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191.憂国のとき、暁の使者

《ベルノルト・エルツベルガー》




「殿下、先ほど陛下のもとに王都神殿の神官長が来ていたようです」


 自身の宮殿、ツェルナー宮にて謹慎中の第二王子アレクシオスのもとに補佐官がやってきた。買収している使用人や配下は王城のあちこちに潜んでいて、何かあれば情報が入る。

 側に控えた首席補佐官のベルノルト・エルツベルガーも、その報告を主とともに聞く。



「またか。…何用だ。訴状に対する執り成しについてか」

「それがどうやら、神都の大神殿と揉めているようです」

「大神殿との揉め事だと?そのようなことで何故父上に謁見を?」

「先日のグリューネヴァルト邸での戦利品を大神殿に奪われたそうです」


「戦利品…?例の、エーリヒの箱入りのことか。…神殿は侯爵邸を襲撃したことを認めてはいないのに、父上に戦利品を奪われたから取り戻してくれと?…ふざけてるのか?今まさに、侯爵の訴状の対処に苦慮しているというのに。…神殿も何故そのような子供を巡って争う」

「それが……その少女は陛下への貢物であったとか」

「……は?」

 アレクシオスは呆れてものも言えない。



「それと、エルーシアの神話について話していたようだとも」

「なんだそれは。どういうことだ」

「それについては今少しお時間をいただきたく」

「父上への貢物か……ふふ。ついに子供にまで手を出すのか。女であれば何でもいいのか……ははは…」

「殿下…」

 ベルノルトはアレクシオスの近頃の気鬱を気遣う。


 アレクシオスは焦っていた。だが今さら焦ってもどうすることもできないことは、ベルノルトにもわかっている。


 つい先刻までこの綺羅びやかな宮殿の応接室には、先日、祖父から侯爵位を継承したベルノルトの父が、その挨拶に訪れていた。それまで外祖父としてアレクシオスを支えていた前エルツベルガー侯爵が、すっかり気力を失い倒れてしまったためだ。最近は叔母上である第二側妃も気苦労により臥せりがちであるようだ。

 まさか我が主が王位継承権を剥奪されるなど。

 あれからツェルナー宮への訪問者もめっきり減ってしまった。




 全ては王妃エリーザベトの采配のまま動いている。本当に目障りで邪魔な毒蛾だ。どうにかハインミュラー家門の勢威を押さえなければ、事態は何も好転しない。


 プロイセを張っていたことがバレたことで、あの研究施設への襲撃がまんまとアレクシオスになすりつけられてしまった。まさかすでに施設を襲撃した後だったとは。奴らはどうやってあの感知魔導具を掻い潜ったのか。


 今となってはあれが主も一目置く小賢しいエーリヒ、もとい、ジークヴァルトによるものだったとは王妃も気づいているはずだ。その矢先にグリューネヴァルト侯爵邸が神殿により襲撃を受けた。

 神殿とハインミュラー、王妃の勢力は蜜月関係。アレクシオスはそれが王妃側による報復だと考えていたのだが。



 ときにハインツ・クライスラー子爵の部下からの密告により、強制捜査前に孤児院を訪れていた子供とは、エーリヒの匿う少女であったと判明した。何を隠そう、従者ではなく少女自身が不正を暴いた張本人だという。

 再び資金源を確保するために用意していた孤児院の後任経営者達も、あれは只者ではないと口を揃えて言った。会議にてその少女の発言により自分達は排除されてしまったのだと。

 それにはアレクシオスは懐疑的だった。ベルノルトも同意見である。


 従来通りなら、何の問題もなく彼らが後釜に収まるはずだった。しかしその場にはジークヴァルトとハインツ、何より大商団を率いるヴィンフリート・シュレーゲル伯爵がいたと聞いている。最終的にはそれに阻まれたのだろう。


(年端もいかない少女が魔力で威圧をしただと?ふざけた言い逃れを…)


