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40.秘密(2)

《エーリヒ・グリューネヴァルト》




「ヴェローニカ……この先に、いるかもしれません」

「え?」

 月が雲に隠れたのか、辺りが暗くなる。すると馬が先に進むのを少しぐずった。首元を撫でて宥め、せめてもう少し進ませる。

 この先にいるもの以外に他には魔獣の気配はない。


 もう辺りを一望できる場所までやってきたが、視界には何も捉えることはできないままだ。

 手綱を引いて歩みを止めると、馬がひと声嘶いた。

 雲間から月が再び姿を現し、サァッと丘の上に月明かりが届く。それと同時に探知していた距離に大きな白い獣が姿を現した。


 視界が開けた夜空には、ほぼ満月と言っていいほどに輝き満ちた月。その月明かりに照らされて、美しく白銀に毛並みが輝いている。

 その大きな獣は、ヴェローニカの髪のように美しく神々しい姿だった。

 完璧な幻術だ。全く見えなかった。



挿絵(By みてみん)



「白夜…?」

 ヴェローニカが一瞬身じろぐ。とっさに彼女の体を掴んだ。

「エーリヒ様」

 彼女が見上げてくる。

 降りたいのか。だが聞いていたよりだいぶ大きい。ダークウルフよりも随分大きな体躯だ。そして何より魔力量が尋常じゃない。本当に危険はないのだろうか。

「本当に大丈夫ですか?」



『心配するな。危害を加えるつもりなどないわ』



 ヴェローニカが返事をする前にどこからか声が聞こえた。頭に響くと言えばいいのか、音の発生源が正確に捉えられない。不思議な感覚だ。

 これがリーンハルト達が言っていた念話か。通信魔術具で会話したときとも似ている。


「今の、白夜?しゃべれるの?」

 ヴェローニカも知らなかったようだ。

 シルバーフォックス――白夜は白銀のしっぽをゆらりゆらりと揺らめかせている。



『お前を探す過程で、だいぶ成体に近づいたからな』



 探す過程。成長に必要なのは年月だけではないということか。



「エーリヒ様、降ろしてください!」

 先ほどまでの泣き顔も嘘かのように、ヴェローニカが笑顔で嬉しそうな声を上げた。


 笑ってくれたのは嬉しいが、何か複雑な思いが湧いた。だが彼女の望み通りに馬を降り、彼女を抱き上げて地面に離してあげた。



 途端に彼女は走り出す。

 長いローブをはためかせ、外れたフードから溢れた銀色の髪は月影を纏い、艷やかに風に靡く。確かにあったぬくもりはエーリヒの腕の中から離れ、白銀の狐の元へ。


「白夜!」

 彼女は白銀の狐の名前を呼び、勢いよく飛び込んでいって抱きついた。白銀の毛並みに彼女が埋もれるようにしがみついている。

 あのような馬鹿げた魔力を発する魔獣に、なんと無邪気なものだと呆れてしまう。



「少し大きくなったね白夜。…ひとりで大丈夫だった?」

『それはこちらの台詞だぞ、ヴェローニカ』

「え?」

『そう名付けてもらったのだろう?違うのか?』

「うん、そう!…ふふふ」


 なんとも不思議な光景だ。人間どころか魔獣すら恐れる冬山の王たる魔獣達の王にあのように抱きつき、その魔獣が突然話し出したことについても一切の躊躇もなかった。そしてあの笑顔だ。



――私を助けてくれた大切な存在という意味です。



 いつかの彼女の言葉がふと蘇った。


 ブルルッ。馬の機嫌をとるように首元を撫でる。どうやら少しは落ち着いたようだ。



『もう少し成長すれば、そろそろ人化もできる』

「人化?…人になれるってこと?」

『そうだ』

「ほんとに?」



 シルバーフォックスの成体とは人化もできるのか?それは……ある意味人間にとって脅威なのではないか。

 あれほど巧みな幻術を見せられては、人化とやらの完成度も想像するのが恐ろしい。シルバーフォックスの詳細な生態の確認報告がないのも納得だ。人間には到底御し得ない。


『だがまだしばらくはかかる。それまではお前をあやつに預けても大丈夫か?』

 白夜がこちらに視線を向けたようだ。赤い瞳が煌めく。

「どうして?白夜と一緒にはいられないの?私、ここじゃなくてもいいの。あの山じゃなくても。これから白夜と二人でこの世界を旅しようって思ってたの。白夜が話せるなら、これからどこへ行こうか相談できるね」



