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28.エルベンでの噂(1)

《フォルカー》




「最近よぉ、なんでこんな急に魔獣が増えたんだぁ?」

「数年前から滅多に魔獣に出くわさなくなって、ありがたかったんだがなぁ。あったかくなってきたからか?」

「冬眠してたってことか?にしたって去年より多いだろ。まだ春先だってのによ。この先どんどん増えるんじゃねぇよな」



 ガヤガヤと活気溢れる喧騒とアルコールの香りが漂う街の大衆酒場で食事をしていたフォルカーらは、隣のテーブルでの会話にさり気なく耳を傾けていた。

 一日の労働の終わりにいつもの顔馴染みが集まって交わされる会話は、大半が単なる日々の愚痴だったりするのだが、中には何か重要なものもあるかもしれない。


 エーリヒの求めている情報がなんなのかはわからないが、とりあえず酒代を頂いたのでそれなりに収穫があればいいが。と思いながら護衛の三人で食事を取りつつ、エールを飲む。

 手頃な値段で酒と美味い飯が味わえるとあって、ここはなかなか人気の店のようだ。




「フォルカー」

「あ?」

「なんだか魔獣が増えたって話が多いみたいだね」

 向かいに座ったロルフが、エールを片手に話しかけてきた。

「そうだな。戦闘はまださっきの一度だけだから実感はないが」

「でも走行中の、しかも護衛付きの馬車をあの数で囲んでくるって、ちょっと珍しいような気もするけど」

「…そうか」



 そう言われればそうかもしれない。馬車一台に対して騎馬護衛が六人は確かに多い。

 この辺の街道に出る魔獣は狼型が主流で、脚が遅い徒歩の旅人を狙ったり、休憩時や食事中、野営中の寝静まった時を襲ったりすることなどが多い。

 あくまで、そういう傾向が多いだけなので、魔獣の種類によっては走行中の商団を襲うことだってあることはあるのだが。

 無理をしてでも、ということだと、腹を空かせていたのかもしれない。まだ春先で餌が少ないのか、それとも。




「しかし、すごかったな、グリューネヴァルト卿」

 ロルフの隣に座った傭兵が抑えた声で言った。

 今回の仕事で同行している傭兵のケヴィンだ。彼は一見して傭兵らしく、顔に大きな傷があった。なかなか場数を熟しているベテランだ。

 今回の護衛任務には新人などはいない。それだけ伯爵と子爵の配下は戦闘慣れしている人材が豊富だということだろう。



「あれが貴族の戦い方かって思ったよ。魔剣てあんなに斬れんのかよ……恐ろしいな」

「そうだね。あれはすごかった。グレイウルフの毛皮は刃が通りにくいのに。見事に真っ二つだったね」

 ロルフもケヴィンに同意しながら食事を続ける。


「辺境の魔獣討伐作戦に参加したことがあるが、貴族ってのは皆、魔法重視だろ。確かに威力はすげぇけど、あいつら俺達がいてもお構いなしにぶっ放すからな。高位貴族だって聞いたけど、グリューネヴァルト卿は攻撃魔法も使うのかな」

「どうだろうな。魔剣と身体強化で戦うスタイルのようだったが…」


「伯爵の筆頭護衛騎士ってことは、伯爵の騎士の中で一番強いってことだろ?…だから俺はてっきり他の貴族みてぇに、魔法でドカーンとやるのかと思ってたんだけど」

「だがクライスラー卿も魔剣で戦うだろ」

「ああ。ハインツ様は炎の魔剣を使うからな。あのでかい大剣を振り回す姿はなかなか痺れるぜ」



 ケヴィンはどうやら子爵と一緒に戦った経験があるらしい。さっき言った辺境の魔獣討伐作戦時のことか。

「魔獣討伐力と要人護衛では、必要とされる技量も異なりそうだからな。火力が高いとケヴィンが言ったように味方も巻き込みそうだし。それにあの魔剣の斬れ味なら、いくらでも倒せそうだ」

「それもそうだな。……対人か対魔獣か、か」



 ケヴィンの言うとおりで貴族達はとにかく魔法を好んで使う。広範囲を巻き込んで焼き払い、切り刻み、吹き飛ばし、凍らせる。そして平民達には残党狩りやその後処理をさせて、魔力が切れたら後方に下がって高みの見物だ。


 現場が山中だったりすると最悪だ。火魔法が風魔法で煽られて、魔獣どころか山ごと燃えてしまう。水魔法を使って消火してくれる時もあるが、大抵の貴族は魔力が勿体ないと憤慨し、急遽延焼を防ぐために平民達が木を伐り倒すことになったりと、いらぬ苦労をさせられる。


