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65.目には目を歯には歯を(2)


 申し訳ないことなのだが自分の足ではとても大人達には追いつけないので、ユリウスに背負われて奴隷商のアジトと思われる洞窟へと向かった。

 まさかこんな文字通りのお荷物となってしまうとは。

 でもユリウスはマリオネットなので、魔素さえあれば疲労などしないから問題ないと言ってくれて、ありがたく甘えさせてもらうことにした。



 森の中は薄暗い。だんだん日が落ちる時刻が近づく。

 ユリウスは魔法が使えるが生前は騎士だったので、プロイセ城から持ってきていた魔剣を装備している。護衛達も武装しているし、ここまでついてきたシュタールの住民達も狩り用の剣や弓を携えていて腕に覚えがあるようだ。


 だが意外にも踏み入った森の中には魔獣が見当たらない。遭遇しないに越したことはないが、森に入った住民に被害があった話も聞いていただけに拍子抜けではあった。

 そして目的地である洞窟が視認できる距離まで近づいた。





「中には子供らしき微弱な反応がある。子供よりは少し大きな反応も子供の傍にいくつかある。洞窟の一番奥だ。動きがないから閉じ込められているのだろう。あとは…入口に二人、中間地点に…十二か。この周辺にはいない」


「本当に万能だな、エーリヒは。平民の子供までわかるのか。索敵より精度が高いぞ。探知魔法か?」

 洞窟内部の状況を詳細に魔法で調べたエーリヒに対して、感心したようにユリウスが言った。

「いや、待て。誰か来た。一人だ」

 まだ洞窟からは離れた場所だったが、こちらに誰かが向かって来ているという。今の時点で敵か味方かはわからないが、エーリヒは躊躇なくフォルカーにその人を捕まえるよう指示した。



 気絶している。

 フォルカーも何気に凄腕だな。


「こいつ、街の警備兵…です」

 フォルカーの兄が震えた声で言った。

「そんな…」

 フォルカーも捕まえた男を愕然とした顔で見ている。

「ラウラがいなくなったと訴えに行ったときに警備兵詰め所で見た顔だ。間違いない」

「警備兵に言っても人さらいが捕まらない訳だ…」

 街の人も眉をしかめて苦い顔だ。


「ほんとにグルかはまだわかんねぇだろ。警備兵なんだから、ここまで子供を探しに来たんじゃねぇのか…?」

「魔獣が出るという森に一人でか?迷いなくこちらに進んできたぞ」

 希望的な意見に対しエーリヒが現実を知らしめると、街の人も押し黙った。



 迷いがない足取りでこの鬱蒼とした森の中を、あの洞窟を目掛けて真っ直ぐに進む。しかもここは警備兵達が魔獣が出るから近づくなとしている森だ。それが何を意味しているのかわからない訳ではない。ただ、認めたくなかっただけだ。


 こうなってくると、魔獣が出るというのは警備兵達の欺瞞である可能性が高い。だが実際に被害者の報告があるのならば、それは誰が殺したのか?という疑念が湧く。

 そして小さな子供がいる家の周辺の見回りというのは、さらう対象の品定めや下見ということになるのではないだろうか。

 子供の親が見回りの警備兵に寄せる信頼と感謝を……悪辣すぎる。




「フォルカー、何か持っていないか調べろ」

 エーリヒに命じられてポケットや服の胸元の内側などに手を入れると、財布の他に何かの布袋と紙が出てきた。

 財布の中身はなかなか充実していた。何で稼いだのかが窺い知れて、街の者達は口々に罵倒する。

 布袋の方は干した草が入っていて、一見するとポプリのようなもの。話によると、民間で魔獣除けとして使われるもののようだ。腰のベルトにそれを下げて魔獣除けにするらしい。

 そして紙の方は……


『次の出荷、子供十人。女は適宜。子供は全て教会へ。女と見目のよい者は別に出荷。補充、急げ』


「教会…」

「なんで教会に子供を?救貧院にでも預けるのか?」

「わざわざ買ってまでか?」

 街の人と護衛達が不審そうに話し合う。

 とりあえず気絶した警備兵の口に猿ぐつわをし、縛り上げておく。




「まずは中に気づかれないように入口の見張りを無力化する。誰が行くか」

 フォルカーが名乗り出て、他にも護衛の中から選んだ。



 見張りが二人、洞窟の前の岩に座り込んで焚き火をしながら話をしている。全く周囲の警戒はしていないようだ。今までは警戒などいらない簡単なお仕事だったのだろう。


 フォルカーらは木の影から忍び足で回り込んで行き、準備ができるとイヤーカフの魔導具で合図を送る。それを受けてエーリヒが洞窟正面の奥の林に風魔法を放った。草木がガサガサッと音を立てて、見張りがそちらに気を逸らせ、確認しに行こうとする。するとフォルカーらが後ろから忍び寄り、見張り達の意識をかり取った。

