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69.明かされた出自(2)

《ジークヴァルト・リーデルシュタイン》




 エーリヒから魔術具通信による緊急会議の要請を受け、急遽時間を作ることになった。

 こちらもシュタールの件で更に人手と時間を取られているところなのだが。それは向こうもわかっているだろう。それでもなお重要な話だということだ。新たに有益な情報でも入手したのか。


 全く、相変わらず仕事量の多い男だ。



 指定した時間までにきりのいいところで執務の手を止めて、アルブレヒトが会議の場を整え終えてから再度エーリヒに連絡をとるのをジークヴァルトは眺めていた。


 会議に参加させるのは信頼を置く補佐官と護衛騎士のみだ。ヴェローニカに関する話もあると聞いて、ヴィクトールも呼んでおいた。

 以前に報告はエーリヒが戻ってからとしておいたが、本来であれば昨日中に王都に帰還の予定だったのだから報告できる用意はあるだろうし、情報共有も必要だろう。




「どうぞ。エーリヒ。こちらの準備が整いましたのでお話ください」

 アルブレヒトがジークヴァルトの執務机の上にある置型の通信魔導具の操作をして話しかけた。



 これはジークヴァルトとアルブレヒトが見るためのものだ。

 この置型タイプの通信機は平民も使える魔導具であり、通信相手の映像が通信機の上部空間に浮いて映し出されるようになっている。そこにはエーリヒが映っていた。


 この場に控える者達が自分の腕のバングルで一斉にエーリヒの魔術具に通信を繋げた。これをエーリヒが受信許可することで複数人との同時通信による円滑な会議が実現し、魔力量も抑えられる上に会議に参加する者達同士で出席を把握できるようにもなる。



『…ヴィクトールも参加するのですね』

 通信機を通して聞こえたエーリヒの声が少し硬い。何かあったのかとジークヴァルトは眉を寄せた。

「何か問題がありますか?」

 アルブレヒトが進行を補佐するためにエーリヒに問う。

『いえ。今日は調査の報告を聞けるのでしょうね、ヴィクトール』

 エーリヒの声に、隣のアルブレヒトが執務室内にいたヴィクトールを見た。


「…今は手元に資料がないのですが。報告はエーリヒ卿が王都に帰ってからと聞いています」

『必要だから聞いているのですよ、ヴィクトール』



 エーリヒの様子がおかしい。表情も口調も何か気迫のようなものを感じる。いつも人を食ったような余裕の笑みを浮かべている奴らしくないな、とジークヴァルトは思う。


『まあ、いいでしょう。まずはこちらから。犯人達の粗方の聴取が終わりました。それについては、ハインツ卿…』



 ハインツが自分の副官のルーカスに指示し、得られた供述内容の簡単な報告を受ける。


 昨日の今日でよくもまあ詳しく調書が取れたものだ。しかもアードラー商会の関与の供述も詳しくある。今回こそは奴らも追い詰められたな。

 全く恐れ入る。まさか勢い余って拷問でもしたのだろうか。



「素晴らしいですね。これほど素直に関与を認めるとは。この短時間で大したものです。こちらは捻くれ者ばかりのようで、まだまだかかりそうなのですが…。コツは何ですか?ハインツ卿自ら脅しでもかけましたか?」

 アルブレヒトも感心したようだ。調書を取る補佐官達を取りまとめる長として苦労を実感しているようで、少し揶揄するように話しかける。


『いえ。…私ではありません。…エーリヒ卿自ら……彼らを煽っていましたよ』

「…そうなのですか…?」

 アルブレヒトが意外そうに漏らす。



 またジークヴァルトは違和感を覚えた。

 犯罪者達を煽って尋問するような事態を目の前にすれば、血の気の多いハインツなどはもっと興奮して豪快に笑いながら話していることだろう。だが何やら敬遠するかのような遠慮がちなものを感じる。

 エーリヒはよほど厳しい言葉でも浴びせたのか。

 あの冷静で理知的な男が?



『実は今回の本題はここからなのです。その事情をハインツ卿に説明する際、主君にも是非ご一緒に聞いていただきたかったのです』

「私に?」

『ええ』

「良かろう。どんな話だ。話してみろ」

 少しはそちらの状況もわかろう。



『まずは今、シュタールの宿でヴェローニカが高熱を出して昨日から寝込んでいます』

「…………」


 あの子が高熱で寝込んでいるのか。それは心配ではあるが、その話は今どう関わるというのだ。

 ジークヴァルトは首を傾げたくなる思いだ。それはここにいる皆もきっと同じ思いだと思うのだが、あのエーリヒがこんな時に無駄話をするはずがないとこの場にいるような最側近達はわかっているのだろう。顔には不可解さを出しながらも、それには誰も口を挟まなかった。



