199.神罰の矢(1)
《オスヴァルト・リヒター》
メルヒオーアの執務室に、聖女を世話していた巫女が駆け込むしばらく前のこと。その部屋には来客があった。
「申し訳ございません、マティアーシュ神官様。聖女はただいま就寝中なのです。お目覚めになりましたら、お知らせいたしますので…」
「お前らはさっきから何を言っている。私は建国祭で忙しい中、大神官様の命によりわざわざ出向いたのだぞ。そんなもの、起こせば良かろうが!どけ!」
「きゃ!」
聖女の部屋に乗り込んだマティアーシュは、応対した巫女の一人を押し飛ばした。床に倒れた巫女を他の巫女が怯えた顔で見下ろしている。
「お父様、あまり乱暴はいけませんわ」
気の毒そうな声でイザベラはマティアーシュを見上げた。
「イザベラ。人間には序列があるのだ。下賤な者が上位者に従うのは、どの世界でも絶対の真理。社会には秩序が必要だ。秩序の乱れは、組織の調和を乱し、混乱と争いを生むことになる。だからこそ神殿には絶対なる序列が存在するのだ。いくらそなたが神子姫と呼ばれるほど優しい子だとて、上位者としていかなる時もそれを忘れてはいかん」
「上位者として……そうですね。お父様の仰る通りです。人は序列を重んずるべきです。私が間違っていましたわ。肝に銘じます」
「ふむ。それで良い」
娘の殊勝な態度に、マティアーシュは笑みを浮かべる。それをオスヴァルトはだた黙して後ろから視ていた。いつものように。
神殿序列第五席次のオスヴァルト・リヒターがマティアーシュに呼び出されて付き従ったのは、首位神官メルヒオーアの小神殿。大神官の命で、エルーシアの聖女を視るためだ。
この小神殿の主、メルヒオーアは齢十四。まだ未成年であるにも関わらず、その地位は神殿にて輝かしき首位。
龍神の加護たる紫水晶の瞳を持ち、神官の誰をも凌ぐとひと目でわかるほど魔力漲る金色の髪。メルヒオーアには身寄りはないとされているが、その髪を見る限り、有力家門の訳あり私生児であることは間違いない。
オスヴァルトも紫眼であった。しかし高貴なる金髪ばかりの特級神官達の中にあって、その髪は貴族に良くある亜麻色。魔力量は決して高くはない。そして実家もそれほど力がある訳ではない。
だからこそオスヴァルトは今、このような所にいるのだ。魔術師団の誰かとは違って。それが彼が全てにおいて、黙する理由だ。
今日もオスヴァルトはマティアーシュの召喚に従順に応じた。そこへどこからか聖女との面会を聞きつけたイザベラが見学したいと合流したのだが。
オスヴァルトはイザベラとその従者のテレーゼが苦手だった。勿論、マティアーシュも苦手なのだが、それとは理由が明確に異なった。
ベッド脇に立ったマティアーシュは、顎でくいっと指図する。オスヴァルトは頷いて、ベッドに近づいた。
そこには銀色の髪の美しく儚げな少女が眠っていた。肌は青ざめ、小さな唇にも血の気がない。首には隷属の首輪が着けられている。
(虹色……初めて視た。)
「これがエルーシアの聖女か。まぁ、確かに容姿は優れてはいるようだが、まだ成人もしていない子供ではないか。…これがエーリヒ・グリューネヴァルトの婚約者だと?はっ!やはり奴は頭がおかしいな」
マティアーシュは緋色の眼を歪めて、蔑むように嗤った。
「それで?どうなんだ」
「あ、はい。確かにうっすらと虹色の魔素が視えます。ですがほとんど首輪に…吸われていますね」
オスヴァルトが少女に手を伸ばすと、それを遮るかのようにその部分の魔素が濃くなって視えた。
「これは…」
「どうした」
「魔素の層が濃くなりました。この少女を守っていると言えるかもしれません」
