6.未明の出来事
《アンスガー》
(これは一体どういうことだ?こいつらは誰だ?盗賊じゃねーのか?)
思惑が外れ、アンスガーは焦り始めていた。
初めは、ただの盗賊の襲撃だと思っていた。
「このアードラー商会を敵に回すとは、身の程知らずな奴らめ」と返り討ちにする気満々で、手下共を襲撃者の元へと向かわせた。一気にケリをつけてやる、と。
盗賊の襲撃は初めてではないが、滅多にない。
理由は、この商会が王都でも名の知れた大商会だからだ。それも荒事にも強いことでも有名だった。
扱う商品は手広く、一般的な品物から儲けが多い奴隷や禁制の密輸品、さらには違法薬物の生産から販売、流通まで独自のルートを持っている。
勿論、それらは法の目を掻い潜って成り立つ商売だ。だがこの商会はあらゆる方面に顔が利く。その最たる要因が、高位貴族がお得意様であることだ。
結局世の中、物を言うのは金とコネなのだ。
アンスガーはいつものようにすぐに制圧できるだろうと高を括っていた。それは今までの成功体験と弱者を蹂躙する日常が自信を生み、そしてそれは油断ともなるもの。
しばらく様子を見守っていたが、何かがおかしい。
まずは襲撃者のその風体だ。盗賊ならば武装しているのは当然だが、その格好や装備は一人ひとりばらばらなものだ。
だが戦況を見に、少し近づいてみると奴らはどうだ。全員が特徴を隠した潜伏に適した格好、いわゆる黒尽くめなのだ。暗闇に乗じてという意味もあるだろうが、これは明らかに統率された組織であることを示している。
そして何より問題なのは、その強さ。
こちらの方が手勢は多いようだが、一向に制圧できそうにない。商会の護衛だけでなく手練の傭兵を数人雇っているから、一方的にやられているという訳ではなさそうではあるが。
アンスガーはここに来て、ようやく冷静に状況を把握した。
このままではどうなるかわからない。これがただの盗賊であるはずがない。と。
「まずいな…」
思わず歯噛みする。
初動を誤ったかもしれない。
襲撃を受けたとわかった時点で、重要な商品を運んで逃げ隠れるべきだった。
だがそれは他の商品は諦めるということ。強欲であり、本当の商人でもないアンスガーには、そんな判断がすぐにつくはずもなかった。
(まさかこんなに王都の近くになってから、こんな奴らが現れるとは。)
今から荷馬車ごと逃げても目立つだろう。すぐに追手がかかるに違いない。そうなれば追いつかれるのが関の山だ。
王都門に逃げ込んで兵に助けてもらうにしても、野盗の捜査に伴って厳しくなった検問で、持ち込んだ商品をあとで追及されるのは、もっとまずいことになる。これらは多くの雑多な商品に隠して持ち込んでこそ、検査が甘くなるのだ。
それならば、道を戻って関所に駆け込んだ方が断然いい。あそこには商会の息のかかった奴らがいる。
ただ、そちら側に逃げるには、襲撃者達に出くわすことになってしまう。荷物を運びながら、向こうに逃げるなんて無理だ。
と、なると……とりあえず持ち出せる値打ちのある商品をいくつか選んで隠れ、今はやり過ごすしかない。そして折を見て、先刻通った関所まで戻る。
我が身可愛さに身一つで逃げても、後で取りに来たところで全て奪われた後だろう。そうなったらいくら命は助かっても、商会での立場が危うい。
アンスガーはチラリと自分の周りの護衛達を見た。
ここに残ったのは三人。自分の専用護衛達だ。あとは全て、襲撃者への戦闘に向かわせた。戦闘向きではない者もだ。戦闘を数で有利にさせて手早く終わらせようとしたのが仇になった。
逃げる事など、端から考慮などしていない。荷運びに数人残しておくべきだった。
「くそっ」
「アンスガーさん、どうしますか?」
「どうもこうもねーだろが…」
「…………」
アンスガーの怒れる声に護衛達が萎縮する。
「お前ら、一人残してあとは運べる重要な荷だけ持って来い」
戸惑うように護衛達が顔を見合わせた。
「急げ!」
「「は、はい」」
(くそっ、もうすぐ王都だってのに。ガキどもがぐずぐずといつまで経っても泣き喚くから、閉門に間に合わなかったんだ。やっぱり一人はぶち殺しておくべきだったな。それに…)
こんなことならもう少し傭兵を雇うんだったと、アンスガーは後悔した。
そもそもこの仕事は機密性が高いために、外部の人間をあまり雇わずに、商会の人間だけでこなすようにしていた。だが商会で育てあげた護衛だけでは、この大規模な商会が動かす、全ての商隊を守ることなど不可能だ。だから重要度に合わせて、護衛を配置する。
今回はこの商隊に回せる護衛の数が少なくなるのがわかっていたため、外部の傭兵を雇うことになり、それによって回る街や村、施設が限定されて、いつもより小規模な行程となったのだ。
あまり王都から離れなければ強い魔獣に出くわすこともないし、この辺の盗賊も高が知れていた。アードラー商会の旗を見れば、奴らは襲ってこないだろう。
よって、雇う外部の傭兵は少人数にし、過去に雇ったことがある者達を中心に選んだ。
そこでアンスガーははっとした。まさか情報がどこかから漏れているのでは、と。
今回の外部から雇った傭兵の中に、これを手引きした者がいるのか?
