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48.ある春の日の午後〜王城にて〜(2)

《アルブレヒト・エルメンライヒ》




「アルブレヒト」

「はい、閣下」

 執務室には今、ジークヴァルトと首席補佐官のアルブレヒトだけだ。

「あれは何を隠しているのだ?」

「さぁ」

「お前の教育が悪いのではないか」

「なんと、滅相もない」

 言葉とは違い、アルブレヒトはにこやかにジークヴァルトを見つめる。

「…笑うな」


 ジークヴァルトとアルブレヒトは乳兄弟である。二人きりになれば自然と気の置けない会話になることもしばしばだ。



「茶会の時に感じたが、ヴィクターはヴェローニカに含むところがあるようだな」

「左様でしたか」

「しかしそのようなことで情報を隠されては困る」

「左様ですね」

「アル…」


 クスクスとアルブレヒトは笑っている。ジークヴァルトと同じく高位貴族であることを示す金色の髪がサラサラと揺れていた。


「笑い事ではないぞ」

 やれやれとジークヴァルトはため息をつく。



「仕事の振り分けを誤ったとは思いたくはないのだがな」

「何か懸念があるのではないのですか」

「懸念?」

「ジークはその子を貴族として迎えたいのでしょう?」

「む…?ああ。誰か適当な者と養子縁組をと、考えているのだが。私はまだ独身だしな」

「自分の娘にと、考えたりもしたのですか?」

 ジークヴァルトの考えに少し驚いて、アルブレヒトは夕焼け色の瞳を丸くさせた。


「まあな」

「なるほど。そこまでご執心なのですね。だからヴィクトールも嫉妬したのでしょうか」

「嫉妬だと?」

 今度はジークヴァルトが空色の瞳を見張った。思いもよらなかったようだ。

「ええ。嫉妬ですね。まあ、心配もあるでしょうが」

「全く。何を言うかと思えば、くだらん」



 自分の部下達の前では見せないような表情をするジークヴァルトをアルブレヒトは微笑ましく思う。

 アルブレヒトにとって、ジークヴァルトは幼い頃から主君ではあるが、歳の離れた弟のようなものだ。今このように、まだ若年ながらも伯爵となり、日々を立派に執務に明け暮れている姿を見ても、その思いは変わらない。



「銀髪だからだけではない。リュディガーが言うには、あの歳では信じられない魔力量だという話だ。絶対に平民ではない。本当にエルーシアの貴族なのかもしれないぞ、アル」

「エルーシアの貴族だとして、こちらの貴族とした後にそれがわかればどうなるのでしょうね」

「それだな。もし高位貴族、有力家であった場合、エルーシアは取り戻そうとするだろうか。だが、孤児だったのだぞ。保護したのはこちらだ」


「そういった諍いの元になることを懸念しているのでは?」

 そう言われて、ジークヴァルトがアルブレヒトを見つめる。

「…まあ…そう言われればな。…なんだ?じゃあもうヴィクターはヴェローニカの身元までわかっているということなのか?ならば報告すればいいだろうが。上がった情報を精査するのは私だ。それを隠すのは背信行為だぞ」




 ジークヴァルトは数日前にずっと狙っていたアードラー商会の悪事の一端を取り締まることができたが、その更に黒幕にまでは今回もまだ辿り着けてはいない。

 かなりの大物貴族が後ろ盾になっていると予測をしている。


 元々きな臭い噂のある商会は幾つかあった。それが今回アードラー商会を取り締まるきっかけとなったのは、ハインツが守る王都門と王直轄地の関所の職員の不正疑惑からである。

 それを取り締まるのが本来のハインツの仕事でもあるし、大商会とは必ず大貴族の後ろ盾があるもの。ならば目的の獲物がかかる可能性もある。


 そして大商会が潰れれば経済への影響もないではないが、そこは目をかけた優良商会に取り込ませればいい。さらには取り締まりで押収した資金も手に入るのだ。



 今回取り締まった商隊の臨時護衛として雇われていた傭兵達からの情報で、商会の隠れ村落が存在する可能性が発覚した。予測される場所周辺を捜索した結果、周辺の街や村から拉致されてきた子供や女性達が監禁されていたり、違法薬物となる麻薬の原料の栽培などが行われていた村落だった。

 今回の捜査でその村落は機能しなくなり、商会の経営や権勢に打撃を与えられたことで、確実に黒幕の資金源のひとつは絶つことができた。


 その黒幕とは、恐らく王太子や第二王子の勢力下の貴族であろうと思われる。



 ジークヴァルトの生家、リーデルシュタイン公爵家は中立派ではあるが、貴族社会は国王派と貴族派だけではなく、次世代の王太子と第二王子が後継者争いを水面下で行っている状況だ。

 だがジークヴァルトにとっては、王太子も第二王子も、現王ですら有象無象のクズに他ならない。

 どの勢力につくかなど、頭の痛い話だった。

 つまりこのまま行くと、全てを敵に回しかねないのだ。



 王位継承権は第一王女、第二王女、第三王子にもあるが、第一王女は例外として、第二王女はまだ幼く、第三王子は病弱だと言われ、二人とも表舞台にはなかなか出てこないため、接触する機会が少なく、王位を継ぐに足る人物なのかは未だ見極められていなかった。