『昨日の夕方、シュタール郊外の洞窟をアジトにしている犯人達を捕縛する際に、ヴェローニカもそこに同行したのです』

「こう聞かれるのはわかっているとは思うが、何故そんな場に子供を?」

『私も断りましたが、彼女の意思でした』

 あれは言ったことを曲げなさそうだとジークヴァルトも頷いて、とりあえずエーリヒの説明に耳を傾ける。



 エーリヒ達が洞窟内を制圧中に、外では異変が起こっていた。

 以前アードラー商会の商隊を襲撃した夜に突如起こった雷雲。あれがまたシュタールの地にて発生したという。

 シュタールは王都に近く、王都ほどではないが多少なりとも結界石の魔素撹乱効果の影響下にある。そのような天候の急激な変化は考えられないというあの夜の状況と同じ条件下だった。



『以前報告を上げたと思いますが、ヴェローニカには大気の魔素を操る能力があります』

「それは恐らくという話だったはずだが?」

 エーリヒに確認すると、

『いえ。今は確信しています。あの雷雲はヴェローニカが起こした。正確には、ヴェローニカの心の乱れに魔素が感応するようにして雷雲が発生したのです』



 他にもエーリヒは立て続けに支離滅裂な話をし始めた。

 ヴェローニカには大気の魔素を操って、雨を降らす、雷雲を呼ぶなどの天候を操る力がある。

 更に歌を歌えば魔素が集まり、その濃度の濃さに彼女の周囲が輝き出す。それは彼女の祈りでも同様に叶えられる。

 その祈りや願いで、眠りを誘うような精神に干渉する魔法も使える。更には……


「空を、飛ぶ……だと?」

『ええ。そうです』

 この場にいる側近達が目を見開いて絶句している。

 ジークヴァルトは思わずふふっと笑みを漏らす。



「エーリヒ…。さすがにそれは、冗談であろう」

『このような嘘を言ってどうなりますか。まあ…、確かに私はまだ見たわけではないのですが、他に見た者もおりますし、実際にプロイセでは、領主の館から都外にあるプロイセ城まで夜のうちに勝手に飛んでいってしまったので、…翌朝の捜索には苦労しました…』

