52.春の夜の夢(2)
「え?…仕える?私に?…でも、このままだとずっとアンデッドのままだよ?」
『成仏とやらをすれば、ヴェローニカにはもう会えないのだろう?』
「…それは、そうだけど…」
私は戸惑いつつ白夜を振り返った。白夜は尻尾をふわりと揺らして、ただいつも通りにこちらを見ているだけだ。
「えーっと…。ほんとに、それでいいの?生まれ変わって人生をやり直したいとは思わないの?初めから、またやり直せるんだよ?」
『それは思い立てばいつでもできることだが、私は私ではなくなり、ヴェローニカにはもう会えなくなる』
これは……こないだエーリヒに言った、一期一会ということかな。一生に一度限りの。そんな思いを、私が勝手にはできない。
いずれ心の整理がついたら、成仏することを選ぶかもしれないし。それまでは結局成仏できないのなら。このままここで一人残して行くのも気になるし。
「うん。…わかった。じゃあ、一緒に行こう。でも……このまま私についてくるってこと?」
私は目の前に跪いているユリウスと白夜を交互に見た。
『望めるのならば、私はヴェローニカに付き従えるための体が欲しい』
『体と言ってもな……お前はゴーストだ。進化する贄もない今は、霊体であるお前を別の器に入れるしかないだろう。それでも良いのか』
『別の器とは…』
『仕えるのならば、やはり人型だな。…すぐに用意可能なのは、人形の類いだろうな』
『人形か。…精巧な物であれば、霊体のままよりはそなたの役には立てるか』
白夜は天井を見上げた。そこは崩れ落ちていて、そこから見える夜空に、明るい満月が浮かんでいる。
『今宵は満月か。運がいいな。…ヴェローニカ。お前がそれで良ければ、そやつに血を分けてやれ』
「血?…どうやって?」
『死体か人形か、はたまた胎児か……どれを選ぼうとこやつの魂の器を用意すれば、あとはヴェローニカの血で定着させることができる。だが今は適当なものがない。然るべき器はいずれ見つけることにして、今は仮の器に入っておくしかないな。…ふむ。その辺りに転がっている鎧とか……街まで戻って人形でも持ってくるとか…』
『鎧か…。ならばちょうど良い物がある』
ユリウスが玉座の横にすうっと滑るようになめらかに移動したので、それについていく。
そして玉座の横にまわったユリウスは、玉座の真下の床に手をついた。
青白い霊体の手のひらから床へと光が走り、その光が床の上に大きな何かの紋様を浮かび上がらせた。
振動とともに玉座の後ろの床に溝ができて、ガガガガ…と音をたてながら床が動き、ぽっかりと闇の口を開けた。床の下にさらに真っ暗な地下空洞が現れて、月明かりで見えた手前の石階段が闇へ向かって下に伸びている。
中からはずっと塞がれていた地下のような匂いがした。土壌菌の一種の匂いなんだろう。それが不気味さを醸し出している。さすがにここまで暗いと少し怖い。
『この下は宝物庫だ。中に鎧があったはず』
「宝物庫…」
臆した様子もなくユリウスがすいっとその中へ入って行く。ユリウス自身が青白く光っているので、階段に沿って滑るように下りていくのが目で追えた。
『行くか?』
「でも、真っ暗で見えないよ、白夜」
『俺が照らしてやる』
白夜は先に階段をとんとん…と軽快に下りていくと、青白い小さな炎のようなものが浮かんで白夜の周りが明るく灯され、足元が見えるようになったので、そのまま礼を言って二人についていった。
狐火というやつかな。人魂にも見えるけど。
階段を下りきると正面になんの装飾もない壁があって、そこでまたユリウスが壁に触れると先ほどの魔法陣のような紋様が明るく浮かび上がり、扉が魔法のように現れて開いていくところだった。
扉が開くと、中の魔導灯が手前から順についていって部屋が明るくなっていく。百年以上も前に滅びたお城とは思えないほどに、その部屋だけが時を止めていた。
