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82.王都への帰還(2)


「おかえりなさいませ、エーリヒ様」

「ああ」


 西洋のお城……いや海外の歴史ある大学の校舎?のような大きな佇まいのグリューネヴァルト侯爵邸の前に馬車が止まり、ユリアンが外側から扉を開くと、屋敷の前には使用人達が待機していた。その中には見たことがない髪色をした者もいる。ほとんどがエーリヒのような明るい茶系の髪色だったが、水色や緑色、紺色に、薄いピンクのような可愛らしい髪色の使用人もいた。

 子爵邸の使用人は暗めの茶髪が多かったから、きっと平民が多かったのだろうと今なら思う。



 エーリヒが馬車を降り、いつものように私を抱き上げようとしたので、「じ、自分で降ります」と宣言したのだが、「……」とどこか不機嫌そうに無言で見つめられたのちにやはり抱き上げられた。しかもそのまま下ろしてもくれない。


「エーリヒ様…」

 使用人達の目が気になって小声で訴えるが無視されてしまった。何か怒っているようにも思える。


「部屋は整えてあるか」

「はい」

 使用人達とやりとりをしながらエーリヒは邸宅に入る。




 エントランスホールはとても広い空間になっていた。玄関脇にはお客様がそこで待てるように、応接室のように品の良くて立派なテーブルと革張りのソファーが置かれている。

 天井には大きくて繊細な細工の豪華なシャンデリアが魔導具の光で煌めく。


 スワロ◯スキーを思い出すな。

 そのシャンデリアの明かりに照らされて、壁や柱の装飾が美しく際立っている。とても天井が高くて調度品も美しくきらびやかで、本当に西洋のお城の中のようだ。


 エントランスホールを進むと正面に観音開きの大きな扉があって、その両脇にはダブルサーキュラー式の階段があり、その一つを上っていく。

 二階には左右に廊下が続いていて、いくつか扉が見えた。廊下の途中には花瓶や何かの置き物があり、壁には絵画が掛けてある。その奥はつきあたりかと思ったが、角を曲がる廊下がまだ続いているようだ。だが左右の廊下のどちらにも行かずに、エーリヒはそのまま二階の踊り場の中央の奥へと進み、最奥にあった三階への階段へと進む。



「ユリウス様はこちらへどうぞ」

 使用人の一人があとからついてきていたユリウスに二階の踊り場で声をかけているのが見えた。

「あ、ユリウス」

 私の声に反応したユリウスは仕方なさそうに笑っているのが見えたけれど、エーリヒが私を抱えてそのまま階段を上って行くので、やがて見えなくなった。


 階段を上がったつきあたりの壁に大きな絵画が飾ってあるのが見える。美しい海辺の風景だ。有名な海岸だろうか。

 階段を上りきると、階段を囲むように左右に廊下が繋がっていて、折り返して振り返ると、階段を挟んで向かい合った扉があり、その片方の扉の前でエーリヒが立ち止まる。立派な装飾の扉だ。そこまでついてきていた侍従がその扉を開けた。


挿絵(By みてみん)


 この人は執事のような人だろうか。若い男性で、他の使用人達と服装が異なる。黒のジャケットの後ろが長めの装いで、モーニングコートのような物だ。燕尾服だろうか。中に刺繍の見事なベストをきちんと着込んでいるのがスーツ好きとしては評価が高い。

 ジャケットの中には革のベルトにシルバーのチェーンがついているのが見える。前世ならウォレットチェーンかと思うところだが、懐中時計とかだったら似合いそうな装いだ。

 少し明るめの紺色の髪色をしていて、瞳は美しいアイスブルーだった。ジークヴァルトよりは少し色味が濃いか。


 うん、やはり美形。青い髪と瞳のスーツ青年かっこいい。まるで水の精霊みたい。左耳にエーリヒのようにピアスやイヤーカフをしている。あれも通信の魔導具かな。



 部屋の扉を開けてから自分は脇に避けて、右手を胸に当て目を伏せて控えている。素手ではなく手袋をつけているところがまた執事らしい。左手は腰の後ろだ。王都警備兵達もエーリヒやハインツに対してよくそうしていた。こちらでの作法だろう。


「ここが君の部屋だ、ヴェローニカ」

 エーリヒの声に部屋の中に視線を移すと、そこはお姫様の部屋だった。



 ふぁ?フランス王室ロココ調ですか?

