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19.君の名前(1)


 まるで物見遊山の計画を立てているみたいに楽しそうな貴族達を少し唖然とした思いで見つめた。

 まぁ、白夜が無事ならそれでいいけれど。

 警戒していたのが馬鹿みたい。


「ふふ」


 私が笑うと皆の視線が集まっていた。



「笑うと良いな。ようやく年相応に見える」

 ジークヴァルトが穏やかにそう言った。

「そうだね、えーっと…」

 リュディガーが何か言おうとして言葉を止め、ひたと私を見つめた。

 なんだろう。

「名前。名前をつけよう、ジーク」

 リュディガーが突然言い出した。

 そうか、彼は私の名を呼ぼうとしたんだ。


「それならもう考えていた」

「「え?」」

 またリュディガーと被ってしまった。二人で一度顔を見合わせてから、ジークヴァルトを見た。



「ヴェローニカはどうだ?」



 鋭さを感じるほどの美しさを持つジークヴァルトの空色の瞳が、その時は柔らかく見えた。この雲ひとつない王都の空のように晴れやかに。

「…………」

 ヴェローニカ…とは。まるで貴族令嬢のような響き。

「どうした?気に食わぬか?」

 そうか。この人は貴族のサラブレッド。貴族オブ貴族なのだから、貴族の名前しか知る由もない。



「いえ。とんでもありません。そうではなくて……恐れ多いというか、私には過分にすぎるというか…」

「ぷはっ!本当に君は年の割にすごい言葉を知ってるね」

 リュディガーが吹き出した。

「そうか。ならばもう一つ候補があってな。そちらも捨て難いとは思っていた」


 ええ?いやいやちょっと待って。別に煽ってなんかいないんですけど。違いますよー?


 助けを求めてハインツを見ると、彼は腕を組みつつニヤリとした表情でこちらを見ているだけのようだ。

 将軍は確実に楽しんでおいでであるな。



「ツェツィーリアではどうだ?似合うと思うが…」


 つぇつぃ…?まじか。


「リュディガー、どう思う?どちらが良いか…」

「んー。そうだねぇ…」

 ええ…。いいのか、これ。どう考えても貴族令嬢の名前なんですけれど。

「ヴェローニカかな。ニカって呼びやすいし」

 こちらの気持ちとは裏腹に、リュディガーはニコッと和む笑顔を見せた。

 だがまた少し考えるように、「でもツェツィとかリアって呼ぶのもありか」なんて言っている。

 ああ…。なるほど。ニカとかリアなら皆も呼びやすそうかな。そうすればいいのか。



 気づくとジークヴァルトが組んでいた腕を口元に当ててこちらを見ていた。

「ふむ……ヴェローニカ……ツェツィーリア…」

 そして私を見ながら一度口の中で転がし吟味するように二つの名前を呟いた。春の空のような淡青色の瞳が細められる。


「やはりヴェローニカが良いだろう。君の名前はヴェローニカだ。良いな」

 しばらく悩んだあと、ジークヴァルトが満足そうに頷いた。本日一番の笑顔だ。それはとても綺麗な笑顔だった。

「あ、ありがとうございます」

 思わず頷いてお礼を言っていた。この笑顔が見られて私も満足したような気分だ。




「そうだ。ニカ。手を出して」

「え?あ、はい」

 リュディガーに突然そう言われて考える間もなく手を差し出していた。もう和み系リュディガーに対して警戒心はどこかにいってしまったようだ。

 リュディガーは差し出した手を両手で握って目を閉じた。

 しばらくして目を開けると、少し驚いたように私を見た。


「どうだ?リュディガー」

「うん。想像以上だった。すごいよ。この歳で…」

「そうか」

「ほう」

 ジークヴァルトとハインツが頷いた。

「?」

 ん?何が?



