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44.帰りたい


 眠れない。疲れているはずなのに、いろんなことを考えてしまって。


 私は宿屋を出て、小さな裏庭に来てみた。

 黙って宿を出る訳には行かないけれど、部屋を出てふらふらしていたら起きている従業員さんがいて、裏庭なら出てもいいと許可をもらった。

 裏庭には厩舎がある。馬に癒やされよう。



ブルルッ

「お馬さん……こんばんわ」

 馬は立って寝ると聞いたことがあるが。本当に立って寝てる。横になっている馬もいるけれど、皆熟睡してる訳じゃないようで、小さく嘶いたり、しっぽをパチパチ体に当てていたりしている。


 村の家畜小屋を思い出す。

 私が寝泊まりしていたのは、毛を刈り取るための羊や卵を産む鶏がいた小屋だ。だから冬は羊に抱きついて眠るのだ。そして鶏が騒ぎ出して目が覚める。



 暗い小屋の中でも、外は星が以前とは比べ物にならないくらいに綺麗に輝いているので、全く辺りが見えないというわけではない。

 私は近くの馬に断りを入れて首の辺りを触らせてもらう。


ブルルッブルッ

「いい子。いい子ね」


 昔もそうだったが、動物を撫でていると、何故か眠くなってくることが多い。

 温かいからかな。ふわふわだから?可愛いからかな。優しさを感じるからか。

 ……生きてるって感じるからかな。


 人とは違って動物は話したりはしないけれど、この瞳は多くを語る。それをいつも知りたいと思っていた。だから少しでも不快に思われないように、優しく、優しく撫でる。



 ずっと知りたいと思っていた。その白夜が話せるようになるなんて。

 もっといろいろ話したい。

 白夜に、会いたい。

 抱きしめたい。


「帰りたい……白夜のところに、帰りたい…」

 一緒にまた、眠りたい。

 ひとりは、寂しいよ、白夜……


 白夜だけが、この世界で私の味方だから……



◆◆◆◆◆◆


《リーンハルト・マイアー》




「あれ?この子、ヴェローニカちゃんじゃない?」

「ヴェローニカ様だ、ディーター」

 仮にも主の養女になる方だ。態度を改めろと言われただろうに。


「何故こんな所で寝てるんだ…」

 エリアスは狼狽えている。主の義娘が厩舎で眠るなど、あってはならない。だが触れるのも躊躇われる。という感じだ。



 任務のために日が昇る頃に宿を出る予定だったリーンハルト、エリアス、ディーターの三人は、自分達の馬に乗ろうと厩舎を訪れた所だった。すると子馬と一緒に蹲って眠っている少女を見つけた。ローブを着て、フードを被っているが、美しい銀髪がこぼれて見えている。

