64.目には目を歯には歯を(1)
ここはシュタール。王直轄地に入る関所の門を通り過ぎればすぐの王都最寄りの中規模の街だ。
王直轄地は水路で囲まれていて、入るには街道上の各関所を通ることになっていた。つまりそれだけ魔獣の侵入も減り、王都警備兵の巡回もあるため治安が良いと言われている。
ちなみに関所を越えるときに通行税もある。
水路はこの周辺の穀倉地帯へも運用されているようだし、安心安全を維持するにはお金がかかる。
というか、山村とは違って、王都周辺は整備されているんだな。この辺りは街道も整っていて馬車が走りやすそうだった。
ここから王都はほんの数時間の目と鼻の先で、水路に加えて王都の結界石の影響下にもあるからか、国境沿いの街とは違って街を囲む外郭も低く簡素だった。街の外にもちらほらと集落がある。農村だろうな。それだけ魔獣がいないということか。
確かここシュタールは、ミーナとリーナの姉妹が住んでいる街だったはず。二人はちゃんとご両親に会えただろうか。あの子達が無事にお家に帰れて本当に良かった。
一行は昼食をとるためにシュタールの街の中心部の食堂へと向かう。
馬車を降りるときに、ユリウスが先に降りて私を抱き上げてしまったので、またひとりで降りることができなかった。
「どうした姫?そわそわしているようだ」
ユリウスに抱きかかえられたまま被ったフードを握りしめて辺りを見回していると、同じくフードを被ったユリウスが問いかけてくる。
アメジストのような綺麗な瞳が合った途端、なんだかフード兄妹みたいだと思って笑えてしまう。
「ん?」
「ううん。フードがお揃いだと思って。ふふ」
「ああ。そうだな。ははっ」
馬車からは闇色の髪をしたエーリヒとマリエルが降りてきたのを確認して、私は再び街を見渡す。
なんだろう。何か視線を感じるような。
食堂の料理は量が多くて皆に分けたけれど、とても美味しかった。
フォルカーがお店の店員と親しげに話をしている。先ほども隣のテーブルの人達に声をかけられていた。
「フォルカーはこの街の出身のようだ」
食後のお茶を飲みながら、エーリヒが私の視線を追ってそう言った。このお店を選んだのもフォルカーのようだ。
お茶はこの辺りでとれる薬草茶のようなもののようで、当然砂糖など入ってはいないが、緑茶のような味わいで私には合っている。緑茶より少しドクダミ茶のような感じかな。
だが贅沢を言えば、ほうじ茶が飲みたい。フライパンとかで茶葉を熱したら作れないだろうか。やってみたいぞ。
「フォルカー!」
店の入り口に駆け込んできた男性が叫んで、店内の視線が集中する。肩で息を切らせて、よほど慌てている様子。顔色も悪いようだ。
「兄さん、久しぶり……?どうしたんだ?」
フォルカーは笑顔でその男性に歩み寄っていったが、男性の様子に不審な顔を浮かべた。
「フォルカー!頼む!助けてくれ!っ…お前が来てるって聞いて…」
息を切らせながらフォルカーの兄はしがみついた。様子が尋常ではない。
「ラウラが…ラウラが…っ」
「ラウラが、どうしたんだ、兄さん!」
「ラウラがさらわれたんだ!」
フォルカーの兄の言葉に店内がざわついた。店内だけじゃない、私の体もざわりと不快感が走る。
ここにもいるのか、あいつらみたいなクズが……
「ヴェローニカ」
頬をさらりと撫でられてふと我に返る。隣に座っていたユリウスが私を見つめていた。
「落ち着け。姫の周りの魔素が騒いでいる」
「…………」
でも落ち着けと言われても心のざわつきは収まるはずがなかった。
するとエーリヒが私の背中を優しくさすり、テーブルを立った。
「フォルカー、事情を聞こう」
「グリューネヴァルト卿…」
フォルカーは縋るようにその名前を呼んだ。
◆◆◆◆◆◆
食堂の一角でフォルカーの兄は状況を話し始めた。
娘のラウラがいないとわかったのは一昨日の夕方だった。その日は友人宅に行っていたが、帰りが遅いことに迎えに出たところ、ラウラはとっくに帰ったと知らされる。
近所に聞き込んだが手がかりはなく、夜も辺りを探し回った。朝になって明るくなると街の外郭の崩れた場所の近くでラウラの物と思われる片方の靴が見つかった。
フォルカーの兄の家族はそれからもろくに眠らずにまた一日中外郭の周辺を探し続けていたらしい。