魔導灯の明かりに照らされて、飾ってある宝物達が眠りから目覚めたように煌めいている。
戦の傷跡と劣化が激しい城の内部とは違って、ここの壁は貴族の屋敷のそれと同じで、なんら遜色ない。その壁には美しい輝きを保った武器が並んで掛けられていた。
剣、それも長剣にレイピア、短剣など、長さや刃の幅、厚みの違う物、ククリナイフのような珍しい形状の物までが各種揃い、他にも槍、斧、ハルバートなど、武器屋か武器庫のように全てが新品の輝きをもって整然と並んでいた。
反対側の壁際には鎧や盾も並び、防具も豊富に揃っている。
奥には宝箱や透明なケースに飾られた宝石類まである。
これが今やあれほどまでに朽ちてしまったプロイセ城の宝物庫とは。まるで国立博物館規模だ。想像以上だった。
ユリウスは部屋の前でしばらく佇んでいる。見惚れているのかと思ったが、その瞳は懐かしさや寂しさを滲ませているように見えた。戻れない、取り戻せない、遠い日の落日を想うように。
「この部屋だけは朽ちていないのね」
『宝物が劣化しないように、ここは魔力で保たれている。その魔力も自力で集める仕組みにはなっているが、たまに私が魔力供給もしていた。プロイセに遺されているのは……もうここだけだからな…』
ユリウスはやはりこのお城を守る墓守で、番人だったのだな。
未練か……。私についてくるのなら、ここから離れるということになる。このままでも本当に維持できるのか、あとで確認しておこう。
「宝は奪われなかったのね」
『プロイセは有能な錬金術師や技術の高い鍛冶師が揃っていた。ここにある全てが貴重な魔素金属で作られている。そして宝物庫は他にもあった。だがそちらはダミーでここの物よりは質は劣る。勿論そこらの物よりも品質はいいが、プロイセにすれば量産品だな。奴らはそちらを嬉々として奪っていったさ』
『そんなこととも知らず、プロイセ城から奪った宝は今でも王家の宝として王都の王城にあるのだろうな』
『…だろうな…』
白夜の言葉に応じたユリウスは、嘲笑するように、低く吐き捨てるような声音だった。
どうしてここは戦になったんだろう。プロイセの宝が王都の王城にあるのなら、戦ったのはヴァイデンライヒ王家と、ということになる。王家との内戦。つまり謀反、反逆の扱いだろう。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
伝えられている歴史が、必ずしも正しいとは、限らない。
でも、それはユリウスには聞きづらかった。
この地とここに住む人々、その尊き命も、思い入れも、無念も、全てを戦火が呑み込んだ。彼はその只中にあったのだ。
彼の中では、私のように歴史の中の1ページではない。きっと今だに彼の心は、かつての戦場の中にいる。百年以上も、その姿のままで。
やはり、このままここには置いては行けない。
すうっとまたユリウスが滑るように宝物庫に入って行くのを目で追った。
ここはユリウスが死後も守っていた場所。部外者が安易に踏み込んでも良いものか。
『これならどうだ?』
ユリウスが中に飾ってあった鎧の前で振り向いた。
『…どうした。入って良いぞ』
「うん。…ありがとう」
ユリウスの側まで来て、その鎧を見上げる。白銀色に輝く鎧一式。フルフェイスヘルメットの装飾も美しい全身鎧。とても美しいが…
「これは、素敵だけど……ちょっと派手じゃない?」
『派手だな』
『…まあ、そうだな。だが、これらはプロイセの宝だからな。全身鎧ならば皆こんな感じだ。部分鎧ではまずかろう』
確かに。部分鎧だと中身の霊体が見えちゃうからね。逆に鎧に同化して霊体が見えなくて、中身がないと思われる可能性もあるな。
隣を見ると、黒光りした全身鎧が飾られている。
白い方は白騎士とか聖騎士とかいう雰囲気で、黒い鎧の方はよくある暗黒騎士という名がお似合いだ。赤いのは真田の赤備えだな。一人だから備えではないか。