「ときにヴェローニカ。魔法についてはどれほど知識がある?」

「魔法、ですか?」

 三人の視線が集まる。

「いえ、全く。何も知りません」

 知識も何も、魔法の存在について知ったのは……ついさっきだ。

「何もか?」

 ハインツが尋ねてくるが。

「ええ。今さっき、魔術師団と聞いて、魔法があるのかと」

「だからあの時驚いたのか」

 ジークヴァルトがテーブルに頬杖をついた。少し期待外れのような表情に見える。


 なんだか何か勘違いをされているようだ。私は何も知らないし、何もできない。ただの村人Aなのだ。変な期待をされる前に期待値を下げておかなくては。



「あの、魔法も知りませんでしたし、魔獣も知りませんでした。えーっと……結界?とか魔素?とか。フォルカーさんがあの夜言ってたことも、よくわからなかったんですが」

「そうなのか?」

「なんだと?」

 それにはジークヴァルトとハインツがすぐに反応して、リュディガーはぱちくりと瞬きをした。


「なるほど。魔法に関して本当に全くの素人という訳か。ますますわからんな」

 ジークヴァルトが呟いて、

「まあ、平民は魔法に触れることは少ないからね。山村ならばなおさら仕方ないかな」

 リュディガーがフォローした。



「ん?待て。……魔法があることも知らなかったと言うが、魔法という言葉は知っているのか?…それがどんなものなのかも」

「え……」

「…………」

 ジークヴァルトに不審な瞳で見つめられ、リュディガーとハインツもそれに加わる。

 ああ……やらかした。この世界の常識との認識齟齬を踏まえて発言しなければならないのか。



「えーと……どんなものかは見たことがないのでよくわかりませんが……なんとなく不思議な事ができるのではないかと…」

「不思議な事、とは?」

「えーと……魔術師団というのは、軍ですよね?だから、攻撃的な…ものとか?」

「…………」

 ジークヴァルトはしらっとした表情をしている。

 そんな目で見られてもこれ以上は言わないからね。変なぼろが出そうだもの。



「不思議な事……か」

 ジークヴァルトは唇に触れて、ちらと視線を逸らすように思案し、ふいに手のひらを上に向けて開いて見せた。そちらに目をやると、白い手袋をつけた手のひらの上にこぶし大の透明なティアドロップのような塊が宙に浮いた。それが現れる時にパキパキ…とかすかに高い音が聞こえた。塊の周りには白いもやがふわっと見えて、この塊が氷なのだと思った。


「わぁ…」

 思わず口を開けて見つめてしまった。

「初めて見たか?」

「はい」

 返事をしながらジークヴァルトを見上げると、その空色に似た瞳がほのかに淡い光を帯びている。彼の手のひらの上に浮いている太陽光を浴びて輝いた氷の塊と同様にそれは美しい。



「そうか……では……リュディガー」

 ジークヴァルトがリュディガーを見て、顎をくいっと上げて見せた。するとリュディガーはにこっと微笑んで頷く。

「いいよ……けど、普通は他人の魔法に干渉するのは手間がかかるんだけどね。まあ…私は風だから相性はいいんだけど…」

 ふわっと頬に風を感じたと思った瞬間、ジークヴァルトの手のひらの上に浮いていた氷の塊がヒュンと上空に打ち上げられた。驚いて目を見開き、それを追うと、ジークヴァルトの声がまた聞こえた。

「ハインツ」

「は」


 ハインツが返事の後に上空に向けて手のひらを掲げた。そこから火弾が飛び出して、先に上がっていった氷をギュンギュン追いかけていく。バァァァン!!と上空で爆発が起こった衝撃に思わず「わ!」と耳を塞いで身を縮めると、空からキラキラと太陽の光を浴びた氷片が降ってきた。

 上空でキラキラと乱反射しながら四方に飛び散る氷の欠片をしばらく眺めてからテーブルを見ると、三人の貴族達は優雅にお茶をしていて、なんだかそれがすごく美しくて絵になる。


 今のがそれぞれの魔法かな。打ち上げ花火みたい。ただこれみよがしに魔法を見せたり、暴力的に何かを壊してみせたりする訳じゃないところがおしゃれだな。さすが貴族。



「さすがリュディガー卿。誤差の修正、ありがとうございます」

「ハインツ卿こそ。ジークの急な要求に無詠唱で即座に対応できるところがすごいですよ」

「…はは。…慣れでしょうか…」

「私がいつも無茶を強いているような言い方だな、二人とも」

「いえいえ。滅相もない」

 ハインツがカラカラと笑う。その向かい側でリュディガーが爽やかに含み笑いをしている。



「まあいい。…とにかく、今のが魔法だ。魔法にはさまざまな属性があって、生まれ持った適性がある」

 軽いため息のあとジークヴァルトはそう言うと、あとは魔術師団のリュディガーに説明を任せた。




 それによると、魔法が使えるほとんどの者が火、水、風の元素魔法に適性があり、他に上位魔法の氷や神聖、雷などの属性もある。特に雷は適性が珍しい魔法のようだ。この王国でもたった数人しか適性者がいなくて、片手で足りるらしい。

 さらに特殊な魔法である、幻術・催眠・洗脳などの精神系、呪術・使役・吸魔などの呪術系なども適性者が少なく、そちらは少数部族の血統による適性のようである。つまりは遺伝ということだろう。


 元素魔法は火、水、風の他に、昔は土魔法もしくは地魔法と呼ばれる属性もあったが、現在彼らは土魔術師ではなく、錬金術師と呼ばれている。

 他の三元素は攻撃魔法が主な魔法だが、土魔法はその昔、ゴーレムという土人形を生成して操る技術だったという。その後、戦闘用傀儡人形を作り出し、傀儡の製作と操作のための刻印魔法で魔導回路を施して、より精密な傀儡を操作するようになると傀儡師と呼ばれるようになる。そしてその技術を魔導具製作に応用。さらに鉱物や薬草などを加工、調剤することで現在では錬金術師と呼ばれるようになった。彼らは手先が器用で魔力操作に長けた技術者、研究者が多いのが特徴だ。

 他には身体強化や索敵、障壁魔法など補助的な魔法もある。




「古代魔法という今は失われた威力が神がかったものもある」

「古代魔法…」

 リュディガーの魔法の説明が一通り終わると、ジークヴァルトは古代魔法の存在に触れ、優雅な手つきでカップを持ち上げ紅茶をひと口飲み、それを置いた。



「ヴェローニカ」

「…はい」

 まだ慣れない新しい名前でジークヴァルトに呼ばれてそちらを向くと、今までにない温度のない瞳をしていた。それを見て少し身構える。



「そなたはあの夜……人を殺したな」




やっと主人公に名前がつきました。

ヴェローニカです。

貴族オブ貴族のジークヴァルト様はずっと考えていたようですね。


あ、ギルベルトはこの次ですね。

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