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31.寝言は寝て言え


『その汚い手を離せ。斬り落とされたいか』



「ひっ!」

 村長はパッと言われた通りに私の腕を離した。

 急に強い力から解放されて体がまたフラリとよろけると、誰かにしっかりと抱きとめられた。

 揺れる焦点がゆっくりと合うようになるとそれは、黒い革手袋をはめた大きな大人の男性の手だった。


 今の声はエーリヒか。普段の爽やかな笑みの印象からはかけ離れた、とても低くて冷淡な声だった。

 脅しではなく本気で斬り落とすつもりだと誰もが感じる程に。

 村長は私を抱き寄せたエーリヒに向かってゆっくりと両手を上げる。見ればその手はガタガタと震えている。



「この者は誰です?」


 エーリヒは光の剣を村長に突きつけたまま、剣呑な雰囲気を漂わせて私に聞いた。

 先ほどよりはマシな声にはなっているが、不機嫌なのは十分に伝わる声だった。いつも穏やかな笑みをたたえていた彼は、今はどこにもいない。


「…クルゼの、村長です」

「なるほど。…コレが」

 今の()()には侮蔑の色が多分に含まれているに違いない。普段の穏やかな亜麻色のエーリヒの瞳とはとても思えないほど、酷薄で冷ややかに見えた。




「き、貴族の方ですか?さ、先ほどは我々を助けていただき、ありがとうございました。…とても、お強いのですね…」

 国境沿いのめぼしいものなど何もない山村であるクルゼの村長は、生まれてこの方、貴族なんて見たこともないだろう。だがエーリヒが着ている服装や容姿、立ち居振る舞い、威圧感、そして何より不思議な光る魔法の剣を突きつけられてその考えに至ったのだろう。



「も、もしかして、あなた様がこの娘をお買い上げになったので?いやぁ、銀髪なんて珍しいでしょう!私がこの子を世話してやっていたのですがね。なにぶん寂れた村ですので生活もやっとでして……心は痛みましたが仕方なく売るしかなかったんですよ。…それでぇ…実は村が魔獣に襲われて逃げているところでして。村人達もいますし、少し……その、困っておりまして…」



 何を言っているのだ、こいつは。

 状況がわかっているのか?

 “世話してやっていた”?“心は痛んだ”?馬鹿も休み休み言えとはこのことだ。

 まさか、育ての親だとでも言って……金をせびる気じゃあないだろうな。


 頭に血が上り、わずかにぼんやりする。

 血液が巡って身体がざわざわし始めている。



「死にたいのか、貴様…」



 エーリヒの声がまた一段と冷えたものになった。

 それを聞いて何故か、ざわざわしていた気持ちが少し落ち着いた気がする。こんなに物騒で不穏なセリフなのに、何か、救われたような、そんな泣きたくなるような気持ちに。



「ち、違いますっ!違いますよぅ!」

 エーリヒの声を聞く限りでは、問いもせずに斬り捨ててしまいそうだ。貴族というのはその力も権利も十分に持ち合わせているのだろう。

 彼らは魔獣に襲われて、エーリヒ達に出会わなければきっとこのまま命を落としていたのだろうし。

 …もしかしたら何か情報を取ろうとしているのかな。昨夜エルベンでしたように。自分は合理的だと言っていたし。



 エーリヒの腕に抱かれたまま、村長とのやりとりを見守っていると、周りがざわざわと集まり出した。知っている顔がチラホラ見えることに驚く。どうやら本当にクルゼ村の人達が大勢いるようだ。


 どうしてクルゼ村の人達がこんなにいるんだろう?皆でこの幌馬車に乗っていたのか?

 さっき言っていたように、本当にあの村が魔獣に襲われたのだろうか。今まで魔獣なんて一切見なかったのに。どうして突然……

 じゃあ、白夜は?そんなに魔獣が現れたなら、白夜はどうしたの?




「あの銀髪、あのときの子供じゃねえか?」

「ああ、こないだ村長が行商人に売った子か。いい格好しやがって。もう貴族に買われたのか?俺達がこんなだってのに、いいご身分だぜ」

「村長、あの時金貨もらったらしいぜ。銀髪が珍しいって。あれじゃ高く売れるはずだな」

「本当か?せっかく捕まえてやったのに俺達には何もなしかよ、相変わらず村長はケチだな」

 集まってきた村人達からは不愉快な内容ばかりが聞こえてくる。



「どうやら救う価値はなかったようだ。今からでも皆殺しにしよう…」

 エーリヒが低い声で恐ろしいことを呟いた。

 え?エーリヒ様??合理性重視では?


「ま…待ってくださ…」

 そんなこと、エーリヒにはさせられない。

 正直、村人なんか、あれから出会った人達に比べたらどうでもいいことだ。だがそんなことのために、エーリヒの心を煩わせたくはない。彼はこんな村人達とは何の縁もないのだから。



「あの綺麗な貴族があの子を買ったのか?いくら銀髪が珍しいからってあんな子供なんか買ってよ。聞いてはいたけど貴族の趣味もやべぇな……変態じゃねぇか」

「将来性を見たんだろ。あれは数年経ったらいい女に育つぞ」

「絶対村長の嫁なんかより美人になっただろ、あれ。売らなきゃ良かったのによぉ、もったいねぇよなぁ」

「お前、マジか。ははっ」

「だとしてもあの村長が俺達に回してくれるかよ」

「違いねぇ」



 卑猥な野次が聞こえる中、下卑た笑い声が耳に届いた。会話の内容、声、話し方、その全てにゾワゾワと気持ち悪さ、おぞましさが体中を虫が這いずるようにかけ巡り、気が遠くなる。

