183.真夜中の襲撃(2)
《ユリウス・レーニシュ=プロイセ》
『ヴェローニカ!…ヴェローニカ!』
さっきから何度もヴェローニカに念話で声をかけているのに、影のように黒い服装の男の足元に倒れたヴェローニカは何の反応も示さない。
(気を失っているのか?繋がりが薄い。どんどん感じられなくなる。)
戦いながらユリウスは、焦燥感に駆られていた。
吸血する度に彼女との繋がりが濃くなるのを感じていた。彼女が眠っている時でさえだ。なのに、あれだけ感じていたヴェローニカの気配が薄くなっていく。
体裁など気にせずに、夜も彼女の部屋にいるべきだった。どうせ睡眠など必要のない体なのだから。
煩わしい魔法を弾くため、怒りに任せて魔剣を振るっていたが、斬っても斬っても虫のように次々と涌いてくる黒尽くめの影達に、もうだんだんと面倒になってきた。魔素金属の体に魔力を巡らせれば、魔法など避ける必要もない。足りない魔力はこいつらで補えばいい。
ユリウスは魔剣を手放して、体中に組み込まれた魔素金属のブレードを展開させた。
ユリウスの衣服が破けて腕と脚から魔素金属の刃が現れ、星空の下、魔力に煌めく。
目の前にいた黒い影達が、初めて動揺を見せた。
「邪魔だ……どけ!!」
辺りは一気に鮮血が飛び散った。
短剣を突き出してきた腕を払い手で斬り落とし、手刀で首を切り裂く。切られた首を押さえ紅血を撒き散らして倒れていった奴の次は喉を貫き、ほんの寸刻魔力を吸い上げ、脱力した体を投げ捨てる。
相手もユリウスには魔法がきかないとわかって、白兵戦に切り替えてきた。
ユリウスは血飛沫の舞う中、乱舞するように影達を斬り殺して、ヴェローニカを奪い去ろうとする男へと近づいていく。だがこれだけ派手に斬り殺しても、全く戦意は衰えてはいないように見えるのが厄介だった。少しでも恐怖に怯んでくれれば、すぐにヴェローニカまで届くのに。
たまに遠、中距離から元素魔法を飛ばし、ユリウスの動きを牽制してくる。だが奴らを撃ち落とす魔力が惜しい。狙撃手には目もくれず、ユリウスはただひたすら、ヴェローニカの元へと進む。
死角から匕首のような鍔のない短剣を繰り出してきた腕を手刀でスパリと斬り落とし、悲鳴など無視して足先に付いた短いブレードで顎を蹴り上げかち割り、振り上げた脚でその隣の男のこめかみに鋭く踵を落とす。
一見、関節の駆動範囲として無理な動きもマリオネットの彼には問題はない。
蹴りの反動で振り返った勢いで、後ろの男の人中に左の拳を入れる。拳に付いたブレードが鼻と口の間の急所を確実に貫いて、血を吹き出しながらバルコニーの外に吹き飛ばされて落ちていった。
次を見据えて拳を構えたユリウスの体からは、汗が気化するかのようにゆらゆらと魔力が目に見えて立ち昇る。そんなユリウスの気迫に多勢であるはずの影達はわずかに動揺を見せたが、すぐにまた武器を構え直す。
足元にはすでに死体の山ができている。足を取られそうなほどに流れた血で濡れていた。
ここまでやっても逃げ出さないのかと、ユリウスは苛立ちながらヴェローニカを見る。
ヴェローニカの側に立った男がまだこのバルコニーから逃げられないのは、先ほどやってきたウルリカとツクヨミが奴の退路を断ち、食い止めてくれているからだ。
時折、ツクヨミのシャアアア!!という蛇のような威嚇音や猛獣のような咆哮が聞こえてくる。その度に周囲の影達は金縛りにあって一瞬動けなくなり、そこにウルリカが魔剣で攻撃をしかける。
あれは本来の姿ではないと昼間に言っていたが、まだそれに戻るには魔力が足りないようだ。よほど長期間魔力を吸われ続けていたのか。それと月の満ち欠けが関係するとか言っていたはず。
(そうか、今夜は月がない。だからか…)
「化け物め……あれは雷魔法を使わない!ならば紫眼ではないぞ!作戦変更!捕獲は聖女のみでいい!撤退だ!撤退する!こちらを援護しろ!」
(撤退だと?ふざけるな!!)