そう言えば最近、商会を嗅ぎ回る連中がいるらしいと聞いた。馬鹿な奴らもいるもんだと思ったが……こいつらがそうなのか?
(商会の敵対勢力か?最近調子に乗ってるバルツァー商会か?奴らがうちと同じ市場を荒らし始めたとは聞いていたが、新参者のくせに舐めやがって。)
そう思うとますます逃げるのが腹立たしくなる。だがどうしても、高値が付くものだけは持ち帰らなければ。
そして思い出した。さっき話した銀髪の少女だ。
(あれは高く売れる。間違いない。)
あれはどうにも平民には見えない。金髪ならまず間違いなく高位貴族の子供だが、銀髪などはこの王国で、見たことも聞いたこともない。
どこかの国の血の混じった貴族の私生児かもしれない。
それとも昔、珍しい魔法が使えるために迫害されたとかいう一族の生き残りか?
その手の話なら、裏の世界に通じるアードラー商会でも聞いたことがある。物の価値を知らねば、取引を有利に進めることはできないからだ。もしもそうなら、さらなる高値が期待できるだろう。
一体あんなものをどこで仕入れてきたのか。
「貴族ってのはあんな毛色が変わったのが大好きだからな」
ニヤリと口元が緩む。
あれは帰ったら、磨いて着飾らせて、高位貴族に高値で売りつけてやる。と。
銀髪など希少価値に違いない。有る事無い事匂わせてやれば、いくらでもふっかけられそうだ。
「この損害に見合った額は取らねぇとな」
そろそろ他の護衛達も商品を持って戻る頃だ。
「おい、ついて来い」
一人残っていた警戒中の自分の護衛に声をかけ、アンスガーはあの銀髪の少女がいる馬車に向かい始めた。
◆◆◆◆◆◆
《フォルカー》
「これはただの盗賊じゃないな」
フォルカーは木の陰から戦闘の様子を窺う。
深夜未明、にわかに始まった戦闘。
ちょうど見張りを代わったばかりで、まだ眠りにつく前だった。フォルカーが寝ようとしたところで、何やら気配を感じて警戒していると、襲撃者が現れて戦闘が始まったのだ。
自分も加勢に行こうとしたが、相手の様子がどうやらただの盗賊ではない。統率された手練の戦闘集団だ。
盗賊や魔獣なら雇われている手前、迷いなく加勢したが、これはどう見ても商会の勢力争いだ。
正直フォルカーは、こんな商会など潰れてしまえと思っている。
いくら雇い主でも、こんな真っ黒で後ろ暗い商会のために、命を張る気なんてさらさらない。
そう思って、同じく加勢に行こうとしていたロルフを見つけ、この木陰に引っ張り込んだ。
「盗賊じゃないなら、何なんです?」
緊張しているのか困惑しているのか、ロルフは敬語になっている。
「アードラー商会の敵対勢力なんだろ」
「なるほど」
「魔獣や盗賊ならまだしも、悪徳商会同士の潰し合いに手を貸してやる必要もないからな」
「確かに」
ロルフは木陰から様子を窺いながら、納得の声を上げた。
「あんまり出るなよ。見つかるぞ」
「いや、でも本当にいいのかな。相手が勝つ方がいいのか、こっちが勝つ方がいいのか…」
「どっちでもなんとかなるだろ」
向こうが勝つなら、朝まで身を隠してそれなりに身なりを偽装し、王都に逃げ込んで報告すればいいし、こちらが勝ってもこっそり戻ればいい。この暗がりだ、なんとかなるさ。
だができれば向こうを応援したい。
(向こうも悪の可能性は高いが。)
「子供達はどうなるんだろう」
ロルフが心配そうに言った。
そうなのだ。問題はあの奴隷扱いの子供達だ。
