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192.其は眠れる獅子を起たしむ

《フリードリヒ・リーデルシュタイン》




「シャルロッテ。王の要請など、無視してもかまわない。我らの家門を見くびるな」

 ジークヴァルトは妹を気遣い、声をかける。隣のソファーでは心配そうな母ジークリンデと些か厳しい面持ちの父フリードリヒ公爵が、娘のシャルロッテを見つめていた。

 今日は朝から家族で娘の説得を試みているところだ。


「お兄様。そういう訳にもいかないでしょ?…相手は国王陛下なのですよ?」

「だからこそだ。だからこそ、行かない方がいいと言っているんだ。何が起こるかわかっていて、わざわざ罠に嵌りに行くこともない。…父上も何か言ってください」



 シャルロッテは父や母、兄の諌めも聞かなかった。これは娘の我儘などではない。リーデルシュタイン公爵家のための、公爵令嬢としての覚悟の選択。それに父親であるフリードリヒは、否やと言えないとは。


(なんと情けないことだ…)


 こんな時にも気丈な娘は、笑顔を絶やさない。本当にいつの間にか立派な公爵令嬢として成長したものだ。もう少し子供でいてくれても良かろうに。

 どちらかというと、兄であるジークヴァルトの方が取り乱している。それだけ不安が大きいのだろう。




 建国祭のため、公爵と公爵夫人の二人は領地から王都の公爵邸へと赴いた。建国祭へ参加せずに領地にこもることもできたが、何やら不穏な計画を事前に息子から聞かされている。

 それについてフリードリヒは、まだ納得も理解も不十分である。決断するには当人と話し合う場を設ける必要があるという思惑もあって、王都まで赴いたのだが……今だ彼は昏睡状態だ。

 全てを懸けるのだ。このままでは彼の正統性と能力に確信が持てない。

 それでも領地に残した者達には、最悪を想定して予めできる指示を出してきたつもりだった。


 そして王都へとやって来ると、今度は王から求婚を匂わされている。まだ成人したばかりの娘にだ。あれだけ後宮に美しい女を揃えていて、今度はいたいけな我が娘をその毒牙にかけようというのか。

 フリードリヒは内心、怒り心頭に発する。だが…



(まるであの頃のようだ。)



 フリードリヒは妻の元王女ジークリンデを見た。

 異母兄コンスタンティンにも勝る、王族らしい輝く金色の髪と今も衰えない美貌と気品。それを子供達はまさしく受け継いでいる。直系の王位継承権所持者達よりも王位に相応しいと漏らす支持者達もいるほど。もはやそれは冗談にはなり得ない、危うい発言だった。


 第四王子コンスタンティンと王子妃エリーザベトの家門ハインミュラー公爵家による政変。あれで王家の序列はひっくり返った。あの時のような危機感と不安をフリードリヒは感じている。

 ジークリンデの出自は、コンスタンティンの母方の出自の家格を遥かに超えている。

 あの時に目をつけられてなお生き残ったのは、リーデルシュタインのみ。

 だが今回も、この危機を乗り越えなくてはならない。




 今日は建国祭の前日。夜から王城にて前夜祭が行われる予定だ。

 建国祭は王国各地にて、三日間開催される。

 連日、王都では庶民達がお祭り騒ぎで賑わい、神殿では礼拝が行われ、王城では他国の使節団を招いての夜会が開かれる。


 そんな中、現在ジークヴァルトの要請により魔術師団から派遣された、第三軍軍団長リュディガー・アイクシュテット麾下のフェリクス・ミュラー辺境伯令息が、昏睡状態のエーリヒ・グリューネヴァルトの治療を担当している。

 これは異例の措置である。



 この時期、魔術師団は北部辺境の魔獣討伐作戦に駆り出されているはずなのだが、第三軍は第四軍と任務交代し、王都に戻ってきた。


 第一軍は王直轄、第二軍は王都守備にて王都からは離れない。そのため第三軍以下はあちこちに派遣され、いいように使われる。

 とりわけ第三軍は貴重な紫眼のフェリクスとそれを勝ち取った風魔法に定評のあるリュディガーがいるために、派遣頻度が高かった。

 そんな第三軍が何故今、王都にいるのか。

 どうやら南部辺境方面も雲行きが怪しくなってきて、第三軍は王都にて待機命令が出されたのだ。

 というのは、表向きの理由である。



 数日前のグリューネヴァルト侯爵邸襲撃により、侯爵が王室と司法院へ神殿を公訴し、国王派と神殿関係者が反発。それを受けて貴族派も対立。他国の要人を招いている手前、王室は騒ぎを大きくしたくない。そんな手心も一連の措置に加えられていた。


