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58.心の繋がり


「あの……エーリヒ様?」

「…ん?」


 夕闇迫る馬車の中で、美しい茜色をその端整な横顔に浴びたエーリヒが私を見下ろす。

 馬車がゴトゴトと揺れる度に、自分の膝から私の体を落とすまいとエーリヒが体を支えて優しく引き寄せる。

 私がもっとしっかりとエーリヒにしがみつけばいいのだが、なんだかとても胸がドキドキとしてしまうし、そんなにくっつくのは失礼だし。

 とにかくこの状況は、どういうわけかものすごく心がむずむずする。

 そしてこんなに近いと、古城でさっき耳元で囁かれたことを思い出して、なんとなく耳の辺りもむずむずしてくる。



――私から離れるな。もうどこにも行くな、ヴェローニカ。傍にいてくれ。



 うわぁ!もう!

 「…ん?」では、ないですよ。どうしましたか、エーリヒ様?いつからかちょっとキャラ変していませんか?

 あんなの殺し文句だよぅ……勘違いしちゃうじゃん。

 …いつのまにか敬語じゃなくなってるし。

 言った本人はなんでそんなに涼しい顔なんですか?

 言い慣れてるんですか?

 ああ、そうですか。

 

 よく考えたら、ただ単に勝手にふらっといなくなるなってことなのに。それくらい探したんだぞってことなのに。なんだか冷静になれない。

 私、人生二回目なのに……どうしてこんなに翻弄されてるの??




 私は向かいに座るユリウスに助けを求めるように目を向けた。

「どうした、姫?やはりこちらへ来るか?」


 ユリウスが優しい口調で声をかけてくれる。

 よく見るととても美しい顔をしているが、この造形美は人形なのでやはり表情は乏しい。でもプロイセの技術でその表情には幻術が施されているらしい。


 会話や表情に至るまで人形の不自然さをぼかすためのようなのだが、そのような魔法まで人形に搭載するとは。ただの戦闘用兵器の扱いとは思えない。宝物庫に大事に保管されていたのだから、観賞用の意味合いが強いのだろう。

 それでもその体の素材は魔素金属と言われる物理攻撃は勿論のこと、魔法攻撃に対して脅威の耐久性を持つ優れたもののようで、やはり本来は戦闘用マリオネットとして作られているようだ。



 まるで近未来のアンドロイドだな。

 白夜は言っていた。魔素金属とは魔素を吸収した金属の魔物だと。ということは、アンドロイドというよりは…

 彼が今後魔力を吸収して進化していけば、有機体になるというのだから……それはいつか生命体になれるということだ。

 となると、製作者もそれを想定して作ったのだろうか。そうじゃなきゃ表情はまだしも、声を発する機能とかはいらないだろうし。

 それとも傀儡師が操る操り人形としてじゃなくて、こんなふうに魂を入れる器としての可能性を考えていたのだろうか。

 製作者と話してみたいな。…あ、もう滅んでしまったのか…



 ユリウスはマリオネットという傀儡使いの人形の中に入って、私の従者……眷属となった。

 あのまま古城の亡霊として一人残されるよりは……良かったのかな。

 本当は未練を断ち切って成仏して、輪廻の輪に還る方が良かったのではと。今でも思うのだが、それは私が強要することではない。

 だからこそ、私にはユリウスの命に責任がある。



 ユリウスが私に執着するのは、どうやら私の周りには魔素が集まりやすいらしく、私に触れてそれを吸収したいらしい。

 魔素や血液から吸収する魔力が増えると、よりマリオネットの体とユリウス自身の馴染みが良くなって、様々な好影響がある。

 先にユリウスが言ったように、表情も自然になり、より人間らしく近づいていくし、単純に魔素金属の耐久性が上がり、関節の動きや魔力操作の反応も良くなるらしい。

 逆に魔素や魔力が少ないと、それらは進まないどころか、体から霊体が離れてしまう危険性もある。


 となると、たくさん魔素を与えなければならない。魔素がたくさん集まると、歌を歌った時のように濃縮された魔素が光を放つようだ。

 じゃあ、歌を歌えばいいのかな。でも歌わなくても飛べるようにはなったから、願えば魔素も集まってくれるのかも。



 魔素って……やはり不思議な物質だな。電気のようなエネルギーかなって、以前にエーリヒと話したときには思ったのだけれど。

 魔素は魔力の素で、強さの素だったり、若さや美しさの素だったり、何かしらのエネルギーの一種ではあるのだろう。しかも私にとっては、願いを叶える神秘エネルギーだ。そして魔素はこの世界を包んでいる。