「殿にアスラを出す!下がれ!」
残りの影達がユリウスから少し距離をとると、誰かがバルコニーに上ってきた。
(まずい、距離をとられたら逃げられる!)
「ヴェローニカ!!起きろ!!ヴェローニカ!!」
(なんで返事をしないんだ…)
ヴェローニカの方に気を取られていると、バルコニーに新たにやってきた黒い敵が二人、風を切って向かってきた。
(早い…身体強化か。)
腕に魔力を集め、小手でその一撃を受け止めると、奴らが持っているのは短剣タイプの魔剣のようだ。シュシュッ…と二人で連携して華麗な短剣さばきを披露してきた。
(相変わらず暗殺者タイプか。だがなかなかの動きだ。)
手数を受けるのが面倒で、応戦の中、ユリウスは相手の顔面を殴りつけると一人が吹っ飛んだ。次いでもう一人の脇腹を殴り飛ばす。そいつもバルコニーの端まで吹き飛び、柵にぶち当たった。
骨の砕けるような音とバルコニーに打ち付けられた衝撃音が響き、普通であればもう命はない。だが、顔を殴られた男は鼻血を吹き出し、顔はひしゃげて明らかに鼻が折れ、顔面が陥没しているのに、平然と立ち上がり全く痛みなど感じてはいないようだ。
被っていたフードやガスマスクのような装備品がとれて、あらわになった血だらけの歪なその顔には、刺青のような異様な模様が描かれている。
(なんだ?こいつは…。顔に模様が…)
その顔の模様に気を取られた時、脇腹を殴り飛ばしたはずのもう一人はすでにすぐ横まで来ていた。不穏な気配に弾かれたようにそちらを向くと、そいつはマスクを外し、口を開けて舌を出した。そこにも模様がある。
(なんだ?)
束の間、その不可解な行動に呆気にとられた内に、舌に描かれた模様が光った。
(魔法陣??)
そう思った瞬間、高威力の真空波がゼロ距離でユリウスにまともに当たった。その突風の衝撃で、瓦礫混じりの砂塵が勢いよく舞い上がる。
周囲の部屋の各窓ガラスが一斉にガシャーンと激しい音を立てて割れ、粉々に吹き飛ばされていく。バルコニーの柵も広範囲の風刃混じりの旋風によって、あちこちが切り刻まれた。それらの瓦礫が無情な威力の暴風に舞い上がって周囲に撒き散らされ、それすらも凶器となる。
どうやらこのために部隊を下がらせたようだ。この威力では、敵も味方も区別なく巻き込まれて被害が出るだろう。並みの魔術師ではないようだ。
だが衝撃はあったが、ユリウスは全身が魔素金属。相手より魔力で勝ればダメージはなく、それどころか全てを弾く。結果、吹き飛んだのは相手の方だった。
まだ近くにいた数人の影達や転がっていた死体も、切り刻まれながら吹き飛ばされていった。
砂煙が徐々に収まってくる。真空波を放った男は腕を交差させて障壁魔法を展開し、防御したようだ。だがそれでも防御が間に合わなかったのか、障壁は砕かれ、今の真空波で黒い衣服はボロボロになり、その腕と上半身は剥き出しになっている。そこには何やら奇っ怪な模様が描かれていたのが、暗視効果を持つユリウスにははっきりと見えた。
(あれは……まさか魔術刻印か。それであの身体能力と魔法の威力なのか……だが、あんなものを身体中にとは、無茶な入れ方をする。では、こいつもか。)
ちらりとユリウスはもう一人の顔が陥没した男を見た。そちらの男も衣服が破け、露出した肌には魔術刻印の模様が覗いている。
ユリウスはこれまでの暗殺者達の、恐怖や痛みを感じていない様子を思い出す。
