32.グレーデン到着(1)
ユリアンやフォルカー達がクルゼ村の村人達から情報を得ている間、馬車に戻った私達は、エーリヒからクルゼ村が魔獣に襲われたことを聞く。
その後村人達は命からがらグレーデンの街へと逃げ込んだが、グレーデン周辺も魔獣の数が増えていることから、これ以上魔獣が増える前にどうせならエルベンまで逃げることを決めた。そして幌馬車に乗ってエルベンまで逃げる最中に、また魔獣に襲われていた所だったと先ほど聞いたらしい。
山から魔獣が下りてきて、麓の村人達は逃げ出したという情報は昨夜のうちにエルベンで得ていたのだが、まずはグレーデンまで行って再度詳しい情報収集をする予定だったとのことだ。
「どうして山から魔獣が?…私、ゲーアノルト山に魔獣がいるなんて知りませんでした。ただの獣だと思っていたのが、魔獣だったんでしょうか。猪とかうさぎとか野犬ならいたかもしれませんが、そんな危険そうな獣には会ったことがありませんでした」
「そうですか。通常国境の山際には魔獣は多いものですが……もしかしたらあなたの友達が、あなたの周りにいる危険な魔獣は退治してくれていたのかもしれません」
「白夜が…?」
エーリヒからそう聞いて胸がギュッとした。
やっぱり白夜は優しい子だ。優しくて、とても強い子。そして私の守り神。
「じゃあ私がいなくなったから、白夜は魔獣の駆除を止めたのでしょうか?…白夜には、ちゃんと会えるでしょうか」
「…どうでしょうね…」
エーリヒが答えをぼかすということは、白夜は山にいないのかもしれない。
本当に私を探して山を下りたの?それでどこに行ったの?今も私を探しているの?
「お嬢様…」
マリエルが背中に手を添えてくれた。マリエルの手が温かくてほっとする。
コンコンコン
「エーリヒ様、ユリアンです。村人達の聴取が終わりましたが、いかがなさいますか?」
馬車の扉をノックしてきたのはエーリヒの従者のユリアンだったようだ。
エーリヒの言葉で扉を開けたユリアンは、村が魔獣に襲われた状況などを簡潔に話す。
村を魔獣が襲ったのは、遡って考えると私が村人達に捕まって奴隷商に売りに出された日の深夜だった。狼の遠吠えと共に寝静まったクルゼの村に魔獣がなだれ込んで来たという。余りの突然の襲撃に、着の身着のまま逃げ出した村人達がほとんどだった。そうでもしなければそのまま魔獣に食われる運命だからだ。
「白い狐は誰も見ませんでしたか?」
ユリアンに問うたが、彼は首を振った。
「そのような報告はありません」
「そうですか…」
俯いて膝の上の手のひらを握りしめた。
「エーリヒ様、他にもいくつかご報告が」
「なんだ?」
ユリアンはチラリとこちらを窺ってから話し始めた。
「実は彼女についてなのですが。初めに村にいた頃は、薄い茶色の髪色と瞳だったと言っています」
「…何を言っている?」
「それが。二年ほど前に彼女は家出をしたそうなのですが、それまでは薄茶色の髪色だったと村長や村人達が言うのです。家出をした翌日に一度山から帰ってきたそうなのですが、その時には銀髪になっていて、追いかけたがそのまま山に逃げて帰って来なかったと」
報告をしたユリアンとエーリヒ、マリエルが私を見る。
「え?…よく、わかりません」
昔は茶色い髪だったの?というか、髪色って変わるものなのだろうか?
「本当に覚えていないのですか?」
「えっと……実は、白夜に会う前のことは余り覚えていなくて……痛いとか……お腹がすいたとか、寒いとか……そういう感覚的なことしか…」
恐らく前世の記憶を取り戻してから、私としての自我がはっきりしたのだろう。それまではまだ小さかったから。ただ言われるままに動いて、殴られるままに殴られて、痛くて寂しくていつもお腹がすいていて、冬は寒くて。家畜小屋で毎日泣いていた記憶ばかりだ。
浴びせられる言葉は罵倒ばかりで、あのままだったならエーリヒの言う通り言葉すらままならなかった。
ああ、やっぱり白夜は私の神様だ……
「いつ白夜に会ったのですか?」
「その家出をしたときです。山で白夜に会って、私はそのとき倒れてしまって。白夜はずっとついててくれたんです。起きた次の日に一度村に戻ったら、戻りが遅くなったこととかを色々咎められて、殴られそうになったので逃げました。それからは白夜と山で一緒に過ごしていたので…」
「…………」
エーリヒは顎の辺りに手を添えて何か考えている。
「それまで何か装飾品の類は持っていませんでしたか?」
「さぁ?白夜に出会う前のことはよくわかりませんが……もし持っていたとしても村長に取られたりするのではないでしょうか…」
「…そうですね」
装飾品というのは、身元を示す物ということだろうか?