 そして国王からはシャルロッテ・リーデルシュタインに建国祭の夜会に出席するようにとの条件も出されている。


 娘シャルロッテはまだデビュタント前だ。

 シャルロッテのデビュタントは形式通りに、貴族学院の卒業式後の卒業生の夜会と、改めて公爵邸で執り行うつもりでいた。

 それを今回の夜会に急遽出せと言うのなら、それが社交界へのお披露目、デビュタントの場となるということ。そこは腹に一物を抱えた各国の要人達や海千山千の貴族達がひしめく伏魔殿。そんな場に初めて、娘は一人放り出される。




「結論にそう急ぐことはない。…前夜祭までにはまだ時間がある」

「父上!行くなとは仰らないのですか?」

「お父様?そんなことを仰っていては用意する時間もなくなってしまいます。女性の支度には時間がかかるものなのですよ?」

「シャルロッテ。…あなたが公爵家のことを思ってくれているのはわかりますが…もう少し良く考えてみましょう?何か手立てがあるはずです。それに…あなたのデビュタントはもっと時間をかけて用意するつもりだったのです。ドレスもまだ仕上がってはいませんし…」

「ですがお母様?…こんなに美しいドレスや宝石まで用意されているのですよ?行かない訳にはいかないではありませんか…」


 そう微笑んだシャルロッテの視線は、飾られた豪華なドレスに向けられた。それは国王から夜会に着てくるようにと贈られたものである。これでは急な招待でドレスが間に合いませんとの言い訳もできない。

 そして女性にドレスを贈るというその意味は。



「せめてシャルロッテに婚約者がいれば…」

 ジークヴァルトはボソリと呟いた。

「父上。どうしても避けられないのであれば、家族である私達がエスコートするよりも、高位貴族の誰かに頼んでみてはいかがですか?…誰かと言っても、信頼できる者はリュディガーしか思い当たらないのですが…エーリヒはまだ無理だろうし」

「確かにお前がエスコートするよりは、牽制にはなるか」


(彼が目覚めれば、どうせリュディガーも巻き込むことになるのだからな。)


「そうだな……贈られたドレスも一着だけなのだ。デビュタント用に用意していたドレスはまだ仕立て中。であれば、出るとしても最終日のみ。…陛下には今夜の前夜祭で、私からそうお伝えしておく」


 ドレスなどいくらでもある。だが我が娘の、一生に一度の大事なデビュタントを急かすのだ。口実にはなるはず。

 「もう…」と嘆息まじりに微笑んだシャルロッテの空色の瞳には、憂いが垣間見えた。ジークリンデにはわずかに安堵とそれでも拭えない不安が、ジークヴァルトには苛立ちとやるせなさが。



 コンスタンティンは建国祭の夜会で、娘への求婚を公にするつもりなのだろう。皆の前で公にすることで、逃げ場をなくすつもりなのだ。

 フリードリヒは静かに怒りを噛み締める。


(思い通りに成らせてやるものか。)



 この目で確認した訳ではない彼に、まだ確信は持てない。だが、状況は差し迫っている。そして決断したのなら、躊躇ってはならない。断罪の手を緩め、憂いを残せば……やられるのはこちらだ。



 ヴァイデンライヒ王国の重鎮、栄えある五大公爵家の当主リーデルシュタイン公爵フリードリヒは、ついにその強かな猛獣の如き牙を研ぐ。




◆◆◆◆◆◆


《ヒューイット・シュレーゲル》




 ヒューイットはここ最近、勉強に身が入らないでいる。そんなことをしている場合ではないのだ。

 そんな様子を見て、教育係のクラウスは今日もこの言葉をかけてくる。


「ヒューイット様。旦那様の仰るように、ヴィクトーリア様のもとへ身を寄せた方がよろしいのではないでしょうか」

 そしてそんなクラウスの言葉に、ヒューイットは今日もこう返す。

「嫌だ!嫌だよ!絶対に」

「ですがヒューイット様。王都はこれから…何が起こるかわかりません。旦那様もそう仰っていたでしょう?」



 ヴィクトーリアというのはヒューイットの母親のことだ。ヴィンフリートとはすでに離縁しているが、ヒューイットにとって愛する母親であり、ヴィクトーリアにとってもヒューイットは愛する息子。離縁したとは言え、家族仲は良好で、ヒューイットは母親とよく会っていた。その息子をしばらく預けたいと、離縁した元夫に言われても向こうは何の不満もない。むしろ大喜びで迎えてくれるだろう。


 だが王都が危険と避難するならば、何故ヴィンフリートの実家の家門であるグリューネヴァルトの領地ではないのだ。何故元妻のヴィクトーリアを頼るのだ。

 確かにヴィクトーリアの実家もエルメンライヒ侯爵家という有力家門だ。でもヴィクトーリアはそこにはいないはず。普段は恋人の領地にいるはずなのだ。


(僕に、そこに行けと?グリューネヴァルトでも、エルメンライヒでもなく。なんで?)



