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47.ある春の日の午後〜王城にて〜(1)

《ヴィクトール・ギーアスター》




「ヴィクター、エルーシアについては、その後何かわかったか?」


 ヴィクトール・ギーアスターの主、ジークヴァルト・リーデルシュタインが机上の書類を読みながら話しかけてきた。

 春の午後の穏やかな風が、王城の執務室の開いた窓から入ってきて、ジークヴァルトの美しい金髪を撫でている。


「いえ。まだ…。申し訳ございません」

「そうか」


 ジークヴァルトは会話しながらも執務の手は止めず、書類に何か書き込んでいる。ヴィクトールの報告を特に気にした様子はない。

 執務内容に比べれば瑣末事であることもあるのだろうが、きっとそれは主の信頼を示しているのだろうと思うと、ヴィクトールはわずかに重い気持ちになった。



「そなたの部下を動かしているのだろう?」

「はい」

「それほど彼の国の情報とは少ないのか」

「エルーシアは高い山脈に三方を囲まれた天然の要害。入国するには南方に接した隣国のハイデルバッハからが通常のルートです。更にご存知の通り、宗教国家という形式をとる珍しい国であるためか閉鎖的で、我が国の神殿とも宗教上折り合いが悪く、外交は望めませんので」

「ああ。そうだったな」


 そんな事情でエルーシアと交易するには、ヴァイデンライヒの隣国であるハイデルバッハを通してになっている。



 ジークヴァルトは書類を書き終わり、執務椅子にゆったりとかけ直してため息をついた。そして書類に落としていた視線をこちらに向ける。窓の外に見える王都の空よりも美しい蒼だ。



「国主が神皇と称しているとか。大層なことだな」

「国主は魔力が絶大な者が選ばれると……伺ったことがありますね」

 首席補佐官のアルブレヒトは、ジークヴァルトが書類から離れたのを見て、すかさずお茶を出した。前もって淹れていたようだ。相変わらず目端が利く。


「そうなのか。世襲ではないのだな」

 ジークヴァルトはアルブレヒトにそう答え、カップを手にとった。そのまま休憩をすることにしたようだ。

 出された紅茶に口をつける。

 その所作が優雅で目を奪われるが、気づくとアルブレヒトの夕焼けのような瞳がこちらを見ていた。



 朱色の瞳は火の適性を示すが、戦闘を得意とはしない文官タイプのアルブレヒトは比較的好戦的な傾向にある炎魔術師の中にあっても温厚な印象を受ける。だがそれでも彼はジークヴァルトの首席補佐官であり、ヴィクトールの先輩文官であり、そしてエルメンライヒ侯爵家嫡男、小侯爵である。ただの温厚な文官であるはずがない。


 その彼がひたとヴィクトールを見つめていた。

 発言を求められている。



「…どうやら、枢機卿と呼ばれる幾人かの候補から選出されるようです。魔力量はもちろん、他にも選出の規定はあるようですが」

「ははっ。それはいいな。我が国もそこは見習いたいものだ」

「閣下。またそのような」

 アルブレヒトが軽く窘めるが、ジークヴァルトは楽しそうに含み笑いをしている。




 ヴァイデンライヒ王国は初代の偉大なる王、ヴァイデンライヒが建国した国だ。この大陸に存在するどの国よりも広大な領土を持つ。

 神託により初代王は兵を決起し、この地に蔓延っていた蛮族を駆逐し、平定したという壮大な建国神話があった。

 初代王は魔力の溢れる輝く金の御髪に唯一無二なる黄金色の瞳を持ち、あらゆる全ての魔法を使いこなし、神に匹敵すると言われるほどの膨大な魔力量を誇ったという。そして自身の神威を分け与えた紫眼の眷属達とともにこの地に平和をもたらし、王国を築き上げた。


 そんなおとぎ話を聞いてこの国の子供達は育つ。毎年行われる建国祭の度にその偉業は語り継がれ、その尊崇の念はヴァイデンライヒの王族に向けられるのだ。


 だが現在のヴァイデンライヒの王は、とてもではないがそのような尊崇の念を捧げるに足るほどの聖君ではないと言えよう。

 初代王の末裔であるため、魔力量は豊富なのだろうとは思うのだが。



 ジークヴァルトはヴァイデンライヒ王族の傍系である公爵家の嫡男だ。その上、実母が王の妹である。ならば王族と同じく魔力量も豊富なはず。そして人徳、素養、才気も持ち合わせている。

 継承序列は直系である王子王女よりも低いが、王位継承権も所持している。エルーシアのような制度であれば、選帝侯として君主ともなれる立場。


――我が主が王となる――


 本当にそのような制度があれば、ヴィクトールは全身全霊をもって自らの主を王へと押し上げるだろう。それこそ死さえ厭わずに。




「ヴィクター、少しは調べているではないか。他にはないのか?」

「は。…裏付けのない情報をお伝えしても良いものか、と。全て人伝の確証のない噂話程度の域を越えず」

「そなたもエーリヒのようなことを言うようになったな」

 ふっとジークヴァルトは笑いを漏らす。

「そのようなことを言えば、エルーシアに行かねば何も情報は得られないぞ」

 確かにその通りである。


「それで?銀髪の貴族については何かわかったのか?」

「…………」

 ゴクリと無意識に息を呑んでいた。

「いえ…」

「…………」



 ジークヴァルトがこちらを見つめているだろうことはわかるが、ヴィクトールは視線を合わせられない。

 ジークヴァルトがその間、無言でアルブレヒトと視線を交わしていたこともヴィクトールにはわからなかった。



「エーリヒは今どの辺りであろうな……連絡はないのか、アルブレヒト」

 ジークヴァルトは話題を変えてみる。

「ええ。毎日の報告は不要だとしていたのは閣下ではありませんか」

「シルバーフォックスに遭遇して問題があった時くらいで良いだろうと思ってな。こちらも暇ではない」


「何事もなければ今頃はゲーアノルト山脈の麓に着いているでしょう。…クルゼでしたか。行ってすぐに会えるのかどうか。今は捜索中なのかもしれませんね。それにしても……本当に国内にシルバーフォックスがいるのでしょうか」



 アルブレヒトにはやや現実味のない話に思えるようだ。

 無理もない。そんな上位魔獣が本当に王国にいるのだとすれば、国防を見直さなければならなくなる。

 これまでの最たる脅威は南方に棲息する竜だが、それらは知能が高く、こちらから危害を加えなければ無差別に殺戮をしたりなどの蛮行はしない。そして自ら認めた者には従うという柔軟さもあるため、騎竜として軍編成することも可能になった。

 勿論、竜という精強で高潔な生き物は、容易には屈伏などしないのだが。



「だが白い狐と言えばシルバーフォックスの他にはいまい。それとも狐ではなく狼か?白い狼……フェンリルか?」

「それもまた伝説のような上位魔獣ですよ」

「そうだな」


 ヴィクトールが緊張している間に、ジークヴァルトとアルブレヒトは楽しげに会話を続けていた。




「ヴィクトール、処理済みの書類を持っていきなさい。それから、エーリヒ達が戻ったら報告してもらいますから、そのつもりで」


 ヴィクトールが持ち込んだ書類の処理が終わり、アルブレヒトに使いを命じられ、ヴィクトールはそのまま執務室を下がった。




王城のジークヴァルトの執務室。

ここにはジークヴァルトとアルブレヒトの机があります。

アルブレヒト・エルメンライヒ小侯爵。首席補佐官です。

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