 ここは奇跡の素に包まれた世界なんだ。




「ヴェローニカ」

「え?」

「何故ユリウスを見ている」

「…ユリウスが、大丈夫かなって」

「大丈夫、とは?」

「魔素や魔力が足りないと体から霊体が離れてしまうって白夜が」

 するとエーリヒがユリウスを見た。

 近頃のエーリヒは真顔になることが多くなった。初めの頃の、距離を置くような綺麗な笑みを見なくなった。


「…本当か…?」

「だから言ったはずだ。まだ魔素が足りないと。姫をこちらに預けろ」

「…………」

 エーリヒが不愉快そうに眉根を寄せる。それを見上げていると、ユリウスが私を抱き上げて自分の膝の上に移動させた。


 ほっと体の力が抜けたのは、私だけではなくユリウスもだったようだ。だいぶ我慢をしていたのか。

「大丈夫?ユリウス」

「ああ」

 ユリウスがきゅっと私を抱き寄せた。

 マリオネットだから、ぬくもりは感じられない。けど、誰かにこんな風に抱きしめられるのは久しぶり過ぎて、なんだか少しドキドキする。でもエーリヒよりは落ち着くから不思議だ。



 眷属だから、なのかな。

 何か表現できない繋がりを感じる。白夜に抱きついているときみたいに、安心する。

 私はそのままユリウスの首元に腕を回して抱きしめ返した。こうすれば危なくない。ついでに魔素がたくさん集まるようにお祈りしよう。ユリウスが苦しくないように。


「ん……?魔素が濃くなった」

 ユリウスがぼそっと呟いたので、「ほんと?良かった」とふふっと微笑んだ。

 ちゃんとお祈りに効果はあるようだ。

「何かしたのか?」

「何かというか……お祈りしたの」

「お祈り…?」

 ユリウスが不思議そうな声で私を見る。

「白夜が言ってたでしょ?強く願えって」

「ああ。なるほど」

 ユリウスが深呼吸した。魔素が濃くなって息がしやすいとか、そんな感じなのだろうか。本当に人間みたいだな。



「空を飛ぶのもそんな感じだったのか?」

「うん。初めは空を飛ぶ歌を歌ってたんだけど、そのうちコツをつかんだの」

「ふっ。コツか。……そなたが飛んできたときは驚いたぞ」

 ユリウスが吹き出して、私を見て笑った。表情が柔らかくなっている気がする。


「人間が何故空を飛んでいるのかと聞いた時、そなたはなんて答えたか覚えているか?」

「え?……えーと…」

「ふふ。あの時もそうやって“えーと…”って考えてから、そなたは言ったんだ。“きっと今夜が満月だから”と」



 ああ、そうだった。昨夜は綺麗な満月で、さらに空まで飛べてテンションが上がっていたんだった。



「突然飛んできて、廃城にいる亡霊の私に、“月が綺麗な夜だったからですよ?空を飛びたくなるでしょう?”って言うんだからな」

 ユリウスはまた楽しそうに笑った。

「私が怖くはないのかと聞いたら、“私も傍から見たら幽霊だ”ときたもんだ。…全くそなたは…」


 出会った時はあんなに寂しそうで、悲しそうだったのに。ユリウスが笑ってくれるとなんだか嬉しい。

 紫色の髪。紫色の瞳。…アメジストみたいに綺麗。

 私の眷属。従者……か。

 よくわからないけど、この人は私の味方なのね。ずっと傍にいてくれるのね。


「でも、本当だよ?月が綺麗だったの。あのお城が印象に残ったの。それで懐かしい歌を歌いたくなったの。そしたら空を飛んでたの」

 ユリウスの笑顔につられて、一緒になって笑った。



「ヴェローニカ」

 ふいにエーリヒに名前を呼ばれて、返事をしてそちらを見ると、少し不満げな表情をしている。そして、「空など普通は飛べるものではない」と言われてしまった。とても非常識そうに。

「え?魔法がある世界ですよね?」

「魔法はあるが、空を飛べる魔法などない。…いや、知らないと、言うべきか」

 エーリヒが表現に正確さを求めていると、ユリウスがまたくくっと笑っている。



「昔もなかったの?ユリウス」

「…そうだな。聞いたことはない」

「そうなんだ。…皆、空を飛びたいって思わなかったのかな?」

「「そういう問題ではない」」

 エーリヒとユリウスの発言が被る。エーリヒは不機嫌そうに、ユリウスは可笑しそうに。

 …違うのか。

 そしてしばらく無言になって、馬車の走る音が響いた。




 ユリウスの肌に触れると、人間みたいな質感なのに冷たい感触だった。

 これは人形だ。人肌じゃない。甘えるように抱きついていても、何も問題はない…。ユリウスも魔素が必要だから嫌がったりはしない。だから大丈夫……

 普通とは、違うけれど。


「家族ってもしかしてこんな感じなの?」

 ふと、ユリウスを見て聞いてみる。

「家族か?」

「…家族は、抱きしめたりするの?…人前で、こんな風にしてるの……おかしくない?」

「ああ……そうか」

 ユリウスの少し哀れんだような声が、悲しそうな表情に見えた要因かもしれない。普段ならこんな話は恥ずかしいけれど、なんとなく、ユリウスなら大丈夫な気がした。



 家族に抱きしめられた記憶なんて私にはない。それは普通ではないことだったのかすら、よくわからない。逆に家族に抱きしめられるなんて気持ち悪いとすら思う。

 皆、ある程度大きくなって自我が形成されたあともこんな風に抱きしめ合ったりするものなのだろうか。私はそんな経験がないから、人と触れ合うことにこんなに戸惑うのだろうか。


