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34.閉鎖的社会の崩壊

《ヨーゼフ》




「村長、大丈夫なのか?また魔獣が襲ってきたりはしねえのかよ」

「そうだよ。やっぱり今からでもあの貴族に謝って助けてもらった方がいいって」

「うるさい!だったらお前らがやれ!」


 村人達は口を開くとさっきからそればかりだ。


(全くこいつらは。話す余裕があるなら早く車輪を直せって何度言わせるんだ。)


 もうあと二時間も走ればエルベンに着くというのに、何をそんなに怖がる必要があるのか。この辺りの魔獣は全部さっきの奴らが退治していったし、まだ昼を過ぎたばかりで日も高い。日が暮れそうならばともかく、まだまだ大丈夫なはずだ。



「あいつは言ってただろうが。あのままあいつらについていったら、グレーデンで俺達を犯罪奴隷に落とすって。なんで奴隷なんかにならなきゃならない。何も悪いことなんてしてないぞ、俺は」


「それは……だから……村長達があの子を虐待してたからだろ。あの貴族はそれを怒ってたからあんなことを言ったんだ。だって俺達全員を奴隷落ちさせるなんて、いくら貴族でもできっこねぇよ」

「そうだよ。村長がちゃんとあの子に謝って許してもらえば済む話だったんだ。あの貴族について行けば魔獣を追い払ってくれるのに。グレーデンを出て小一時間で魔獣に襲われたんだぜ?このままエルベンまで護衛なしで行くなんて無理だよ」


「だからなんで俺が謝らなきゃならないんだ!俺はあいつの保護者なんだぞ!タダ飯食わせてやってたのに、殴ろうが売ろうが俺の勝手だろうがっ!」

 溢れる怒りにダンッ!と足を地面に踏みつけた。



「お前ら、自分らだけは許してもらえると思ってそう言ってるんだろうが、お前らだってあいつをこき使ってただろ。憂さ晴らしに殴ったり無視したりしてただろうが!親なしの穀潰しだって自分の子供をけしかけてたじゃねーか!都合よく忘れてんじゃねぇ!あの貴族について行ったらどうせ皆、奴隷にされるんだよ!」


「…俺は…そんなこと…」

「やらなかったのか?…ああ、お前はしなかったかもな。でも助けてもやらなかっただろ!だったらおんなじだろーが!」

「…………」



 本当は物を投げたり、何かぶち壊してやりたいところだ。だがここは住み慣れたいつもの村ではない。鬱憤を晴らす物が周りには何もなかった。そう思っていたところだったのだが。やっとこの苛立ちが村人達に伝わったのか、ようやく反発の気配が収まったようだ。

 怒鳴られた村人達は皆一様に気まずい顔をしている。どうやら本当に自分達も加害者だったという事実をすっかり忘れていたらしい。いや、自覚がないのだろう。




 誰もあの娘を助けてやったりなどしなかった。誰一人として。それは閉鎖的で貧しい小さな山村などではよくあることだった。そうしなければ次は自分の番だと、そこに長く住む村人達はよく知っているからだ。

 誰もが自分と自分の家族を守ることが最優先される。そうでなければこんな貧困を極めた村で生きていくことなどできない。



 自分が踏みにじられないためには、他人を踏みにじることを躊躇してはいけない。

 日常的な暴言や暴力、理不尽に晒されると、少しでも弱い者をいたぶって、少しでも上にのし上がらなければ、自分もすぐそこに堕ちてしまうのだという見えない恐怖心が生まれる。

 誰かを陥れることによって、自分の居場所は安全なのだと確信したいのだ。私はあちら側ではないのだと安心するために。


 少しでも現状から這い上がるためには、自分を磨くよりも誰かを陥れる方が何より手っ取り早い。変に成功して目立つと、今度は妬まれる恐れもある。村全体で他愛ない悪事に手を染めることで罪悪感を共有し、大勢たいせいを味方に自分を正当化させる。

 同情や優しさでは腹は満たせない。

 それを、村人達は知っている。

 そしてそれを、上にいる者達はいつでも利用する。誰かを排斥することで潜在的な日々の些細な不満のガス抜きをし、コミュニティの結束力を高め、より統率しやすくするために。