 世界を旅するだと?…だから養子縁組を受け入れなかったのか。


『この姿では人間の生活は無理だ』

「人間の生活?」

『お前は栄養不足だぞ。成長が足りていない。俺は狩りはできるが料理はできんし、栄養も偏る。服も買ってはやれん』

「でも…」


 ヴェローニカもこちらを窺っている。傍に行ってやりたいが、これ以上近づくと馬が興奮して逃げてしまうかもしれない。


「こちらは構わない。望むところでもある」

 エーリヒは彼らに返した。



『恐れることはない、ヴェローニカ。あの人間は嘘は言っていない』


 エーリヒは内心、呻きたくなった。魔獣なのに真偽判定も可能なのか。よほど魔力操作や魔素の感知に長けているのだろう。魔素や魔力の揺らぎにより発言の真偽を見極めるのは、人間にはなかなか希少な適性だというのに。



 ヴェローニカは白夜の首元をギュッと抱きしめて、その白銀の毛並みに甘えるように顔を埋めた。

「…わかった。でも、また会えるよね?白夜」

『ああ。次は……成体になって人化が可能になってからだろうが。…まだいろいろとままならんのだ。今の状態で人間の都など、結界石も外郭も何もかも煩わしくて壊したくなってしまうしな。俺は別にそれでも構わんのだが』


 いや、それは遠慮して欲しいところだ。

 奴の魔力量からして、恐らく戯れ言ではない。


『まだ渡していないのか』

 白夜が話しかけてきた。指輪のことか。

「ここにある。あとで渡そうと思っていた」

 ヴェローニカは何のことかと不思議そうにしている。

『その馬は大丈夫だ。離れるなと言っておいてやる。お前もこちらへ来い』

 エーリヒはしばし躊躇する。懸念は馬のことだけではない。



『この子にばかり秘密を言わせておいて、お前は……そのままか』



 やはり知っている。あれだけ幻術に長けているのだ。気づく可能性はあると思っていた。そして幼少期の彼女の外見に関する幻術を解いたのがこいつならば。いや……

 エーリヒは左手に視線を向けた。まだこの指輪の変色効果のことかもしれないか。


 だが先ほどのヴェローニカとの会話も全て聞いていたようだ。そして白夜も彼女が先ほど話した秘密を知っていると見ていいだろう。何をどれほどまで見通せるのか。

 これが上位魔獣だと?規格外にも程がある。



 エーリヒは馬を撫でてから、ゆっくりと二人の方へ歩みを進めた。


「エーリヒ様?」

 手を伸ばせばヴェローニカに届きそうな距離まで近づいた。エーリヒは胸元に手を入れ、透明な魔晶石がはまった指輪を取り出す。


「ヴェローニカ。手を」

 彼女は左半身を白夜にぴったりとつけ、右手側にエーリヒを振り返っていたので、首を傾げながらもそのまま右手を出してきた。手のひらを上に向けて。

 エーリヒはその右手をとり、甲が上になるようにくるりと裏返して、その小さな中指に指輪をはめてあげた。



 すると彼女にはぶかぶかだった指輪は、キュッと細い中指に()の大きさを変えた。そして……透明だった魔晶石は虹色に輝き出す。

 エーリヒの魔力には、全く反応をみせなかったのに。


「わ…」

 しばらくヴェローニカの魔力を吸うように虹色に光り輝いていた指輪の魔晶石は、少し経って輝きが収まったあとは普通の宝石のような状態を保つ。

 だが初めの透明ではなく、虹色の輝きはそのままだ。

 どこかエーリヒの身に着けている宝飾品の宝石と似たような色合いだった。



「これは…?」

 ヴェローニカはエーリヒを見上げたが、彼はその答えを持っていない。

「彼に聞いてください」

「白夜に…?」

 ヴェローニカが白夜を振り返ると、少し笑ったような気配がした。狐なので定かではないが、癇に障る気配ではある。


『それは元々お前が持っていたもののはずだ。だがもとは恐らくお前の肉親の物』


 ヴェローニカは驚いた顔で指輪を見つめている。

「親…?…いたんだ」

『いるだろう。それは。何から産まれたとでも?』

 ぼうっと指輪を見つめてから、白夜を見て、笑顔を見せた。だがそれは何やら寂しげで複雑な感情が乗っているように見えた。



 白夜が頭をヴェローニカにスリスリと擦り寄せた。白夜も何か感じたようだ。

 ふふっとヴェローニカがくすぐったそうに笑った。今度は何の含みもない、幸せそうな笑顔。


 また、胸がざわつく。

 この感情はなんだ。


「何故肉親の物だとわかる?」

『……魔力の残滓がある』

 魔力の残滓か。それで生まれをたどることはできないのだろうか。特殊な指輪ではあるようだし。




『では、次はお前だ』

 白夜はエーリヒに赤い瞳をひたと向けた。

「…………」

『往生際が悪いな。この子を預けるにあたって正体を見せろと言っている。見抜けないとでも?』

「白夜、エーリヒ様の黒髪のことを言ってるの?私、ちゃんとわかってるよ?」


 ヴェローニカが白夜に説明する中、エーリヒは左手の中指にはめていた指輪を外した。するとエーリヒの闇色の髪はみるみるうちに明るく変化し、月明かりの中でいつもの亜麻色に変わっていった。