 ところが今回、王都神殿はその噂の少女を侯爵邸から略取した。さらに今はその幼い少女の所有権を巡って、神殿の総本山である神都大神殿との争いが起こっているという。

 それが本当だとするならば、確かに只者ではない。にわかには信じ難いが、全てはその少女が鍵を握っているのだ。




「一体その子供が何だというのだ。何故エーリヒが匿っていた。何故それを巡って神殿が争う。神殿が欲しがるもの……神聖魔術師か。だがそのような小さな子供にそれほどの価値があろうか…」

 アレクシオスは呟いた。推測を立てるにはまだ何か情報が足りないようだ。


「…それで?父上はどう答えたのだ?」

「陛下は神官長の要望を退けたようです。神殿内での争い事には関与しないと」

「はっ、当然だな」

 厚かましい神殿への王のすげない対応に、黙って聞いていたベルノルトはようやく小気味よさを感じる。それは主も同じ思いのようだ。


「ですが殿下。陛下はどうやらリーデルシュタインの令嬢を後宮に迎える算段であるとか。それで神官長の要望を蹴ったようです」

「…ジークヴァルトの妹か」

「はい」

「…陛下はリーデルシュタインの令嬢を新たに側妃にしようと言うのか…」

 それにはベルノルトも呆然となる。

「…本当に呆れたものだな。同じ子供でも神殿の争う少女が育つのを待つよりも、確実にすぐ後宮に入れられる高位貴族の少女を選んだ訳だ」



 ジークヴァルトの実妹、シャルロッテ・リーデルシュタイン。

 現王コンスタンティンの妹である元王女ジークリンデとリーデルシュタイン公爵の娘であり、ジークヴァルトと同じく魔力溢れる金髪と氷の属性を示す空色の瞳を持つ美少女だ。この度貴族学院を卒業し、デビュタントを迎えると聞いている。すなわち、そんな高嶺の花がもうすぐ社交界の結婚市場に並ぶのだ。高位貴族達はここぞとばかりに目の色を変えて狙ってくるだろう。



「しかし…いくら王陛下の求婚だとて、あのリーデルシュタイン公爵が容易に首を縦に振るはずがありません。…それでも正式に求婚されれば、無碍に扱うこともできないでしょうが…」



 ベルノルトの呟きにアレクシオスは目を細め、思案しながらテーブルを指で叩く。焦燥感に苛立っているのだろう。そして突然、咳き込んだ。

「ゴホッゴホッ、ゴホッ…」

「「殿下!」」

 ベルノルトがソファーで咳き込むアレクシオスの背中を支えると、口元を押さえる手のひらがわずかに朱に染まる。痛ましい思いでその手を取り、懐から出したハンカチでベルノルトは丁寧に血を拭い取った。


「殿下、やはりあれをお飲みください」

 ベルノルトは側にいた補佐官に目配せした。慌てたように補佐官は何かを持ってくる。

「何を言っている、ベルノルト。それはハインミュラーの産物なのだぞ。そんな得体の知れないもの、もう飲めるものか」

「しかし…」

 駆け寄った補佐官の手には丸薬が入った小瓶があった。




 それはアレクシオスが幼少の頃から、魔力増強や滋養強壮の薬として王から飲まされていたものだ。

 ベルノルトが調べたところ、同じものを他の王族達も飲んでいた。成分にも特に問題もなく、体調に異常も見られなかったので疑問も持たずにいたのだが、最近その丸薬がハインミュラーの研究による薬物だと判明した。


 成分を改めて調べたが、やはり毒物の類ではないようだ。だがアレクシオスはそれ以降、正体不明の丸薬の服用を拒否。すると貧血のような症状が表れ、近頃は喀血もするようになった。これはどうやら第三王子シュテファンと同じような虚弱の症状のようだ。

 恐らく魔力不足によるものだろうと医師は言う。病名がつくのならば、“魔力欠乏症”と言ったところか。


 長年仕えた首席補佐官であり、従兄でもあるベルノルトは思う。アレクシオスの気性を思えば、服用を拒否するのは当然の流れだ。王位継承権を剥奪されたこの時期に、長らく服用してきた薬がハインミュラーからの物と判明したのは、果たして偶然なのだろうかと。




