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26.エーリヒ先生、無双する

挿絵(By みてみん)




「すごい…」

 フォルカーがエーリヒの戦闘センスに舌を巻いていた頃、ヴェローニカもマリエルと二人で馬車の中からエーリヒの華麗な戦いを呆然と見ていた。




――時を少し巻き戻す――



 言葉の意味を説明した途端、エーリヒの雰囲気が変わったのを感じて警戒したが、どうやら魔獣の襲撃報告があったようだ。

 すっかり裏切られた気持ちになっていたので、襲撃だというのに拍子抜けしてしまった。


 いやいや、油断してはいけない。人生初の魔獣遭遇、エネミーエンカウントである。




 さて、魔獣とはどのくらいの脅威なのだろうか。

 こんな余裕があるのは、まるで平常心のまま気負いもせずにエーリヒが馬車から降りて行ったからだ。だからきっと心配が過ぎて、ヒリヒリするような思いはしなくて済むのだろうと。


 彼は外へ出て、左耳にある通信魔導具に触れている。他の護衛達と状況のやり取りをしているのだろう。



 相手は狼のグループのようだ。反対側の窓からも護衛達が狼達と対峙しているのが見える。

 向こう側は護衛達の方が人数が多いけれど、こちら側はエーリヒ一人に狼が四匹もいる。大丈夫なのだろうか。

 大型犬サイズの灰色の狼が手前に三匹いて、奥にいるのが少し大きいような気もする。この群れのリーダーなのかもしれない。

 そしてイヤーカフで会話しながら腰元に佩いていた短剣にエーリヒが右手を伸ばすと、抜くよりも先に狼達が襲いかかってきたのが見えた。



「エーリヒ様!」

 危ないと思った時には、飛び掛かってきた最初の狼は、エーリヒの後ろで真っ二つになって吹き飛び、転がっていった。

 時間差で襲いかかろうとしていた他の狼達は、仲間の末路を見た途端に方向を変えてエーリヒから距離をとる。

 抜刀と同時に瞬時に振り上げられたエーリヒの右手には光る長剣が握られていて、暗くなり始めていた辺りを煌々と照らしていた。


挿絵(By みてみん)


「あれが光の魔剣…」

 マリエルが呟いたのが聞こえた。


 光の魔剣?なんだかすごい武器が出てきた。あれか?フォー◯か。スター◯ォーズか?なんだっけ…?…ライト◯ーバーだ!



 ガァッ!手前の狼が咆哮をあげて再び襲いかかる。だがエーリヒは全く動じない。振り上げていた光の剣をすぐさま左下に振り下ろし、返す刀で右上に切り上げて、向かって来た狼を華麗に左右に斬り捨てていく。その動きはあまりにも素早く軽やかで、全く不安を感じさせない戦いだった。


 既に三匹が倒され、あまりにもエーリヒが強すぎてか、様子を見ていたリーダーらしき最後の一匹が逃げるような素振りを見せると、まるで瞬間移動のような身のこなしで狼の行く先を封じて、そのまま斬り捨てた。



「すごい…」

 思わず声が漏れる。マリエルと二人で馬車の窓に貼りつくようにしてその戦いを見守っていた。

 すると突然。

「グリューネヴァルト卿!」

 フォルカーの叫び声が聞こえたと同時に馬車の脇から狼が一匹、エーリヒの背中に向かっていくのが見えた。


「きゃ!」

 マリエルから小さな悲鳴が聞こえて、瞬間的に感じた恐怖に思わずヒュッと息を呑んだ。

 だが次の刹那、エーリヒは振り向きざまに光る魔剣を振るい、飛び掛かってきた狼を事もなげに斬り捨てていた。

 後ろに目があるという表現は大げさではなく、本当にあるのだと思った。



 エーリヒ先生、強すぎます。


 これはあれですね。並ぶもの双つと無しという無双というやつです。

 ゲームバランスが破綻した強さです。

 この世界のレベル上限がいくつかは知らないけれど、間違いなく上位層です。


 ていうか、あのラ◯トセーバーは切れぬ物無しですか?普通、片手剣で骨ごと断ち斬るというのはできることなのですか?しかも光の剣なので血糊で斬れ味が鈍ったり、刃が欠けるということも無い。レーザーメスのようなものだ。これは斬鉄どころではありませんよ。




