表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/219

76.フォルカーのとある一日

《フォルカー》




 代官屋敷には白銀のお姫様が住んでいるらしい。そんな噂がシュタールの市井では囁かれ始めていた。

 フォルカーはシュタールの出身で、外を歩くと顔見知りが気さくに声をかけてくれる。そして子供の失踪拉致事件を解決してくれたお礼とともに、今話題の代官屋敷にいる白銀のお姫様について聞かれるのだ。そのお姫様が今シュタールではもちきりの、“神様の白い女の子”なのではないのか、と。


 貴族の護衛任務には、守秘義務は必須だ。フォルカーもヴェローニカについてはあまり情報を漏らしてはならないことくらいはわかっているが、街の皆には悪気はないどころか、感謝の気持ちがあることもわかっているので、毎回誤魔化すのが心苦しい。

 ところが他の護衛達が街で飲み歩く度に、気が緩んで多少話してしまうようで、いつの間にかヴェローニカのことを知られているのである。




「おい、お前ら。あんまりニカについては話すなよ。わかってるだろ?」

 フォルカーが剣の稽古中に他の傭兵達に声をかける。昨夜も飲み屋で酔いつぶれてきたらしい護衛達は、二日酔いのていで剣を振っていた。



 シュタールに滞在中の今は、護衛の任務はほぼ訓練と門番の毎日になっている。今やシュタールは蔓延っていた人身売買などの巨悪のもとが捕まって、住人達も義勇心に沸いており、街の治安はすっかり良くなっている。そのため傭兵達は屋敷や街の警戒よりも、最近多くなってきた街の周辺の魔獣退治にも出ている。


 魔獣を狩り、回収した素材を売却することで、自然と住人達の評判も上がる。傭兵達の訓練にもなるし、狩った分だけ臨時収入も入って小遣い稼ぎにもなる。そしてそれがまた飲み代になるのだ。

 王都を目前にしてシュタールでの滞在は長引いてはいるものの、フォルカーには勝手知ったる地元でもあるし、なかなか平和な日々だった。



「いや、そうだけど……別に悪いことは言ってないぜ?…ただ…可愛い子か?って聞かれると、やっぱ……可愛いからなぁ」

「ほんとに白銀なのか?って聞かれてただろ、お前」

 ニヤニヤ顔のケヴィンがつっこみを入れてきた。彼も昨夜は飲み屋に行っていたらしい。

 彼は魔獣との戦闘で顔に大きな傷があったが、敬遠されるのは初めだけで、振る舞いが軽妙で口が上手いため、それすらもいいと飲み屋では女達に人気がある方だ。王都に帰れば、嫁がいるはずなのだが。



「何?…で、言ったのか?」

「…あれぇ…?言ったかなぁ……酔ってたからなぁ…」

 誤魔化しているようだが、目が泳いでいる。

(これは言ってるな。)

「お前ら……グリューネヴァルト卿とユリウス様が怖くないのか?」

「…………」

「フォルカー……俺は言ってない。言ってないぞ」

「…………」

 やはりあの二人が恐ろしいらしい。二日酔いの顔色がさらに悪くなった。



 傍から見ていても、あの二人のヴェローニカに対する過保護ぶりは執着と言っていいほどだ。

 ヴェローニカが目覚めるまで、貴族達はこの代官屋敷の主寝室で眠り続けるヴェローニカを、同じ部屋に泊まり込んで看病し、見守り続けていた。そしてようやく眠りから目覚めたのだが。


 ここまでくるともうフォルカーも、ヴェローニカがただの平民の子供とは思ってはいない。恐らくどこぞのご落胤なのだろう。だからこそ彼女の扱いには、慎重にならねばならない。





 一通り護衛達の様子を見た後は、警備兵詰所へと向かう。フォルカーの雇い主は正式にはハインツなので、今このシュタールの街に捜査で赴いている主人に報告の義務があるのだ。



 ラウラの話はエーリヒからハインツへと報告された。なお、詳細を本人から聞いて報告するようにと指示されたフォルカーも、兄夫婦とともに自分の姪から詳しく話を聞いて驚いた。


 ラウラは夢の中で優しく励ましてくれたヴェローニカに会いに、今日も代官屋敷へ近所のカイと遊びに来ている。

 少しずつだが以前の元気を取り戻し始めたようで、フォルカーも兄夫婦も喜んでラウラを毎日ヴェローニカに会わせるために、代官屋敷に送り迎えしている。



 無事に人さらい共から救出できた可愛い姪は、家に戻ってからというもの、はつらつとしていたその性格は一変し、ビクビクと怯えた様子を見せ、背後に立とうものならば泣き叫んでしまうほどだった。

 あれから一歩も家の外には出ようとしない愛娘を兄夫婦は心配し、悲しんでいた。


 ヴェローニカが目覚めたので改めてお礼を言いに行こうと、フォルカーは兄夫婦とラウラを代官屋敷に誘った。それは気分転換が主な目的であった。

 助けてくれた腕に覚えがあるフォルカーと一緒ならばと、ラウラもようやく外出を受け入れてくれた。きっと本人もこのままではいけないと思っていたのだろう。


 ところがこわごわと代官屋敷を訪れたラウラは、ヴェローニカに会うなり、ベッドに駆け寄って号泣した。

 今まで人前ではフードで隠していた白銀色の髪の美しい少女をひと目見て、兄夫婦は彼女を貴族と思ったのだろう。無礼にはならないかとおろおろとしながらも娘の様子を見守っていた。