 その点、ハインツのような魔剣使いは魔力を無駄使いしないため、平民の傭兵達を率いて士気を高めてくれる存在になる。そしてシンプルに剣術に優れていて憧れる。



 だがエーリヒは余りにも強すぎた。あの斬れ味だと剣を交えることもできずに斬り捨てられるのではないだろうか。

 そして身のこなしも尋常ではなかった。平民には理解できないし、到達できない強さだ。貴族の護衛騎士とは皆、あのような強さを持つのだろうか。




「周りの話によるとこれからもっと魔獣が出てくる可能性がある。あの方が味方なのは心強いだろ」

「そうだな」

「なんだ?あんちゃん達、傭兵か?」

 隣のテーブルのおっさん共が話しかけてきた。こちらの情報は少し控えなければならないことは事前に話し合っている。

 フォルカーは同席する二人に目配せした。


「ええ、まあ。この辺の治安はどうですか?」

 ここは人当たりがいいロルフが、当たり障りなく会話を返す。

「ああ。この辺はずっと魔獣が少なかったんだがな。ここんとこはなんでか増えてきててよ」

「畑仕事に出る時は気をつけねぇと危ねぇ。知らねえうちに背後に近づいて来てたりするからな」

 畑仕事と聞いて、フォルカーはヴィムの話を思い出して眉をしかめた。



「あとは人さらいも増えてるんだ。子供はあんまり一人で出歩かせられねぇな」

(人さらいか。)

 おそらくアードラー商会のような者達が動いているのだろう。

「取り締まりとかはないのか?捜索とか」

 ケヴィンが聞いてみる。

「一応自警団がやってくれてるけど、最近は魔獣の対応で手一杯らしい。この辺まで王都の警備兵は来てくれないしな」


「そんなに魔獣が増えてるのか」

 フォルカーは隣のテーブルに酒を一杯ずつご馳走するよう給仕の女に頼んだ。

「おお。すまねぇな、兄ちゃん」

 わははと上機嫌になるおっさん達。酒の一杯で饒舌になるならありがたい。



「実はさっきエルベンの手前で狼型の魔獣に囲まれてな」

「ああ。あいつら急に増えたな。山から群れで下りてきてるって話だ」

 フォルカーの言葉に一人が答えた。

「山って?」

「ゲーアノルト山脈の方だよ。まさか、あっちの方に行くんじゃねーだろうな?あんちゃん達は」

「本当か?やめた方がいい。あっちの麓は村ごとやられたって話だぞ」

「麓の村が?どこだ?」

 まさか。


「いやあどこって言うか、最近あっちの方から逃げてくる奴らが多くてな。山の麓は大体ダメだって話だ」

「え?…クルゼは…?」

 ロルフが恐る恐る聞いてみる。

「クルゼ?ああ、そここそダメだろう。山の麓の小さな村だからな」

 フォルカーらは顔を見合わせた。


「どんな魔獣が襲ってきたんだ?」

「あぁ、この辺じゃグレイウルフが多いけどな。逃げてきた奴らが言うには、もっと大きくて真っ黒い狼が来たってよ。熊のような猛獣型も見たって話も聞いた。レッドベアだろうな。あんなのに出会っちまったらもう終わりだろ。さすがにまだこの辺じゃあ見ないが」



 グレイウルフより大きくてこの辺に生息する狼型魔獣と言えば、ダークウルフだろう。さっきのグレイウルフより一回り以上大きい魔獣が群れで行動するだけに脅威になる。あれは一般人には対処は難しいだろう。



「今はまだ春だからそんなもんだけど、これから暑くなってくるともっと違うのも出てくるんだろうな。昔はフォレストスネークとかでけえのもいたからな。さすがにあれは人里の方には出てこないが……今年は出てくんのかなぁ。勘弁して欲しいよ、全く」



(フォレストスネークか。)

 フォレストスネークは王都から南の方の森林地帯が主な生息地なのだが、山際だからかこの辺も暖かくなると出るのか。

 あれはでかい奴だと鎌首をもたげた時に民家を超える背丈になるものもいる。つまり体長はそれ以上になるということだ。そんなに巨大な蛇なら、人間の大人くらい絞め上げてまるっと呑み込むだろう。魔術師がいないと平民だけでは厄介だ。

 それを相手取ろうとするならば、今回の護衛人数は決して大袈裟ではない。



「ああ、そうか。昔はよく見た奴らが出てくる可能性があるなら、猿型も人里に下りてくんのかもな。山に餌がねぇと畑を荒らしに来てたからなぁ。あいつらは賢くて手に負えねぇ。種類によっちゃ人も襲うし」



 本当にここ数年は魔獣が少なく平和だったようだ。それが元に戻るだけなのだろうが、こうなってくるともう生態系自体が変わるようなものだ。だが傭兵業には討伐依頼が増えて、引く手あまただ。



「王都に報告はしたのか?」

「してるとは思うが。村人が逃げて来たのは本当につい昨日の話だからな。もしかしたらまだ王都のお偉いさんは知らねぇかもな」

 そう言っておやじはエールを美味そうに飲み干した。



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