確かめようとさらに手を伸ばし、少女に触れようとすると、パチッと小さな光と軽く弾けるような衝撃音がした。
「これは、雷の魔素のようです」
「これが魔素に守られている証拠だと?少し光るくらい、何の脅威でもなかろうが」
「それは恐らく首輪に吸われているからでしょう」
オスヴァルトは正直、魔素の反応に驚いた。何故なら聖女はまだ眠っているからだ。
人の感情が漏れるように周りの魔素が染まることはある。だがこれではまるで魔素に意思があるように視える。
しかしマティアーシュらには魔素は視えない。だからこの感動が伝わらないのだ。
これは今に始まったことではないのだが、紫眼の彼にはこんな時、いつも歯痒い思いがする。
「ふん。ではその程度ということだ。…起こせ」
上位者には従わなければならない。それは彼の言う通りだ。ましてやこれは大神官からの指令なのだ。
オスヴァルトの手が少女の肩に触れると、パチパチッと光が弾ける。音や光から受けるほどの痛みはなかったが、反射的に離したところ、それは止んだ。やはり魔素が反応している。
それはいわゆる静電気のようなものなのだが、彼らにはわからない。
面倒に思ったのか、マティアーシュが近寄り彼女に触れようとすると、先ほどよりも大きな火花のごとき光が走り、バチバチッと派手な音がした。ビクッと引いた手を見下ろし、顔をしかめて少し指先をこするような仕草をしている。痛みがあったのか。
「大丈夫ですか?お父様」
「ああ、問題ない。だが…お前の時よりも反応が強まったぞ。大したことはないが、煩わしいな」
「魔力量に比例するのでしょうか?」
「なるほど。私はお前よりも魔力量が多いからな」
高魔力を示す結われた金髪を払いながら、マティアーシュは満悦したような声だ。
「お父様?それでは巫女にやってもらうのはどうでしょうか。彼女達は今まで世話をしていたのですから」
しばらく様子を見ていたイザベラが、マティアーシュに進言した。
「うむ。そうだな。…おい、早くこれを起こせ」
「ひっ…」
側で見ていた巫女がマティアーシュに命令されて、ビクッと怯える。「早くしろ」と促され、巫女が恐る恐る少女に触ったが、特に何も起こらなかった。
「やはり魔力量か」
マティアーシュが満足そうに頷いた。
巫女が少女の身体をゆさゆさと揺らすと、彼女が呻いた。
「う…」
ゆっくりと瞼が開く。ぼんやりとした瞳で状況を確認しているようだが、まだ意識ははっきりしないようだ。
「おい、いつまで寝ている。早く起きろ」
マティアーシュが巫女に指示し、目覚めたばかりの少女の身体を起こす。そして隷属の首輪に溜まった魔力を魔石に移させた。
「ほう。魔力だけは豊富のようだな」
用意した魔石は全て魔力が満タンになり、サイドテーブルに並べられた。一つひとつが不思議な虹色にも見える最上級の魔力石だ。
巫女の話によると、毎日これだけの量の魔力が溜まるという。
「驚異的ですね。しかもこの色…」
この虹色は、彼女を包む魔素の色だ。こんな魔素も、魔力石も、オスヴァルトは視たことがなかった。
「だが魔力だけしか使い道はないのか?話によると、雷雲を呼べるとか」
「何にせよ、この状態では無理かと」
「催眠状態か。早く洗脳してしまえば良いではないか。そうすれば意識も戻り、従順にもなる」
「メルヒオーア様は反対されているようですが」
「報復を恐れてか?ふん、馬鹿らしい。こんな子供に何ができると言うのだ」
マティアーシュは鼻白む。
「ですが、このままエルーシアに返還するのであれば、やはり催眠は解いた方が無難です。あちらにあとでそれが知れたら、何を言われるか」
