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61.眠りの魔法


「可愛い…」

 やばい。可愛い。エーリヒ様の寝顔。尊い。

 そしてまつ毛が長い。イケメンてすごい。ずっと見てられる。

 眠っていても彼の髪の色は、金色が淡くくすんだ亜麻色のままだ。きっとなんだかすごい魔法を使っているんだな。


「――――♫」

 幸せな気持ちになって、自然と鼻歌を歌ってしまう。

 さっきよりだいぶ顔色がいい。とても穏やかな寝顔だった。

「良かった…」

 触れてみたいけれど、触れたら起きてしまいそうでずっと我慢している。




 子守唄を歌い始めると、また周りに光が集まってきて、エーリヒはそれを優しい瞳で見つめていた。しばらく歌っていると、彼の亜麻色の瞳がこちらを見つめていて、目が合った。その微笑みが柔らかくて、幸せそうで、本当に美しくて。心を奪われた。

 虹色に煌めく光の粒子はどんどんと集まってきて、彼を包んでいったかと思えば、急にうとうととし始めて、重そうに瞼を閉じた。


 こんなに眩しいと起きちゃうかなと思った途端に光は柔らかくなって、虹色から夕暮れのような色に変わっていき、だんだんと光量を弱め、藍色に変わっていく。まるでプラネタリウムで日の入りを見ているようだった。


 そして今は天蓋の中いっぱいに夜空の星が煌めくように、藍色の淡い光の中にチラホラと小さな宝石のような色とりどりの光が輝いている。

 宇宙空間みたい。魔素ってすごいな。




 安らかなエーリヒの寝顔を眺めながら、先ほどのことを思い出していた。


 私のせいでとても疲れたと言われた時は胸が苦しくなったけれど、そもそもそれは自分で言ったことだったし、本当のことだから仕方がないと思った。

 それなのに、代わりにお願いを聞いてくれと言われて、なんだか嬉しく思ってしまった自分がいたのだ。もしかしたら彼のために私が何かできるのかなって。

 これはちょっと想像と違ったけれど。



 プロイセ城で、養子縁組を拒む私に彼は気に病むなと邪魔でも迷惑でもないと言ってくれたけれど、それでも私は不安だった。だって、私が彼の傍にいることで、彼に迷惑どころか、その身に危険が及ぶようなことがあってはならない。