 そのような状況で、さらに他国との諍いの種を抱え込むのは確かに危険である。




「正確な情報をと慎重になっているのですよ。そんなに性急にことを進めなくてもよいのでは?」

「だがな……考えてもみろ。豊富な魔力量に、シルバーフォックスも手懐けて、しかもあの子は賢い。アル、お前も気に入るぞ」

 嬉々として話すジークヴァルトは、子供の頃のような笑顔である。


「…その顔をやめろ、アル」

「はいはい」

「全く。お前もリュディガーも…」

「リュディガーも?…ふふ。そうか。本当にその子が気に入ったんだね、ジークは」

「…………」

 少々からかい過ぎたようだ。ジークヴァルトはむすりと黙ってしまった。



「…ちゃんとエーリヒは連れて帰ってくるのでしょうね。私も早く会いたくなりました」



 “ヴェローニカ”とジークヴァルトが名付けた少女とのお茶会にはアルブレヒトは参加していない。主不在のこの執務室で書類仕事をしていたからだ。

 するとジークヴァルトは、

「あやつは小言は多いが腕は立つし、仕事もできる。心配はしていない」と少し不貞腐れ気味な声で言った。

「その通りですね」

 それについてはアルブレヒトも同意見だ。




 エーリヒは筆頭護衛騎士でありながら、補佐官も兼ねる逸材だ。

 通常、貴族学院では、まず教養を学ぶ基礎課程があり、それを終えたのちは文官か武官か側仕えか研究開発技師か、もしくは領主後継者かなど、自分の生まれや適性を見極めて授業を専攻する。


 武官の場合はさらに魔法適性と魔力量により、魔術か剣術か魔剣士かを選ぶ。そして卒業後に魔術師団員や騎士団員、貴族の護衛官などになり、実地研修後に騎士号を得ることで晴れて騎士となるのだ。



 だがエーリヒは文武、そして技術研究、戦略戦術全てを専攻し、学院の専攻授業の全課程を修了している。取っていないのは後継者コースくらいだが、それは嫡男や後継者候補と定められた者しか専攻できないので仕方がない。

 複数の専攻課程を取ることは月日と学費を費やせば可能なことだが、実際三つ以上を取る者はほぼいない。

 だがエーリヒの場合、全課程を飛び級するのでそう月日もかからない上に首席の成績で修了した。それは類稀なる才能だとしか言えない。



 そして筆頭護衛騎士としての戦闘スタイルも独特だった。


 魔力量が多いと言われる高位貴族の魔術師は、主に魔法攻撃を中心に行う。

 短杖や指輪などの独自の魔術具を使い、魔力の消費を軽減したり、魔力操作の精密度を上げたりしながら、豊富な魔力量を駆使した火力重視の魔法攻撃を行う。なので体術や剣術訓練も少しは行うのだが、専ら魔力操作と威力訓練をして自らの魔法攻撃力を上げるのが主流である。



 中位貴族は自分の属性に合った魔剣をカスタマイズして扱う、魔剣を主とした戦闘スタイルで、いわゆる魔剣士と呼ばれる。


 基本の魔剣は魔力の通りが良い素材の刃に魔術回路を組み込み、自分の得意とする属性魔法を纏わせて切れ味を上げたり、魔法効果を付与している。

 その素材の最高峰は魔鉱、魔素金属と呼ばれる魔素を豊富に含んだ金属だ。魔力抵抗は高いが魔術回路を施すことにより、自分の魔力を通せば通すほど耐久性や切れ味が上がるという成長型の最高級素材である。


 高出力になる魔法攻撃よりも、魔剣での戦闘は魔力を軽減、節約できるのが利点だ。その代わり身体能力や剣技、魔剣の扱いに長けなければならない。



 下位貴族に至っては、魔力量が少ないため、その全てが難しくなる。

 よって純粋に自身の武技や身体能力を高め、剣術を鍛えて騎士団に入る者や、戦術や戦略を学んで副官や作戦参謀となる者、補助魔法などを習得して索敵をしたり、魔術具、魔導具の操作による攻撃や防御、後方支援など他の護衛官のバックアップに回る者などがいる。

 そのため下位貴族が、高位貴族の護衛官となるのはあまり現実的ではない。



 ところがエーリヒについてはそのどれもがいまいち当てはまらない。

 汎用性が高い風魔法を独自に工夫してよく使うようだが、魔力量が多い高位貴族の割に出力の高い派手な魔法は使わない。だがエーリヒは金髪ではないが、魔力量が少ない訳ではないらしい。風魔法を見る限り、魔力操作も繊細である。



 メインは独自の魔剣での戦闘だ。そういう面では中位貴族の戦闘スタイルである魔剣士に当たる。

 だが、元素魔法を利用した魔剣ではないようで、刃の短い魔素金属の短剣を装備していて、魔力を流すとそれが光の長剣になる。しかも魔剣と違って伸縮自在。何の属性かもわからない。わからないのだが、大抵のものは一刀両断するほどの魔素金属以上の恐ろしい斬れ味を誇る。