合点がいった。こいつらは全員、イカれている。
目の前には肉体改造をした人工魔術師が二人。
ユリウスは焦りを感じ、ヴェローニカの方を見た。こんなことをしている場合ではない。
「ウルリカ!早く姫を取り戻せ!」
「わかっている!」
ウルリカも苛立っているようだ。魔術刻印男の放った真空波に巻き込まれたらしい。負傷した身体を引きずっている。それをツクヨミは守っているようだ。
「ヘリガとリオニーはどうした!」
「敵はここだけじゃない!こいつら、邸宅中に睡眠薬を撒き散らしたんだ!エーリヒ様も狙われている!」
目の前の魔術刻印の男がゆらりと立ち上がる。それを見て、ユリウスは忌々しく思った。
(こんなときにエーリヒの奴は眠っているとは…)
今度は上階のバルコニーを見上げる。夜空に魔法の光が明滅し、争っている剣撃音が鳴っている。邸宅中のあちこちで戦闘音と魔法の光の煌めきや、衝撃音とともに振動を感じる。
もうまるで侯爵邸は、戦場のような有様だった。
ユリウスの脳裏にあの日の記憶が蘇る。
かつて押し寄せる暴力に、故郷を、城を蹂躙された、無力な己の惨めな最期。
「…………」
ユリウスは無言で歯を食いしばる。そして今度は冷静に自分の敵を見据えた。
(あっちにも敵が来てるのか。エーリヒの護衛は上だな。そう言えばコンラートがさっき何か言ってたな。頭に血がのぼってて良くわからなかったが。)
この数の暗殺部隊がエーリヒの元にも行っているのなら、護衛騎士達だけでは荷が重いか。
襲撃者が手練であることは確かだが、それだけならここの使用人達にも対処できる。だがどういう訳か、こいつらには恐怖心が感じられない。体だけでなく、頭の中もイジられている。ユリウスにはそれが何より厄介だった。
「こんなこと……やってられるか!」
ユリウスが憤懣を口にした時だった。
ピシャッ!ドーーーン!!……
ユリウスの視界が眩い光の洪水に閉ざされた。
「キャアアァ!」
「うあぁ!?」
瞬間的に視界を奪われてブラックアウトし、周りの悲鳴だけがユリウスには聞こえた。わずかに全身にヒリつくような痛み。
傀儡の体がすぐさま正常を求めて、視界とその他の感覚の復旧を試みる。
数拍後、蘇った視界には、仁王立ちする魔術刻印の男が映った。その男の瞳は、夜の闇に妖しい紫色の光を帯びていた。
あれは兄と同じ、雷魔法を放った輝き。
あの日の、最期の兄の姿……
暗殺者の中に紫眼がいる。
この王国で何よりも稀有な存在が、たかが神殿の暗殺者だと?そしてあの、体中の魔術刻印。あれが本当の紫眼ならば、こんな、捨て駒のような扱いをするはずがない。
こいつらは神殿の暗殺者だ。神殿……奴らは神聖魔法を使う。欠損を復元できる。
「バカな……なんともないというのか……最上級魔法だぞ……」
向こうで呆然とした声が上がった。
『お前ら……それは、どうした……?』
ユリウスの魔力の乗った声に、隠し切れない憤怒の感情が入り雑じる。かつてない魔力威圧を受けて、暗殺者達は後ずさる。
『その眼は……誰から奪ったんだ!!?』
ミシミシッ……
バルコニーが嫌な音を立てて傾き始める。先ほどの魔術刻印男の放った真空波と雷撃で、バルコニーの耐久性は限界に達していた。
『ヴェローニカ!!』
咄嗟にユリウスは跳躍した。傀儡の体の機能を思いきり使って、ヴェローニカの元へ跳ぶ。