「それは王都神殿がしたことだと言えば良いではないか。大神殿は知らぬことよ。首位神官のくせに、大神殿の利となる事を最優先に考えるべきだろうが。やはり子供が首位など、務まるはずがないのだ。無分別な者に権威を与えると碌なことにはならん」
「…………」
「なんだ?オスヴァルトも反対なのか?」
「いえ」
慌てて即答し、表情を読まれないよう面を伏せて畏まる。
第三席次のマティアーシュを前に気を抜いていてはいけない。オスヴァルトは第五席次。そして紫眼とは言っても、その能力はメルヒオーアに及ばず、家門の力はマティアーシュに遠く及ばない。
「お父様?この子はエルーシアに返すことに決まったのですか?」
「いや。それを判断するために来たのだ。だが返すにしても、洗脳状態ならばあちらにスパイを送り込めることになる。返さないにしても、大神殿の意に従うようにするのは当然の判断だ。本当にそんな大層な能力があるのであれば、なおさらな」
「さすがはお父様ですね。勉強になりますわ」
「ふむ」
冷静を装ってはいるが、娘に褒められたからか、マティアーシュの感情が高揚したのが視えた。
「やり方が生ぬるいのだろう」
意気揚々と、マティアーシュは懐から音叉のような形状の魔導具を取り出した。
催眠状態を操る法具には、いくつかの形状がある。そしてそれを小さな棒状のバチのようなもので打ち鳴らした。
リィーーン…リィーーン…
室内に美しい音色が響いた。聞いていると気が遠くなるような純音だ。
「…………」
少女の首の裏に魔法陣が浮かび上がる。一の法具で仕掛けられていた催眠の魔法陣だ。彼女の瞳が微睡むように虚ろになっていく。
打ち鳴らす度に催眠は深くなる。弱めるには、魔法陣を仕掛ける一の法具で調節できる。
「よく聞け。私がお前の主だ。お前は私には逆らえない。命令に従え」
リィーーン…
いつもならこれで、催眠状態の者は素直に返事をする。魔術契約が成立すると意識も戻り、細かい命令にも従順になるのだが、少女は何も反応しなかった。ただ黙して座り、瞳が虚ろになっていくばかりだ。
リィーーン…リィーーン…
「マティアーシュ様。これ以上は精神崩壊する恐れがあります」
「聖女なのだろ、どうってことはない。人よりも抵抗するのなら、人よりも耐性もあるということだ」
リィーン…リィーン…
無闇に鈴を打ち鳴らしたが、少女にそれ以上の反応は見られない。
不意にマティアーシュは、少女を振り払った。ガツッと鈍い音がして、法具を打ち鳴らしていたバチで少女の横顔を殴ったのだと気づく。彼女は殴り飛ばされ、ドサリとベッドに倒れ込んだ。
「キャア!」
「マティアーシュ様!」
オスヴァルトは勿論、見守っていたイザベラや巫女達も、その唐突の仕打ちに悲鳴を上げた。
「痛みも時には洗脳に必要なのだぞ、オスヴァルト。…雷の魔素も出なかったではないか」
魔導具を懐にしまいながら、取り立てて騒ぐほどのことでもないように言う。
「…左様ですね。催眠を強めたからかもしれません」
本当にこの方は無茶をする…と思ったオスヴァルトだったが、自分よりも上位の神官には従うしかない。それが神殿での絶対の教えだ。
“無分別な者に権威を与えると碌なことにはならない”。まさにその通り。
チラリとイザベラとテレーゼを見ると、二人は突然のことにただ見守っていた。だがテレーゼがこちらに気づいて、イザベラを隠すように抱き寄せる。
(相変わらず察しがいいな。)
「やはりメルヒオーア様は甘過ぎる」
マティアーシュは近くにいた従者に命じて、大神官へ使いを出す。聖女の管理をメルヒオーアから自分に移すつもりのようだ。そうなると、今よりも確実に聖女の待遇は悪化する。
「私がすぐにでも洗脳してやろう。こやつには己の立場をわからせてやらねばならぬ」