 ベルノルトは別の魔力の補薬をアレクシオスに渡した。それを口にしながらアレクシオスは呟く。

「…何故あのような者達が王権を握っているのか。忌々しい…」

「…………」

「なぁ、そうは思わんか、ベルノルト」

「全く以てその通りかと」

 ベルノルトは主の問いかけに胸に手を当て、畏まった。




 ベルノルトは己の主を王太子よりもその地位に相応しいと心から思っていた。

 ただ先に産まれ、そして生母が有力家門の令嬢であり、王妃であったというのが現王太子が王太子たる所以なのだ。決して本人の資質からなのではない。

 ヴァイデンライヒの後継については、長子や嫡男が絶対という訳ではない。歴史上、何度もそれは前例がある。

 かくいう現国王も元は第四王子で、謀略により邪魔な兄姉を排除し即位した後、残りの不穏分子を粛清、一掃した。それを、才ある己の主が倣って何が悪いというのか。


 確かに生母が公爵家という有力家門であることは、子がその高魔力を受け継いでいることを示すために王位継承の序列が高まる要因である。だが初代王の眷属だったと言われる紫眼でない限り、その序列が明らかに群を抜いて覆ることはない。王族として生まれた時点で魔力が豊富なことは立証されているのだから。

 つまり現状は、王子王女のうち誰が後継となっても問題はないのだ。であれば、より優秀な者がなるべきだ。

 さらに王太子は無気力で、その政務のほとんどを補佐官達に任せて自分は日々遊び呆けていると聞く。

(ならば、なおのこと…)




「父上はどうやってリーデルシュタインを掌握しようというのか。今回のことでグリューネヴァルトも敵に回しただろうに。…このところローゼンハイムの動きもきな臭いというのに。ファーレンハイトはグリューネヴァルトと仲違いをしている場合ではなかろうが…!ゴホッゴホッ…」

「殿下!どうかご静心ください…」

 ベルノルトは歯痒い思いでアレクシオスの背中をさする。

「ゴホッ……はぁ。…グリューネヴァルトに助力を請えないのなら、今後はエーレルトと連携するしかない。…奴らがそれを素直に受け入れるか…」




 ヴァイデンライヒ王国の南部国境沿いに位置するファーレンハイト辺境伯領は、隣のエーレルト辺境伯領とともに軍国主義傾向の強いローゼンハイム王国を牽制するための家門だ。

 二つの家門は同じ国境線の国防を担うことで、古くから根強い対抗意識がある。そんな事情もありファーレンハイトは、地形的にも隣領のグリューネヴァルトと連携することが多く、隣国ローゼンハイムが攻めてきた際には援軍を要請する仲だ。

 ファーレンハイトやエーレルトにも飼い馴らした竜に騎乗する竜騎軍があるが、特にグリューネヴァルトの竜騎軍はどこよりも数が揃っていて精強であり、勇名を轟かせている。それが動くだけでローゼンハイムへは十分な脅しとなるのだ。


 ところが今回の王都グリューネヴァルト侯爵邸の襲撃に、神官であったファーレンハイト辺境伯の令嬢が深く関わり、侯爵は辺境伯に抗議をしたと、今や社交界ではその話で大いに盛り上がっている。

 自分達が住んでいる同じ貴族街で深夜安眠していた間に派手な殺し合いが起こっていたというのに、平和ボケした奴らだ。



 どうにも奴らには事の重大さがわかっていない。神聖魔術師を独占し、暗殺部隊を組織するという、神殿勢力の脅威が。その矛先が何故自分達には向けられないなどと安穏としていられるのか。

 そしてそれは王室とて、同じこと。


 しかも今回この騒動で、神殿は人を洗脳できる魔導具を持っていると噂になった。それは侯爵の訴状内容に記載されていたものだ。侯爵邸を襲った襲撃者達は洗脳された暗殺部隊だったというのだ。

 魔術師団から添えられた情報では、奴隷や魔獣の違法な捕獲と調教にも使われている代物らしい。その魔導具は実は神殿の儀式で使用されている法具で、神殿はそれを使って信者達を洗脳し、お布施を払わせているのだと。



