25.魔獣との遭遇
《フォルカー》
エーリヒから警戒するように指示を受けてからしばらくして、街道の脇から何かが追ってきている気配がする。木陰の暗がりのあちこちでチラチラ光るのは魔獣の目だろう。
辺りは暗くなり始めてきた。向こうは夜目が利く。もっと視界が悪くなってから襲いかかってくるに違いない。
フォルカーは馬車を守るように馬で街道を駆けながら、左耳にあるイヤーカフの魔導具に触れた。
「グリューネヴァルト卿。街道脇に魔獣と思われるものが追って来ています」
するとすぐエーリヒからの返しがあった。
『数は?』
「木陰で身を隠しながら追って来ているので正確にはわかりませんが、両脇に三、四体ずつはいるようです。大きさはそれほどではありません。恐らく狼系の魔獣です。…体躯から、グレイウルフかと」
『すぐには襲ってこないということか』
「暗くなるのを待っているのかもしれません」
『…では馬車を停めて始末してしまおう。片側はお前達に任せられるか?』
(…ということは、もう片側の魔獣数匹は一人で仕留めるということか。)
フォルカーがこの護衛任務に就いた時に、彼はジークヴァルト・リーデルシュタイン伯爵の筆頭護衛騎士だと聞いている。あの王位継承権を持つ伯爵を守る選りすぐりの騎士達の中の、筆頭。
「は、はい」
『ひとりは馬車を守れ』
「は」
エーリヒの指示に従ってフォルカーは護衛達を配置する。
「ロルフ」
『はい!』
「お前は馬車だ。残りは右側。グリューネヴァルト卿は左をお願いします」
『いいだろう』
そして馬車を停めるため徐行しながら、周りを馬で駆けている護衛達が配置を移動する。
馬車が停まり護衛達が馬から降りると、街道脇の木陰から姿を現した狼型の魔獣達が唸りながらゆっくりと距離を詰めてきた。
灰色の鋼のような色合いの毛並み。やはりグレイウルフだ。馬が興奮して嘶く。
馬車の扉が開く音がして、目の前のグレイウルフ達を警戒しながらそちらを横目で窺ってみたが、馬車が邪魔をしていてそちらの状況がわからない。
恐らくエーリヒが馬車から降りたのだろうが。あちらには何体いるのか。本当に一人で大丈夫だろうか。
フォルカーは腰から剣を抜いて改めて前を見据える。こちら側にはグレイウルフが三体だ。馬車を守っているロルフを除いて、対する護衛は五名いる。十分に対応できる。
「グリューネヴァルト卿、こちら側は三体です。護衛をひとりそちらに回しましょうか?」
『必要ない』
余計なお世話だったようだ。
「ではもうひとり騎馬の護衛につけます」
フォルカーの指示に騎馬の近くにいた一人が頷いて後退りしていく。
すると目を離したからか、手前にいたグレイウルフが一体飛び掛かってきた。
ガァァッと咆哮をあげながら飛び掛かってきた一体を片足を下げ、半身になって避けながら剣を振り抜く。
その間に残りの二体も連携して飛び掛かる体勢に入ったが、そこへ他の護衛達が手分けして足止めに入るのが見えた。
グレイウルフはよく街道で遭遇する魔獣なので、連携の攻撃パターンは頭に入っている。こちらの数が有利なら比較的相手にしやすい魔獣だ。だが毛皮は獣のそれよりも遥かに硬く、灰色の鎖かたびらをまとっているような防御力で、単に薙ぎ払うだけでは刃が通りにくい。
斬りつけながらも素早くグレイウルフに向けて体を反転させると、グレイウルフも着地してまたすぐに向かってきていた。やはり傷が浅かったようだ。
一度相手の攻撃を飛び退いて躱し、体勢を整える。
グレイウルフは威嚇しながらフォルカーの左側に間合いをとりつつ移動して、再び飛び掛かる隙を窺っている。目を離すと飛びかかってくるのはわかっているので注意は逸らせない。開いた口元からは鋭い牙が覗き、ダラダラと涎が地面に滴っている。
こちらも間合いをとりながら隙を窺っていると、突如街道の向こう側で犬の断末魔のような咆哮が聞こえた。
場所を移動したことで馬車の向こう側が見えた。
エーリヒがグレイウルフを鮮やかに斬り払い、すでに複数の動かぬ屍が地面に転がっている。その手には何やら光る長剣が握られていた。
(なんだあれは?貴族が扱うという魔剣か?あんなものどこに持っていたんだ?)
ガァァッっとグレイウルフが飛び掛かってきた。
気を逸らしている場合じゃない。
フォルカーは腰を落として飛び掛かってきたグレイウルフに向かって剣を突き出した。
大きく開けた口の中に剣先が入って、喉の奥を貫いたのを両腕に感じる。悲鳴のような鳴き声とともに身悶えるが、血を吐きながらその動きが鈍っていく。
脊髄に達した。致命傷だ。
だが、敵はまだいる。
フォルカーはすぐに剣を引き抜くように振り抜いてグレイウルフを投げ捨て、残りのグレイウルフを探した。
一体は護衛が二人で対峙してもう勝負はつきそうに見えた。
もう一体は護衛の方が苦戦している。
馬に回すべきじゃなかったか。
(まあいい。俺が援護につけば問題ない。)
フォルカーは苦戦している護衛が対峙していたグレイウルフを背後から斬りつけた。
キャウウンと高い声をあげてグレイウルフが逃げ出す。
(まずい!あっちはグリューネヴァルト卿が!)
