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22.旅の始まり


 私の乗る馬車は並んでいる奥の方にあるらしく、武装しているフォルカーに案内された。

 今回はフォルカーの他に、あの夜にいたロルフという傭兵の人も馬車の護衛についてくれるらしい。


 馬車の前に着くとそこには誰かが立っていた。見上げると、

「おはようございます、お嬢様」

「マリエルさん!」

「はい。道中お嬢様のお世話をさせていただきます。よろしくお願いしますね」

 え、でも。

「マリエルさんはここのメイドさんではないのですか?こんな、私の世話なんて…」


 いらないとか言ったら失礼だろうか。でもこんな立派なお屋敷の使用人なら、しなくてもいい苦労なのでは。

「心配しないでください。一応護身術も身につけておりますから、足手まといにはなりません」

 足手まといなんて言ってませんが!

 いざとなったら私がお嬢様をお守り致します。と拳を握った。

 なんだか熱意に燃えているように見える。


 そして馬車に乗り込む際にもう一波乱あった。




ガタガタガタ…

 馬車は既に王都を離れて、街道を走る。

 この辺りはまだ王直轄地で、道は石畳できちんと整備されていたのでこれでも揺れは少ない方だ。

 ついこの間乗った箱型馬車――箱馬車ではなく本当に箱――とは雲泥の差の乗り心地である。

 それでもまあ、車とは程遠いのではあるが。



「……」

 さっきから、ずっとこっちを見てる。

 馬車の中には私を含めて三人乗っている。

 隣にマリエル。使用人のお仕着せ姿ではなく、きちんと身軽な旅装だ。上着の中に革の胸当てや腰に短剣も佩いていて軽武装している。

 そして問題は、向かいの席に座っている男性だ。


挿絵(By みてみん)


「エーリヒ・グリューネヴァルトと申します」

 馬車の扉を開けると彼と目が合い、綺麗に微笑んでそう言った。

 中には既に一人席についていたのである。

 馬車の扉を開ける前にマリエルがノックをするから何かと思ったら。


 姓があるし、名前からして、絶対に貴族。

 平民は姓というか、出身地が姓のような役割を果たしていて、〇〇村や〇〇地域の✕✕という感じになる。私ならクルゼのヴェローニカだ。商人は屋号があって、富豪ならそれが姓になったりする。

 彼はジークヴァルトの側近だとマリエルが紹介してくれたけれど、昨日のお茶会では見かけなかった。



 よく見ると金髪というよりは亜麻色と言えばいいのか、髪も瞳も少しくすみがかっている淡い金色だ。ヘアカラーで言うとアッシュ系やミルクティー色と表現すべきか。

 現代日本で言えばとても綺麗でおしゃれなカラーリングの髪色で、知らない庶民が一見すると金髪かとも思うが、昨日ジークヴァルトとリュディガーという純金髪貴族を見てしまったので、あの光の如き輝きとの違いは歴然だった。


 でも金髪よりも淡く優しい印象で、陽射しが当たると髪も瞳もとてもキラキラと輝く上品な色合いだ。

 前髪も馬車の揺れにサラサラと流れて美しいし、後ろに結わえた少し長めの襟足は、大人の色気を醸し出している。冷たい印象を与えそうな怜悧そうな切れ長の瞳は、髪と同じく柔らかな色合いで常に穏やかな微笑みをたたえていて気品がある。



 旅装だからか昨日会った軍服や礼装姿のジークヴァルト達よりも華美ではないが、黒い装いに黒い革手袋、肩まわりの短いケープのようなマント姿は平民には見えない。

 刺繍や飾り紐は金糸で、留め具に使われた宝石の色は瞳に合わせた淡い黄色だが、ミルクが混じったようにわずかに白濁し、オパールのような遊色効果もあるようで光の当たり具合によって控えめに虹色に輝いている。