「…………」

 エーリヒは無言のままだ。



『もうひとつだ。無理やり剥がされたいのか?』



 白夜の言葉にエーリヒはやはりかと思った。

 恐らくその“無理やり剥がす”という能力で、幼いヴェローニカにかかっていた髪と瞳の偽装の魔法を解いたのだろう。


 目を閉じて、ひとつため息をつく。

 そして再び目を開けると、エーリヒは魔法を解いた。常に自身に張っていた光学迷彩のような人目をわずかに欺く魔法を。



 明るい月明かりの下、エーリヒの少しくすんだ亜麻色の髪と瞳は更に輝きが増して、昼間の陽射しの下で見るような蜂蜜色に変わっていく。そしてどんどんと光輝を放ち、それが増していって、まるで自ら発光するかのような魔力溢れる見事な金髪と、輝く金眼に変わった。

 それらは夜の闇に燐光を振り撒いて、肌の輝きすら増したようにも見える。


挿絵(By みてみん)


 ヴェローニカが大きな青銀の瞳を見開いて、同じように小さな淡紅色の唇もぽかんと開けてエーリヒを見上げている。


 常時発動しているこの隠蔽魔法は寝ている時や、意識混濁時でさえ解けないように魔法を組んでいる。解いたのはいつぶりだろうか。

 幼少時、ここまで魔力操作が長けていなかった頃は両親が貴重な魔術具を求め、着けてくれていたらしい。

 この唯一無二である金髪金眼を目立たなくさせるための偽装の魔術具を。その名残りで今でも空いている左耳には、今は別のピアスを着けている。



 本当に、産まれた頃からのことだ。

 これは、隠さなければ生きてはいけない、秘密だから。



『ほう。それは神威、全魔法適性か。…ということは、お前、ヴァイデンライヒの末裔か。…今この時に生まれるとはな…。道理で人間にしては可笑しな魔力な訳だ。だがそんな小細工を施してまで隠しているということは、王位継承権争いを避けるためか?それとも隠し子か。だが本来王とは力ある者がなるべきだ。小賢しい真似などせずにその力を示せば良かろうに。そのような力を持っておきながら何を躊躇うのか。その方がこの子のためにも――』



『…余計なことまでペラペラと……狐風情が…』



 エーリヒが纏う空気が変わり、低い声で言い放つ。腹に響くようなドスのきいた声。魔力の乗った声色。



『なんだと…?…言わせておけば……生意気な人間め…』


 唸るような低い声と共に白夜の膨大な魔力が揺らぐ。それに合わせてエーリヒも普段は抑え込んでいる魔力を起こし、揺らめかせた。


 赤い瞳と金の瞳で二人が睨み合う。一触即発の状態だ。


 大きすぎる二つの異質な魔力の急激なぶつかり合いによって、辺りに魔力の風が沸き起こる。丘の上の下生えが風に煽られ吹き付けられて、ザァッと草の音が通り過ぎていく。向こうで馬が騒ぎ、嘶き出した声が聞こえた。



「白夜!!」



 突然、ヴェローニカが白夜を怒鳴った。白夜とエーリヒは魔力を揺らめかせたまま、思わず静止する。


「白夜が悪い!今のは白夜が悪いんだから!エーリヒ様にちゃんと謝って!」


『な…んだと?謝る…?』

「やっていいことと悪いことがあるでしょ?私は自分から打ち明けたの。エーリヒ様は違うでしょ?人の知られたくない秘密を暴くとか、そういうのは、良くない!」


『…………』



 白夜はしばらく不服そうにしていたが、やむを得ず目を閉じて魔力を収め、非を認めるかのようにその場に蹲った。だがエーリヒはまだのようだ。というより、臨戦態勢のシルバーフォックスを怒鳴りつけたヴェローニカの行動に度肝を抜かれ、魔力をしまい忘れていた。



 ヴェローニカは今だに黄金の魔力を放出させるエーリヒがまだ怒っていると感じたのか、振り返ってしがみついてきた。


「ごめんなさい!エーリヒ様。白夜も反省してるから、許してください」

「あ、ああ…」

 ヴェローニカに体を揺さぶられて我に返り、慌てて魔力を収めた。



 エーリヒの怒りが落ち着いたのを察知したのか、埋めていた顔を上げて心配そうに様子を窺ってくる。


「本当にごめんなさい、エーリヒ様。私、絶対に誰にも話しません」

「ああ……ええ…」


 そう返事はしたが、ヴェローニカはまだ心配そうな瞳でこちらを見上げていた。

 何か胸がくすぐったいような、そんな未知の感覚にエーリヒは戸惑っていた。




ようやくモフれました!


◆画像について

①と②は違うAIで描いたものなので少し仕上がりが違いますね。全くイメージ通りという訳ではありませんが、イメージが湧く手助けになれば。

がんばってAI君が描いてくれたので、載せますね。

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