でも今の霊体のユリウスも、白っぽい装飾の凝った鎧をまとっていて、身分は高そうだった。それも宝物級だったのだろう。さっき名乗った姓にプロイセとあったし。やっぱり偉い人なのかな。
ユリウスの生前のイメージは白騎士のようだ。金髪碧眼の若いイケメン白騎士。
ユリウス、モテたろうな。
『どちらかと言えば、黒の方が目立たないが。…これだと恐れられそうではないか?』
「無駄に警戒はされそうね」
私的には黒騎士も白騎士もかっこいいけれど。衆目は集めるだろうな。
『プロイセは高い技術を誇った古都だった。傀儡はないのか』
「傀儡?」
傀儡。あれ?最近どこかで聞いたな。
白夜の問いかけにユリウスを振り返ると、しばし口元に手を当てて考えてから、はたとこちらを見る。
『マリオネットか。ある』
ユリウスは体の向きを変えてすうっと奥の方へと移動した。そして大きな棺のような箱の前で止まる。まるでドラキュラの棺のような大きさの立派な宝箱だ。
『すまない。開けてくれないか、ヴェローニカ』
ユリウスは霊体だから、魔力は供給できても棺は開けられないのか。
私は素直に頷いて、棺の蓋を持ち上げた。
中には美しい女性が胸の上に手を組み、眠るように横たわっていた。
紫色の長い髪、長いまつげに整った目鼻立ち。陶器や磁器のような滑らかな白い肌。
少し驚いたが、傀儡と言っていたので遺体ではないとわかっている。だがとても人形とは思えないほどに精巧に人間を模していた。
『これは女性体だったな。隣も開けてくれ』
ユリウスに促されて、次に隣にある棺の蓋を開けた。
そこにはまた先ほどの女性のような美しい男性が眠るように横たわっている。男性というよりは中性的な美しい容貌だ。
『これも魔素金属か。耐久性は十分だな』
『もちろんだ。もし破損してもスペアはいくつかある。メンテナンスにここに来る必要はあるが。…技術者も必要になるな…』
「これは何のための人形なの?」
『これは魔力を通して主に戦闘で扱う代物だ。言わば兵器だな。傀儡使いという者達がこういった人形を使役して戦う。例えば毒気がある魔獣との戦闘や汚染された土地への潜入とかには有効だな。実戦で使われるものはここまで容姿にはこだわってはいない。だが顔などない簡素な造りのただの人型は、デコイとして使う場合がほとんどだ。盾にしたり、罠の確認をするために使ったりな。これは宝物庫で保管していたものだから特別製だ。傀儡の全てがこんなに精巧なわけじゃない』
ユリウスが質問に丁寧に答えてくれた。
そう言えばこないだの貴族のお茶会で、リュディガーが魔法の解説をしてくれた時にさらっと聞いたんだ。錬金術師の造る傀儡人形について。魔力操作が難しく、今は傀儡使いは珍しいと言っていた。
そこに白夜も補足してくれる。
『最近はあまり傀儡使いはいない。自らの魔法を派手に扱うのが優雅だと今の貴族らは思っているようだからな』
『なるほど。やつらの考えそうなことだ』
ユリウスは皮肉げに笑う。
『マリオネットを扱うには巧みな魔力操作が必須だ。そうそう熟達はできない。だから本当は傀儡使いは敬われるべきなんだがな。どうもヴァイデンライヒ王家は高魔力、高威力の力業が好きらしい。…あの時も酷いものだった…』
ユリウスが昏い瞳をした。
戦争で城を攻められた当時を思い出しているのだろうか。
「…………」
『…すまない。心配させたな』
ユリウスはぎこちなく笑って、私の頭をなでようと手を伸ばしたが、その手はすうっと通り抜けていって、またぎこちなく笑った。
『では、これでいいのだな。始めるぞ』
『ああ。頼む。…良いか?ヴェローニカ。…私の主になってくれるか?承諾してくれるのなら、この命に懸けて……いや、この魂を懸けて、そなたを護ろう』
それまで見上げながら話をしていたユリウスが、また私の前に跪いて手を取ったので、彼を見下ろす形になる。
主…