「じゃあ何が起こるの、クラウス?神殿がここに攻めて来るって言うの?ヴェローニカの時みたいに!」

「それは…」

 クラウスが言葉に詰まり、動揺している。

 そうでもなければ何故逃げるのだ。何故ここから逃げなければならないのだ。何故グリューネヴァルトやエルメンライヒではいけないのだ。

 それより何より…


「神官は神聖魔法で人々を救うんじゃなかったの?なんで神殿はヴェローニカをさらったんだ!なんで…」

「ヒューイット様…」



「ねぇ、クラウス。そう教えてくれたじゃないか。神殿は龍神アプトと初代王ヴァイデンライヒを祀る所で、王国の平和のために祈りを捧げているって。傷ついた人々を神聖魔法で救済しているって。じゃあなんで侯爵邸を襲ったりするの?なんで暗殺部隊なんて持ってるの?なんで、洗脳なんてするの?」


 そういった噂があることを聞いたのはクラウスからではない。邸宅の使用人や訪れる商人達が話していたのを聞いたのだ。

 クラウスは侯爵邸襲撃事件についての不確かな噂も、調査や対応の進捗も何も話さない。ヒューイットの心の平穏を脅かすものは耳に入れないようにしているのだろう。それが大人の、子供の守り方だから。

 今は世界の美しさ、あたたかさだけを見て、知っていればいい。その裏を知るにはまだ早過ぎる。いずれ大人になれば、嫌でも知ることになるのだから。


(でも、知らない方が不安なんだ。心配なんだ。これじゃ、まるっきり除け者で、何も知らない、ただのバカみたいだ…)



「プロイセのことだって、クラウスが教えてくれたことと違った。なら、神殿も違うの?本当はクラウスも知ってたんでしょ?本当は神官は悪い奴らなんだって!」

「…ヒューイット様…」


 クラウスはヒューイットの心からの叫びに顔を歪める。傷ついた表情だとヒューイットにはわかっていたが、それを気遣う余裕などなかった。

 もうヒューイットの心はぐちゃぐちゃだった。理解できないことばかり。歯痒いことばかり。

 近頃、今までは知らなかった人の悪意に触れることばかりで、今にも涙が出そうなほどに心が乱れていた。

(皆、嘘ばっかりだ。)




「ヒューイット」

 突然、部屋の入口から呼び掛けが聞こえた。そこに立っていたのは、父親であるヴィンフリート。そしてその隣には母ヴィクトーリアがいた。いつまでもぐずるヒューイットを迎えに来たのか。

「…お父様…お母様…」

「あまりクラウスを困らせるものじゃない」

「…でも…」


 ヴィンフリートはふわりと困ったような顔で笑った。

 それを見て少し頭が冷える。ヒューイットがこんな風に自分の側近を一方的に詰ってしまって、冷静に考えるとこれは叱られても仕方のないことだ。



「プロイセの件で、ヒューイットも多少は大人の事情というものを知ったのではないのか?」

「大人の事情…ですか?」

「ヴェローニカが言っていただろう?“本音と建前”だよ」

「そんなの、卑怯だ…」

(まただ。どうしてそれを僕が理解しないといけないんだ。)


「ヒューイット。それが世の中の本質だ。いや。それが全てではないが、そういった側面があるのも確かだ」

「側面……全てじゃない…」



――でもこのクッキーは同じもの。見る者の見る角度や考え方、思い込み、主観によって、いろいろに見えるのですよ?



 ヒューイットはいつかヴェローニカが話していた、クッキーの話を思い出した。それと同時に、愛おしいヴェローニカの笑顔を。



「ヒューイット…一緒に、行きましょう?またここへ戻って来られるわ。今だけのことなのよ?」

「お母様…」


 母ヴィクトーリアの心配そうな表情。その隣に立つ頼もしい父の姿。二人の優しい眼差しを見ていると、ただ駆け寄って、泣いて縋って甘えたくなる。

 二人に頼れば間違いない。二人に任せればなんとかなる。

 そう、したい。

 心からそう思った。何も知らない、見ないふりをして、皆の言うように、ここから逃げてもいいんじゃないのか。

 僕はまだ、子供なんだから。


(そうだよ。僕にはお父様もお母様もいる。…でも、じゃあ、ヴェローニカは…?)