 強いて言えば光属性なのだろうか。だがそのような魔法はエーリヒの他に使える者はいない。

 似たようなものとしては神殿の神官が使う神聖魔法があるが、それとも違うようだ。神聖魔法は回復や浄化に特化した魔法である。



 そして補助魔法も扱えるようで、索敵を超えた探知魔法も精確で広範囲だし、身体強化して戦うため、筋力もスピードも余人に比べ尋常ではない。

 そもそも身体強化しながら魔剣の出力を調整しながら、など同時に魔法を複数使い分けることはセンスと巧みな魔力操作と魔力量が必要なことで、誰もが一朝一夕にできることではない。

 とにかく枠に当てはまらない戦い方なのである。



 だが高位貴族としては高出力の魔法を派手に使うのがステータスでもあるので、それをしない(できないのかすらわからない)エーリヒは高位貴族達に付け入る隙を与えることになる。

 だが本人は一向に気にしてはいない。それは高位貴族の攻撃魔法を向けられたとしても、彼の力で防御も回避も自在に対処できるからだ。

 そしてそれがまたやっかみを受けることになるのだが。


 そんな本人曰く、高出力魔法は使い方次第だが、ほとんどの場合は魔力の無駄とのことだった。




「能力が未知数な者同士、うまくやっているかもしれませんね。旅路が楽しそうです」

 などと適当に言ってみただけなのだが、ジークヴァルトはほんの少し面白くなさそうな表情を見せた。


 おやおや。とアルブレヒトは思う。

 この反応はどう受け取るべきなのか。


「まあ、ヴェローニカを無事に連れ帰ればそれで良い」




コンコンコン

 執務室の扉がノックされ、アルブレヒトが対応に向かうと、扉の外で警備待機していた護衛騎士のギルベルトが取り次ぎをする。

 扉の外は広い応接室にもなっていて、そちらでもジークヴァルトの補佐官達がそれぞれの机で仕事をしている。そして応接室の出入り口にも護衛騎士が待機しているのが見えた。


 一度扉を閉めてからアルブレヒトがやってくるのを見たジークヴァルトは、あからさまに嫌な顔をして見せた。



「よくわかりましたね」

「忙しいと言え」

「誰か聞かないのですか」

「どうせアレだろう」

「伯爵令嬢に対して失礼ですよ」

「伯爵令嬢なら伯爵令嬢らしく、礼儀を弁えさせろ」

「ふふ。仰る通りです」


 ジークヴァルトの顔がだんだんと真顔になっていく。先ほどまでの雑談タイムは終わりのようだ。

 高位貴族とはこのように感情を排して生きなければ、この王宮に蔓延る他の魔物共に食い散らかされる。




 学院の専攻課程を飛び級で修了したジークヴァルトは、他の貴族達よりも社会に出るのが早かった。そのため、婚約に関してはしばらくは自由にできたが、学生時に既に伯爵の爵位継承をしていたため、執務が忙しく、婚約者を決めかねていた。


 そして今、そろそろ二十歳を前にして、婚約者候補が殺到している。件の伯爵令嬢もその一人である。

 公爵家や侯爵家は格式があるためにそれほどあからさまにはしてこないのだが、この伯爵令嬢は新興貴族だからなのか、王城にある執務室にまで押しかけてきて、ジークヴァルトは嫌気が差している。



 そしてもう一人注意すべきなのは、王位継承権第三位である第一王女である。

 彼女もジークヴァルトに好意を寄せているのは周知の事実だ。そこは誰よりも慎重を期さなければならない。王太子と第二王子もその動静を注視しているのだから。




「アルブレヒト、私は会わない」

「は。かしこまりました」


 主の意向を受け、また扉に向かう。

 婚約者でもあるまいに、自分よりも身分が上の者の執務室にまで用件も約束もなくただ会いたいからと突然押しかけて来ても、門前払いされるのは当然だ。だが今日はこれでもいいが、舞踏会や夜会では顔を合わせるのを避けられないだろうなとアルブレヒトは思う。



 アルブレヒトは幸いにも幼馴染みの婚約者が愛らしい人だったので、そのまま問題なく愛を育み婚姻して、今ではまた愛らしい子供も産まれた。幸せな結婚生活を送っている。

 主君である、そして乳兄弟であるジークヴァルトにも、そのように幸せになってもらいたいのだが……彼にはまだ全く心惹かれる女性は現れないようだ。


 身分が高すぎるのもそうだが、余りに美しすぎるのも、大変なのかもしれない。ずっと傍で仕えてきたアルブレヒトには、今までのジークヴァルトの恋愛事情やその苦労と苦悩もわかっていた。


 季節は春めいてきたというのに、こればかりはアルブレヒトにも手に負えない難しい問題だった。




王族の話が出てきました。そのうち名前も出てきます。追っかけの伯爵令嬢も。


アルとジークの仲良し感にほっこり。

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