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21.追憶


 お茶会が終わり、昼食は子供達ととるために別棟へ向かった。明日の朝にはここを離れることになったので、皆に挨拶をしなければならない。だが、この格好のままで行くのは少し気後れする。とはいえ、わざわざ違う服を用意してくれというのも迷惑だろう。

 そしてそのまま皆に会いにいったのだが……

 やはり私の格好にびっくりしたようだ。



「お姉ちゃん可愛いね」

 リーナはすぐに駆け寄って来てそう言ってくれたし、ミーナとロッテも笑顔で肯定してくれた。他の子供達も可愛い可愛いともてはやす。

 だが、問題児がいる。

「お前、なんでそんな格好してんだよ」

 ヴィムである。


「えと。さっき、ここのお屋敷の人に会って来たの。それでちゃんとした服装をしなくちゃいけないって言われて。ちゃんと皆の分もお礼を言ってきたよ」

 うん。本当のことだ。

「なんでお前だけ?」

「えーっと……実は私、すぐに帰らないといけなくなって、それでそのお話もあったから」

「…………」

 うん。ヴィムにはショックだよね。同じみなしごハッチ組だと思っていたんだから。でも大丈夫、みなしごなのは変わらないよ。



「お姉ちゃん、いつ帰るの?」

「明日の朝になったの。皆も明日馬車を出してくれるって」

「ほんと?」

 リーナとミーナが目を輝かせる。他の皆もやっと家に帰れそうで嬉しそうだ。

 でも中には数人、浮かない顔をしている子達がいる。

「帰らない子は後で別にお話しようって。ちゃんと昨日の話も通してあるから大丈夫だよ、ヴィム」

「…そうか。…ありがとな」

 礼を言ったヴィムは少し寂しそうな顔をしていた。




 そして昼食後は皆で中庭で遊んで、その後は大部屋で夕食をとり、そして最後の日になるからと夜は皆で眠ることになった。

 皆に、私の名前をつけてもらったことを言ったら、自分のことのように喜んでくれた。

 まるで誕生日のような気分だ。

 皆には呼びやすいように、ニカと名乗ったけれど。

 そしてこの世界に来て初めて、白夜や羊以外の誰かと一緒に眠った。





 あれは小学生のことだ。

 ある日、自分の名前の由来を両親に聞いて調べてきなさいと先生が言った。両親がどういう思いで子供の名前をつけたのかを知って、それを作文にしたためるという授業があったからだ。

 自分の名前はどういう思いが込められた名前なのか。それを知ることで一人ひとりが愛されて産まれたんだということを知って、これからの人生の糧として前向きに生きろという意味合いの授業なのだろうと理解した。



 教育としては間違ってはいない。

 だが、待っていた現実は、私にはつらかった。


 親は、二人とも、何の思いも持ち合わせてはいなかったのだ。


 ただ単に宗教施設の人がつけた名前だと言われた。それも兄弟全員が。

 だがそれでは、なんと作文に書けば良いのだ?


 せめて候補はなかったのかを聞こうと、「こういう名前をつけたかったとか、なかったの?自分で名前を考えるとは言わなかったの?」と母に問いただしたが、全く、何もなかったとあっさりと言われた。

 自分の腹を痛めて産んだ子なのに、興味がなさすぎる。

 それじゃあ愛情なんて生まれない訳だ。

 私が毎晩酒乱の父親に殴られていても守ってくれない訳だ。

 こんな名前、嫌だ。違う名前が良かった!

 そう言ったら、また殴られた。



 私はゲームはRPGが好きだった。

 冒険の前に名前を考える。どんな名前にしようかと胸が躍った。これから始まる冒険に繰り出す、自分の分身の名付けである。気に入った名前をつけて、そして感情移入していくのだ。

 産まれた子供の名前を考える。とは、そういう気持ちなのではないのかと、経験はないながらもぼんやりと考えた。

 それなのに何も浮かばず、宗教に傾倒していた祖母に言われるまま、産まれた子達の名前を全て委ねるとは。

 私はそれに失望した。

 せめて母には……と思っていたから。



 ひとりずつ、得意気に、自分の名前の由来をしたためた作文を発表をしていく。

 皆の両親は子供を愛して、期待して、安らかに健やかに育てと願いを込めて、名前をつけたんだ。



 羨ましい……

 恥ずかしい……



 自分は、その作文になんて書いたのか、もう覚えてはいない……


 でもいつものように優等生らしく、大人の望むようにそれらしく仕上げたに違いない。

 本物以上に、本物らしく。そういうのは得意だったから。


 宗教施設で名付けられて、両親には特別深い思い入れなど一切ありませんでした。おしまい。


 …なんて、書けるはずがない。

 クラスで優秀だった私は、その先生には特別気に入られていたから。

 好かれていたんじゃない。扱いやすい子供だったから。生徒なのに、先生の仕事のいろんな雑事を頼まれたっけ。


 母にも言われたことがある。お前は小さい頃は、他の兄弟よりもわがままも言わず手のかからない子だったと。言わなすぎて祖母からは、子供なのに何を考えているのかわからないと思われていたようだが。

 いつからかそれが、こんなにも反抗的になるとは思わなかっただろうな。



 残酷な授業だった。

 ただ自分の名前が嫌いになっただけだった。


 そんな自分に、新しい名前がついた。

 “私”をちゃんと見て、これが似合うと。



――やはりヴェローニカが良いだろう。君の名前はヴェローニカだ。良いな。



 そう言って、ジークヴァルトは満足そうに頷いた。とても満足そうに。





 翌朝。起きると同じベッドには両脇にミーナとリーナが横たわって幸せそうに眠っていて、ロッテとヴィムが側のベッドで同じように眠っていた。

 目覚めて隣に誰かがいる幸せと安心感を、初めて味わった。




◆◆◆◆◆◆




 王国の北東、ゲーアノルト山脈の麓まで大体ここから馬車で丸二日はかかるそうだ。王都の門が開く時間に合わせて馬車に乗らなくてはならない。

 今朝は早めの朝食をとって、子供達は帰る方向別に馬車に乗り込んでいた。

 別れの挨拶は昨日のうちに済ませていたが、わざわざ少し早く起きてくれたミーナとリーナ、ヴィムとロッテは特に別れを惜しんでくれた。

 ミーナとリーナは王都近郊の街の出身のようで、今から行けば昼前には着くようだが、乗り込む馬車が違う。



「さよなら、ニカ。またね」

 ミーナとリーナ、ロッテが涙目で抱きついている。

「ニカがいなかったら、私達……こんな風に無事でいられなかったかもしれないから……」

 涙声のミーナが目元の涙を拭う。

 どうかな。あの後で助けは来ただろうけれど、もしかしたら全員無事とはいかなかったのかもしれないね。でも。


「もう大丈夫だよ。だから、そんな風に泣かないで、ミーナ」

「うん」

「皆、元気でね。もうあんな奴らに捕まっちゃダメだよ」

「うん。ニカもね」

「お姉ちゃーん…」

 皆と順番にハグして、泣いているリーナとロッテの頭を撫でる。そして側で黙って立っていたヴィムを見た。

「ヴィムも元気でね」

「ああ……お前もな」

 相変わらずのツンだった。




ヴェローニカは時折前世の夢を見ます。

全てを覚えている訳ではないようです。


あまり長いと読み辛いのかと文章を分けると、今回は前後の関係から短くなってしまいました。

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