 貴族街での深夜の戦闘は、暇を持て余し刺激を求めるゴシップ好きの貴族どもには格好のネタとなった。それ故、今回の諍いについての話題はまたたく間に広がったが、貴族達が興味を示したのは洗脳の魔導具よりも、若い男女二人の艶聞だった。今やそれは面白おかしく囁かれている。


 そして公には伏せられてはいるが、神殿は人工紫眼を有していると侯爵の訴状にはあったのだ。

 ハインミュラーは魔術刻印による人工魔術師の研究をしている。あり得ないことではない。それがどれだけの脅威であることか。


 その上、グリューネヴァルトとファーレンハイトが仲違いをすることによって、今度は国防にまで影響するのである。北部国境付近に増えた魔獣の討伐に騎士団や魔術師団が派遣されている今、それまでグリューネヴァルトの竜騎軍によって護られていた南部の国境にも戦力を割かなければならなくなるかもしれない。

 主の憂慮は尽きない。




「ファーレンハイト令嬢とエーリヒは過去に縁談があったそうだな」

「話によると、それはもっぱら辺境伯側の要望によるものだったそうです。そして今回もまた神官派遣の対価に令嬢の還俗と婚約を迫ったとか」

 ベルノルトは調べ上げた情報を主に説明した。


「相変わらずあの男は女泣かせだな。学院でも女が群がっているというのに、憎たらしくもいつも涼しい顔をしていたわ。…ファーレンハイトもローゼンハイムが昨今不穏な動きをしているからこそ、エーリヒと妻合わせたい意図があったのだろうな」


「仰る通りかと。…ですが今回神殿はエーリヒ卿の命も狙っています。それで今となっては侯爵も、令嬢との婚約などあり得ないと辺境伯に強く抗議をした模様です。…辺境伯の目論見は水の泡となりましたね」


「この機に乗じて面倒な奴を始末しようとするのは当然だ。あれが起きたら必ず神殿に報復するだろうからな。だが、いくら奴でも神殿を相手に堂々と敵対はできないだろう。…しかし、エーリヒの奴はどうしたというのだ。ずっと臥せっているのか?一体何があったのだ」



 最近エーリヒを王城で見かけなくなって、どんな悪巧みをしているのかと思っていたら、どうやら病床にあったようだ。それも侯爵邸襲撃によって明らかになったことの一つだ。それならもう一週間は臥せっていることになる。


「それについても情報は取れません。侯爵邸はあれからずっと厳戒態勢を敷いていますから」

「そもそもそれで神官を呼んだらしいな。その時にその子供に目をつけたのか」

「かもしれませんね」

「では何か神殿が目を引くような特徴でもあるのか…」

 アレクシオスは嘆息しつつ、ソファーに座り直した。時折咳き込んでいたが、それもようやく落ち着いたようだ。だが顔色はあまり良くない。

(もっと効能の高い薬を早く作らせなければ。)



「その子供はいつから侯爵邸にいたのか…」

(いつから、か。殿下の言うように、考えをまとめるにはもっと遡って考えてみた方がいいかもしれない。)


 そもそもまずエーリヒが不審な行動をしていると思ったのは、奴が王都を出たことからだ。

 宴の夜に、北部国境付近に魔獣が出没していることを調査するためだと本人は言っていた。その時はそれで納得はしたが。

 相手はあのエーリヒだ。それを鵜呑みにして良いはずがなかった。ましてや奴はジークヴァルトの筆頭護衛騎士ではあるが、有能な補佐官でもあるのだ。ジークヴァルトにとっての盾であり矛、そして頭脳でもある存在。誰でもできそうな調査で、そうやすやすとあれを自分から離す訳がない。


「殿下。エーリヒ卿が王都を離れた旅程で何があったのか、今一度調べ直してみようかと思います」

「そうだな。…うむ。そうせよ」





 それまでベルノルトら補佐官が重要視し収集する情報とは、社交界を中心としたものであった。王国を動かすのはこの国の上位層たった数パーセントの貴族、富裕層であるからだ。