彼はとても顔色が悪く憔悴しきっていて、見ていて胸が痛んだ。
「その崩れた外郭の隙間から街の外に連れ出されたのか」
エーリヒが呟くと、フォルカーがテーブルの上に置いた手を握りしめて苦渋の声をあげた。
「いくら結界石のおかげで魔獣が来ないからって、なんで外郭修理をしていないんだ…」
「フォルカー……ここの壁はあちこち崩れててそんな所ばっかりなんだよ。いくら言ったって役人が全然動いてくれないんだ。そこから盗賊だって入ってくるんだよ」
食堂の店主がフォルカーとフォルカーの兄の肩を支えながら言った。
「王都の巡回兵が来て治安がいいんじゃないんですか?」
私が聞いてみると、
「王都の兵は来てくれてるよ。王都門と郊外の警備兵の責任者がクライスラー様になってからはよく見回りに来てくれるようにはなったんだ。だが街の者の捜索まではな。…それはここの警備兵が任されてることだから」
食堂内に同意の頷きが聞こえる。
クライスラー様とはハインツ・クライスラー子爵のことか。王都郊外警備の担当なんだ。あの日も奴隷商への襲撃、もとい、取り締まりがあったのは王都郊外だった。
「では問題はシュタールの代官とここの警備兵か」
エーリヒの言葉にそちらを見た。
「まさか……結託してるとかは、ないですよね」
証拠もないのに言ってはいけないと思いつつも、もしそんなことだったらとどうしても怒りが堪えきれない。
行政が健全に機能しているのなら、住人がこれだけ盗賊や人さらいの被害を訴えているのに、外郭の修繕を後回しにするものだろうか。それほど予算が厳しいというのか。
「まさか」
「そんな滅多なこと、言うもんじゃないよ、お嬢ちゃん」
食堂の店主が声を潜めて窘めると、他の町民達も声を揃えた。
「そうだ。シュタールの代官は王族の遠縁なんだぞ。そんなこと言ったって知られたら、しょっぴかれちまうぞ」
「ちゃんと警備兵はあちこち見て回ってくれているみたいだよ」
「ああ。こないだも小さな子のいる家を聞いてこの辺りを巡回してくれてたんだ。でもそんなのはここばっかりじゃないからな。警備兵がいなくなった途端にこんな…」
街の人達は眉根をひそめて狼狽える。
そうだ。冷静にならなきゃ。一緒に不安になってどうするんだ。
そして思い至った。エーリヒも私がさらわれたと思ったときはきっとこうだったんだって。こんな気持ちにさせたんだって。そしてそれでもエーリヒは諦めず投げ出さずに私を探し続けて、見つけてくれたんだ。
私はエーリヒを見つめた。彼は口元に黒い革手袋をした指を当てて思案している。
早く、見つけてあげなきゃ。
「エーリヒ様はどうやって私を見つけたんですか?」
集まった住民達がいろいろと意見を話し合っている中、小声で尋ねてみた。
「探知魔法と……君の噂だ。今回は参考にはならない。目撃情報はないようだし、探そうにも平民は魔力が低い。近づかないと探知は無理だろう。壁外を探すのにそれでは効率が悪い。いなくなった子供の魔力も私は知らないからな」
「そうですか…」
ということは私の魔力ならエーリヒは把握しているということか。探知魔法か……索敵みたいな?
「…噂って?」
するとエーリヒが少し呆れたような顔をした。
「君はどうやって館から離れたのか忘れたのか?それを誰も見ていないとでも?」
ああ……やっぱり見られていたのか。
幽霊騒動にでもなったのだろうか。
「…………」
私の場合は本当に参考にはならなかったようだ。
こんなとき、前の世界では目撃者を探したり、防犯カメラや警察犬を使ったり…。でもあれは訓練していないと無理なのかな。
犬はたまに見かけるけど、ほとんど野犬とか、牧羊犬とかなのだろう。平民はあまり愛玩動物としては犬や猫を飼わないみたい。そんな余裕がないのだ。経済的にも、精神的にも。
誘拐なら身代金の要求や脅迫などをするものだけれど。恐らくそれはない。脅し取れるほど平民はお金を持ってはいないし、そんな面倒なことをするよりも、あの奴隷商人のように子供をさらって誰かに売る方が手っ取り早いし金になる。
もしかしてこれもアードラー商会の仕業なのだろうか。そんなに子供を集めて何がしたいの?貴族に売るの?何のためにそんなに大勢必要なの?そんなに需要があるの?