 エーリヒが少し疲れたような口調と表情になり、にわかには信じられないような話ではあったが、ついつい吹き出しそうになって、ジークヴァルトは緩んだ口元を押さえた。


「…振り回されているようだな」

 吹き出すことこそ堪えたが、どうしてもからかいたくはなる。

『……その際のプロイセ城での報告がまだあるのですが、こちらは帰ってからにいたします。今は混乱してしまいそうですので』

「なんだ。これ以上に驚くことがまだあるのか。空を飛ぶ以外に。…はは。帰ってからの楽しみというわけだな」


 なんだかエーリヒの雰囲気が少し変わったような感じを受けた。

 よほどヴェローニカに手を焼いているようだ。あの慇懃なくせに厚かましいエーリヒのペースを崩すとは。

 やはり面白い娘だ。



『それで。現在の彼女なのですが』

「ああ。そうだったな。何故体調を崩している」

 エーリヒは洞窟での捕物の詳細を話した。何故ヴェローニカが取り乱し、大気の魔素を乱して雷雲が発生するまでの事態になったのかを。



「なるほど…」

 突入時の洞窟内の状況を聞いたジークヴァルトは彼女に同情を示した。洞窟内では囚われていた女達が男達に日常的に凌辱されている状態であったという。

 エーリヒの判断で洞窟内には入っておらず、直接見てはいないということではあったが、あの子は悲鳴などでその場の雰囲気を覚ったようだ。

 男女の営みを理解するのにはまだ早い年頃かとは思うのだが、理解しているのならばあのような敏い子供にはショックだったことだろう。



『その後からずっと熱を出して寝込んでいるのですが。その原因が先ほど判明いたしました』

「ん?雷雲を起こすほどの魔素を操ったから、なのだろう?前回も二日ほど寝込んでいたようだったが」

『いえ。どうやら彼女は、洞窟にいた犯罪者達を対象に精神干渉を行っているようです』


「…………」

 ジークヴァルトは考えるのを放棄するようにアルブレヒトに目配せをした。アルブレヒトも呆けたような、少し思考力が落ちているような顔をして淡い朱色の瞳を瞬いている。

 だがこちらの視線に気づき、会話の補佐をしようと思い立ったようだ。



「…精神干渉とは、洗脳や催眠、幻術などの魔法のことですか?それを彼女が行っていると?」

『そうです。おそらくあれは暗示や呪いのような呪術系統のものなのでしょう。ルーカス卿、罪人達の昨夜からの様子を説明してくれますか』


 先ほど供述内容についての報告をしたハインツの副官ルーカスから、今度は洞窟で捕縛された犯罪者達の昨夜からの奇行が説明された。



『それでグリューネヴァルト卿が彼らに話をして……誘導した結果、彼女の許しを得たいがために素直に聴取に応じるようになりました』

「それでこれだけの供述が集まったのですね。納得しました」


 あまりの規格外ぶりにいちいち驚くのも麻痺してきたな、とジークヴァルトは頬杖をついた。

『ただ…』

「どうしました?」

『いつになればヴェローニカが目を覚ますのかが、わからず…』

「…やつらを呪い殺すまでは目覚めないのではないか?」

「閣下…」

『…かも、しれません』

 エーリヒの声には心配の色が滲んでいた。



 ジークヴァルトは茶会で会った銀髪の少女を思い出していた。

 見た目は本当に可愛らしい可憐な少女だ。それはまるで花咲き乱れる庭園に迷い込んで来た妖精や舞い降りて来た天使のようであったと今でも思う。

 一見するとそのような苛烈な一面があるとはとても思えないのだが、話した内容を思い出すと、自分の意見を初めて会った貴族達の前で臆さずに話し、ところどころ意志の強さを思わせる眼差しをしていた。

 こちらが知りたかった呪文のようなものについても、結局口を割らなかった。あのような外見をしておきながら、本当に強情な娘だ。


 この場で会議に参加している側近達を見回す。

 その瞳には動揺と恐れが見える。



『ヴィクトール。そろそろヴェローニカの出自についてわかったことを話してください』

 エーリヒの声音が変わった。

 ジークヴァルトがこめかみ辺りに頬杖をついたままヴィクトールに目を向けると、明らかに動揺を示している。

 数日前もそうだった。一体何を知り、何を隠しているのか。


『エルーシアでは銀髪とはどういう存在なのか。…まさか、まだ何もわからないなどと……この期に及んでくだらないことを言うつもりではありませんよね。…そんなに荷が重いのでしたら、私の部下から報告させましょうか。今もこの通信を聞いていますから』


 まるで脅すような物言いだ。

 エーリヒの方でもエルーシアについては調べているとアルブレヒトからは聞いている。



「ヴィクター」

 声をかけるとビクッと体が波打ち、黒い瞳がゆっくりとこちらを見た。そして意を決したように眼鏡のフレームを上げた。

「はい。それではお話しいたします」




 ヴィクトールの話は、エルーシアにおける銀髪を持って産まれた人間についての希少価値についてから始まった。

 銀色の髪を持つ者は、その高い魔力量と起こせる奇跡から、聖者、聖女と称される高い地位にある。

 エルーシアではその地を覆う雪のような白銀は最も尊い色。そして月の光のような青銀もまた、女神エルケを表す色でもある。


 女神に愛されし聖なる白銀の御子は、大気の魔素に愛されるように常人には見えない魔素の衣をまとっているのだという。その身にまとう豊富な魔素が奇跡を起こすのだと。

 聖者とはエルーシアにどのような恩恵をもたらすのか。国民にどう受け止められているのか。

 そして歴代の聖者、聖女の起こした奇跡の数々をヴィクトールは話し、だがそれは口伝に過ぎないことも付け加えた。


 つまりエルーシアにおいて聖者とは、その豊富な魔素で女神の加護をエルーシアの地に降ろす媒介。旧き神代の昔からいまだ継続される、彼の地の女神の奇跡であり、女神の慈悲の証。であれば聖者が生まれれば、エルーシアの地は豊穣と繁栄を約束されるも同じこと。聖なる御子を通し、エルーシアの民は女神の愛を知る。

 それが女神との約束――旧き契約である。




 ジークヴァルトは話を聞きながら、ヴェローニカの奇想天外で破天荒な能力も裏打ちされたなと呆れ気味になった。

 つまりは常人には見えない彼女の周りに漂う豊富な魔素が、全ての不可思議現象の源なのだ。


 雨を降らせる?雷を落とす?空を飛ぶ?複数の人間を暗示にかけて恐慌状態に陥らせるだと?

 想像の域を超え過ぎていて、笑いが漏れる。

 聖女がそのような奇跡の存在なのであれば、あのような幼い姿で大人のような口調で話されても、もはや不思議にも思うまい。



 そしてヴィクトールの口調が重くなったと感じたのは、現在エルーシアを治めている神皇の前皇妃であり先代聖女、八年前に亡くなった寵妃について話し始めてからだった。


 ヴィクトールの懸念とはこのことか。

 ジークヴァルトはなるほどと、頬杖をつきながら軽く息を吐いた。



 まさか彼女がエルーシアの皇女とは。

 しかも彼の国では死産とされた皇女の生存が公になれば、そしてそれが国の宝とも言える聖女であるならば、いくらこちらで保護し養子としてヴァイデンライヒの貴族としたとしても、皇室から引き渡し要請があれば揉めることになる上に……命を狙われる可能性もある。

 確かに厄介なことになったな。




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