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43.新たな任務

《エーリヒ・グリューネヴァルト》




 白夜の後押しもあってヴェローニカが養女になることを受け入れてくれた。

 そう思った矢先に。



――エーリヒ様。私、やっぱり、白夜が迎えに来るまで孤児院に行きます。



 彼女は意志の強い瞳でそう言った。

 やはり納得はしていなかったのだ。


 家族が怖いと言った時の弱々しい彼女を思い出した。

 理解はできる。そんな風に臆病になるのは、あの村人達のせいなのだと。


 もちろん家族となっても暴力をふるうつもりなど微塵もない。それは彼女もわかっているはずだ。それでも恐怖心は払拭できないものなのか。

 そこまで心の傷が根深いのは、やはり以前の彼女も家族には恵まれなかったということなのだろうか。そうでもなければ、あそこまで頑なに家族というものを拒絶しない気もする……


 本当の意味ではヴェローニカの気持ちを理解できていないエーリヒには、その深刻さがよくわからない。




 どう説得すべきか。


 エーリヒは部屋に戻ってからというもの、ソファーに深く座り込み、目元を押さえて思考の海に沈み込んでいた。

 彼女が承諾するまで傍に置いて待つつもりではあるが、一度は受け入れてもらったという思いが焦りを生む。



「エーリヒ様。あの子を養女にするとは、本当ですか…?」

 エリアスが問いかけると、ユリアンが初耳だと言うように目を見張った。

 大部屋のソファーには、散策に出る前のように部下達が並んで座っている。


 白夜と別れるまではヴェローニカは笑っていた。いなくなった途端に、何か不安に駆られるようなことでもあっただろうか。あるとすれば……



「ディーター……お前は何故ヴェローニカを見つめていた」

 額を押さえたまま、指の隙間から見えたディーターに視線を送る。


「え…?」

「どういう感情で彼女を見ていたと聞いている」

 ディーターがごくりと息を呑んだ。

「どういう…って…」

 埒が明かない。


「エリアス、お前は?リーンハルトはどうだ?」

「どういう意味ですか?エーリヒ様」

 リーンハルトが問いかけてきた。ソファーに座る部下達を見回す。皆一様に動揺しているようだが、エリアスだけが視線を落として俯いている。エリアスだけがヴェローニカの言葉を聞いたからか。



「そのままの意味だ。彼女に敵意を向けたのか聞いている」

「し、していません」

 真っ先に答えたのはディーターだ。

「ちょっと、興味があって見ていただけです。敵意なんて、ありません」

 慌てた様子で周りの同僚を見ている。小さな声で、「え?何?どうしたの?」とリーンハルトやエリアスに聞いている。

 どうやら嘘ではないようだ。

 ディーターはリーンハルトと一緒に厩舎に向かったので事の成り行きを知らないのか。



「ヴェローニカに養女にならないかと提案したのは私だ。思いつきではない。道中ずっと考えていたのだ。彼女は初め断ろうとしたが、私がそれを遮った。その後いろいろあって受け入れてもらえたと思っていたのだが……彼女は孤児院に行くと言い出した。…何故だと思う?」


 ソファーに座した一同は、萎縮した顔つきをしている。


「…彼女の言った通りなのではないでしょうか」

 エリアスが口を開いた。

「言った通り、とは?」

「不相応だと」


 苛立ちを感じた。だが意識してそれを抑える。



『エリアス……お前か…』


 部下達が顔を強張らせたのがわかった。

 つい魔力が漏れ出てしまった。先刻、今まで抑えていた魔力を放出した影響か。

 更に意識して苛立ちを抑え込む。



 不相応?…身分のことか。そんなもの、たまたまそこに生まれただけだという事が何故わからない。


 人の本質とは、そんなもので決まるものではない。生まれた場所で得た身分よりも、彼女自身の能力と魅力の方が素晴らしいことではないか。

 皆、爵位や上辺でしか人を見ない。うんざりだ。

 果たして、説明すればこいつらにもわかることなのだろうか……いや、面倒だな。

 目元から手を離し、部下達を正視した。



「今回の護衛任務はもう終わりだ。お前達には別の任務を与える」


 そんなに身分が大事なら、存分に思い知るがいい。




◆◆◆◆◆◆


《リーンハルト・マイアー》




「エーリヒ様、めちゃくちゃ怒ってなかった?」

 エーリヒの部屋から戻るや否や、ディーターが振り返る。

「…………」

 エリアスはだんまりだ。



 本当にエリアスがあの子に敵意を向けたのだろうか。いや、そうではないだろう。ないだろうが……負の感情は出ていたのかもしれない。


(エリアスはエーリヒ様を尊敬してるからな。)


 エーリヒに関することでエリアスは理性をなくしてブチ切れることがたまにある。…否、よくある。

 だが、だったらエーリヒの決めた方針に逆らわなければいいものを。



「とりあえず明日は王都に直帰だ。もう寝るぞ」

「えー。もうちょっと話そうよー。リーン」

 エリアスは先ほどからずっと黙したまま、真っ直ぐに自分のベッドに向かう。


 今日は宿の空き部屋数が少なくて、大部屋を三人で使うことになった。魔獣被害が増えて逃げ込んだ人々が、なかなか旅立てずにいるのだろう。ここにも影響が出ている。



「養子にするってさ。エーリヒ様、結婚する気がないのかな。あんなにモテるのにいっつもテキトーに遊ぶだけで婚約者決めないよね」

「遊ぶってお前…。まあ、結婚の必要性を感じないって前に言ってたしな」

「そう言えば、言ってたね」


(結婚の必要性って…。必要でしょ、普通。)