――ヒューイット。お前は産まれてこの方、肯定され続けて生きてきた人間だ。だがもしそれが否定され続けていたら、どうなっていたかを考えてみたことはあるか。



 突如、叔父のエーリヒの声が聞こえた気がした。

 あれからヒューイットはエーリヒの言葉を何度も考えてみた。自分の経験したことのない世界を、ヴェローニカは生きてきたんだ、と。


(だからきっと、あんな考え方ができるんだ。)



――正しさも強さも優しさも賢さも人には必要ですが、何より人は強かに生きねば。正直なことは美徳ですが、それだけではいずれ小狡い者達に足元を掬われますよ。正しいことを正しいと言いたい気持ちはわかりますが、それはそれで癪でしょう?ヒューイット様。



(そうだね、ヴェローニカ。こんなの、本当に癪だよ…でも僕には…今の僕には、それを正しいと貫き通すだけの力がないんだ。…本当に、癪だ…)



「…見方によって、違うのでしたね。だから誰かの意見だけを鵜呑みにしてはいけない」

「そうだな」

「お父様…僕には、何もできないのでしょうか。ヴェローニカを、救うことは…」

「…………」


 父ヴィンフリートは、ヴェローニカのために何かをしていることは知っている。それが何かはよくわからないけれど…


(ううん、教えてもらおう。ちゃんと、教えてもらえばいいんだ。そして今の自分にもできることはないかを探そう。)

 こんな風に、身内に当たって嘆いている場合じゃない。

 自棄になって、甘えている場合じゃない。

 だって、今この時にも、ヴェローニカは…


(ちゃんと、僕も大人にならなきゃ。ヴェローニカの言う、()()()()()に。)



「でもそれでも、ここから逃げたくないんです。せめて、ここにいたいんです。彼女が、帰ってくるまで…ここで、待っていたい。…ダメですか?お父様、お母様」



 ヴェローニカが帰ってきたら、真っ先に「おかえり」って言うんだ。そのために、ここにいるんだ。

 ヴェローニカが笑顔で「ただいま」と言ってくれるその日を、ここで待つんだ。


 それでも今にも揺らいで挫けそうになる己の心を、ヒューイットは懸命に鼓舞していた。




◆◆◆◆◆◆


《フェリクス・ミュラー》




 ハインツ・クライスラー子爵邸でエーリヒがヴェローニカの血だらけの手を治療したあの日、フェリクスにはそれが神聖魔法であるとわかっていた。しかもあれは自分が使うような完璧な制御だった。

 ただの神聖魔法ではないのだ。自分の魔力を変質させて、相手の魔力に合わせているから、相手の負担が少ないし、治療効果も高くなる。彼はそれを知っていて、それができている。


 魔力の扱いにここまで長ける人間を、フェリクスはそれまで視たことがなかった。自分以外には。

 そしてフェリクスにそれができるのは、紫眼という才能があってこそだと思っている。

 エーリヒにはそれがない。ならば、何故?



 他人の魔力や魔素の性質を暴くことは、忌避される禁忌タブーだ。

 それは紫眼として生きてきたフェリクスにとって、何度も味わい、痛感してきたことだ。

 フェリクスにとっては、ただ眼に視えたものを口に出しただけ。それが幼い子供であったなら、疑問も持たずに口にする。




「君よりその子の方が魔力があるよ」


 侯爵家の息子だった。それが自分の傘下の下位貴族の子供を、取り巻き達と一緒にいじめていた。

 まだ貴族学院に入学したての子供だったフェリクスには不思議だった。どう視ても、いじめている子よりもいじめられている子の方が魔力的に優秀だ。

 皆、何を見てそんなに威張るんだろうか。



「な、なんだお前……何言ってやがる」

「あれ、フェリクス・ミュラーですよ。紫眼の」

「紫眼て、魔素が視えるとか言いませんでしたか?」

「魔素?なんだそれ、魔力のことか?」

「…………」

 取り巻き達は覚ったようだ。互いにぎこちなく見つめ合っている。だが、当人だけはそれを認めなかった。認められなかった。


「ふざけんな、お前に何がわかる!もう一度言ってみろよ!」

「いいけど。…もう一度言われたいなんて、どうして?理解できなかったようには視えないけど」


 フェリクスにはそれが負け惜しみなのだとも、視えていた。



 紫眼は王国の宝。誰も紫眼の持ち主に危害を加えてはならない。その不文律には、他にも理由がある。



「てめぇ!」

 フェリクスの何気ない言葉に怒り狂った侯爵令息は、案の定、彼に掴みかかろうとした。取り巻き達はそれを止めようとはしなかった。関わりたくない。そう視えた。


 フェリクスの胸元を掴み上げようと手を伸ばしたその時。


パリッ…ビリビリ…!