 耳を塞ぎたい。気持ち悪い。泣いて蹲りたい。逃げ出したい。

 …だが、だめだ。このままでは、だめだ。このまま……言わせておくものか。

 ブチッと何かが弾けた。



「村長!」

 私の大きな声に皆が注目した。集まる大人達の視線が気持ち悪い。

 私は震えそうな手のひらをギュッと握り締める。


「…はっきりしておきたいことがあります。私はあなた方に勝手に売られましたが、あなたは私の親でも親権者でもありませんので、あなたに私を売る権利は本来ありません。つまり私を捕まえて奴隷商に売るという行為は違法です。これで村長は立派な罪人となりましたよ?」



「なんだと?お前!今まで誰に育ててもらったと思ってるんだ?お前の保護者は俺だぞ!」

 光の剣はまだ喉元にあるのに、村長は言い合いの相手が私だとわかると息巻いてきた。

「保護者?ふふっ。笑えますね。それこそあなた方に保護された覚えなど一切ないのですが」

 そして私は口元に袖口を当てて微笑み、大いに煽ることにする。

「保護という言葉の意味をよくご存知ないのですね。それほど愚昧であるとは、可哀想に…」

 首を傾げ、さも哀れんで言ってやった。



「貴様っ!よくも恩を忘れやがって!」

 頭に血が上って、つい手をこちらに伸ばそうとしてきたが、エーリヒの光の剣はまだ自分の喉元に掲げられたままである。すぐに動きを止めて悔しそうに唸って睨んでいる。


「では私にしてきたことを、自分の息子や娘にできますか?」

「…な、なに?」

「朝から晩まで自分達の雑用をさせてこき使い、ご飯は自分達の残飯で、夜には家畜小屋で寝泊まりさせる。反抗したり思い通りにならなければ暴力をふるっていましたね。それであなたが私の保護者だと言い張るのなら、私にしていたことと同じことを被保護者であるあなたの子供達にもしっかりとしてあげたらどうでしょうか?」


「…な、なんだと…?」

「それがあなたの言う“保護”なのでしょう?…それでしたら私も納得しますわ」

 ふふっと口元に袖口を当てて上品に笑いながら、村長とその妻、そして子供達を見回した。

「お、お前…」

 見回した者達の顔が引き攣っている。



「それと、もう一つ忠告です。この方は私を買ったのではなく、法を犯した罪人達から助けてくださったのです。そのような人道あるお方に先ほどのような不敬な物言い……あなた方全員、この場で無礼討ちにされても文句は言えないのですよ。王侯貴族に対する不敬は極刑。貴族とはそのように恐ろしいものだと、あなた方は知らないのですか?」


 私は卑猥な話をしていた村人達を睨めつけた。

 本当に極刑かどうかは知らないが、脅しには丁度いい。それに実際にはそうなることだろう。平民の命など貴族にとっては軽いものだ。

 周りで我関せずと面白可笑しく野次馬していた村人達は、「う…」と顔色を変える。



「…ああそうそう、ちなみに私を運んでいた奴隷商人達はもうすでに死にましたよ。あの者達は皆、罪人であり、無礼者でしたからね。この方に無礼を働いたあなた達も……そうなるのかしら」

 そう、ニコリと微笑み首を傾げてみせた。


 私を買い取った行商人達は知らないが、私に暴力をふるった男は私が殺したし、その取り巻きはフォルカー達が殺した。それに他の奴らも襲撃者……伯爵や子爵の配下達にやられただろう。あの場の戦闘は伯爵達が勝ったのだから。

 そして伯爵も、私があの男を殺していなくても刑に処すことになっていたと言っていた。であれば他の者達もそうなのだろう。



「な…?…も、申し訳、ございません…」

 村長はエーリヒに向かって恐る恐る謝罪の言葉を述べた。

 自分も奴隷商人達と同じ末路を辿る危険性をようやく理解したか。



「何が育てた恩だ。“寝言は寝て言え”っての」



 不愉快で思わず口をついて出たが、小声だったからまあ、誰にも聞こえまい。


「ふっ」

 エーリヒが吹き出している。左手の拳で口元を押さえていた。

「…なんですか?」

 エーリヒを見上げる。

「…………」

 彼が私をじっと見つめている。そして……


「もう、よいのですか?ヴェローニカ」


 穏やかなエーリヒの声が聞こえた。しかもからかうような笑顔すら浮かべている。優しい蜂蜜色の瞳に戻っている。

 ちょっとほっとした。いつものエーリヒだ。

 というかこの反応は、今のが聞こえていたのかもしれないな。まあ……いいけど。


「…ええ」

 私の返事を受けてエーリヒは光の剣を消し、鞘に納めた。


「ふふ。…あなたは最高ですね」


「え?わっ」

 エーリヒが何か呟いたかと思ったら、次の瞬間には私を抱き上げていた。そして抱き上げた私の背中を優しくなでてくれた。

 良くやった、という意味だろうか……

 それとも、震えていたことに気づかれたのかな。


 …弱みを知られたみたいでなんだか恥ずかしい。



「ユリアン」

「は」

 エーリヒはユリアンを呼びつけると、その場にすぐさま背を向けて歩き出した。

 そして歩きながらユリアンと護衛達に村人の事情聴取を命じ、自分は私を抱き上げたまま馬車に向かって行ったのだった。




『』再び。エーリヒ様の魔力が漏れています。

こういう格言的な言葉や仏教用語などは、ここは異世界なので通じるものと通じないものがあります。

そういうことを考えると、結構仏教用語って多いんですね。

使いたいのに(言わせたいのに)使えない言葉がたくさんある。なんて歯がゆい世界観……


*追記*

少々村人の発言を削りました。リアリティを求めすぎて不快にさせてしまうかと思い。ほんとはもっと際どいことを言ってます。辺境の村人なので。

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