 ふぅとため息をついて少し心を落ち着ける。

「いいから早く車輪を直すんだ。そんなに魔獣が怖いなら尚更だろ。急いで出発するぞ」


 クルゼ村の村長、ヨーゼフは村人達の返事も聞かずに素っ気なく踵を返した。





「あなた……車輪は直りそうなの?早く行かないと。ここは魔獣の死体だらけで怖いわ」

 ヨーゼフの若い妻がすり寄ってくる。

 隣村の一番の美人を嫁にもらったのは、もう十年以上も前だが、まだまだこの妻は村の若い女達よりも美しい。その分金はかかるが、女とはやはり顔と身体、そして若さだ。


「ああ。よしよし……大丈夫だ」

 ヨーゼフは怖がる妻を抱き寄せた。

(こいつの言う通りだな。急がないと。…クソ、あの貴族め。若造のくせに偉そうにしやがって。)



 ここには魔獣の死体があるばかりか、村人にも数人の被害が出た。血の匂いでまた魔獣が寄って来る前に、出発しないといけないのは確かだった。それなのにヨーゼフ達は、魔獣達に襲われた場所からまだ一歩も動いていない。



 襲ってきた魔獣は全て退治されたが、死人が出てしまい、不安がった村人達がグレーデンに引き返したがった。そこでとりあえず奴らについていこうと申し出てみたのだが、「そんな義理はない。ついてきたら村人全員犯罪奴隷に落とす」とあの若い貴族は無慈悲にも言い放ったのだ。

 事情聴取とやらに協力してやったのにと、ヨーゼフは悪態をつく。



 あの忌々しい銀髪の小娘と貴族達がグレーデンへとさっさと馬車を動かしたのを見た村人達からは不満が上がったが、仕方なくこちらもエルベンへ出発だと幌馬車を動かした途端、嫌な音が馬車の下の方から鳴り出したのに気づいた。

 ミシ…バキバキ…という音を聞いて、慌てて馬車を停めさせ、降りて車輪の様子を見ていたところだった。



 今からあの貴族に謝れと言ったって、もうあちらは随分進んだことだろう。

 それに、あれは謝って済みそうにはないはずだ。

 ヨーゼフはあの貴族の射殺すような視線と怒りに満ちた低い声を、最も至近距離で感じていたのだから。あの訳のわからない光の剣を突きつけられて。



 しかもこいつらは知らないだろうが、あの貴族は俺達を皆殺しにするとまで言ったのだ。

 貴族にとっては平民の命など何の価値もない。いくらでも理由をつけて殺せるのだ。いくら辺境に住んでいようと、その程度のことは村長であるヨーゼフにもわかる。


(あんな恐ろしい貴族を味方につけるなんて。本当に憎たらしい小娘だ。今まで世話してやったのに、恩を仇で返しやがって…)



 あの小娘があんなに美しいなんて知らなかった。そしてあんなに口が上手いなんて。


 いつも泥に塗れ、傷だらけで、グズで、臭くて、殴るとすぐ泣いて蹲る。だからあとは気が済むまで蹴り飛ばしてやったものだ。

 しかし。山で拾った頃はありふれた平民のように茶髪で茶眼だったはずだ。確かに少し色素は薄かったとは思うが。

 家畜小屋で寝泊まりさせていたからいつも家畜臭いし、髪は汚れで固まって伸び放題でボサボサ。そんなだったから顔はよく見えなかった。


 それがどうだ、あんなに美しい銀髪は見たことがない。以前一度戻って来た時にも驚いたが、貴族に養われて汚れを落とし、仕立てのいい服を着せると本当に見違えるものだ。


(案外奴は、村人が言ってたことが図星で怒ったんだろう。…売られた奴隷の子供は下働きにも使うだろうが、男女問わず見た目がいいのは貴族が性奴隷として高値で買うって話だしな。)

 もっと奴隷商から搾り取れたな、とヨーゼフは思った。





「村長、大変だ」

 車輪の具合を見ていた修繕屋のパウルが駆け寄ってきた。

「なんだ」

「車軸が折れそうだ。あれじゃあ直せないぞ」

「なんだと?今までかかってやっとわかったのか!」

「いや、今までは車輪を補強してたんだ。一応車軸の方も点検しようと思って覗いたら……あれじゃ馬車は動かせない。無理だ、動かしたらすぐに折れちまうよ。他にも壊れそうな所がいくつかあって…」