「っっ!!」


 侯爵令息は感電して手を伸ばしたまま、硬直。全身の筋肉が引きつり緊張して、声も出ない。

 しばらくフェリクスの電撃を受けたあと、ドサリとその場に倒れ込んだ。見事に失神している。

 取り巻き達は目を剥いて、倒れた子供を見下ろしていた。いじめられていた子供も地べたに尻もちをついたまま、あんぐりと口を開けてそれを見ていた。

 怖がっている。何に?

(ああ…)



「大丈夫。手加減しておいたから。…死んでないよ?」



 フェリクスがそう言うと、取り巻き達もいじめられていた子供も悲鳴を上げながら逃げていった。倒れた子供を置いて。


「手加減したのに…」


 その後、フェリクスが先生と父親の辺境伯に叱られたのは言うまでもない。




 魔力の優劣、発言の真偽、感情の推移や思惑、好意や下心の有無。奇異の目で見られるような出来事、敬遠されるような数々の出来事を経て、フェリクスも悟る……ことにした。他人の魔力や魔素の秘密を暴いては、いけないのだと。だから普段はあまり深く視ないように注意している。




 だから本当はユリウスを観察したみたいに、エーリヒのこともじっくりと紫眼で鑑定してみたかったのだが、フェリクスにとっては克己とも言うべき鋼の自制心にて我慢し、でも疑問も拭えなかったので、上司であるリュディガーに相談してみた。

 リュディガーも事情はわからないながらも、フェリクスが嘘を言っているとも思えず、内容も内容なのでまずはエーリヒの上司であるジークヴァルトに尋ねた。

 結果、詳しいことはフェリクスには教えてはもらえなかったが、どうやらジークヴァルトの方は事情がわかっているようだ。当然、口外を禁じられることになった。



 できればいつか、エーリヒとそのことについて話せる機会はないだろうか。

 素晴らしい魔力コントロール、そして魔力の質と量だった。あんな人には初めて出会った。感動だ。興味深い。

 適性は風魔法だとリュディガーからは聞いたが、どうしてもそうとは思えない。


 悶々と過ごしていた数日後、グリューネヴァルト侯爵邸にてエーリヒの治療の機会がフェリクスに回ってくる。そして彼を前にしたフェリクスは、ますます疑問や興奮が治まらないでいた。




 ところでフェリクスは、意外にも現国王コンスタンティンには直接謁見したことがなかった。式典で魔術師団が同席する機会があっても、毎回急な任務が入るからだ。

 紫眼とは本当に日々多方面からお呼びがかかり、先方は順番待ちであり、多忙を極める身なのだ。

 フェリクスはやはりと言うか、堅苦しい儀礼などは御多分に洩れず好まないので、それについては、「ツイてる(ラッキー)」としか思わなかった。



 だが、この日。建国祭を翌日に控えた、記念すべきその日。

 エーリヒの治療のため滞在していた侯爵邸にてフェリクスは、空前絶後、唯一無二の僥倖の場に立ち会い、ここ数日の一切の疑問が解け、感動し、感銘を受け、高揚し、興奮することになる。

 フェリクスの眼には誰よりも視える。

 あの鮮やかな()()()の魔力が、今も目に焼きついて離れない…


 その後、ようやく冷静になったフェリクスは、初めて疑念を抱くに至るのだ。



 誰もが便利に使いたがる自分を、一度も呼び付けない王国の最高権力者、とは…?



 フェリクスの紫の眼には、あらゆる魔素、魔力、感情が視える。

 他人の魔力や魔素の性質を暴くこと。それは忌避される禁忌タブーである。

 こういうことが、ままあるから。




眠れる獅子とはエーリヒ様とは限らず、皆のことです。

やられっぱなしではいられません。

まだ本気出してないからね!という、あれです。

そしてヒューイットのママ、出てきました。

離縁していました。しかも恋人がいる…それも実家はエルメンライヒ侯爵家。聞いたことのある家門名です。

元妻の恋人の領地に息子を行かせる?…ヴィンフリート様はさすが器が大きくていらっしゃる…


今回は8500字ほどですが、これが短く感じる不思議。麻痺していますね。

これくらいでどうでしょう…?

もう一つ入れたらまた10000超えそうなので、この辺で。


それでは皆様、良いお年をお迎えください。

ブクマ、評価、いいね。ありがとうございます!涙。

次回、新年は今度こそ、エーリヒ様の覚醒……多分。

覚醒は長いので分けます。

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