苛立ちながら考えている間にも心当たりを探した場所を周辺の地図を見ながら話している。街の外を手分けして人海戦術をとるようだ。
何か、ないだろうか。効率良く探す方法は……
私が奴隷扱いをされた時は、子供達は一時的に隠れ集落の小屋に集められていた。あの場所はすでに捜索されて、捕まっていた人達は解放されたのだと以前フォルカーから聞いた。
きっとここでも人数が集まるまではどこかに閉じ込めておく場所が必要だ。となると、この辺りにもああいった場所があるはず。
「あの、フォルカーさん。この街にはミーナとリーナがいるはずなんですが、彼女達が捕まった時に囚われていた場所はすでに捜索済みなんでしょうか?」
「ミーナとリーナ?」
「この前奴隷商に捕まった女の子達です。確かこのシュタールに住んでいると思ったんですが…」
フォルカーがピンとこない顔をしてこちらを見るが、話を聞いていた街の人が声をかけてきた。
「ミーナとリーナならうちの近所の姉妹だ。そう言えば少し前にあの子らもさらわれたって聞いて皆で探したんだが、もうほとんど諦めてたんだ。それが数日前に帰ってきたって喜んでたな。ほんとに良かったよ」
「え?…じゃあ…」
「だがそんなのは身内くらいしか知らないはずだ。人さらいのアジトの捜索なんて話は聞いてないな。そんなことがあったら今頃大騒ぎだろう」
「ヴェローニカ」
エーリヒが私の名前を呼んだのでそちらを見ると、彼は不敵に笑っていた。
◆◆◆◆◆◆
「ニカ!」
「ニカお姉ちゃん!」
おおう。食堂に入ってくるなり相変わらずのタックルで大歓迎をしてくれたミーナとリーナ。
大丈夫。もうお腹の痣はほとんど消えたからね。
食堂にはすでに協力を申し出てくれたフォルカーらの知り合いで溢れていて、大人数でミーナとリーナの家に行くよりはと、住民の案内でフォルカーが馬車を引いてミーナとリーナの一家を食堂に連れてきたのだ。
「あなたがニカちゃんか。娘達を助けてくれたと聞いている。本当にどうもありがとう」
「ありがとうね、ニカちゃん」
ミーナとリーナの両親が涙声でお礼を言いながら握手をしてきた。
「いいえ。ちゃんと二人がおうちに帰れて本当に良かったです」
そんな光景を苦しそうにフォルカーとフォルカーの兄が見つめている。
「お願いします。協力してください」
私はミーナとリーナ、その両親に頭を下げてお願いした。両親は戸惑いの視線を娘達に向ける。ミーナとリーナは唇をきゅっと噛むように結んで頷いた。
ミーナとリーナの話から、奴隷商に捕まった後に連れて行かれた場所の特定がなされた。
街の外れの森の奥にいくつか洞窟があるようなのだが、その辺りは魔獣が出ると噂の森で注意喚起がなされていて、街の者達は近づかない場所のようだ。
魔獣や犯人達との戦闘も鑑みて、フォルカーが街の警備兵に知らせて協力を仰ごうと言い出したが、それをエーリヒは止めた。連れている護衛とここにいる街の者達で十分だと。
「グリューネヴァルト卿もまさか……警備兵がグルだと疑っているのですか?」
衝撃を受けた顔で問いかけるフォルカーに、さも平静な様子でエーリヒは言った。
「万全を期したいだけだ。それに戦力的にも問題はない」
「…………」
それにはフォルカーも住民達も動揺や疑問を感じてはいるようだったが、貴族であるエーリヒの判断に逆らう者などいなかった。
これがリーダーシップというものか。揺るぎないな。
「ユリウス、ヴェローニカを頼んだぞ」
エーリヒにそう言われたユリウスは返事をせずに私を静かに見た。
たぶん、わかっているのだ。私が……
「私も、行きます」
こう言うだろうと。
エーリヒはかすかに眉を寄せ、ユリウスは穏やかに微笑んでいるようだ。
「私が傍にいる。心配することはない」
ユリウスはエーリヒに言った。
「ヴェローニカが来ても、役には立たない」
エーリヒは一際冷たい瞳と声で言った。
その発言に周りで聞いていた面々も複雑そうな顔をしている。言い方はキツイがその通りだと思っているのだろう。
わかっている。こんなにはっきり言う時はだいたい私のためなのだということは。
ユリウスの軽いため息が聞こえたけれど、私は敢えて微笑んだ。
私は昔から、オブラートに包んだ“優しい嘘”よりも、“切り口鋭い真実”を語る人が好きなのだ。
「わかっています。私が役に立たないことくらい。でも、ユリウスは役に立つわ」
するとため息をついていたユリウスが、ふっと吹き出した。
負けないわ。
エーリヒはしばらく私を見下ろした後、「…好きにしなさい」と踵を返した。
さあ、行きますよ。




