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75.カイの焦燥(2)

《カイ》




 誰か、大人の脚だ。それは平民の着る服ではない。

 腰にはさっき見た訓練用の剣とは大違いの装飾も豪華な剣を装備している。そして靴も親父達が履いているような擦り切れてくたびれていたり泥で汚れたりなんかしていない、つやつやに光った大きな革靴だ。


 恐る恐る見上げると、腕を組んで紫の瞳が見下ろしている。透明な冷たい光を放つ紫の瞳。陽の光を浴びて艷やかな紫の束ねた髪。

 間違いない。貴族だ。

 平民はこんなふうに髪を伸ばしたりはしないし、鮮やかな色もしていない。こんなに目を奪われるほどの綺麗な顔立ちをしてはいない。


 ごくりと息を呑む。身が縮む思いがした。



「ああ、ユリウス様…」

「どうした、ケヴィン。ここに何か用か」

「いや、マリエル嬢には話したんですが…えーと…聞いてませんかね、はは…」

「マリエルに?」

 紫の瞳のユリウスと呼ばれた貴族はすぅっと目を細めてケヴィンを見て、またこちらを見下ろしてくる。


「ああ…マリエル嬢…ユリウス様にも話して置いてくれよぉ…」

 ケヴィンがぼやいているが、ユリウスの眼はしっかりとこちらを捉えて離す気がない。誤魔化しはきかない相手だ。



「俺は、カイ。…ラウラに、会いに来たんだ」

「…ラウラ…?ああ、あの子か。だが、何故ここに?……ケヴィン、ここには姫がいるのだぞ。安易に部外者を連れて来るな」

「ああ…はい。…すみません…」

 姫?…お姫様がいるの?


「ユリウス、どうしたの?」

 後ろから小さな子が歩いてくる気配がして、可愛らしい声が聞こえた。その声にユリウスが振り返って、カイの目の前が開けた。



 春の柔らかな光を浴びた真っ白な天使のような女の子がそこにはいた。

 白銀に輝く髪を春風になびかせて、耳にかける仕草をしながら軽く首を傾げる。淡い青銀の瞳はいつか見た雨上がりの眩い空を映した水たまりの水鏡のように美しくて吸い込まれそうだ。



「うわ…」


 思わず口から声が出ていた。

 街の子供とは全然雰囲気が違う。

 ああ、きっとこの子だ。シュタールの奇跡。神様の子供。白い女の子。

 きっとこのスミレの花のような綺麗な貴族は、この白銀のお姫様を守っているんだ。

 あんなすごい剣を持ってるんだ。強いんだろうな。



「姫…何故来た」

「何か揉めてるのかなって」

「だったらなおさら、何故来るんだ…もうちょっと危機感を持ってくれ…」

「え?…大丈夫だよぅ。ユリウスは心配しすぎだよ?」

 ユリウスが腰に手を当て額を押さえて呆れているのを白い女の子が首を傾げて笑顔で覗き込んでいる。

 「ほんとはもう出かけたりもできるよ?」「まだだめだ」と、言い合う二人のやりとりを呆然と見ていると、その後ろから女の子がやって来た。



「カイ?…本当にここに来てたんだね」

「ラウラ!」

 見慣れた顔にほっとする。良かった。元気そうだ。

「どうしたの?こんなとこまで来て。さっきカイが来たって聞いてびっくりしたよ」

「どうしたのじゃないだろ。皆、お前のこと探してたんだぞ!俺だってすごく探したのに…なのに、なんだよ、顔も見せないで!」

「…………」


 意外に元気そうなラウラを見て感情が先走って怒鳴ると、ラウラの顔が明らかに歪んだ。

 瞬間、しまったと思った。こんなふうに言うつもりじゃなかったのに。


「ご、ごめん、ラウラ……」

 ラウラが涙ぐんで俯いたのを見て、何も言えなくなる。

 すると白い女の子がラウラの手を引いた。

「大丈夫だよ、ラウラ?あの子はラウラが心配だったんだって。心配しすぎると、安心したときにイライラしちゃうの。だから本当に怒ってる訳じゃないんだよ?ラウラのことが好きだから、心配なだけなの」



 え?ラウラが好き……?