「しかし、それではエルーシア側の訴えが…」
「聖女を正当に扱えと?…ふっ、何故そんなことに我らが従わねばならぬのだ。聖女を冷遇しても、罰とやらが当たるのはエルーシアなのだぞ?むしろその方が良いではないか。そのような瑣末事、我らには関係のないこと。我らには畏きヴァイデンライヒと龍神アプトのご加護があるのだからな」
オスヴァルトが何か言おうとする前に、「それに洗脳が済めば、それもバレまい。全てが解決するのに何を躊躇うのだ」と、殴られてベッドに伏せたままの少女に手を伸ばし、マティアーシュはその顎を掴んで顔を上げさせた。
すると彼女は、今までにはなかった反応を見せた。少女の青銀の瞳が強い意志を持ち、マティアーシュを睨み上げていたのだ。
「なんだ……やはり意識はあったのではないか。小娘め、我々を欺いていたな?」
不機嫌そうに呟いて、バチン!と頬を打ち付けた。その勢いに再び少女は寝具の上に倒れ伏す。マティアーシュが突っ伏した少女を表に返すと、殴られた頬や唇は赤らみ、血が滲んでいたが、あんな勢いで成人男性に殴られたはずなのに、少女の瞳にはまだ反抗の光が消えていないことにオスヴァルトは驚く。
「まだ睨むか、生意気な…!」
バチン!!
「…っ…」
巫女達は口を覆って身体を震わせ、悲鳴を堪えながらそれを見つめている。オスヴァルトもただ見ているしかできなかった。
テレーゼは痛ましい光景からイザベラを隠すように抱きしめている。だが本当に隠しているのはオスヴァルトから、なのだろう。
オスヴァルトには、もうずっと視えている。いつものように。
マティアーシュが初めて聖女を殴ったその時、オスヴァルトはしっかりと見た。そして視ていた。神子姫と称えられるイザベラの、愉悦に浸った笑みと、目の前の暴行を心から愉しむ魔力の流れを。そしてそれを承知の上でオスヴァルトから隠す、胡散臭いほどに周到なテレーゼを。
マティアーシュが再び手を上げた時、その手に赤い血がついているのが目に留まった。着けている指輪が当たったのだろう。白い寝具にも真っ赤な血が飛び散っている。
「ったく。汚れてしまったではないか。苦行用の短鞭でも持ってくるのだったな。まさかこうも抵抗するとは」
(いくらなんでもやり過ぎだ…)
精神魔法は魔力の優劣も大事だが、体力や精神状態も左右する。これはきっと少女の心を折るためなのだろう。
「上下関係を教え込むのに、痛みは重要なしつけの要素だぞ。神殿の苦行にも鞭打ちがある。神は教育を肯定されている。痛みで悔悟させ、精神を高めるのだ。神殿では神官を、家庭では妻と子を。わからん奴を躾けるには、痛みは必要なのだ」
「…………」
ようやく聖女を放し、取り出したハンカチで手についた血を拭い取りながら、さも当然のようにマティアーシュは言い捨てた。
巫女達とオスヴァルトはその光景に眉をしかめ、息を潜めて見つめていた。
「どうだ。私に従う気にはなったか」
『…ふっ……しつけだと?これが教育だとは。良く言ったものだ。では、お前を躾けるのは、一体誰なのだ…』
一瞬、背筋がゾッとした。
誰の声かと耳を疑った。それはとても少女とは思えない、低くドスの利いた声だったからだ。
「貴様、話もできるのか。全然催眠状態などではないではないか」
少女はベッドに手をついてむくりと起き上がり、マティアーシュを見上げた。頬は赤く腫れ上がり、皮膚が切れて血が流れていたが、その強い光を宿した青銀の瞳にはどこか違和感がある。水鏡でも見ているような気分だ。
『上下関係か。良かったな。今まではそれで済んだ訳だ。暴力をふるうのはそんなに楽しいか?誰かを虐げなければ、優位には立てないものな。…お前らのような、愚かな小物は』