「主……なの?主従関係なんていらないでしょ?」
『だがお前の力がないと、こやつは進化できないのだぞ、ヴェローニカ』
ふわりふわりと後ろで尻尾を揺らめかせている白夜を振り向いた。
「そうなの?」
『ああ。今の霊体状態でも人型に憑依することはできるだろうが、これは話が違う。これは良質の魔素金属の傀儡だ。魔力抵抗が高いから下手な魔物は弾かれる。これと同化するならば、やはりお前の血と魔力が必要だ。魔素金属とは魔素溜まりの鉱脈から産出した貴重な鉱物で魔鉱とも呼ばれるんだが、その吸収した魔素の種類と量、年月で品質が異なる。言わば魔素で成長する金属の魔物のようなものだ。その中でもこれは最高級に属するだろう』
「金属の魔物…」
『そうだ。それを従えるのだ。そもそも傀儡契約は血で成すものだ。魔力のみで行うと他の術者に書き換えられ易いからな。さらにこれの素材となっている魔素金属は魔法を跳ね返す性質を持っている。それが最高級素材となると、これと契約するには人を選ぶ』
「じゃあ、誰でもこの人形を使えるというわけではないの?」
『そうだろうな。これはここの領主に献上された宝物なのだろうから、誰でも使役できる代物じゃないだろう』
『ああ。城には傀儡使いもいたが、やはりこれを使役するには至らなかったようだ。私もそれなりに魔力はあったが、残念ながら然程器用じゃなかった。せっかくの逸品がそれこそ宝の持ち腐れだな』
ユリウスは白夜の言葉に苦笑した。
『高品質の魔素金属は純粋な魔素や魔力しか吸収しない。これを支配するには純度の高い魔力がこもった血液、魔力結晶が必要だ。それがお前の血だ。不純物が混じった弱い魔力や血では受け付けない。しかも魔力を注げば注ぐほど、魔素金属は成長する。お前を守る裏切らない者を造り、育てる。血の契約、お前の眷属を造るということだ。それは主従契約に他ならない。…俺はしばらくお前を守ってやれないからな』
「私は白夜といたいよ。人間の街じゃなくてもいいよ?」
『…俺は少しやることがある』
「…そうなんだ…」
白夜が忙しいなら仕方がない。
「うん。わかった」
『では、手を出せ』
こくりと頷いて、言うとおりに腕を出す。すると、一陣の風とともにピリッと腕に痛みが走って血が垂れてくる。
『ここに垂らせ』
白夜に言われた通りに美しいマリオネットの口元に自分の血を垂らした。
マリオネットの唇に落ちた真っ赤な血液は、虹色に輝いて口元に吸い込まれるように消えていく。
まるで血を飲んでいるかのようだ。ヴァンパイアのように。
『注ぐ血の量でこやつと傀儡の進化度合いは決まるだろう。定期的に魔素と血を与えると良い。与えれば与えるほどに進化し、強くなる。次はお前だ。中に宿ってお前の望みを強く願え。この傀儡に宿って、この子の側にいたいと願うのだ。願いが弱ければ叶わんぞ。まあそれでも俺は良いがな』
『どうしてだ』
『失敗してもこの傀儡が手に入る。ヴェローニカが操れるようになれば良いだけだ』
『もし、叶わなければ、私は…』
『これに弾かれるだけだ。…そのまま消えよ』
白夜に冷たく突き放されたユリウスは真剣な顔つきになり、マリオネットの中に入っていった。
誰かの主になるというのは戸惑うけれど、それがユリウスの望みなら叶えてあげたくて、棺を覗き込んで血を注ぎながら私も一緒にお願いした。ユリウスに自由な身体を与えて欲しいと。望むようにさせて欲しいと。ずっとここで一人でいるのは、寂しいから。
どれくらいそうしていたのか、血が流れすぎてしまったのか、夜も深まり瞼も重くなってきて、だんだんと意識が遠のいていく。
ああ、どうしよう。早く帰らなきゃいけないのに。置き手紙くらいするんだった。…ああ、だめじゃん。こっちの世界の文字はまだ書けないよ。これじゃあ、またマリエルに心配をかけてしまいそう。と考えながら。
◆追記◆
画像はユリウスのイメージ
後ろになんかいる…




