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68.明かされた出自(1)

《イザーク・ヘルマン》




「エーリヒ卿。…さっきのは一体……どういうことなんです?」


 警備兵詰所の兵長執務室に戻ると、ハインツは恐る恐るエーリヒに質問した。いつもは威風堂々としたハインツも先ほどの異様な光景を見たあとではさすがに動揺を隠せない。


「少し……待っていただけますか。私も今考えをまとめていますから」

 ハインツは怪訝な顔をする。ルーカスと入れ代わるように途中からついてきたハインツの側近イザーク・ヘルマンも緊張気味の表情でエーリヒを見ていた。



 留置場で行われたエーリヒと犯罪者達のやりとりを、イザークは騒ぎを知って集まった野次馬達の中で見ていた。

 兵達は今朝から始まった犯罪者達の戯言を、非道な行いをしてきた彼らに対し、追い詰められて頭がおかしくなったと誰もが嘲笑っていたが、エーリヒの言葉を聞いて考えを改め始めていた。

 もしかしたら神というのは、本当にいるのかもしれない、と。

 皆、残酷な犯罪者達をこんなにも苦しめる白い少女とは、一体何者なんだと興味が高まっていた。


 そしてそれを知るエーリヒについても。



「何か…秘匿しなければならないことでしょうか…」

 ハインツはそう言ってイザークにチラリと朱色の視線を向けた。それをイザークの琥珀色の瞳が受け止める。

「黙っていてもいずれ知られるでしょうし、主君にも報告しなければなりませんからね。ただ、私も……少々混乱しているのです」


 下がれと言われるかと思ったが、そうではないようだ。しかも、あれだけ犯罪者達に説教するように説いていたのに、あれで自身も混乱しながら話していたとは。


「ですが、まだこれは内輪の話です。兵達には内密に」

「もちろんです」

 ハインツにまた視線を向けられ、イザークも慎重に頷く。



「白い少女とは…、あれは恐らく……ヴェローニカのことです」


 エーリヒの眼光が鋭くなったのを感じた。

「ヴェローニカ…とは。…確かあの銀髪の少女でしたね。閣下が名付けた。シルバーフォックスを従えているという。…そう言えば今はエーリヒ卿と一緒なのでしたね」



 そうだ。ヴェローニカとはあの茶会に現れた少女のことだ。そして奴隷商の男を自ら刺殺し、『罪人は苦しみ抜いて死ぬべき』だとか、『人権は人の権利だからクズには必要ない』だとか、幼いくせに恐ろしい言葉を言い放ったという少女。

 それがまさかあんなに可憐な少女だとは思わなかった。あの茶会に現れたときには自分の目を疑った。そしてそれが本当なのだとしたら、なんて恐ろしい少女だと思った。

 同じような年頃の娘がいるイザークにとって、かようないたいけな少女がそのような発想を持ち、それを堂々と発言することが信じられなかったのだ。



(ちょっと待て。まさか。)


「『全ての罪人はすべからく、苦しみ抜いて死ぬべき』…ですか?」

 イザークは恐る恐る口にした。ハインツとエーリヒの視線がこちらに集まる。

「確か…『自らの所業を省みるよう被害者と同じ目に合わせるのが彼らにふさわしい罰』と、彼女は言っていたと…」

 ゴクリと知らず識らず息を呑んでいた。


「そうです。まさしくその考えからでしょう」

(そんな。あ、あり得ない。どうやって?…あんな可憐な少女がなんでそんな…)



「恐ろしいですか?」

 春の麗らかな日光を浴びたエーリヒのつややかな蜂蜜色の瞳がイザークを見つめている。真意を見定めようとしている眼だ。


「エーリヒ卿。どうか詳しく教えてください。一体どういうことなのですか。一体どうやってそんなことを…」

 ハインツが戸惑いながらも真実を見極めようとするかのような瞳で問いかけた。


「ここからは主君にも話に加わっていただきましょう」


 エーリヒはバングル型の通信魔術具を起動させた。




◆◆◆◆◆◆


《ヴィクトール・ギーアスター》




 王城のジークヴァルトの執務室前の広間では、ジークヴァルトの側近達が今日も執務を続けている。

 だが今日は待機している人数が少ない。昨夜大規模な捕物がシュタールの地にて行われたからだ。


 予定にない捕縛劇だったが、大きな収穫があった。今はその事後処理で名の上がった宮廷貴族共を拘束し、証拠品の押収などをした護衛官達はもちろん、証拠資料の把握と整理で補佐官達も大忙しである。