「グリューネヴァルト卿!」
グレイウルフが向かった先を見て、フォルカーが駆け出そうとすると、それまでこちらに背中を向けていたエーリヒが振り向きざまにグレイウルフを視界に捉え、光る魔剣を振り抜いた。
エーリヒに飛び掛かっていったグレイウルフは断末魔をあげる間もなく真っ二つに断ち斬られ、血飛沫をあげながら左右に分かれて地面に落下し、転がっていった。
「…………」
エーリヒの戦闘を見た護衛達が唖然としている。
格が違いすぎる。
『そちらも終わったか?』
「え。あ、はい」
エーリヒとは少し距離があるので魔導具で話しかけてきたようだ。
フォルカーはイヤーカフに触れるのも忘れて普通に答えてしまったが。
見ると、エーリヒの周りには五体のグレイウルフの死体が綺麗に一太刀に両断されて転がっていた。
(すげー…)
あの短時間で五体も仕留めるとは。しかも全てが一刀両断。グレイウルフの硬い毛皮どころか、骨ごと断ち斬られている。
(あの魔剣、凄まじい斬れ味だな。)
さすが伯爵の護衛騎士。自分と比べるなんてあまりに烏滸がましい。
『魔獣の死体をこちらに集めろ』
フォルカーはエーリヒの指示通りに転がっていた死体を引き摺ってエーリヒの元まで運んだ。
他の者達もグレイウルフの死体を運ぶ。街道脇の木陰からは少し距離のあるところに死体が集められた。
「街道脇に捨てますか?」
せっかくの魔獣素材だが、持ち帰るのには荷馬車がいる。それに解体する時間もない。
今回の旅の目的は魔獣狩りじゃない。もしかしたら帰りには素材回収もできるかもしれないが。今はなるべく寄り道せずに目的地に辿り着くのが肝要だ。だからこのまま回収せずに捨て置く。
だが実際はこのまま街道上にただ捨て置くと、他の魔獣が集まってくるだろう。それでは街道の治安が保てなくなる。それはマナー違反だ。
「燃やす」
「ああ。そうですね」
だが七体分の死体の山だ。燃やし尽くすのにはしばらく時間がかかりそうだ。エルベンに着くのはだいぶ遅くなるだろう。
フォルカーが答えるとエーリヒは死体の山に向けて手をかざした。
すると、ゴウッとグレイウルフ達が火に包まれる。
(火魔法か。)
魔剣を用いた身軽な戦い方をしていたので、身体強化系の戦闘スタイルなのかと思っていたが、火魔法も使えるらしい。ハインツと同じ炎系の魔剣使いか。
そして瞬く間に死体は荼毘に付されていった。
普通の火よりも魔法の方が火力は高いとは聞いてはいたが、これほどとは。
死体を燃やし尽くす間、火の明かりに照らされるエーリヒをまじまじと眺めると、腰元の短剣に目がいった。
(もしかしてさっきの魔剣はこれか。)
先程の魔剣は光の長剣だったはずだが、帯剣しているのは短剣だ。どういう仕組みかはわからないが、そういう魔剣なのだろう。
エーリヒが仕留めた魔獣を運んでいるときに切り口を観察したが、意外にも綺麗に断面が見えていた。思ったより切断面の出血が少ないようだ。
炎の魔剣で斬られると、切断面が焼け爛れて血があまり出ないと聞いたことがある。そういう類の火属性の魔剣なのだろうか。だが焼け爛れてはいなかったようだが。
とにかく理解の範疇を超える代物のようだ。
こうやって強い光に照らされるとまるで金髪金眼のようだが、エーリヒの瞳は髪色と同じ亜麻色のような明るい茶色だ。
火魔法の適性者ならばハインツのような赤みがかった色であることが多いはず。
だが亜麻色や榛色、琥珀色などの明るい茶髪や瞳は貴族には多い色合いで、戦闘タイプの武官よりも錬金術師や研究者、文官に多い。
平民はフォルカーのような深みのある濃い茶色が多く、貴族は魔力量の関係からか、それよりも少し明るい色味であることが多いらしい。
髪色や瞳の色は、赤系は火魔法、青系は水魔法、緑系は風魔法の加護が強い。
魔素は通常見えない物質だが、魔素を視ることができる眼を持つ者がいて、彼らによると、魔力の素である魔素の色味がそれらの色味であるからのようだ。そのため茶系の瞳でも赤、青、緑のどれかに色味が傾いていると、その属性に適性があるという。
一方、茶系は魔導具技師に多く、昔は火、水、風と並ぶ基本属性から土魔法や地魔法と言われたが、現在では錬金術師と呼ばれている。
彼らは火、水、風のような攻撃的でわかりやすい適性属性がはっきりとしないこともあり、魔法の適性は比較的低いとされていて、魔力重視な高位貴族や魔術師からは差別視されているが、魔力操作には長けている。それが魔導具製作に活かされているようだ。
(グリューネヴァルト卿はあれで火属性ということか。確か火魔法の適性者は身体強化の補助魔法を得意としていると聞いたことがあるな。なるほど。戦闘に強い訳だ。)
「では出発する」
「「は」」
エーリヒは護衛達に引き続き警戒するように指示を出してから、颯爽と馬車へと戻って行った。




