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3.不運な傭兵

《フォルカー》




 馬車内の子供達も少しは落ち着いたのか、あれから特に騒ぎも起こらず関所を通過して王直轄地に無事入ることができた。

 検問の様子を窺うに、確認も簡易的なもので何か裏取引でもあるかのような怪しさではあったが。


 だがここまで来たらそろそろ護衛の任もお役御免だ。

 王都ヴァイデン周辺は、囲まれた水路や王都を守る分厚い外郭に設置された結界石という魔導具の影響で魔獣も少なくなるし、盗賊の類も王都の巡回兵を敬遠して活動を避ける。だからといって完全には気は抜けないのだが。



 フォルカーは馬を巧みに操りながら、隣を並走している窓のない馬車にチラリと視線を移した。


 先ほどの騒ぎを経て、商隊の荷馬車の列の後ろの方の護衛から、この奴隷が収容された馬車の横に配置換えをさせられた。ここに元いた商会の護衛に体よく押し付けられたと言える。おそらくフォルカーが先ほどの騒ぎに首を突っ込んだせいだろう。

 つまり、この商会の他の奴らもあの男が子供を無闇に殺すところを本当は見たくないって訳だ。


(あー、くそ。全く世話の焼ける……)



 フォルカーは今回の任務中にもう何度も後悔していた。いくら依頼料が高いからと言って、この商会の護衛を引き受けたのは失敗であったと。

 だが最近はとある理由で以前のように仕事を選べなくなっていたところだった。今回この仕事を見送っていたとしても、いずれはこうなっていただろう。


(最近ついてないな。指名依頼もめっきりなくなったし、そろそろ王都を離れる頃合いか。)

 思わずため息が漏れる。



 この商隊のリーダーはアンスガーと言ったか。

 今回の任務でしか関わりはない人物だからよくは知らないが、道中の奴の言動や奴隷の子供達に対しての威圧的な態度、そして部下の者達の奴に対して何も意見しない様子。

 考えたくはないが奴の一存で惨劇が行われる可能性もある。



 奴隷を殺すと殺人として罪に問われる法はある。だがそれはあってないような刑法だ。

 何故なら奴隷が主人に従わない、などの理由があれば暴力で従わせることは認められているし、危険行為があればそのまま殺してもかまわないとされているからだ。

 奴隷はその主人の財産なので、怪我をさせようが、殺そうが主人の心持ち次第なのである。

 なお、普通の商売人なら商品を損なうような愚かな真似はしないだろうが、今回の言動を見ていれば奴が商売人の魂を持っているとは思えない。

 何より……


(そもそもこの子供達は本当に奴隷なのか?いくら大商会と言えど、これだけの数を一度に集められるものなのかよ。しかも子供しかいないのも不自然だ。)


 奴隷の取引はれっきとした国に承認された商売だ。このアードラー商会も王都では指折りの有力商会で名が通っている。奴隷を扱っていることも知っていた。勿論国の認可を受けてのことだろう。

 だがフォルカーには気になっていたことがあった。



 今回の商隊の目的は、王都からそれほど遠くはない街や村落への取引商品の荷運びとそこでの買付のようだった。

 各々の街や村まで護衛としてついていって、この商隊の警備をしたのだが、終着地点である王都も迫った今朝方、隊を分けてしばらく休憩を取らされた。その間に商会所属の少数の護衛達のみが隊から離れて行き、戻ってきた時にはこの子供の奴隷達が乗った馬車を含めた三つの馬車が隊列に加わったのだ。


 何も疚しいことがなければ皆で行けば良いのだ。馬や人が疲弊するほどの強行軍というわけでもない。護衛もそのために分けなければいけなくなる。


 利便上奴隷を事前に集めていた商会の施設か何かがあって、機密扱いだから関係者以外は同行させなかっだけだと言われればそれまでで、高い依頼料や有力商会を敵に回すような行為を鑑みれば、不審な点はあれど一介の傭兵には何もできることなどあるはずがない。


(どうせ俺には何もできない。考えても無駄だな。)