 鮮やかな手並みである。



「魔法はこんな使い方もできるんですね。便利です」

 特段派手な魔法を使った訳ではないのに、フォルカーは感服しきりだ。


「なんでもぶちかませばいいと言うわけではない」

 エーリヒらしい意見だな。




 どうやら焚き火の中に先ほど捕まえた警備兵が持っていた魔獣除けの香草が混じっているようで、洞窟の入口付近に近づくとその香りがすると街の者が言った。

 魔獣除けの香草を焚きながら周辺の警戒をしていたということか。



 連れてきた護衛達を主力として洞窟内に潜入し、街の人達は洞窟の入口付近を見張ることとなった。少し離れた街側の林の中にも数人の見張りを置いた。誰かが来たら中に知らせるためだ。連絡方法はいつものイヤーカフの魔導具だ。

 現在マリエルと御者だけが食堂にて留守番中で、あとの護衛六人とエーリヒとユリウス、荒事に多少は自信のある街の剛の者三人が潜入組となる。


 相手は中に十二人とエーリヒが先ほど言っていたから、不意打ちでもあるし、人数的には制圧可能だろう。でも洞窟の奥の方に子供と一緒にいる大人の反応もあると言っていた。エーリヒも注意を促していたので油断しないように気をつけてくれると思う。

 洞窟の外の見張りとの連絡役には、ユリアンもいる。


 そんな中、私ひとりだけがお荷物だけれど。

 ユリアンと待っていると言ったら、ユリウスが私と離れるのを良しとしなかったので、邪魔しないように皆の後ろについて行って端っこに隠れていることにした。




 エーリヒが口元に人差し指を当てて皆に音を立てないように指示し、洞窟の入口付近に差し掛かるとピタリと足を止めた。木々のさざめきなどでそれまでは聞こえなかったが、奥からはかすかに男達の笑い声が反響して聞こえてきた。



「ヴェローニカ。君は外にいなさい。ユリウス、ヴェローニカを向こうへ連れて行け」

「え?…でも、ユリウスが必要じゃ…」

 私は小声で反論しようとすると、有無を言わせない強い視線をユリウスに向けた。するとユリウスがピクッとわずかに体を波立たせる。何かに気づいた程度の変化だった。そしてすっと目が据わった。

 え?何?


「…………」

「ユリウス…?」

「姫、ここはエーリヒに従おう」

 ユリウスが穏やかにそう言って聞かせようとする。

「でも…」

 エーリヒなら大丈夫だろうけど、でも。

「大丈夫だ。ユリアンとここで待とう。見張りも大事だ」

「……うん」

 ユリウスが私の手をとって、また洞窟の入り口から離れた。




 日が落ちてきて、空は夕焼け色に染まる。それが一層心細く感じる。カラスのような鳴き声が聞こえて、頭上を真っ黒な鳥が巣へと戻っていくのを眺める。

 『逢魔が時』。そんな言葉を思い出した。

 “逢魔”。つまり、魔に出会う時間。そして“大禍”。わざわいに出会う時間。


 エーリヒ達が洞窟の中に入っていくのを見ている事しかできないこの状況は、いつかの街道での魔獣掃討を思い出す。外の様子が全くわからないままで帰りをずっと待った、あのときと一緒。

 ううん。今は、私の傍にはユリウスとユリアン、街の人達がいる。

 私はユリウスの服の裾をきゅっと掴んだ。




 エーリヒ達が潜入してしばらくすると、洞窟内から喧噪や悲鳴が聞こえてきた。接敵したらしい。戦闘が始まったのだ。その中には甲高い女性の悲鳴も聞こえる。


 え?子供だけじゃないの?

 そう言えばさっきのメモに、女は適宜って書いてあった。

 女性を奴隷にしたい目的なんて、決まっている。そして今戦闘を行っているのはまだ中間地点のはずだ。洞窟の入り口付近でかすかに聞こえた男達の嘲るような下卑た笑い声が蘇った。


 だからエーリヒが私を洞窟から遠ざけたのか。



『……クソが……』



「おい、ヴェローニカ…」



キャアアー!!

誰だてめぇらァ!!

うあぁぁ!!

 洞窟から離れていても、中の悲鳴が反響して聞こえてくる。荒々しい男達の怒声と叫声、激しく打ち鳴らされる剣撃音、女性達が泣き叫ぶ悲鳴。



 なんで?どうしてそんな酷いことができるの?

 …許せない…

 どうしてそんなこともわからないんだ。自分さえ良ければいいのか?他人の痛みも苦しみも、自分さえ良ければ、それでいいというのか?