「やはりその白夜とやらは単なる狐ではないようですね」
確かに。白夜に会って前世の記憶を取り戻したのだから、単なる狐ではない。
白夜に会った時に、記憶を取り戻した上に髪色も変化したということなのだろうか。
じゃあそもそも私は茶髪だったのかな。白夜の不思議魔法で髪と目の色が変わったの?だとしたら私は近隣の村人の捨て子なのかもしれない。口減らしのために山に捨てられたのか。
別に今さら何という事もないけどさ。そんなものだよ。
それにしてもますます不思議な狐だな、白夜って。
その後エーリヒは細かい指示を出してくると言ってユリアンと共に馬車の外に出ていった。
すると外ではなにやら村人達が騒ぎ出して、また魔獣が来たのかと確認したが、そうではないらしい。何か揉めているようだ。
だがしばらくするとエーリヒは戻ってきて、馬車はあっさりとグレーデンへと出発した。
クルゼの村人達はそのまま幌馬車でエルベンへ向かうらしい。
グレーデンへ到着したのは、予定を大幅に遅れてお昼もとうに過ぎてからだった。
「今日はここでまた情報収集をして、出発は翌朝にしましょうか。今から向かっても着く頃には日が暮れる。魔獣が増えていることを考えると、その中での捜索や野営は現実的ではありません」
エーリヒの言葉に従ってグレーデンで宿を取り、遅い昼食を取ることになった。
街の中に馬車が入る前、エーリヒが服の胸元に手を入れて何かを取り出した。左手の黒い革手袋を外して中指に指輪をはめる。するとその途端、エーリヒの髪の色が暗く変化し始める。
「…………」
突然のことに言葉を失ってしまった。
「ここまでする必要はないかと思っていたのですが、今はこの街も騒がしそうですからね。あなたの分もあればよかったのですが……何分、貴重な魔術具ですから」
エーリヒが話している間にもみるみる髪の色は変化していって、すっかり暗い髪色に変わり、黒というか藍色がかった闇色になってしまっていた。だが瞳の色は蜂蜜色のままで、それがとても神秘的に見える。
「うわぁ…」
リーデルシュタイン伯爵のもう一人の側近、ヴィクター並の黒艶髪である。あちらのほうが本当に真っ黒で、私としては見慣れた色だけれど。
色素の薄い髪色も似合っていたが、こういう青みがかった暗い髪色もかっこいい。
あれ……じゃあ。
「もしかしてさっき装飾品を持っていなかったかと聞いたのは…」
「あなたもこういった魔術具を使っていたのではないかと思ったのです」
「では、私の髪の色はこれが本当の色なのでしょうか」
「断定はまだできませんが、おそらくそうでしょう。あなたが白夜と出会ったときに何かがあったのでしょうね。幻術に長けているようですから……解除もできるのでしょう」
幻術の解除。幼い頃の私に魔法がかかっていたということか。
かけたとしたら、やはり捨てた親よね……
イヤーカフのような魔導具は魔石の魔力を動力源として誰にでも使える物と言っていた。現に平民のフォルカー達も使っている。
対してあの指輪は魔術具とエーリヒは表現していたから、あれは体内魔力を動力源として魔力操作を必要とする、貴族にしか扱えない代物ということだ。
でも私に魔術具を持っていなかったか疑ったり、私の分もあれば良かったと言ったのは、私にも魔力があるとエーリヒは思っているということなのだろうか。
どうして私だけが銀髪なのだろう。
前世の記憶があるせいか、余りそこは考えたことがなかったな。そういうものだと思って。
捨てられたのだから、深く考えても仕方がないと。
そして、誰が私に髪色を誤魔化す魔法をかけたのだろうか。
父親?母親?
何のために。
どうして捨てたの?
もふもふ白夜。早くモフりたい。