「おい村長。魔獣にやられたのもあるかもしれないが、もしかしたら元からダメな馬車を押し付けられたんじゃないのか?俺達の他にも逃げる奴らは多かったし…」

 おろおろとするパウルの様子を見ていた他の村人が口を挟んできた。


「ええい!泣き言なんか聞きたくない!全部補強しておけばいいだろ!」

「そんな、材料だって道具だってないのに、どうやって直すんだよ!」

「なんで修理道具くらい載せておかなかったんだ!」

「そりゃ村長んとこの荷物が一番多いからだろ!俺は必要だって言ってたはずだ!」



 確かにそんな話もしたような気もする。

 パウルの剣幕に少し怯むと、側に来ていた息子と娘がパウルに食ってかかった。



「おい!お前!父さんに向かって生意気だぞ!」

「そうよ!いつもはお父さんに逆らえないくせに何よ、偉そうに!あんたの仕事でしょ!早くやんなさいよ!じゃないといつまでたっても出発できないでしょ!アタシは早く街に行きたいの!もうこんな汚い格好してるのなんてやなんだからっ!…あのドレイはあんなに綺麗な服着てたのにぃ!」


 娘は自分の汚れた古着を摘んで、ギャアギャアと訴える。それでも他の村人達よりは随分マシな格好だ。買い替える金もなく、まだ寝間着のままの者すらいるのに。

 お気に入りの服を何故持ってきてくれなかったのかと散々喚かれたが、あの夜は寝静まっているところを魔獣達に襲われたのだ。着替えなど持ってきている余裕などない。村を出てからというものずっとうるさかったのだが、あの貴族に養われた小娘の小綺麗な格好を見て、もう我慢がならないようだ。



 そうだ、パウルはいつもならこんな風に反抗的じゃない。どちらかというと従順な方だ。だが今のこの差し迫った非日常的な状況がパウルを、村人達を追い詰め、興奮させている。

「おい、お前達…」

 ヨーゼフはあまり事を荒立てないように、子供達を適当に言い包めようと考えた。



「だったら自分で直せよ。偉そうなのはそっちだろうが。何にもできねぇくせして口ばっかのクソガキどもが」

「な!なんだって?」

「お父さん!お母さん!こいつ、アタシ達にクソガキって…!」


「クソガキだろ。お前らいつもあの子をいじめてたじゃねぇか。だったら責任とれよ。…俺達はもう一台の方に乗って行くからな。壊れた馬車はあんたらの荷物ばっかりが載ってんだ、あんたらはそっちを使えばいい」


(まずい!それはまずいぞ!)

 そうだ、そうだと他の村人達がパウルに同調していく。



「おい!何を言ってるんだ?ふざけるな!これは俺が手配した幌馬車なんだぞ!」

「村長なんだから当たり前だろ。何のためにいつも税金払ってると思ってるんだ。いいようにくすねてんのは皆知ってんだぞ!」


 村人達から、いつにない敵意を感じる。ヨーゼフはジリジリと無意識に後退りしていた。



 いや、だめだ。ここで一度気圧されたら、村人達の言う通りになってしまう。このまま自分達だけここに置いていかれてしまう。


「お前らだけでエルベンみたいな大きな街に着いたって一体何ができるって言うんだ?俺がいなきゃただの難民扱いだぞ。食うものも住む場所もない、路上生活をするしかないんだぞ!」



 すると村人達は狼狽えるように顔を見合わせ始めた。このまま強気でいいのかと不安になり始めている。ここは畳み掛けなくてはならない正念場だ。


「幌馬車一台用意するのだって、こうやって俺の力が必要なんだからな。何にも知らねえくせに……いつもどれだけ苦労してると思ってるんだ?お前達にそれができるのか?!」


 必要なのは、正確には金なのだが。

 グレーデンでは村長としてのつきあいがあるために多少顔が利いたが、エルベンではそうもいかないかもしれない。

 だがここは、嘘も手管だろう。




ここは本当は“嘘も方便”なのですが、それは仏教用語なのでヨーゼフは知らないので、やむを得ず修正。

正しい慣用句ではないので、良い子が間違って覚えてはいけませんからね。似た慣用句はあります。

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