そして少女はうっすらと笑った。
白い肌に白銀の髪の美しい少女だ。こんなに可愛らしい見た目なのにも関わらず、オスヴァルトはその迫力に怖気が走る。
『まるで小さなうじ虫のように醜く、愚かだ』
「なんだと?無礼な口を利きおって!この小娘が!」
マティアーシュが目を剥いて、再び打ち据えようと拳を上げたが、それはピタリと止まった。
考えを改めたのかとも思ったが、顔を赤らめて「ぐぅ…」と呻いている彼を見て、そうではないのだと気づく。振り下ろす途中で、腕が凍ったように動かないようだ。
「なんだ、これは…?」
『私は人を殴ったことはない。ああ…反撃は別だが。それでも先に殴ろうと思ったことはないんだ。散々お前らのような、短慮で卑小な人間に殴られてきたからなのか、人を殴る気にはなれない。だが、優しく言っても愚かな者には伝わらないんだ。何故だろうな。お前ら愚物は、痛い目を見なければ、わからないようできているようだ。“殴らなきゃわからない。犬畜生とお前は同じ”。私はそうは思わなかったが……思いたくはなかったから殴れないのか、もはやどちらかはわからない…』
少女はどこか遠い目をして呟く。その間もマティアーシュは拘束から逃れようともがいている。
(あれはなんなんだ、一体?それに、彼女の様子がおかしい。)
『あれはお前らにとっての理屈ということなのか。他人の痛みを想像する知恵もない愚物なのだ、お前らは。…ならば、その身を以て知るべきだ…』
少女は先ほどから声に魔力を乗せている。だからこれほどまでに威圧感があるのだ。少女とは思えない威圧感。隷属の首輪をしているというのに、なんという魔力の圧だ。それに話し方や話す内容も、とても少女とは思えなかった。
まるで少女の皮を被った、何か。その何か得体の知れない脅威と今、オスヴァルトは対峙していた。
『だがその前に、ユリウスはどこだ?ユリウスはどうしたんだ』
「…ユリウス…?」
少女が口にした名前をオスヴァルトが繰り返すと、その視線がこちらに向いた。首を絞め上げられるような圧を感じて、緊張が高まる。
『お前のように紫の眼をした、紫の髪の男性だ。私の、大切なユリウス』
紫の眼をした男。そう言われてオスヴァルトには心当たりが思い浮かんだ。
その男は確か、この少女の従者で、暗殺部隊が一緒に拉致しようとしたが、抵抗にあったのだと。彼はこの少女を守るために、神殿が誇る暗殺の精鋭部隊である影の多くを殺した。そして、奮闘虚しく、自身も吸魔の綱に魔力を吸われて…
「ははは!紫眼の男か!あれは惜しいことをしたな。素直に従っていれば、そいつも神殿で有効活用してやったものを」
マティアーシュが嘲笑う。少女の視線がまたそちらに移ると、オスヴァルトへの圧迫感が薄れた。
(やはりこれは威圧だ。この少女は声と視線で威圧をしている。いや、会話を望んでいるのだから、威圧はわざとではないのかもしれない。)
『ユリウスを、知っているのか』
「…!」
マティアーシュも彼女の視線に威圧感を覚えたようだ。
「…ふん。死んだぞ」
『…………』
「あれは、死んだ」
『…………』
少女の瞳に、わずかに激情が生まれた。瞳に涙の膜が張って、魔導灯の明かりに煌めいたのか?そう思ったが、少女を包む魔素が急激に濃くなり、ざわざわと騒ぎ始めたのを視て、オスヴァルトは形容し難い恐れを感じる。
「マティアーシュ様、そこからお逃げください!魔素が…彼女の魔素の様子が、おかしいのです!」
「何?…ぐっ…だが、腕が…腕が動かんのだ!」
マティアーシュの腕は空中に貼り付けたかのように動かなかった。自由な方の腕で、動かない腕を必死に引っ張ろうとしているが、全くびくともしない。