 だが今回エーリヒの道程を調べ直したことは、気にも留めてはいなかった市井の噂話などにも思いがけず触れる機会となる。



 よもやま話に紛れて王侯貴族に対する不満が飛び交う街角、飲み屋街。特に王室や神殿、大商会についての不穏な噂、鬱憤は意外にも多い。貴族などよりも庶民の方が抑圧されている分、危機感が高いようだ。

 だがあまりにも王家に対する不敬な発言が目立った。龍神と建国の祖である初代王を祀る建国祭も間近なこの時期に。本来であれば、神殿や教会による布教活動によって、国民感情は龍神王である国王を崇めるべき期間なのだ。


 さらに子供の拉致には奴隷商会だけではなく、王国屈指の王妃の家門ハインミュラー公爵家が関わっていた事など、何故か裏事情にも明るく、庶民の義憤は不可解なほどの勢いで王国全土に広がっているようだ。

 その異様な雰囲気にベルノルトは何やら胸騒ぎを感じる。



 そしてようやくアレクシオス陣営はエーリヒが匿い神殿が奪い合う少女、ヴェローニカについて、その正体を知るのである。




◆◆◆◆◆◆


《マクシミリアン・キューネルト》




「…っく…」

 王城から戻ったマクシミリアンは、人払いをした執務室で悪態をつきながら頭を抱える。


 聖女を大神殿から取り戻す提案を王に拒否された。聖女を後宮に入れる案は苦肉の策であったのに。

 マクシミリアンも本気で聖女を王に渡す気などない。だがそうでも言わないと王は動かないだろうと。

 しかしながら王は、いくら他国の美しい女神の現身であると神話を語り聞かせようとも、成人にあと七年ほどはかかる子供よりも、シャルロッテ・リーデルシュタインを選んだ。


 その動きはマクシミリアンも掴んではいたが。

 どうやら王は今年の建国祭の宴をシャルロッテのデビュタントの場にしようと画策しているようだ。建国祭には他国の使節団も集まる。その場でシャルロッテを側妃候補だとお披露目して、物言いがつく前に動かぬ既成事実としたいのだろう。



 王はどうしても自らの血筋から、金髪の正統なる後継者を欲している。


 現在、王を含めた王族直系である後継者達は……実のところ、金髪ではないからだ。




 第四王子コンスタンティンは誕生時、金髪ではなかった。これは王室でも秘中の秘であるが、近年稀にあることであったらしい。そのためすぐさま金髪偽装のための貴重な魔術具が与えられた。現在は魔術刻印がその役割を担っている。それはコンスタンティンがハインミュラー公爵家と姻戚関係となった後に、可能となった手段だ。


 ハインミュラーは初め、コンスタンティンが金髪ではないなどとは勿論知らなかった。それは王族の絶対なる禁秘であったからだ。

 かくしてハインミュラーは、金髪に偽装するための魔術刻印や後天的に金髪化させる方法などについて優先的に研究することとなった。


 腐心の末、金髪を偽装する魔術刻印の開発が成功すると、魔力増強のための薬も同時に開発。その魔術刻印は誕生とともに秘密裏に王子王女にも刻まれたが、魔術具同様、その維持には多くの魔力を必要とした。魔力を外部から定期的に補給しないと、自身の魔力生成量では間に合わないほどに燃費が悪い魔術刻印だったのだ。



 ハインミュラーとしては、他の王子王女への偽装の協力や配慮などは拒絶したいところではあったが、第一王子の正統性に対して疑念の余地はわずかでも残したくはない。

 結局ハインミュラーは隠蔽に協力することで、第一王子ジルヴェスターを王太子として立太子することを王に確約させた。



 その後、真に金髪ではないコンスタンティンは、後宮でどんなに大事に母体を守り育もうとも、例の如く金髪の子を持つことはできなかった。たとえ王妃や側妃が金髪であってもだ。