 それが、こういうことだったとは。




「ではやはりヴェローニカは毎夜、お前の姪の夢の中に入り込んでいたと?」

「そのようですね」

「いやはや、なんとも。…精神干渉魔法か。加害者を脅し、被害者を励ますとは。本当に正義感の強い娘だな」

「どうやらその子だけではないようでした。ヴェローニカにも確認しましたが、あの洞窟にいた加害者と被害者全員を対象にしたようです」

 隣の執務机にいたエーリヒの声に、フォルカーもハインツもそちらに目を向けた。


「こちらでも他の被害者に聴取をしたところ、家に帰ってからは毎日、白い女の子の不思議な夢をみていたと証言がとれました。今は見なくなったようで、とても残念がっていましたね。神様に見守られている気がしていたと」

 ルーカスが報告書をめくる。

「それで今までずっと寝込んでいたのか。だとしても……本当に凄まじい能力だな。…聖女か…」


 聖女。ハインツがそう呟いたのがフォルカーには聞こえた。

 警備兵詰所の執務室には、フォルカーの他にハインツとエーリヒ、そしてハインツの副官のルーカスがいた。



「呪術系や精神系の魔術師というのは、本来は血統によるものなのだがな。その貴重な能力故に部族の子供を拉致したり、奴隷として捕まえるために集落を壊滅させたりと、過去にはいろいろあったようだから、その生き残りの血統は、今やあまり公にはされていない」


「血統……ですか?」

 フォルカーには魔術師の血統と言われても、聞き慣れない話だった。

「血統による特殊な魔術因子を持っているらしい。…詳しくはよく知らんが……そう言われている。そういったことはエーリヒ卿の方が詳しかろう」

 そして皆の視線がエーリヒに集まる。



「私が知っているのは……呪術系は古代魔法の闇魔術の系統だということですね。同じく精神系も古代魔法である光魔術で、神聖魔法もその系統です。それらが全て、もとは古代魔法であったようです。それで……呪術系統は闇色や黒髪で、精神系統は白髪だと。貴族学院の図書館の書物にありました。ハインツ卿の言った魔術因子による外見的特徴は、それだけではないようなのですが」


「黒髪と白髪ですか?…そう言えばエーリヒ卿は以前もそんな話をしていましたね。それからすると、ヴェローニカは精神系統のような気もしますが。精神は、洗脳や幻術でしたね。ではこれは幻覚の類いでしょうか?古代魔法の光魔術ですか…」

「どうでしょうね。ヴェローニカの場合は魔素が関係していますから。…もしかしたらそれが古代魔法というものなのかもしれません。神や精霊のいた古代は、この世界の魔素はもっと濃かったと読んだ覚えがあります」



「魔素か。…しかし精神系統も呪術系統もどちらも珍しい魔法系統ですが……悪用されると怖い魔法だ。ヴェローニカはあの通り、正義感の強い娘ですから大丈夫でしょうが。どこかに生き残りはまだいるのでしょうか?黒髪の場合は平民の中に紛れて身を隠せそうですし、白髪なら魔術具での偽装も可能でしょう」


「平民の中では、ですね。貴族の中では隠れるのもままならない。髪色を暗くする魔術具ならありますが、明るくするなど……目的が高魔力に見せる悪意ある詐称になるため、ありませんし。…闇取引などではあるのかもしれませんが」

 ハインツの見解にエーリヒがそう返すと、


「なるほど。貴族で暗い髪色は魔力の低さを表しますからね。下位貴族でも闇色はなかなかいませんしね…」

 ハインツは顎をなでて、思案げにそれに応えた。



「そう言えば……閣下の補佐官にも黒髪の方がいましたね。確か、ギーアスター卿」

 二人の話に、控えていたルーカスが口を挟み、エーリヒを見た。

「ヴィクトールのことですね」

「はい」

「ですが、その話は彼の前では避けた方がいいと思いますよ。詳しくは知りませんが、彼のコンプレックスを刺激するようです」

「ああ…学院でも何か聞いたことがありますね。彼は私の二コ下なのですが。貴族学院で黒髪はけっこう珍しいですからね」


「学院で?ヴィクトール卿は補佐官だから、魔力が低くても問題はなさそうだが。そうか。…ギーアスター子爵は黒髪ではないから、母方の血筋でしょうかね。…まさかその呪術系統の家系ではありませんよね?はははっ」

 ハインツがいつものように豪快に笑った。



 魔法の話はフォルカーにはあまり詳しいことはわからないので、その場は参考までにただ黙って貴族達が話すのを聞いていた。





 そして日も暮れて警備兵詰所をあとにすると、待ち受けていたかのように、見慣れた地元の友人達がまたフォルカーを飲みに誘ってくるのである。

 もちろん尋ねてくるのは、目下シュタールでは熱い話題である、代官屋敷にいる白銀のお姫様についてだ。


(やれやれ。まあ、明るい話題はいいことか。やっと人さらいの不安がなくなったんだしな。)


「よし、じゃあ飲みに行くか」

 フォルカーは気を取り直して、迎えに来た仲間達と肩を組む。

「おお!行くぞ、フォルカー!今日こそは話してもらうからなぁ!」

 そして今夜もわいわいと明るく賑やかに、シュタールの住人達は繁華街へとくりだしていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