バルコニーから逃げようとヴェローニカを慌てて担いだ男は、こちらに気づいて目を見開き、ヴェローニカを盾にしながら魔剣を突き出してきた。
『この…くそったれがぁ!!』
ガキーン…
金属がぶつかる衝撃音が鳴ると同時に、二階のバルコニーが轟音を立てて地面に崩れ落ちていく。
深夜の貴族街に凄まじい崩壊音が響き渡った。
二階のバルコニーが落ち、瓦礫と化してその場にいた者達は一斉に飛び退いて避難する。
「ヴェローニカ様!ユリウス様!」
真空波で負傷しながらも、なんとか庭園に着地したウルリカは声を張り上げる。
もくもくと舞い上がった砂煙の中に、蹲った人影。その腕にはしっかりとヴェローニカを抱いていた。
だがウルリカが見たユリウスの胸には、魔剣が深々と突き刺さっていた。
「ユリウス様!」
「ふはは!やった。ついに化け物を仕留めたぞ!」
しかしユリウスは魔剣を胸に刺したまま、ヴェローニカを腕に抱いて平然としている。不気味なほどに真っ赤に光る瞳には、目に見えるほどの怒りの激情を宿していた。
魔剣は背中まで達するほどの刃渡りはなかった。それでも心臓には達しているはず。それなのに、傷口からは血の一滴でさえ認められない。
それを見た指揮官の男と周りの影達は驚愕の表情だ。
『こんなもの、痛痒すら感じん』
ユリウスは胸に刺さった魔剣をさも容易に抜き取り、それをポイと投げ捨てた。そしてようやく奪い返したヴェローニカの頬に手をのばす。
『ヴェローニカ……?大丈夫か?』
「なんなんだ……本当に化け物なのか……おい!何をやってる!吸魔の魔導具を使え!いくら化け物でも魔力がなければ動けん!奴はもう殺してかまわん!殺れ!」
ヴェローニカを奪われた男が叫んだ。
「ユリウス様!ヴェローニカ様を連れてエーリヒ様の部屋へ向かってください!」
目を覚まさないヴェローニカを案じるユリウスに、ウルリカの叫び声が聞こえた。
『エーリヒの部屋?』
「三階のエーリヒ様とヴェローニカ様の寝室には、エーリヒ様が作った結界魔法陣が組み込まれているのです!あそこに入ればきっと、ヴェローニカ様を守れます!」
(結界魔法陣。あの部屋に?)
ヴェローニカを抱えて立ち上がったユリウスの体に、突如衝撃があった。見ると、何か紐状の物が体に巻きついたようだ。
『…なんだこれは?』
ユリウスが呟くと、体に巻きついたそれが赤く光り出した。途端に体から力が抜けていく。ガクンと再び地面に膝をついた。魔力が吸われている。
腕の力が抜けてヴェローニカを取り落としそうになり、慌てて優しく抱きしめ直した。
「よし!やったぞ!とどめを刺せ!」
脱力し、思い通りに動けないユリウスに、嬉々とした耳障りな声が聞こえた。
ウルリカはすでに地面に膝をついていて、負傷した部位に自ら回復魔法をかけている。ツクヨミはそれを守り、他の影達の相手をしていた。
『吸魔か。忌々しい奴らめ……致し方ない……』
ツクヨミが何か呟いたのが聞こえた。
『吾は冥界の王―――――……汝ら、吾の声を聞け……目覚めよ、亡者共』
ゔあぁ…
ゔゔぅ…
辺りから亡者のうめき声のようなものが聞こえてきて、転がっていた骸達が蠢き出した。それを見た暗殺者達は狼狽える。
「な、なんだ?…死体が…勝手に…」
『ユリウス!あまり魔力はもたんぞ!早くそれをなんとかしろ!』
これはツクヨミの能力のようだ。冥府から蘇った死体は、辺りの暗殺者達を襲い始める。
『ヴェローニカ?ヴェローニカ!起きてくれ、ヴェローニカ!』