 ディーターと話しながら、リーンハルトは装備の軽い手入れをする。シャワーはすでに浴び、昼間にひたすらかいた冷や汗は流してきたから、あとは寝るだけだ。



「エーリヒ様は……本当に結婚しないつもりなのだろうか…」

 やっとエリアスが口を開いた。だいぶ深刻な声音だ。


「エリー、ショック受け過ぎ。ウケる」

「侯爵令息なんだぞ!エーリヒ様は。あんなに才能があるのに嫡男ではないから侯爵家も継げない。だったら公爵家や侯爵家や……なんだったら伯爵家でも、婿に欲しいところなどいくらでもあるはずだ。それなのに、あんな、あんな…」

「あんなって何?平民の子をってこと?まあ、わかるけど、あんなは酷くない?あのエーリヒ様が養女に考えるくらいなのに、そんな感情出したらエーリヒ様も怒るでしょ、そりゃ」


「くっ…」

 エリアスがディーターのもっともな指摘に顔を歪ませた。



 ディーターはこの中で一番年下なのだが、いつも結構はっきり意見を言う。普段はちゃらんぽらんのようにも見えるが、その性格からか嫌味には聞こえなくて、案外言われた本人にはしっかり刺さることだったりする。だが反面、言わなくてもいいことまで言ってしまったりということも多々ある。一長一短だ。



「そんな、つもりは……なかったのだが…」

「わかってるよ、エリアス」

 リーンハルトはエリアスの傍に行って肩を叩いた。


「エーリヒ様のお子様はエーリヒ様に似て、さぞや才能高い子だろうと、楽しみにしていたのだ…」

(ええ…。何目線?)


「わははは!」

 ディーターは遠慮なくウケまくっている。ベッドの上をのたうち回るディーターを横目で見ながら、エリアスに声をかけた。

「まあ……つまり、エリアスはエーリヒ様が結婚して、子供をつくって欲しいってことなのか」

「もちろんだ」

「でも多分エーリヒ様には違うように伝わってると思うぞ」

「そうだろうな…」


 エリアスは憔悴した顔をしている。

(そこまでかよ。)

「まあ、あとでエーリヒ様には伝えておくよ」

「本当か、リーンハルト!」

「んー。機会があればな。…しばらくは無理だろうが」

「構わない。ちなみに結婚するように進言してくれ」

「いや、それはムリ」


(今度は俺がブチ切れられるだろ。)


「あははは!ひー…」

 まだディーターは笑っている。



「なぁ、それで。新しい任務だけどさ。あれ、どうやって調べるんだ?罰として潜入しろと言われるかと思ったけど、調べられる範囲でいいとか。今回ちょっとぬるい命令な気がするんだが。何か考えは?」

 新しい任務と言われて、それまで落ち込んでいたエリアスが表情を変えた。


「エルーシアか……こちらからは山脈に囲まれている宗教国家で閉鎖的な国だ。ゲーアノルト山脈はすぐそこだが、そこからの潜入は難しい。国境は今は魔獣が増えているだろうからな。それに“迷いの森”と呼ばれる場所もあるとか。そこへ足を踏み入れた者は生きては帰れないなどというのは、よくある眉唾ものだろうとは思うが……だがエーリヒ様の命令であればやむを得ない。それか遠回りにはなるが、隣国のハイデルバッハからなら可能だろう」



 エリアスはエーリヒの信頼をなんとか取り戻さなくてはならないと意気込んでいるのだろうと想像がつく。


「おいおい。だから潜入しろとは言われてないって。だったら諜報部隊に頼むはずだろ。王都に帰って資料調べたり、エルーシアの関係者を当たるってことにしただろうが。それをどう伝手を探すかって聞いてんの。心当たりは?」



「はぁ…。もう笑わせないでよ、エリー」

 やっとディーターは復活できたようだ。

「調べ物なんてつまんないなぁ。なんでいきなり“エルーシアの聖女”?エーリヒ様の頭の中はどうなってんだろうね」

「さあ。わからんが。とりあえずエルーシアの聖女について調べろって言うんだから、必要なことなんだろ」


 エーリヒは無駄を嫌う。必要だから調べるのだ。

 頭脳労働より戦闘を得意とするリーンハルト達に下す命令としては、少し疑問には思うのだが。



「もしかしてそれが罰なのかな…」

 ディーターがエリアスを見た。エリアスはグッと苦虫を噛み潰したような顔をする。

「ぶはっ。ちょっとエリー笑わせないでよー」

「もう止めてやれ、ディーター…」

「えー。でもエリーのせいで寿命縮まる思いしたんだからね」

「すまない…」

「ぶっ!冗談だって」


 だがリーンハルトは、ディーターの考えはあながち間違いではないのではないかという思いがあった。命令を下す時のエーリヒはとても加虐的な表情をしていたような気がしてならない。



 ふと、この旅でのエーリヒは表情が豊かになったなと思ったが、いや、表情豊かというよりもいつも絶やさなかったあの何を考えているのかわからない余裕の笑みを消す機会が増えたような気がする。

 それがいいことなのか悪いことなのか。どちらにせよ、こちらとしては恐ろしいことには変わりはない。


「ほら、いい加減もう寝るぞ」

「はーい」


(あ、どうやってエルーシアの縁故を辿るかの話が流れたな…。ま、明日でいいか。)




リーンハルトは苦労性な感じを受けますね。

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