 ずっと人に触れられることが嫌だと思っていた。触られたくない。気持ち悪い。それは今もあまり変わらない。

 エーリヒも、ユリウスも、マリエルも、私を抱き上げようとしたり、膝枕をしようとしたり。とにかくすぐ触れてきて、面食らうことばかりだ。

 でも彼らのことは、気持ち悪いとは、思わない。



「そんな風にされたことがなかったから、よく、わからないの。ずっと他人に触れられることが嫌だった。だからどうしていいのかよくわからないの。…だから、うまくできなくて、ごめんなさい。…断っても、皆が嫌いなわけじゃ、ないの…」

「…そうか」

 涙が出そうで、それを誤魔化したくて。きゅっとユリウスにしがみつくと、ユリウスは背中を優しく撫でてくれた。

 ごめんなさいは、エーリヒに向けて言っていた。馬車を降りる時に抱き上げられることを遠慮したことを思い出して。伝わったかは、わからないけれど。




 そうしているうちに馬車はプロイセに入った。

 大通りは人が行き交っていて、奥に噴水が見えた。この街の憩いの場のようだ。

 グレーデンも活気があって、屋台が並んでいたけれど、こんな風に賑やかで整った街を見たのは初めてだ。ここは昨日通ったときにはもう暗くなっていたし、王都では門の手前の町並みしか見れなかったから。



「エーリヒ様。私の世界に有名な泉があるんですよ」

 私には別世界の前世の記憶があることをユリウスも知っていると聞いたので、憚ることなくトレヴィの泉について説明した。

 何故硬貨を投げるのか?と二人ともそこはよく理解できなかったようだ。


「ここの泉も彫像がありますけど、あれは神様ですか?」

「…さあな。プロイセのことはよくわからない」

 エーリヒでも知らないことがあるんだ。

「あれは恐らくソランとレーニではないか。昔のプロイセの街にもあのようなものがあったからな」

 ユリウスが噴水を目にして言った。

 あの太陽と月のソランとレーニか。

 なんだか思い出してちょっと切なくなった。でもあの泉にある彫刻は二人が寄り添っている。それだけでなんとなく嬉しかった。




◆◆◆◆◆◆




「お嬢様!」

 宿屋に着いて部屋まで行くと、マリエルが私を見て駆け寄ってきた。その表情を見ればどんなに心配をしていたのかがわかる。こんなに私を思ってくれているなんて。今にも涙が溢れそうだ。


「心配かけてごめんなさい、マリエルさん、皆さん」

 護衛の皆も集まっていて、私を見て安堵の表情だ。

 マリエルにはどう謝っていいのかわからない。いつも迷惑をかけてばかりだ。こんなに心配させるつもりはなかったのに。



「すまない。私のせいだ」

 言葉に詰まっていると、私を抱き上げていたユリウスが言った。マリエルは今初めて私を抱いているユリウスが知らない人だと気づいたようで、驚いている。

「ヴェローニカは困っている私を放っておけなくて、帰りが遅くなってしまった。皆に心配をかけてすまない」

「…え?…」


 空を飛んだことは伏せるようにと言われていたので、どう説明すればと思っていたが、見るからに高位貴族な美しい容姿のユリウスが謝ってくれて、皆何かわからないけど事情があったんだな、的な空気になっている。

 エーリヒも詳しく説明するつもりはないと言っていた。



「ユリウス……ごめんね。ありがとう」

 私は悪者になってくれたユリウスに申し訳なく思う。

「何を言う、姫。本当のことだろ」

 ユリウスは傍にある私の顔に身を寄せて、こつんと自分の額を私の額に当てた。

 なんとなくくすぐったい気持ちで目を逸らしたら、マリエルが目を見張ってこちらを見ていた。知らない人と親しげなのが不思議なのだろう。


 後ろからエーリヒの声が聞こえた気がして振り返ると、フォルカーと何か話した後、ユリアンを連れて自室に帰っていった。いつもは何か声をかけてくれるのにな、と思ったけど、エーリヒだって私にばかりかまってはいられないだろう。

 今日は朝からずっと探してくれたようだし、顔色もあまり良くなかった。私のせいで負担をかけてしまった。少し…ううん、すごく心配だ。

 でも……私にできることなんて、特にない。



「どうした」

 ユリウスがこちらを窺う。私もそうだが、ユリウスももしかしたら私の感情を感じやすいのかもしれない。だからか、白夜にするみたいに甘えてしまう。ユリウスの首元にしがみついて顔を埋めた。

「…………」

 ユリウスは黙って私の頭に手を添えてくれた。



「ここはヴェローニカの部屋か?」

「え?あ、はい」

「そなたは?」

「え、あ、私はお嬢様のお世話をさせていただいてます、マリエルと申します」

「侍女か。ではここはもう良い。下がれ」

「え?でも、お嬢様の湯浴みと着替えを」

「ああ。そうか。…では私は部屋の外にいる。終わったら呼べ。…姫、それで良いか?」


 私がぐずぐずしているうちに、ユリウスが手際良く采配してしまっていた。私はこくんと頷いて、マリエルと部屋へ入った。




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