 すなわち現在の王族直系は皆、王位を継承するに能わない。何故なら今の時点では、その次代の子もまた、金髪を持たない低魔力の王族となるのが必然となってしまうからだ。




 マクシミリアンは確信する。

 このまま王族を真実の意味で金髪にできなければ、後継王族の魔力保有量はみるみるうちに減衰の一途を辿ると。そしてこのままではどんなに試してみても、王の念願は叶わないと。

 だからこそ、この偉大なるヴァイデンライヒ王国の真の正統なる王位継承者は、王妹ジークリンデの子、リーデルシュタイン公爵家の子供達なのだと。


 だからこそ王は最終手段として、それを手に入れたいのだ。



 そうなると恐らく王は手段を選ばなくなるだろう。

 どうにか策を講じて彼女を手に入れた後は、しばらくは自らで試すのだろうが、いずれは、シャルロッテに金髪の王位継承者を産ませるためには、その種は自分以外の真に金髪を持つ者とならざるを得ない。

 それは王にとって屈辱であることだろう。それと同時に、それを王妃エリーザベトは許しはしない。実子であるジルヴェスターが廃太子となるということだからだ。


 つまり後宮に入ろうが入るまいが、今後シャルロッテ・リーデルシュタインの命は危うくなる。




「これ以上ヴァイデンライヒの血筋を消されては困る」

 それではヴァイデンライヒの再臨の可能性も薄くなるではないか。


「やはりもうロゴスに縋るしかない」

 マクシミリアンは執務机の前で独り言つ。

 秘密結社の上位組織ロゴスの持つであろう“人工生命体ホムンクルス”の錬金術があれば、あるいは全てが解決する可能性がある。金髪も、ヴァイデンライヒの再臨でさえ。


「だが…どう連絡を取れば良いのか。召喚もなく直接赴いても、グルゴレトの丘は瘴気が濃すぎて無許可の来訪者を拒む。それに、私などにセラフィム様が会ってくださるかどうか…」

 もう聖女は奪われてしまった後なのだ。捧げるものが何もない。



 神官達が言うように、クリスティーネは神殿に戻さずにあの夜グリューネヴァルト邸で一緒に殺しておけば良かったのだ。それならば襲撃が神殿の仕業だと見做す声も防げただろう。


(それでもやはり大神官には覚られたか。)


 メルヒオーアに聖女を奪われたあの後、マクシミリアンが調べると、どうやら大神官に直接、エルーシアから聖女返還の申し立てが入っていたようだ。

「ともすると、聖女はそのままエルーシアへと返還されるのか?…あの老いぼれは聖女の価値を何もわかっていないのだ!」




コンコンコン

 マクシミリアンが忙しなく思案を巡らせていると、執務室の扉のノック音に気づいた。入室の許可を出すと、現れたのは暗殺部隊の副官だった。


(暗殺部隊が何用だ。何か嫌味でも言いに来たのか。)

 聖女を奪われたことに関して、暗殺部隊の隊長らは不服を漏らしていると聞いている。

 確かに自分達が命懸けで手に入れた聖女をまんまと横から掻っ攫われたのだから、それも頷けるが。



「…何用かね?」

「その様子では、王に色良い返事はもらえなかったようですね」

 暗殺部隊の副官、ヴェルナーは薄ら笑いを浮かべる。

 不愉快な笑い方だ。こちらの事情をどこからか把握しつつ、蔑んでいる。神殿での定型の挨拶すらもする気はないようだ。


「…文句でも言いに来たのか」

「いいえ。滅相もありませんよ、神官長。突然首位神官が現れて、大神官の命だと言われれば、誰もが引かざるを得ない」

「…………」

 自然とマクシミリアンの眼光は鋭くなる。

(ならばこやつは何をしに来たのだ。)



