表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/217

57.国盗り(2)

《ユリアン・オルフ》




「ヴェローニカ」

「はい」

「何も気に病むことはない。私は君を邪魔に思うことはないし、迷惑だなどとも思わない」

「でも、私がいることでエーリヒ様は…ご自分の…」

 そこで言葉を切ってエーリヒを見つめている。どんな不安があるのか、それでも断ろうとするヴェローニカ。

「ヴェローニカ。さっきも言ったはずだ。これは私の望みだと。それでも私に負い目を感じるというのなら、何か対価を要求すれば君は納得するのか?」

「…………」

「ではこうしよう」



 未だに首を縦には振らないヴェローニカに、エーリヒは自分の腕の中にいる彼女に身を寄せた。

 それに驚いたのか、ヴェローニカは青銀の瞳をぱちくりさせて身をすくませる。そしてその耳元で何かを囁く。

「…………」

 まるで恋人達が戯れるのを見ているかのようだ。


 しばらく囁いて体を離すと、エーリヒは言った。

「君に要求することはこれだけだ……私の願いを叶えてくれ。ヴェローニカ……わかったか?」

 穏やかな声だった。優しく微笑んでいる。

 頬を朱に染め、口元を両手で覆ったヴェローニカの大きな青銀の瞳から涙があふれてぽろりとこぼれる。

 エーリヒは涙を流す彼女を宥めるように素手で優しく涙を拭い、頬を愛おしげに撫でる。いつも身につけているはずの黒い革手袋はなかった。



 ユリアンはその光景を感嘆の思いで見つめていた。こんな主を見るのは初めてだ、と。

 一体エーリヒは彼女に何を囁いたのか。


 いつからだろう。いつの間にか二人の距離感が変わっている気がする。敬語も使っていない。

 主はいつかの“ヴェローニカの秘密”を聞き出せたのか。ヴェローニカが“何者であるのか”を。

 そういうことなのだろうか。それは一体、どんな秘密なのだろうか。知ってしまえば、いつも冷静で女性に淡白だった我が主でさえ、彼女の虜となるような……




『話は済んだのか』

 どこからか覇気のある声が聞こえた。ざわりと鳥肌が立つ。

 階段上であるためかろうじて後ずさりを堪えられたが、不穏な気配にキョロキョロと周囲を警戒する。すると玉座の隣の空間がじわりと歪んで、中から大きな白銀の魔獣が現れた。


「な?!」

 階下にいるフォルカーが警戒心をあらわにし身構えるが、ロルフはあまりの威圧感に腰を抜かしたようだ。ドサリと後ろで尻餅をついた音がする。

 ディーターの言うとおりだ。これと敵対すれば命はないと誰でも理解する。

 ユリアンはゴクリと息を呑む。

 あまりにも近い距離にいる。

(これがシルバーフォックスか。どうやってここに?…いや、それより……なんて、魔力の圧だ…)



「もう少し魔力を抑えられないのか、白夜」

『ふん。くだらんことを……何故俺がそんなことを気にせねばならんのだ』

 白銀の魔獣がふわりふわりと尻尾を揺らした。

 エーリヒがこんな魔力を発する魔獣と普通に話していることに驚きだ。



「ヴェローニカ、それで良いな」

「…………」

 ヴェローニカはまだ困ったような顔をしている。

 白銀の魔獣がゆったりとエーリヒに近づいていく。エーリヒにというより、ヴェローニカに近づいているのだとはわかるのだが、主に危害を及ぼさないのか不安になる。だがエーリヒはユリアンの心配を余所に平然としていた。


「白夜…」

 ヴェローニカが傍に来た白銀の魔獣に手を伸ばした。小さな手が魔獣の顔に触れ、それを喜ぶかのように尻尾を揺らしている。

 しばらくそうしてから、ひたとエーリヒを見つめた。血のように真っ赤な瞳だ。こんなに至近距離であのような恐ろしい魔獣に見つめられても、エーリヒは臆することなく見つめ返している。



「なんだ…?」

『色々言いたいことはあるが……邪魔がたくさんいるからな。面倒だ』

 赤い瞳がちらりとこちらを見た。

『この子を傍に置きたいのであれば、それなりの覚悟はあるのだろう…?ならば良い』


「お前の懸念はわかった。…それについてはなんとかする」

『ほう…。面白い』

 また尻尾をふわりと揺らす。どうやら感情が尻尾に表れるようだ。

「エーリヒ様…」

「そんな顔をするな」

 エーリヒがヴェローニカの頬を撫でる。

 懸念とは何か。ユリアンはどことなく不安を感じた。



『ヴェローニカが悲しむのは俺も本意ではない。ことと次第によっては……お前の国盗り、手伝ってやっても良いぞ。人間共は最近、神威の何たるかを忘れているようだからな』


 鷹揚に、そして悠々と王者の風格で、白銀の魔獣はとんでもないことを口にする。


「…国、盗り…?」

 ユリアンは戸惑う。

 国盗り?神威?一体、何の話だ。

 対してエーリヒは、ふっと不敵に笑っている。


「国盗りだと…?なんだか知らぬが…。姫のためになることならば、もちろん私も手伝おう。…相手がやつらならばなおさらだ。…積年の恨みを晴らすいい機会だな」


 ユリウスもわからないと言いつつも、躊躇いはなさそうだ。

 ユリアンは何がなんだかわからずに、突拍子もないこの場の会話にただただ翻弄されていた。





 そのあとは用意した食事を皆で食べて、ユリウスがヴェローニカを返せとエーリヒに何度か言っていたのだが、エーリヒはそれをことごとく無視してずっと彼女を膝に抱えていた。