 お揃いの色合いの石のピアスも片耳に着けていた。イヤーカフまで着けているようだ。

 左肩に纏ったマントの下の左腰には装飾の美しい短剣が見えた。あれを隠すためのマント着用なのだろうか。

 軽く腕を組んで長い脚をゆったりと開いて深く背もたれて座っているが、爽やかな表情なので特に威圧感はない。ただ、視線が気になるだけだ。




「そろそろ関所ですね。昼食に致しましょうか」

 エーリヒが窓の外を見て言った。

 そして耳に触れて、

「そろそろ昼食にする。適当な場所で停めなさい」

と言った。


 二回言った。大事なことだから、とかそういうのじゃない。誰かに指示を出したようだ。

「あの……今のは?」

「ああ。初めて見ましたか?これは魔導具のイヤーカフなのですが……近くの距離なら身につけている者達に声が届きます。この馬車を先導している護衛に伝えたのですよ」


 魔導具!素晴らしい。あのイヤーカフがそうだったのか。どんな仕組みか知りたい。無理だろうけど。まるでブルートゥースのヘッドセットみたい。他にはどんな物があるんだろう。


 そしてしばらくすると馬車が道を外れて停車した。

 ちゃんと指示は届いていたようだ。




 きちんとお昼時に馬車を停めて昼食をとるのは、私達のためというより馬のためだ。

 走らせっぱなしだとバテるのも早くなる。適度に休ませて、餌と水を与えなければならない。


 私はえいやっと馬車から飛び降りて、馬の様子を見に行った。実は馬を間近で見るのはこれが初めてだ。

 前世でも一度は撫でてみたい、乗ってみたいとは思っていたが、ついぞ機会はなかった。



「どうした?ニカ」

 フォルカーとロルフが近づいて来た。マリエルは今、昼食の用意をしている。

 フォルカーは子供達と一緒にいたので、私をニカと呼んでいた。


「馬をちゃんと見るの、初めてだから」

「そうなのか」

 フォルカーが意外そうに言った。

「触ってみたら?」

 今度はロルフが優しく微笑みながら言った。

「いいの?」

「大丈夫だろ。軽く撫でるくらいならな」


 フォルカーの言葉に、草を食べている馬に首を傾げて聞いてみる。

「触ってもいい?」

 すると馬がブルルッと答えてくれた気がした。

「ありがとう」

 食べるのに邪魔にならないように首の辺りを撫でてみた。

「ふふ。可愛い」

 ブルルルッとまた軽く返事をするように頭をこすりつけてきた。


「なんだ。懐かれるのが早いな」

「触っていいか馬に聞くなんて。可愛いですね」

 フォルカーとロルフの会話を聞いて、私は逆に思う。

「だって、私だったら勝手に知らない人に触られたくないですから」

「はは。そりゃあそうだが。お前の考え方はやっぱ変わってるな」

 なんだかフォルカーの言い方は失礼だな。

 あれだけ初めに毒を吐いたので、フォルカーは結構遠慮がないし、私も今さらである。



「貨車を引くのは馬だけなんですか?」

「ん?」

「魔獣を手懐けて騎獣にしたりはできないのかなって。だって、旅の最中に馬だと魔獣に食べられちゃうかもしれないでしょ?」


「んー。まあ、そうだな。ないわけじゃない。だが魔獣を調教するのはなかなか難しいからな。卵や幼体から育てたり、狩りで捕らえて魔法で洗脳したりもするらしいけど。そんな魔術師は少ないらしい。そういうのの専門の家門や魔導具があるらしいぞ。だから調教済みの魔獣はなかなかに値が張る。それに、大都市間の街道はそれほど危険じゃない。魔獣を飼う方が大変なんだ。ペットとして魔獣を飼う貴族もいるらしいが……そんなのは高位貴族とか、よほど財力がある富豪とかだ。ま、俺らには縁はないな」



 なるほど。でもやっぱりあるんだ。馬以外にも。魔獣を洗脳するのか。

「でも辺境だとこの辺りよりも魔獣に出くわすことが多いから、比較的温厚な魔獣を騎獣にすることも多いらしいよ。南の方は亜竜が引く竜車もあるんだ」

「亜竜?」


 ロルフが亜竜の話をしてくれた。辺境には竜がいるらしい。いわゆるドラゴンだ。特に王国南部の方に棲息している。

 となるとやはり爬虫類系の変温動物なのだろうか。竜は翼があって飛翔するが、亜竜は翼がないらしい。つまり大きなトカゲみたいなものだ。コモドドラゴンみたいな?