「お父様!」
「イザベラ様、お下がりください」
「でもテレーゼ、お父様が…!」
動かない腕の周りには、濃い魔素が視える。それはオスヴァルトにしか視えないのだろうが、どういうわけかあの魔素が、彼の腕を固定している正体のようだ。
『…死んだとは、どういうこと…?』
これまでの様子とは一変し、威勢が衰えた、可憐な少女の声。
『貴様、そんなことよりも早く離せ!これをなんとかしろ!』
『お前が言ったんだぞ!お前が答えろ。…死んだとは、どういうことだ?』
マティアーシュも魔力をもって命じた。だが公爵家門自慢の魔力はまるで通じず、逆上した彼女に命令し返され、悔しそうに顔を歪める。
「…貴様らを拉致するのに抵抗したんだ。だから、殺した。言っておくが、私ではないぞ!」
『殺した?……ユリウスを?どうして……誰が…』
「そんなの、貴様を拉致した奴らに決まってるだろうが!王都神殿の暗殺部隊だ!私ではない!早く離せ!」
『嘘……嘘だ……そんなはずない。ユリウスが、死ぬはずない……だって、ユリウスは…』
膨らみ始めていた怒りの魔素が、今度は悲しみに包まれた。首の吸魔石が光っている。急激に魔力が溜まっているようだ。それでもどんどん魔力量は増え続けている。
「お前達!吸魔の綱を持ってくるんだ!すぐこの子に使え!早く!」
「は、はい!」
オスヴァルトは後ろに控えていた神官達に命じる。
隷属の首輪を着けているからと高を括り、ここに来る際に吸魔の魔導具など準備してはいない。
それに今大神殿にある分は全て、外を警戒している神殿騎士や暗殺部隊が持っているはずだ。奥まった首位神官の居所であるここに用意するまでには、相当時間がかかるだろう。
扉の外に控えていた騎士が、異常を察知して入ってきた。室内が慌ただしくなる。
『そんなはずない……そんなはずない!だってユリウスは……ユリウスは、私の眷属なのに。ずっと一緒にいるって言ったのに。私に断りもなく、いなくなるはずがない…!』
少女は涙を流し、頭を抱えて取り乱し始めた。
彼女の周りを漂っていた魔素があまりにも濃くなり過ぎて、あろうことか光を放ち始める。それはオスヴァルトだけではなく、他の者達にも見えるほどの虹色の魔素の光。
『お前!調子に乗らないで!早くお父様を放しなさい!!』
「イザベラ様!」
イザベラがテレーゼの制止を振り切って、聖女の前に立ちはだかった。イザベラの瞳が桃色に魔力を灯す。そして声に怒りと、目一杯の魔力を乗せた。
文字数から今回はお話の途中で切れてしまいましたので、続きはなるべく早めに更新したいと思います。
イメージとして画像を入れていますが、公序良俗に反するものはAIがプロンプトとして受け付けないようで。
…つまりは奴隷とか、首輪とかは表現できないようですね。なかなか厳しいAIさん。雰囲気でお願いします。
過去回の思いついたところに画像を随時入れていますが、コンラートよりも先にクリスティーネを描くあたり…
そうね、コンラートを描かなきゃ。どこのシーンのコンラートが良いだろう…?
あ、そうでした。
前回の感想のお返事。宝石の名前は“ピジョンブラッド”でしたね。ここで訂正します。
読み返したら間違ってました*ᴗ ᴗ)⁾⁾
ユリウスの怒りと興奮を表したのでした。ユリウスに怒られてしまう。
201話でユリウスの画像を入れてみましたよ。
先に見たいという方はどれかの画像をポチッと押すと、“みてみん”サイトから私が上げた画像一覧が見れるようですね。没画像も含まれています。
アップした画像から、物語の先が読めてしまうかな…
ま、それも良し。
最近、後書きも長いな。(ㆁωㆁ*)...