「だから泣かなくていいんだよ?ラウラ」

 ラウラよりも小さな子なのに、とても優しい声でその子は言った。

「うん……」

 そして手を伸ばして、頷いて涙を流したラウラの頭をよしよしとなでている。ラウラも小さな子のそれを素直に受け入れている。

 いつものラウラと様子が違う。自分はもうお姉さんなんだと子供扱いされるのを嫌がっているようだったのに。



「あなたも…気持ちはわかりますけど、これからはイラッとしたら一度深呼吸してから発言してくださいね。言ってしまった言葉は取り戻せないのですよ?謝って済むのなら警察は……警備兵はいらないのです」


「え……?」

 謝って済むなら警備兵はいらない?…そりゃそうだけど。いや、こんなことで警備兵は呼ばないだろ。



「嬢ちゃんちっちゃいのになかなか言うねぇ。坊主も悪気はなかったんだしさ。ちゃんと謝ったんだから、そうカリカリしないでよ。な?ほら、お嬢ちゃんも、女の子はにこにこしてた方が可愛いんだぞー?」

 へらへらと笑いながら、白い女の子とまだ泣きべそをかいているラウラのご機嫌をとるようにケヴィンが言った。

 やはり“嬢ちゃん”というのはこの子のことのようだ。貴族は“姫”と呼ぶのに、いいんだろうか、それで?



「ふふ。ケヴィンさん?丸く収めようとしてるのはわかりますけど、それ、聞き捨てなりませんね。女はつべこべ言わずに微笑んでいろとも聞こえますよ?…そんなつもりはないのでしょうけれど…ラウラは傷ついたんです。それはなかったことにはなりません。だったら許すかどうか判断するのは傷ついた本人でしょう?謝ったんだから許してあげなさいと他人が言うのはおかしいとは思いませんか?……私、もっとたくさん厳しいこと言えますけど、先に謝っておきましょうか?謝れば済むとお思いのようですから」


「お……おお……ええ?……いや、すまん」

 何なんだろう、この子。すごく綺麗だし、すごく笑顔なのになんか怖い。

 甲高い声でわめく母さんや泣いて怒り出すラウラの怖さとはなんか違う。

「ええ…うちの嫁よりおっかねぇ…」

 ケヴィンの心の声が丸聞こえだ。



「おい坊主、女の子には優しくしようなぁ?」

 ケヴィンがガッと肩を組んで揺さぶってきた。そして「怒らせるとおっかねぇからな」と小声で耳打ちしてきた。

「…わかってるよ、そんなこと」

 失言したのはカイだけではなかったようだ。

 貴族ってこんななの?なんか怒る時も難しいこと言うんだな。

 カイはちらっとスミレ色の貴族を盗み見る。何やら白い女の子を見て微笑んでいる。もう機嫌は悪くなさそうだ。



「……ふふふ。…もう、ニカ…。ふふ。ありがとう。もう大丈夫だよ」

 ラウラが目元を拭いながら白い女の子を見てはにかみ、微笑んだ。それを見てカイもほっとする。

「ほんとに、ごめん、ラウラ。そんなつもりじゃなくて…」

「…うん。ラウラも。…あたしも、ごめんなさい。…ありがとう、カイ」

「え?」

 なんで、ありがとうなんだ?


「探してくれたんでしょ?」

「う、うん。…皆で、探したんだ。うちの親父とか、近所のおじさん達とか、皆」

「うん。……皆に、お礼、言いたいけど。……でもね……」

 ラウラが言いづらそうに口ごもる。

「いいよ。わかった。皆には俺から言っておくから。ちゃんとラウラが元気だったって。ラウラのお父さんとお母さんも言ってたし。だから…また今度でいいよ。…うん」



「ねぇ、ラウラお姉ちゃんの友達来たの?こっちで一緒にお菓子食べようよ。いい?ニカお姉ちゃん」

「うん。私はいいよ。ラウラと彼が良ければ」

 向こうで座って様子を見ていた二人がやって来て、この中で一番小さな女の子が白い女の子に抱きついて話しかける。


「カイもおいでよ。皆を紹介してあげるね」

 ラウラに手をとられて、ぐいっと引かれた。

 ラウラが笑っている。

 まだちょっと目元が赤かった。




 ラウラは家から怖くて出れないって聞いてたのに。あんな風に言うんじゃなかった。

 家から出れないはずなのに。俺には会ってくれないのに、こんなとこまで来てるのが、悔しかったんだ。



 カイは今回いろんなことを考えさせられた。

 ラウラのお母さんの泣き声が今も耳にこびりついているし。ラウラのお父さんの憔悴しきった顔も忘れられない。

 大人のあんな取り乱した姿は初めて見た。そんな雰囲気が怖くて、怖くて。もうラウラに会えないかもしれないという不安も焦りも、もう二度と味わいたくはなかった。

 何から始めたらいいのかはまだわからないけれど、カイはなんとなく、このままではだめだという思いに駆られている。



 ラウラが戻ってきた。良かった。

 それだけじゃだめなんだ。

 だってまだラウラが今まで通りじゃないじゃないか。

 家から一歩も出られないなんておかしい。だってラウラは何も悪くなんてないのに。


 このままじゃ、だめなんだ。

 強くならなきゃ。




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