 姫を抱いていると魔素が溜まるとか、何か言っていたのだが。なんのことだろうか。それに用意した食事も一切口にしなかったし。




「じゃあ、またね白夜」

『ああ。勝手な行動は慎め。お守りが大変だ』

「もう…」

『冗談ではないぞ。俺はそろそろここを離れる。しばらく用があるからな』

「…そっか…」


 ヴェローニカは寂しそうな表情で白夜にギュッとしがみついている。

 あのような魔獣にしがみつくなんて、未だに信じられない。恐ろしすぎる。



 護衛のフォルカーらや御者も同じ思いなのだろう。ヴェローニカと白夜を遠巻きにして馬の世話などをしながら、こちらの様子をチラチラと見ている。怖いもの見たさというやつなのだろう。



 日が落ちる頃、ようやくヴェローニカが立てるくらいには回復したようで、プロイセの都に帰ることになった。ヴェローニカは白夜とともにここにいたがったが、ここでは食事も何もままならないとエーリヒに言われてしょんぼりしていた。




『離れがたいのか?お前は本当に俺が好きだな』

「うん。大好きだよ」

『そうか』

「いつもありがとう。白夜。気をつけて行くんだよ」

『ふ……お前もな』

 白銀の魔獣、白夜が尻尾をふわりふわりと揺らしている。ご機嫌なようだ。

 エーリヒとユリウスは微かに眉をひそめ、面白くなさそうだが。


「白夜…」

『なんだ?』

「…………」

『また乗せていくか?』

「いいの?」

 ぱあっとヴェローニカの顔が明るくなる。

「だめだ。お前が街道を行くのは目立つ」

 すかさずエーリヒが却下する。

 ヴェローニカには可哀想だが、このような大きな珍しい魔獣が街道を行けば、誰かに見られる可能性がある。プロイセの都はすぐそこなのだから。



 ヴェローニカは白夜にぎゅっとしがみついて、耳元で何か小声で話している。

「……。あ、エーリヒ様は聞いちゃダメですからね」

 急に振り返るとエーリヒに注意を促した。

 主のことをよくわかっているなと可笑しくなって、ユリアンは思わず笑みをこぼしてしまった。


「…………」

 主の方を見ると、少し眉をしかめていた。注意されたからなのか、それとも、それでも聞き耳を立てていて、その内容からなのか。



 何かずっと二人でコソコソと話していたようだが、白夜が首を傾げてヴェローニカを見た。なにやら困っているように見える。

『おい……エーリヒ』

 白夜が今日初めて主の名前を呼んだのを聞いた。

「なんだ」

『どうせ聞いていたのだろ』

「え!」

 ヴェローニカが振り返る。

「…………」

 主は答えない。恐らく肯定だろうとユリアンは思った。


『お前、心配されているぞ。不甲斐ないな』

「白夜っ…」

 ヴェローニカの慌てる声。

「…………」

 主は無言だ。



『…お前は強いと証明しろ。じゃないとヴェローニカはいつまでも不安なのだろう。お前が秘密を明かし、お前に危険が及ぶこと、お前が害されるのが怖いというのはそういうことだ』


「もう、白夜…」

 ヴェローニカが白夜にぎゅっと顔を埋めている。内緒話をバラされて恥ずかしいようだ。

 主を心配する心には共感するし、その仕草も可愛らしいとは思うのだが、何故そんなにヴェローニカは主のことが心配なのだろうか。

 “秘密を明かす”とは何だ。先ほどの“国盗り”に関係すること、か。



『何もかも自分のせいだと思うのは良くないクセだ、ヴェローニカ』

「…………」

 ヴェローニカは白夜の白銀の毛並みに顔を埋めながら無言で頷いた。

『それに、こやつは人間にしては強い。…俺ほどではないが』


「ほう…」

 エーリヒがにこりと綺麗に微笑んだ。これは怒っているときの笑顔だが、何もシルバーフォックス相手に喧嘩腰にならなくても、とユリアンは焦る。


「つまりヴェローニカの不安は、私が強ければ全て解決するのだな。…ならば問題はない」

 エーリヒの言葉に、ゆっくりとヴェローニカは顔を上げてエーリヒを見た。



「私に勝てる人間などいない」



 ユリアンはエーリヒの発言に目を見張った。

 エーリヒが強いのは知っている。だがそれを誇るよりは、隠しているように見えたからだ。このように皆の前で自らの強さを誇示するなど、今までの主にはない言動だった。

 ヴェローニカはその発言に驚いてはいない。穏やかに、だが少し困ったように微笑んでいる。


「わかっています。エーリヒ様が強いのは。でも、強いとか、勝てるとか、そういうことじゃなくて……私は……エーリヒ様に無理をして欲しくないんです。…望まないことを、して欲しくないの……人の悪意は、そんなに単純ではないから…」


「…ああ。…わかった」

 エーリヒはヴェローニカに跪き、手を伸ばして頬を撫でた。

「もう、帰ろう。ヴェローニカ。君の不安なら、私が聞くから」

 微笑んではいるものの、それでも不安が拭えない。ヴェローニカの表情はそう言っているようで、ユリアンはなんとなく胸が重く感じていた。




 白夜が去った途端に、エーリヒはヴェローニカを抱き上げ、馬車へと向かう。

 プロイセへの帰路ではエーリヒが乗ってきた馬はユリアンが乗ることになったのだが、馬車にはエーリヒとヴェローニカ、ユリウスが乗る。

 向こうで、ヴェローニカと乗るのは自分だとユリウスがまたエーリヒに絡んでいる声が聞こえた。


 まんまとユリウスを出し抜いて機先を制していたエーリヒに、ユリアンは呆れ気味に苦笑を漏らしながら、プロイセの街へ馬首を巡らせた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