「王は何と?」

「君に言う必要があるのかね?」

「ふふ。…そうですか。そのような態度を取られると、お話するのが億劫になってしまいますね」

 ヴェルナーはまたうっすらと笑った。


「ならば帰れば良いのではないのか?…聖女を奪われたのは、こちらとて本意ではないのだ」

 マクシミリアンは口惜しそうに答えた。

 こちらとて、お前の顔など見たくない。

「そうですね。私もそうしたいところではありますが……さるお方があなたとお話したいそうなのです。私はそれを伝えに来たのですよ」

「さるお方?」

「あの方は残念がっておいででした。何故もっと早く話を通してこなかったのかと。…何故聖女を献上することを渋ったのだと」


「…何のことだ?」

「聖女を拉致したことは私からお話しておいたのですがね……先日、聖女の血を献上したところ、あの方は大層興味を持たれまして」

「聖女の血だと?ヴェルナー、貴様、あの魔力結晶を無断でどこかに渡したのか?!」

 血相を変えてマクシミリアンは立ち上がる。

 ヴェルナーは確かハインミュラーの配下であったはず。だがハインミュラーにはマクシミリアンも魔力結晶は渡している。

(では一体、どこに…)



「神官長、あなたは“黄金の暁”の構成員ですよね?」

「…………」

「しかも、下位組織ミュトスの代表者だ」

「…貴様……何者だ?」

 マクシミリアンはヴェルナーを見据えたまま、執務机の下にある神殿騎士達を呼ぶボタンに手を伸ばす。

「まあまあ、そんなに警戒しないでください。私達は仲間なんですから」

「仲間…?」

 非常ベルの魔導具へと伸ばしていた手を止め、マクシミリアンは眉をひそめた。


 ヴェルナーは()()と言った。

 それは恐らく自分も同じ秘密結社の構成員なのだと言いたいのだろう。

 マクシミリアンであれば、そこは()()と表現するところなのだが……まあ、あまりこの男の発する言葉に深い意味などないだろう。この男には初めから好感など持てない。

 だが…同じ構成員なのだとすれば…


「では、さるお方とは、どなただと思います?」

「……まさか……」

「ええ。そのまさかです」

 ヴェルナーは不気味に笑った。




◆◆◆◆◆◆




「きっと、もうすぐだよ」

 金髪紫眼の美しい男は、とあるカプセルの前で優しく語りかける。

 薄暗い一室の中心にある大きな円柱状の透明な容器が淡く光を放っていた。その中には、溶液の中に浮いた女性が眠るように目を閉じている。


「シュペーアがようやく戻ってきた。最後の欠片も手に入れたんだろう。これで光の精霊石が生りやすくなる。…でも世界樹は気まぐれだし、まだ当分魔素は精霊結晶に持っていかれるだろう。だから……それよりいい方法を見つけたんだ」

 紫眼の男はカプセルに触れ、そっと寄り添い、目を閉じた。

「やっと、君に逢える…」




10000文字超えはさすがに長過ぎですね。今回はここで終了します。

次話はついに『王の覚醒』の予定だったのですが。いろいろ入りませんでした。無理かもしれません。


神殿編は暗躍している人が多いです。

そんな中、エーリヒ様がまだ寝ているとは。でも起きてしまったら展開が一気に加速してしまう…

ほんとはのんびりコーヒーを飲んでチーズケーキを食べたいヴェローニカです。


本編とは別に各キャラの閑話編も作るか悩みどころです。

ヴィンフリートやヒューイットは何をしてるかな、と気になるのは推しだからなのか。

でもヴィンフリート様は商人人脈を活かして、今はとある作戦中です。この回を読んでくださった方はなんとなくわかったかもしれませんね。答え合わせは後の回です。

あと、ヒューイットのママはどこ?とか。

ジークとアルは年が離れているのに何故乳兄弟なのか、とか。

解決しますよ、きっと。

フォルカーやマリエルも最近出てこない。

閑話編、需要ないかな。

ソラン様の幻のエピソードゼロを閑話編で再投稿するのはどうかな。

ヴィムやリュカの様子はこのあと出てくる予定です。

白夜ももうそろそろですね。


それではまたまた長文ご読了お疲れ様でした。ありがとうございます。

拙作にブックマーク、評価、いいねをくださった皆様、いつも大変感謝しております。とても励みになっております。もし良かったら、感想やメッセージもお待ちしております。

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