 なんでこんなに、利己的な人間しかいない。


 体が震える。ざわざわする。頭がぼんやりする。息が苦しい。視界が滲む…

 口の中が、錆の味がする。



「ヴェローニカ、落ち着け」

 ユリウスが傍に跪いて抱き寄せ、背中をさすった。ふと煌めきに目が留まって右手をとると指輪の魔晶石が虹色に輝いている。そして驚いた顔で私を見つめた。

「これは…」

「どうしたお嬢ちゃん、大丈夫か?」

 ユリウスと同様に、街の人達が私を見て戸惑っている。

 でも今はもう、それどころじゃない。

「どうかしたんですか?…ヴェローニカ様……その目は……」

 ユリアンも異変に気づいて駆け寄ってきて、目を見張った。



『許せない…』

 絶対に。




ゴロゴロゴロゴロ…

 遠雷がどこからか聞こえてきた。いつかも聞こえた、と遠くで思う。

「おい、ヴェローニカ。だめだ、落ち着くんだ」

 ユリウスに強く抱きしめられた。フードを被った頭を抱き寄せて、落ち着かせようと背中をさする。


 悲鳴が聞こえる。

 悲鳴が聞こえるの。



『ねぇ、ユリウス……悲鳴が聞こえるの。こんなに聞こえるのに……あいつらには聞こえないの?…なんで?』

「ヴェローニカ……だめだ、魔力が暴走するぞ…」


 ボロボロと涙が止まらない。口を開けても、空気がうまく吸えない。感情が暴れるのを止められない。


『自分さえ良ければそれでいいの?加害者であり続ければ、被害者にはならないとでも?』


「ヴェローニカ様…」

 ユリアンの狼狽えた声。

「ヴェローニカ、落ち着け。魔力が漏れている。これ以上はまずい。……大気の魔素が……そなたに共鳴していく……」


『どうして……どうしていつもこんなに人間は醜いの。どうしてこんなに世界は汚いものであふれてるの……いらない……こんなの、もういらない……』




ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…


「なんだ…?これ、何の音だ?…魔獣か…?」

「魔獣じゃねぇぞ!空から聞こえる!…まさかこれって、雷ってやつなんじゃないのか?」

「雷だと?ここはそんなの鳴らないはずなんだが…」

 街の人達がおろおろと空を仰ぐ。

 空には急激に真っ黒な雷雲が押し寄せてきていた。今しがた赤く燃えるようだった夕焼けが、徐々に雷雲に覆われていき、辺りは暗く陰っていく。暗雲の中では不気味な轟音とともに稲光が無数に走っていた。



 もう、怒りでどうにかなりそうだった。

 はぁ、はぁと息が切れて苦しい。肩が上下を繰り返し、動悸が不安を煽り出す。

 こんなに息がしづらいのは、お前らのせい。

 いらない。こんなものは、もういらない。

 どうせ何を言っても、お前らにはわからないのだから。

 どうせ、全てが無駄なんだ。

 だったらいっそ、なくなってしまえ。



『《なんて醜い。なんて穢い……皆、消えろ。……消えてしまえ。……もう何も見たくない……聞きたくないの……》』



「エーリヒ!戻ってこい!ヴェローニカが!」

 ユリウスが洞窟に向かって叫んで、すぐだった。


「ヴェローニカ!」


 息苦しくて、朦朧としてきて、頭を抱えているとエーリヒの声が聞こえて、ユリウスから奪うように抱き寄せられる。フードがとれて銀髪が溢れた。



「もう大丈夫だ、ヴェローニカ。何も心配はいらない。中は制圧した、皆無事だ」

 跪いてぎゅっと抱きしめられる。

『…えーりひ……さま…?』

「ああ、もう大丈夫。だから、落ち着いてくれ、ヴェローニカ…」

 きつく抱きしめていた腕を解いて、跪いたまま涙を拭ってくれる。


 まだ涙でよく見えない。エーリヒがどんな顔をしているのかも。でもこれがエーリヒだとはわかる。

 闇色の髪。亜麻色の瞳。

 エーリヒの声、エーリヒの香りがする。

 唇の端を指で拭われた。パァッと温かい光が視界の隅にともる。



 ああ、エーリヒ様だ……エーリヒ様が戻ってきたなら、大丈夫……もう、大丈夫……



 私はエーリヒにしがみついた。エーリヒの腕が背中に回されてきつく抱きしめられる。

「ヴェローニカ…」

 頭を支えられて、目尻に何か柔らかくて温かいものが優しく触れた。


 エーリヒの香りがする。

 温かい…

 とくん、とくん、と優しい心臓の音が、聞こえる…




 ゴロゴロゴロゴロ…と地鳴りを響かせるように近づいてきていた雷鳴が、小さくなっていく。

 パラパラと小雨が降り出した。木々の葉を優しく雨が打ちつけて、その音が少しずつ大きくなっていく。


『ううっ…エーリヒさま…エーリヒさま…どうして……うぅ…』


 どうしてそんなに簡単に人を傷つけるの?

 どうしてそれで平気でいられるの?

 人の痛みが、何故お前らにはわからない。

 そんな奴らは、自分もおんなじ目に合えばいいのに。

 何が罪なのかもわからないままに生きていくなんて、許さない。



『《目には目を、歯には歯を…》』



 神様、どうか、ヤツラに報いを。




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