「竜って言えば、辺境では竜に乗って戦う竜騎兵を軍編成してる領地があるんだ。特にグリューネヴァルト侯爵領の竜騎軍は有名だぞ」

「グリューネヴァルトって…」

「ああ、あの方の領地だな」

 フォルカーはエーリヒを振り返った。

 すごいな。本当に竜がいるんだ、この世界。しかも乗っちゃうんだ。ファンタジー。




 そして昼食を終えたらまた出発だ。関所を越えて、王都近郊を離れていく。

 目指すは王都から北東にあるゲーアノルト山脈の麓の私がいた村、クルゼだ。

 そこに至るまでの街道はいくつかあるが、今回の旅程は道中問題がなければ三日目には到着予定だ。恐らく道中の障害が何もないということはないだろうから、三日目〜四日目辺りになるらしい。



「先程は熱心に馬車を見ていたようですが、何か気になりましたか?」

 向かいに座るエーリヒが声をかけてきた。

 ずっと私の様子を窺うようにしていたけれど、昼食前は特に声をかけたりはしてこなかったのだが。


「車輪が気になったんです。奴隷商の馬車とは随分乗り心地が違うので」

 ゴムタイヤなのかな?と思っただけだ。サスペンションはさすがにないらしかった。とてもシンプルな作りの足回りだった。あれじゃ乗り心地もだが、壊れやすかったりしないのだろうか。



「何かわかりましたか?」

 それはこっちが聞きたい。子供にそれを問うて、なんという返しを期待しているのか。

「タイヤ……車輪の素材は何かなと思っただけです」

「素材ですか。あれは魔獣の素材を使っているのですよ。主に皮辺りを加工した物でしょう」

 なるほど。ここで未知の素材、魔獣を使うのか。


「お嬢様はやはり賢いですね。普通はそんなこと考えませんよ」

 ふふっとマリエルは顔を綻ばせた。

 マリエルは初めの頃より大分打ち解けた笑顔を見せるようになったと思う。



「マリエルさんは酷い乗り心地の馬車には乗ったことはないんですか?本当にお尻が痛くて大変だったんですよ。あんな思いをしたら、これはなんで痛くないんだ?って思うはずですよ?」

 私はちょっと茶化すように言ってみた。

 まるっきりお尻が痛くないほどの乗り心地という訳ではないが、奴隷馬車よりは断然マシである。



 なんだかいつの間にかマリエルの中の私の評価が上がっている気がする。よく気が利いてお世話焼きなのは元からなのだと思うけれど、なんとなく接し方が変わったような。とにかくとても友好的だ。ただ馴染んだだけなのかもしれないが。

 しかしこの辺で子供らしさでも見せておこうっと。

「まあ。余程酷い馬車だったのですね」

 ふふふっとマリエルが楽しそうに笑うのを見て、なんだか私もほっとする。人が憂いなく笑う姿はいいものだ。



「魔獣素材は高価ですからね。衝撃の吸収や車輪の耐久性を上げる効果がありますが、使わない馬車もあるでしょう」

 そうだよね。品質が一律な訳がない。身分制度があるのだから、貴賓の乗る馬車なら最新の技術と配慮がなされていることだろう。それはどの程度のものなのか。



「興味は車輪だけですか?」

「え?」

「馬車の下の……車軸の方まで見ていたようですが」

 エーリヒが涼し気な笑顔で問いかける。

 よく見てるなぁ、この人。

「なかなか馬車の下なんて見る機会はないですから」

「…左様ですか…」

 切れ長の淡い蜂蜜色のようなつややかな瞳が細められ、薄い唇が弧を描いた。

 なんだかエーリヒの綺麗な笑顔が怖く思えてきた。




エーリヒはグリューネヴァルト侯爵令息です。

前にヴィクターが言ってましたが、ジークヴァルトの筆頭護衛騎士で、かつ補佐官でもあります。

この旅でエーリヒ様の有能さが露見します。

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