 リーンハルトが足音をたてないように近づくと、目元に涙を流した跡が見えた。なんだか胸がギュッと締め付けられる。


「ここで泣いてたみたいだね」

 ディーターも気づいたようだ。エリアスから更に狼狽える雰囲気を感じる。

「エーリヒ様を……いや、お付きの侍女を呼んでこい、ディーター」

「…うん、そうだね」

 ディーターが厩舎を離れて行った。



「リーンハルト……俺は…」

「エリアスのせいじゃないさ」

 リーンハルトは狼狽えるエリアスを振り返った。

「エーリヒ様も言ってただろ。初めは断られたって。なんとか説得したようなことをさ。初めからこの子は迷いがあったんだ」

「だが普通なら、飛びつく話だ。たかが平民がエーリヒ様の養女など、夢のような話だ」

「そうだな」

 リーンハルトはまた、子馬と一緒に眠る少女を眺めた。子馬の方は起きていて、無垢な瞳でこちらを見つめている。


「でも皆の普通が、この子の普通とは限らないだろ」

「…………」



「お嬢様!」

 タタタ…と小走りに走ってくる音が聞こえ、動揺した女の声が聞こえた。

 リーンハルトは口元に人差し指を立てて、

「シッ。眠ってる」

と駆けてきた侍女に知らせる。

 若い侍女は涙ぐんでいた。

「良かった…。起きたらお嬢様がいなくて、探していたのです。ありがとうございます…」

 口元を押さえて礼を言う。

 だから来るのが早かったのか。丁度戻ったディーターと鉢合わせたのだろう。



「白夜のところに帰ると、眠る前に言っていたので。もう……行ってしまわれたのかと…」

「白夜?」

「お嬢様の、シルバーフォックス……いえ、神獣だそうです」

「「神獣?」」

「あれ、神獣なの?てか、神獣とかおとぎ話じゃないの?」

 ディーターは驚いている。ディーターだけじゃない。あれが神獣とは初耳だ。

 あの時感じた直感は間違いではなかった。道理で魔力の化け物な訳だ。下手すると神獣と戦うところだったのか……

 全く生き残れる気がしない。



「神獣と仲良しってどうゆう子なのよ、この子」

「ただの平民じゃないってことか…」

「エーリヒ様が……養女にと望むだけある」

「え、養女?グリューネヴァルト卿が?」

 エリアスの言葉に、今度は侍女が驚いている。


「ん。……?」

 ヴェローニカが瞳をパチパチとさせ、目元を擦りだした。どうやら目覚めてしまったようだ。

「お嬢様。何故このようなところで眠っていたのですか?風邪をひいてしまいますよ」

 侍女がヴェローニカを抱きしめた。


「…マリエルさん…?」

 ぼんやりとした瞳がマリエルと呼ばれた侍女の肩越しにリーンハルト達三人を映す。そしてだんだんと焦点が合うと、パチパチと数度瞬いてはっとした顔をした。驚きに目を見開く。

「お、おはよう、ございます…」

 慌てた様子が可愛らしい。寝て起きたら大人達に囲まれているとは思わなかったのだろう。



「ふっ……おはよう、ヴェローニカちゃ…あー…ヴェローニカ様」

 少し吹き出してから、ニコリとディーターが屈託なく笑った。

「…………」

 ヴェローニカ様と言われたからだろう、彼女は寝起きの愛らしい顔でキョトンとしている。何かの小動物のような可愛らしさだ。



 すると隣で大きな体が跪いた。

「おはようございます。ヴェローニカ様。我らは任務のため一足先に王都へと帰らせていただきます。……昨夜は……大変失礼致しました」

「…………」

 ヴェローニカは更に頭の中に疑問符を浮かべた表情でエリアスを見ていた。

 全く、エリアスの生真面目さにも呆れたものだ。何もこのような幼い女の子にそんな畏まった謝罪もないだろうに。



 だがしばらくすると、彼女の表情が引き締まった。


「失礼なことなど何もありません、エリアス様。あなたの懸念はもっともです。あなたは主君であるエーリヒ様を心配したまでなのですから」


「…………」

 エリアスは伏せていた顔を慌てて上げて、少女を見つめた。

 驚いたのはエリアスだけではない。いつもはお調子者なディーターも、息を呑んで見つめている。



(な…んだ?この子。)

 たったあれだけのエリアスの謝罪と態度で、全てを察したような返答はもちろんのこと、エリアスは名乗ってもいない。だがよく考えると、昨夜エーリヒがリーンハルト達の名前を彼女の前で呼んでいたような気もする。


 この異様な雰囲気の中で、冷静に、そして優しく微笑んでヴェローニカを見ていたのは侍女のマリエルだけだった。いつも傍に仕える彼女がこの言動に驚いていないということは、この子は普段からこういう子なのだろうと思えた。



「何をしている」


 バッと皆が一斉に後ろを振り向いた。魔王の声が聞こえた気がした。

 厩舎の戸口に体をもたれかけていた魔王――エーリヒがそこに立っていた。すぐ傍にはユリアンも佇んでいる。

 昇りかけの朝日という後光が差して、エーリヒの表情は陰っていてよくわからない。それがまた恐ろしい。

 いつからそこにいたのかは知らないが、きっといつもの地獄耳で全て聞こえていたに違いない。

(気配ないんですけど。ユリアンまで。)



「どうだ、エリアス。少しは考えを改めたか」

「…は。申し訳ありませんでした」

「だが、まだ足りない」


(え。何が。)


「急ぎ王都に戻り任務を果たせ。きちんと調べ上げろよ。なんならハイデルバッハまで行けばもっと詳しい情報も入るだろう。さすればお前達も反論の余地はもうあるまい」

 ふふっと機嫌が良さそうにエーリヒが微笑んだ気配がした。

(ええ……何それ。エーリヒ様、答えわかってて行けって言ってない?それ。)

 反論など元からありません。と訴えたいリーンハルトであった。




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