 今もシュタールに直接赴いているハインツから新たな証拠や供述が上がってきている。


 せわしなく執務に没頭する仲間達の中で、ヴィクトールは焦りを感じていた。

 もうシュタールまで来ている。王都まではもう目前だ。彼らがここへ到着すれば、報告を求められる、と。




 宗教国家エルーシア。

 正式名称はエルーシア神国というらしいが、神の国などと大言壮語も甚だしいと周辺大国では宗教国家エルーシアと呼ぶ。

 頑なな思想を持つエルーシアが独自に交易を結んでいる国は少ない。

 そのような背景や、高い山脈に囲まれた天然の要害となっている立地などから、とても閉鎖的であり、情報はヴァイデンライヒ王国まではなかなか入ってこないという現状があった。



 エルーシアと銀髪。

 調べる伝手は少なかったが、エルーシアの関係者が見つかるとその情報は早かった。それほどまでにエルーシアでは銀の髪は広く認識されているのである。


 銀髪を持つ人間はとても希少な存在で魔力に溢れ、エルーシアでは女神エルケに愛でられた証左だという。

 エルーシアの国主である神皇や枢機卿家門から産まれる子の中に稀に現れ、特に多いのは、シュヴァロフ家である。エルーシアの代々枢機卿を輩出する名家だ。



 銀髪の子は生誕が確認されるや否や聖者、聖女と国民に崇められ、神皇をも凌ぐ権威を与えられる。エルーシアに多大な恩恵と奇跡、幸福をもたらすとされているからだ。

 具体的に伝わることとしては、聖者や聖女と呼ばれる聖なる御子が存在している御代には、天候に恵まれ、天災が減り、収穫高が上がるとされている。それこそ女神が守護し、豊穣を与え、エルーシアの地を祝福しているかのように。



 先代の聖女と呼ばれた銀髪の女性もシュヴァロフ家の枢機卿の愛娘だったという。

 彼女の名は、ツェツィーリヤ・シュヴァロフ。

 現エルーシアの神皇イヴァン・アファナシエフの亡き寵妃だった。


 アファナシエフ神皇が聖女と名高いツェツィーリヤに熱烈な求愛をしたことはエルーシアでは有名な話らしい。

 婚姻が成立したときには、国を揚げての祝賀が連日執り行われた。



 だが幸せは長くは続かなかった。婚姻して約一年後、寵妃は出産の際にその子、産まれた皇女とともに逝去する。

 国民は聖女という希望を失い、神皇は最愛の女性を失った。

 神皇は嘆き悲しみ、愛する妃と子のために長く喪に服したという。


 その寵妃である聖女が皇女とともに亡くなったのは今から八年前だ。あの娘も恐らくその程度の歳だろう。これは、偶然と言ってもいいのだろうか。



 まだ安易に結びつける事はできないが、あの娘が見事な銀髪であったのはヴィクトールも見ている。そして聖女とは、枢機卿家門から産まれるとなれば、聖なる御子が産まれることの多いという枢機卿シュヴァロフ家の、しかも聖女である母と神皇の父、それを両親に持つ皇女が、聖女である可能性とはどの程度なのか。


 だが、あの娘が聖女であった皇妃の娘だとして、何故死産とされた子が生きているのだ。しかもエルーシアではなく、このヴァイデンライヒの地で。それは一体何の陰謀に関わるのか。


 報告するにしても、裏が取れた事実のみを何の主観も入れずにお伝えしなければならない。

 だが主はきっと、ヴィクトールと同じ推測をするに至るのだろう。




「ヴィクトール」

 護衛騎士のギルベルトが声をかけてきた。今日もジークヴァルトの執務室前で警備待機していたはずだ。

 主に呼ばれているのか。

 執務室前の扉に視線をやる。ヴィクトールは席を立ち、重い足取りで敬愛する主の執務室へと向かった。




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