 フォルカーは再びため息をついていた。

 考えを切り替えようと試みる。




 ふと、さっき見た銀髪の少女がチラついた。

 アンスガーの後ろからだったが、馬車の車高差で小さい女の子の姿が見えたのだ。

 松明の灯りに照らされて金髪のようにも見えたが、よく見ると見事な銀髪で、そして何より、とても愛らしい笑顔で微笑んでいた。


 あの馬車の中の子供達が恐慌に陥ったように泣き喚く中で、一人堂々と佇み強面の男達を前に優雅に微笑んでいたのだ。

 流石のアンスガーも度肝を抜かれたのか、しばらく大人しく彼女を眺めてしまっていたようだった。



 以前は貴族の護衛も勤めていたフォルカーには、あのような立ち居振る舞いには見覚えがあった。

 まるで貴族子女のそれだ。どこかの深窓の令嬢でもさらってきたのだろうか。

 だがいくら貴族子女だとしても、あんなふうにあの恐怖のただ中で堂々と微笑むには余りにもまだ年齢が幼すぎるし、度胸があり過ぎる。


 かと言って村の子供と言うには容姿が整いすぎているし、貴族だと言うにはみすぼらしい格好だった。

 とても不可解な子供だ。今思い出すと違和感しかない。




 しばらくフォルカーが考え込んでいると、前の方で隊列が停まったようだ。どうやらこの辺りで野営するつもりか。今日はもう王都の門も閉門していて、入れないだろうから。


 そこは街道沿いの休憩用に開けた場所で、空には月が中空まで昇っていたのが目に入った。半分欠けた上弦の月が少し丸みを帯び始めている。

 あと一週間ほどすれば、月は満ちるだろう。




◇◇◇




 辺りに煮炊きの匂いが漂う。

 季節は春の初め。夜はまだ少し冷え込むので、温かい汁物が食べられるのはありがたい。

 フォルカーは辺りを警戒する意味も込めて、煮炊きの輪から少し離れた岩肌に座していた。自分で集めた薪で小さな暖も取っている。周りにもそのようにしている者が数人いた。恐らく自分と同じく慣れた傭兵なのだろう。


 足音と気配がする。誰かが近づいて来た。


「フォルカー」

 護衛をしている傭兵のひとりだ。以前に同じ仕事を請け負って話したことがある。

 確か…

「ロルフか」

「ああ。覚えていたんだね」

「まあな」


 ロルフは手に持っていた器の一つをこちらに寄越した。煮炊きの汁物が出来上がったようだ。

 それを受け取って礼を言うと、「いい?」と声をかけてロルフはそのままフォルカーから少し離れた隣に座した。


 どうやらここで食べるようだ。

 フォルカーは先に配られていた干し肉を汁物の器に浸けるように入れて岩肌に置いた。硬い干し肉が少しは緩んでくれないかと思ったからだ。

 あとあるのは硬いブロート。ライ麦パンだ。それを手でちぎり、口に入れた。なかなか噛みごたえがある。


 今回の護衛はたった数日だったが、今まで特に親しく話しかけてきたりはしなかったロルフが一体何用だとは思ったが、何となく居心地が悪くて用件も聞かずにそのまま食べ始めることにした。


挿絵(By みてみん)


 しばらく食べていたが、やはり静かな隣が気になる。様子を窺うとロルフは憂鬱そうな顔で器を眺めている。


「さっき……フォルカーが声をかけてくれて良かったよ」

 視線を感じたのか、ロルフがそう呟いた。

 やはりこいつももやもやしていたらしい。

 以前も思ったが、傭兵にしては気の優しい質のようだ。


「たまたまだ。ほんとに関所が閉まりそうな時間だったし」

「うん。そうだけど」

「…………」

 するとロルフは辺りを気にする仕草をして声を潜めた。

「あいつ、前もそうだったんだ」



 ロルフは声を潜めながら話し出す。

 その話によると、アンスガーはいつも奴隷の子供達を威圧し、反抗的だったり言うことを聞かない子供がいると他の子供達の前で見せしめに暴行し、執拗に暴力を振るって従わせる。時には暴行が過ぎて殺してしまうこともあったようだ。

 そうして遺体は街道脇にでも捨てていけば、魔獣が勝手に食ってくれる。

 街道に魔獣を誘き寄せることにもなるためそんなことは本来避けるべきことなのだが、そんなことを気にする奴らではないのは明白だ。



「だが、こう言っちゃ何だが、奴隷も商品だろ。勝手に殺してお咎めはないのか?」

「見ただろ。皆あいつを恐れて何も言えないんだ」

 俺もだけど……と自嘲気味にロルフは言った。



 毎回後味が悪いのに何故この仕事を受けるのかと言うと、奥さんに二人目ができて色々と物入りなんだそうだ。

 この仕事は金がいい。だがまだ小さな自分の子供を思い出して、奴隷の子供達が可哀想でならないと。

 そりゃそうだ。まともな神経ならあれを見て何とも思わない訳がない。



「気持ちはわかるが……どうすることもできないしな」

「そうなんだけど…」

 フォルカーは汁に浸けていた干し肉を囓る。やっぱり干し肉は硬くて塩辛いままだった。ブロートもぱさぱさだし。食えない訳ではないが、味気ないのは否めない。

 護衛任務中の野営での食事なんてこんなものだ。温かいものが食えるだけいい。



 自分ではどうすることもできないこと、抗えないものなんて、世の中たくさんあるものだ。些細なことだが生きていればそういったことが腐るほどある。

 だがそういった理不尽を噛み締めてでも生きていくしかない。



 胸くそ悪い気分で硬い干し肉を噛み千切っていると、後ろの方でざわめきが起きた。

 振り返ると、子供達がいる馬車の停めてある方で人だかりができている。その中にアンスガーを見つけた。その周りにはいつもの取り巻き達もいる。

 あれらはアンスガー専用の商会の護衛のようだ。装備品は有力商会らしく、腹立たしいほどに立派なものを身に着けている。

 彼らは常にアンスガーの周りにいて道中の魔獣退治にも加勢はしてこなかったので、腕が立つのかどうかは知らないが。


「あいつら、また何をするつもりだ」

 ロルフが気遣わしげに立ち上がった。

 よほど子供達が心配なのだろう。優しい奴だ。

(本当に傭兵とは思えないな、こいつ。)

 フォルカーはまたため息をついた。

 悠長に食べている場合じゃなくなった。




《4.不遜な少女(2) へ続く》

傭兵のフォルカーは奴隷商人とは違って、良心の持ち主のようですが……触らぬ神に祟りなし。


画像はフォルカー。

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