 あとは集めた魔獣の死体を燃やして飄々と馬車に戻って来たエーリヒは、何事もなかったかのように落ち着いた様子で座席に腰を下ろした。

 朝飯前という言葉はこういうことを言うのだな、きっと。今は夕飯前なのだけれどね。

 エーリヒ先生、お疲れさまでした。どうぞこちらをお納めください。とでも言いたいくらいだ。



「返り血も……浴びなかったようですね。…血の匂いも……しないような…」

 不思議だ。あんなに勢い良く真っ二つに斬り捨てていたのに。返り血もなければ血生臭くもないなんて。

「よくわかりましたね」

 エーリヒはニコリと微笑む。いつもの胡散臭さが満載だ。


 だって普通、あんな派手な立ち回りをしておいて、ちょっとは返り血や汚れは気にするものだと思います。でもしれっと馬車に乗ってきて座ったから。

「少しコツがいるのです」

 口元に人差し指を当てて、しーっとする。

 これはつっこんでいいものなのか。



「ああ、でもレーザーメスとはもともとあまり血が出ませんでしたね…」

 さすがに真っ二つにすれば動脈が切れて血は出るだろうが。

「……れーざーめす……?」

 あんな風に強かったら不安なく一人旅も楽しめるんだろうな。でもライ◯セーバーは高そうだな。

 エーリヒの短剣を見つめる。


「それは長さが変えられるのですか?」

「ふっ」

 エーリヒが笑った。これはほんとの笑顔だ。

「本当によく気がつきますね。そうですよ。戦闘中にも変えられます」

「すごいですね。相手の不意をつけます」

「その通りです。間合いが変わりますからね」

「魔力があればいくらでも伸ばして薙ぎ払えそうですね」


 とりゃーって360度の全方向を全て薙ぎ払う、ゲームのような大技のエフェクトが思い浮かんだ。

「……魔力が足りれば……可能でしょうね」

 腕を組んでわずかに首を傾ける。彼も想像しているのだろう。



「レーザー銃のようにも使えそう…」

「れーざーじゅー…とは?」

「エーリヒ様。それは光をピュンと矢のように飛ばせませんか?」

「……?」

「こうやって切っ先を離れた敵に照準を合わせて……光をピュンて放つんです」


 短剣を持っているふうに構えて肘を伸ばし、窓の外に向けて撃つふりをして見せた。

「……やったことはありませんが。可能かもしれませんね……今度試してみます…」

「はい!そうしてください」

 わぁ!レーザー銃にもなるかもしれないなんて。なんて万能な魔剣なんでしょう。



「それは魔導具のように誰にでも扱えるという…訳では…」

「…ないですね」

 やはり。だったらフォルカー達も使っているだろうし。

「それは残念ですね…」

 うわぁ……私は使えないのかぁ……いろいろ使い勝手が良さそうだったのに。

 イヤーカフのように平民でも使えるならいいのに。



「ヴェローニカの言う通りです。魔導具は平民でも扱える。でもこのような魔術具は使い手との相性があり、魔力と適性属性、緻密な魔力操作が必要です」

「ではそれはエーリヒ様専用なのですね」

「ええ」

「そうなると、魔導具は何で動いているのですか?魔力供給はどうしているのですか?」



 ふふっとエーリヒはまた笑った。組んでいた腕を外し、黒い革手袋をはめた手を軽く握って口元を押さえている。もうすでに何度か見ている笑い方だ。

 質問しても嫌がるどころか面白がってくれているようで、質問するのに気が引けなくて済んでありがたい。



「魔導具には魔石が組み込まれていて、魔力を持った者が前もって供給しています。その分が切れたら、また供給が必要です」

「では魔素は電子で魔力は電気や電流のようなものでしょうか……いや、電子の流れが電流ではなかったよね……でもあれは確か電子の存在を知る前に電流を定めたからだから……関係ないか…」

「でん…?」

 あ、声に出てた。

「いえ、なんでもありません」

 じゃあ、電圧はなんだ?魔素量……いや、魔力量かな?魔石とは電池だな。となると。



「その短剣に魔石を組み込んだら使えませんか?……でも魔石じゃ細かい魔力操作が難しいのかな。剣の長さを変えられるようにしたり……威力や持続時間を考えると出力を維持するのも大変なのかな。あとは属性か……魔石にも属性があるのかな。それとも魔導具に属性を組み込むのかな…」

 ぶつぶつと魔剣について考えていると、また「ふふっ」と笑う声が聞こえた。



「魔石の元となる鉱石は魔晶石というのですが、品質によって魔力を込める魔石として使用するのか、魔法を込める魔法石として使用するのかが変わるのですよ。魔石にはさらに魔力石と属性石があります。もちろん魔導具に属性を組み込むこともできますから、だいたいは属性は魔導具に組み込んで、動力は入手しやすい魔力石を使う事が多いですね。ですがその分、魔導具の価値は上がります。貴重な属性を組み込める技師も少ない」



「へぇ…魔晶石…」

「ヴェローニカは探究心や発想力があるので、魔術師団の技術開発部に入った方が良さそうですね」

 そんな楽しそうな部署が。

「ですが……そのためにはヴェローニカが貴族と養子縁組でもして、まずは貴族が通う学院に入学しなければなりませんが」

 ですよね。



「平民の学校はないのですか?」

「…聞いたことはありませんね」

 そうなのか。なんだかつまらないな。今世では本すら読めなそうだ。

「そんなに落ち込む必要はないと思いますよ」

「え……何故ですか?」


 エーリヒは答えない。ただ綺麗な笑みを浮かべるだけだ。

 気休めかな。まあ、いい。とりあえず白夜に会えれば、それでいいのだ。



「どうやらエルベンに着いたようです」

 エーリヒの声に窓の外を見ると、いつの間にか日は落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。




ヴェローニカから見たエネミーエンカウントでした。



◆追記◆

画像は戦闘中のエーリヒのイメージ

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