これが商会同士の勢力争いなら、向こうも奴隷を解放なんてしないだろう。勝ったらお宝総取りだ。
「…………」
「フォルカー」
「なんだよ」
「助けられませんか?」
しばらく二人は見つめ合う。
「お前、本気で言ってるのか?」
「ダメでしょうか?」
(だからなんで敬語になってるんだよ。)
フォルカーは、はぁ…と大きくため息をつく。
「お前、嫁と子供がいるんだろ?もっと大事なことがあるんじゃないのか?」
「はい……そうです、ね」
「奴らに見つからずに子供達を解放できるならいいだろうが、あの人数だ。秘密裏に逃がすなんて、多分無理だぞ」
「…はい」
「俺達は一応護衛として雇われてるんだからな。そんなことしたのがバレたら、さすがに仕事を失う。…だけなら、まだいい方だ」
「…はい」
いくらあの子達が違法奴隷だとしても、大商会を敵に回すのだ。もう今以上に傭兵の仕事などできなくなるだろう。それどころか、制裁を食らうに違いない。
あんな奴がいる商会なのだ。下手すれば…
(その前に逃げて、住む街を替えればできなくもないか。さっきもそろそろかとは思ったし。)
だが、こいつは。
「お前、妻子を連れて王都を出る覚悟はあるのか?」
「え?」
「逃したのが俺達だともしバレたら、多分殺される。なら、俺達がやったとバレなきゃいい。それでも念の為、この仕事が終わったら、妻子を連れて王都を出ろ」
ロルフは少しきょとんとしたが、すぐに真剣な顔つきに変わる。
「フォルカーは、いいんですか?」
「俺はすでに大物に目をつけられて、王都では仕事しづらくなってたからな。潮時だ」
「そうなんですか……フォルカーは腕の立つ傭兵だと評判なのに」
「最近色々あってな」
王都を離れるなら、ついでに一度実家に寄るのも悪くない。どうせ王都の近くなのだし。
「あれ?」
ロルフの不審な声に、彼が見ている方向へ視線を巡らせる。
辺りは暗いが、そこだけ松明の灯りがひとつ揺らめいているのが見えた。あの辺りには、子供達が乗った馬車があったはず。誰かが戦闘終了を待たずに、お宝に手を出すつもりのようだ。
「身を隠しながら行くぞ」
「はい」
戦闘の場にも注意を向けながら、木陰に身を潜めて、松明の灯りの方へと進む。
松明を持った人影に近づくにつれて、人数も把握できてきた。武器や荷物を持った人影が三人…いや、四人だ。
「あれって、アンスガーじゃ」
真ん中にいる大柄な男の背格好からして、ロルフの言う通りだろう。
「子供達の馬車を開けようとしてる?どうして…」
「逃げる気なのかもな」
「え?」
「護衛が何か持ってる。目ぼしい商品だけ持ってく気だろう。馬車ごと動かすと目立つと踏んだんだ」
「奴隷も…?」
あの子だ。フォルカーは思った。
あの銀髪の女の子を連れて行く気なのだと。
だが奴があの子を連れて行った後なら、簡単に残りの子供達を助けられるかもしれない。
フォルカーは眉根を寄せた。
最小限の犠牲で、他の子供達は助かる。
フォルカーは拳を握る。
当然、気に入らない。
だがこれは、わかりきった損切りだ。
あの子の笑顔がフォルカーの頭を過ぎる。
あの子を、見捨てる。
無意識に唇を噛み締めていた。
「キャア!!」
突如聞こえた子供達の悲鳴に、考えに耽っていたフォルカーは我に返った。
《7.覚悟(1) へ続く》
馬車へ向かったのは奴隷商人達。
どうなる、子供達?
画像は、奴隷商人。