる魔力で励起しているかのように身体中が光に包まれているようだった。




「ふふっ。なんだそれは。…ずっと隠していたのか、馬鹿め…」

 呆れたように、そして楽しそうにジークヴァルトは笑った。

「ああ…そうか。そなたの母は一時期王族の親衛隊に所属していたと聞いたな……()()コンスタンティンが魔術師団から引き抜いたと」

 ジークヴァルトがそう呟くと、エーリヒの黄金の瞳がわずかに陰る。

「それは…、奴を殺したいであろうな」

「ええ。そうですね」



 ()()、コンスタンティン。そこにジークヴァルトは含みを持たせた。

 エーリヒの母が以前魔術師団の副官であり、そこから第四王子であったコンスタンティンの親衛隊に引き抜かれたことをジークヴァルトが知っているのは、エーリヒを陣営に加える際に諜報部による身元調査を経ているからである。


 つまりエーリヒは現国王コンスタンティンの子ということか。

 であれば王族直系。王位継承権はある。それどころか、王国の王位継承法によると、初代王と同じ金髪金眼であるエーリヒの序列は現国王すら凌ぐものとなる。

 当然だ。金髪金眼とは、この王国の神として祀られている初代王ヴァイデンライヒの、それを授けた龍神アプトの尊い神威を受け継いでいるという証左なのだから。




「で?どうするのだ?」

「王とは本来、力ある者がなるべき。…だそうですよ。白い狐が言っていました」

「ふはは!なるほど。道理だ」

「主君が後援くださるのなら、私が王位を盗りましょう。狐も協力しても良いと言っていました」

「…エーリヒは、それで良いのか?」


 ジークヴァルトが今も淡い光を放つエーリヒを見つめ、それをエーリヒもしばらく受け止める。


「……正直、王位に興味はないので、できれば主君に盗っていただきたかったのですが……どうやら私の主君は根性無しのようなので」


「ははっ。言ってくれるわ!」

 肩を揺らして愉快そうにジークヴァルトは笑う。だがアルブレヒトの胸中は複雑な思いだ。



 第一王女アドルフィーナがまともな姫君で、ジークヴァルトが惚れてくれるような女性だったならなどと、今さら思っても詮無いことだ。



「ヴェローニカか…?」

 ジークヴァルトがエーリヒを見た。

「…………」

「あの子がお前を変えたのか」

 ジークヴァルトが微笑んだ。アルブレヒトにはそれがどこか寂しそうにも見えた。




「さて。で?いつにする?」

 ジークヴァルトはエーリヒとアルブレヒトを見た。エーリヒのお披露目、ということか。

 …この謀反の決行。いや、ヴァイデンライヒ王国における正統なる王の王位奪還だ。何より建国神話がエーリヒの正統性を示してくれる。

 となると相応しいのは建国祭だが。


「それまでにやつらの尻尾を掴まなければならないのでは?」

 エーリヒがアルブレヒトを見る。

 この姿を社交界に、王国民に知らしめた瞬間に、王も王子も王女も排除する口実すら要らなくなるのは事実だ。

 だが実際には、事はそううまくは運ばないものだ。

 何事も根回しと足固めは必要だろう。


「そうですね…。ある程度は集まってきてはいるのですが。あの王を蹴落とすとなると、まだ弱いかと」

「そうだな。確実に首を取りたい。そうだろ、エーリヒ」

「そうですね。王さえ除けばあとはなんとかなるでしょう。…ああ、面倒な王妃もいましたね」


 面倒な王妃。事実上、王よりも厄介な勢力。過去のあの政変が叶ったのは、ひとえにその力によるもの。



「どこまで殺るんだ?」

 ジークヴァルトがエーリヒを見る。

「それは今後詰めましょう。まあ…王と王妃、そして王太子…第二王子も邪魔です。それからハインミュラーは避けられませんね」

「ああ。奴らは死んで当然の輩だ。そもそもハインミュラーは、コンスタンティンと結託して、他の王子王女に罪を着せ、その家族全てを皆殺しにしたのだからな。…リーデルシュタインに降嫁していなければ、母も危なかっただろう」


 ジークヴァルトの声が低くなった。

 リーデルシュタイン公爵家は中立。そしてその中でも最も勢力が強く影響力のある家門だ。さすがにそこまで粛清の手はコンスタンティンらも伸ばせなかった。例え王妃の実家である、ハインミュラー公爵家の力を以てしても。


「ですがその分、後ろ暗い事だらけでいくらでもつつけそうです」

「ははっ、違いない」



 本当に似たもの主従だ。

 だがそれも、今後ひっくり返るのか。




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