 家具が一つひとつアンティークみたいで可愛らしい。お姫様風だけどウォルナットのような深いブラウンで落ち着いた色調の家具だ。所々にワインレッドが使われていて子供っぽくはなくて、女性の部屋という感じ。

 色合いが落ち着いてるからイギリスヴィクトリアン調かな。さり気なくゴシックインテリア。ゴリゴリではない。

 うん、好き。憧れるお部屋だなぁ。


 広い部屋に可愛いアンティーク調の臙脂色のベルベットのような肌触りの良さそうなソファーやウォルナットブラウンのテーブルがあって、同じような深みのある色合いの本棚に、暖炉前には座りたくなるロッキンチェア。

 窓は大きな掃き出し窓と出窓がある。淡いアイボリーのレースのカーテンとソファーと同じ臙脂色の厚手のカーテンがかけられている。金糸の刺繍が施されていて優雅だ。


 部屋の奥にも扉があって、そちらへ向かうとまた侍従が扉を開ける。そこには私の小さな体には勿体ないほど大きなベッドが部屋の真ん中に置かれていた。ベッドには天蓋が付いていて薄紅の美しい紗幕が垂れている。日射し除けの臙脂色の帳には金色の縁飾りがアクセントになっていて、本当に西洋のお姫様の部屋だ。開いた口が塞がらない。

 エーリヒが寝室の様子を見回し軽く頷いて、もとの部屋へ戻った。



「コンラート、窓を開けろ」

 私が部屋の豪華さに何も言えないでいると、エーリヒは大きな窓辺に歩いて行く。コンラートと呼ばれた従者が開けた掃き出し窓を抜けてバルコニーに出る。

 眩しい太陽の光に目を細める。広いバルコニーにはまたゴシック調のテーブルセットがあって、そこを過ぎると階下の庭園が見えた。イングリッシュガーデンのように花が咲き乱れている。一角には薔薇のような花が見えた。



 ハインツの子爵邸は貴族街ではなく王都門の近くだったからか、敷地がとても広くて噴水があったり、植込みが迷路のような庭園だったけれど、こんな風なお花がいっぱいの庭園も好きだ。

 向こうに別棟が見える。ここより階層もあって大きな建物なので、あちらが本館なのかもしれない。


 薔薇を見に行きたい。

 うずっとしたのが伝わったのか、「飛んで行くなよ」と耳元で囁かれた。

「いつでも見に行ける」

 エーリヒが私に微笑んだ。優しく淡いミルクティーのような瞳。陽の光を浴びた蜂蜜色。

 やっと笑ってくれた。

「君は庭園が好きなようだからな」

 否定はしません。




 しばらく庭園について会話していると、部屋の中から声をかけられた。紅茶を淹れてくれたようだ。


「ヴェローニカ、私の執事のコンラートだ。この邸宅を管理しているから、何かあれば頼るといい。他にもあとで紹介する」

「コンラート・ネーフェと申します。コンラートとお呼びください。よろしくお願いいたします」

「はじめまして、コンラート様。…ヴェローニカと申します。こちらこそよろしくお願いします」


 エーリヒに抱えられながらの挨拶は少し気不味い。

「ヴェローニカ。使用人には敬称も敬語もいらない。君は彼らの主の立場だ。これからはそのように」

「…………」

 主なのか。それは難しいな。やはり養女扱いなのだろうか。



 エーリヒはようやく私をソファーに下ろしてくれた。上座側に置いてあったティーセットを手に取り、私の隣に持ってきて座る。一口紅茶を飲んで息をつくと、それをテーブルに置いて私を見た。

 目が合ってドキッとして、それが執事に見守られながらなのが少し気不味く思い、私もティーカップをとって紅茶を飲む。

 相変わらず甘くて濃いミルクティーだ。


「…………」

「ヴェローニカは紅茶が好きではないのか?」

「…私は…コーヒーが好きです」

「コーヒー…?とは」

「黒くて苦い飲み物です」

「それだけを聞くと美味しそうには思えないが…」


 おっと。誤解されてはたまらない。ここは少し説明を加えて知らないか聞いてみよう。



「南国の……温暖な土地の山で採れる豆……えーと、木に小さな丸い実がなって、赤くなったら収穫し、その種を天日干ししたものを脱穀し、焙煎します。できたコーヒー豆をミルで挽いて、お湯を注いで濾したものを飲むんです」

「手間がかかるな」

 エーリヒは隣で寛いだように長い脚を組み、そこに肘をついて指に顎を乗せ、少し眉を寄せながら私を見下ろす。


 ほんとに美形はどんな姿勢もシャッターチャンスですね。びっくりします。



「エーリヒ様…」

「なんだ?」

 控えていたコンラートが話しかけてきて、亜麻色の瞳がそちらを向いた。

「コーヒー……というものかどうかはわかりませんが、黒いという飲み物には心当たりがあります」

「本当か?」

 本当か?

 私も一緒になって心の中で問いかける。


「しばらく前に侯爵領に入荷していた新しい飲み物です。黒くて苦いと聞いたことがありますが…、確か産地はカレンベルクだったかと。…ヴェローニカ様はご存知なのですか?」

 侯爵家の領地に?

「侯爵家の領地とはどの辺りなのですか?ここから遠いのですか?」

 そこに行けば飲めるのか。あの、コーヒーを。ずっとずっと、また飲みたかったコーヒーを。




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