 それでは自分が許せない。



――私から離れるな。もうどこにも行くな、ヴェローニカ。傍にいてくれ。



 耳元で囁かれた、エーリヒのかすれた声が不意に蘇る。



――君に要求することはこれだけだ……私の願いを叶えてくれ。



 彼はそのあと、そう言った。

 突然意味深に耳元で囁かれて、あの時はドキドキしたけれど、きっとあれは私に罪悪感を感じさせないために言ったんだ。さっきみたいに。

 それに、きっと勝手にいなくなられて、探すのが大変だったんだろうな。だから、離れるな、どこにも行くなって……



 なんだ……そういう事か。



 なんだか気が抜けちゃった。

 全く、勘違いも甚だしい。

 こんなに素敵で完璧な大人の男性が、こんな子供の私に言った言葉に、特別な意味などありはしない。

 きっと優しい人だから、一度関わってしまった以上、可哀想で見過ごせないのね。


 そういう気持ちは私にもよくわかる。見える範囲ならば、できればなんとかしてあげたいという気持ち。放っておけばきっと、後味が悪い。

 彼はクルゼの村長に、あんなに怒ってくれたもの。



 私の心はあの時に、もう救われたの。



 嬉しかった。

 だから、彼の優しさに甘えてただ傍にいるなんてできない。

 傍にいるのならば、私も何かを返したいの。



 あなたの役に立ちたいの。



 私がいることで、何故か彼は今までひた隠しにしてきた、自身の出生の秘密を明かそうとしているような気がする。

 それが、どれだけ危険なことなのか。


 自分が王族であると、王子であると、王位継承権を持つと、明かす。

 それはきっと出生を明かすだけじゃ済まされないはず。他の王位継承権を持つ兄弟達に敵視されるのは目に見えてる。


 現王の政権を倒し、王太子を廃嫡させ、その他の王子王女の王位継承権所持者を排除して、自分が王になる。

 もしかしたらエーリヒは出生を明かした場合、そこまでしないと自分を守れないのではないのだろうか。

 逆にそうではないと、今更出自を明かす意味がわからない。


 それがきっと、白夜が言っていた、『国盗り』。


 もしこの不安が杞憂ではないとしたなら、どうして、そんな危険なことを……

 白夜に聞いても教えてはくれなかった。

 それどころか、内緒話をエーリヒにバラされてしまった。





 コンコンと控えめなノックが聞こえて、私は慌ててベッドから下りて扉へ向かった。エーリヒが起きてしまう。


 カチャッと、なるべく静かに扉を開けるとそこにはユリアンがいて、私を見て軽く目を見張った。私はそのまま、するりと部屋から出る。

「エーリヒ様は?」

「今は眠っています。とてもお疲れだったようなので」

 ユリアンは目を丸くした。

「ヴェローニカ様は何をしていたのですか?」


 エーリヒ様の尊い寝顔を見ていました。と思いつつ、ユリアンも様付けして呼んでくれるんだな、と少し申し訳ない気持ちになる。



「えっと。歌を歌ってくれと言われたので」

「それで、歌ったのですか?」

「はい。お疲れのようだったので、子守唄を」

「子守唄…」

 意外そうな呟きだった。

「もしかして、夕食ですか?」

「ええ。ご一緒なさると思い、こちらにご用意したのですが…」

「どうしましょう。せっかく眠っているのに、起こすのは忍びないです。でも、食事を抜くのも…。だいぶ顔色は良くなったとは思うのですが」

「そうですか。ありがとうございます」

 柔らかな微笑みだ。やはりユリアンも主を心配していたのだろう。



「いいえ。元はと言えば私のせいですから。…私はこのまま部屋に戻ります。エーリヒ様の眠りのお邪魔になるでしょうから」

「お食事はどうなさいますか?」

「…皆さんと食堂で食べてはいけませんか?」

「あまりお姿を晒さない方がよいかと思うのですが…」

「フードを被って食べますから、大丈夫です」

 昨日の領主の館でも、そうして護衛の皆と一緒に食べたのだから、問題はないはず。

 するとユリアンは苦笑して、「では護衛の方々からは絶対に離れませんように」と念を押された。

 もう思いっきり問題児である。





 そして昨日と同じように護衛の皆さんと夕食を食べたのだが、今日はそこにフードを被ったユリウスも加わった。

 食事はしないで隣で見守っているだけだけれど。ユリウスの容姿は、庶民の街では目立つからね。


「エーリヒは?」

「眠っていますよ」

「…は?何をしていたんだ?」

「子守唄を歌っていたのです」

 ユリアンにしたように説明すると、ユリウスはぷはっと吹き出した。

「笑わないでください」

「ふふ。そうか。姫の子守唄は強力そうだ」

「はい。すごかったです。光がキラキラーって。ユリウスにも見せてあげたかった」

「そうか。光とは……魔素のことか?強制睡眠にでもかけられたのか?エーリヒは」

「ああ…。そんな感じでしたね」


 強制睡眠。ラスボスの技みたいだな。

 よくドラ◯エのラスボスがやってた。ずるいよね、あれ。強制とかさ。しかも攻撃食らっても起きない人ってどうなのよ。




 夕食を食べ終わったらまた部屋に戻る。

 エーリヒはまだ眠っているのだろうか。ユリアンに任せておけば大丈夫かな。


 遅い時間になっても部屋から出ていかずにソファーの隣に座り続けるユリウスに、マリエルは少しそわそわしている。

「マリエルさんのお部屋は今日はここですか?」

「はい。お嬢様を一人にしてはいけないと」

 うむ。完全なる問題児扱いである。



「それなら私がいる、そなたは私の部屋を使えばよい」

「え?そういう訳には…」

 ついにマリエルは狼狽えだした。

「ユリウス、ここで寝るの?」

「ああ」

「じゃないとだめ?」

「念の為だ」

「そっか。わかった」

 これ以上マリエルに心配をかけられないので、向き直ってきちんと説明しないと。


「マリエルさん。あのね、ユリウスには……持病のようなものがあって。私と一緒にいるとそれが良くなるの。だから一緒にいたいんだって。私、もう出歩いたりしないし、ユリウスと一緒にいるから心配しないで。だからマリエルさんは今日はユリウスの部屋を使ってくれないかな」



「持病……ですか?」

「そうなの。深刻な問題なの」

「で、では、グリューネヴァルト卿にご相談を…」

「エーリヒ様もそのことは知っているの。それにエーリヒ様はもう眠ってしまったし」

「ご存知なんですか?」

 するとユリウスが口を挟んだ。

「そうだ。エーリヒには何度も言ったが……あれはただの意地悪だ…」

 そしてぼそっと小さく何か呟いた。「というか、嫉妬だ」



「では、本当に大丈夫なんでしょうか?」

「うん。事情をちゃんと説明できるかはまだよくわからないから詳しいことは今は言えないけれど、ちゃんと理由があるの。エーリヒ様は全部知っていることだし、心配しなくても大丈夫だよ」

「そうなんですか…」

 するとマリエルはやっと安心したようで、ほっと表情を和ませた。


「マリエルさん。いつも迷惑をかけてごめんなさい。それから、いつもありがとう」

 湯浴みや着替えをしたときも何度も謝ったが、マリエルはようやく納得して部屋を出ていった。

 今日こそは心置きなく眠って欲しいものである。私はマリエルの安らかな今夜の眠りを祈った。





 マリエルがいなくなると、ユリウスは被ったままだったフードをとる。おそらくマリエルと目を合わせないように意識していたのだろう。アメジストのようだった瞳が、今はすっかりルビーのような輝きに変わっていた。

 白夜のような紅色の瞳。この変化は何を意味しているのかな。


「エーリヒ様に瞳のことも相談しなきゃいけないね」

「相談してどうなると言うのだ」

「瞳の色を変えるような魔術具があるかもしれないよ?」

「ほう。そうなのか。だがマリオネットにも有効なのだろうか」


 今エーリヒが使っている指輪は髪色だけが変化するものだけど、瞳の色が変化するものもあるかもしれない。それに、彼ならそういう魔法も教えてくれるかもしれない。それは彼次第だけど。



「白夜も真っ赤だし、別にこのままでもいいと思うけれど……変色するのはさすがに人間社会で暮らすには偽装が必要なのかな。くだらないことだけど、人は未知を恐れるものだからね…」


 ふっとユリウスは軽やかに笑った。

「ヴェローニカがそう思ってくれるのなら、私はかまわない」

 ユリウスの唇が弧を描いたように見える。

 もうさっきのような心の不安定さがなくなったみたいで、そんな彼を見ていると私も穏やかな気持ちになった。



 今日は早めに寝よう。最近寝不足で馬車酔いしそうだし。貧血も避けたい。

 明日はついに王都に着く。

 白夜は今頃どこにいるのだろうか。やる事があると、言っていたけれど。何をしているのかな…?




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