腕の中のヴェローニカの頬に触れて声をかけると、瞼がぴくぴくと震えてゆっくりと開いた。美しい青銀の瞳はふらふらと揺らめいて焦点が合わないようで、ユリウスを捉えてはくれない。
『ヴェローニカ』
「ユリ、ウス…」
『ああ。ここだ。ここにいる』
ヴェローニカをいつも取り巻いていた魔素が薄い。いや、首輪に吸い取られているようだ。
ユリウスはもっと話しかけてやりたいのを堪えて、体に巻き付いた綱を掴む。ツクヨミの魔力は長くはもたないはずだ。急がなければ。
綱を引き千切ろうとしても、それを操る奴を綱ごとぶん投げようとしても、思うように体に力が入らない。ヴェローニカを三階へ運ばなければならないのに、立ち上がることさえままならなかった。
そうしている間にも、どんどんと魔力が綱に吸われていく。これ以上吸われるとこの体を維持できなくなるという思いがユリウスを焦らせる。それではヴェローニカを守れなくなる。
ユリウスの周囲に、亡者達に阻まれていたはずの黒い影がじりじりと近寄ってきた。
(やっと取り戻したのに。あと少しでいいのに。なんで今夜はこんなに魔力に飢える?王都だからか?あの黒い石のせいか?……これがツクヨミの言っていた、朔の夜…?)
『ふざけるな………ふざけるなぁぁ!!!』
ユリウスは真空波を放ち、自分達を捕らえようと近づいてきていた影達を切り刻みながら全てを吹き飛ばす。魔導具を操っていた奴も、風刃に切り刻まれて血を流しながら吹き飛んでいった。
だが吸魔の綱は赤い光を放ち、操る主を失ってもなお、魔力を吸い続けていた。
これを取り除かなければ。
ヴェローニカを片腕に抱きながら体に巻き付いた魔導具を取ろうと、魔素金属の爪を伸ばす。だがそこへ魔術刻印の紫の眼の男が襲いかかってきた。その攻撃を打ち払いながら、魔導具の綱を引き千切る。その間にも、みるみるユリウスの魔力は失われていく。
胸の傷の修復を行う魔力を断って、行動を優先させる。だが血に塗れた顔の紫眼の男がしつこく攻撃してくる。
右腕でその攻撃を受け止めた時、左腕に抱いていたヴェローニカの重みがなくなった。誰かが彼女を奪ったのだ。
ドサッと地面にヴェローニカが落ちた音がして、その首の後ろには、何かの魔法陣が浮かんでいるのが見えた。
もう一人の魔術刻印の男はユリウスが放った真空波で負傷したようで、自らも身体を引きずりながらヴェローニカの細い足を無造作に掴んで、指揮官のいる方に引きずっていく。彼女が遠くなっていく。
「ああ!待て!ヴェローニカ!行くなぁ!」
右腕は紫眼の男の魔剣を受け止めたまま、空いた左手で奴の額を無我夢中で掴み上げ、渾身の力で爪先から魔力を吸い上げる。額に食い込んだ五本の指先が赤く光っていた。
(少しでも動ける魔力を…)
魔術刻印の男達は他の暗殺者達よりも明らかに頑丈だった。あらゆる身体能力が超人じみている。
逸る気持ちで止めを刺す間も惜しみ、紫眼の男を放り投げ、吸魔の綱を切り裂き、よろよろとなんとか立ち上がってヴェローニカの元へと進む。
ユリウスが彼女に手を伸ばすと、どこからかまた新たな吸魔の綱がかけられた。綱が赤く光って、また一段と体中の力が抜けていく。ユリウスは再び膝をつき、どさりと地面に崩れ落ちた。
(あとほんの少し、魔力があったら……こんな体、どうなったってかまわないのに!)
「ヴェローニカ……」
引きずられていたヴェローニカが、ユリウスの力なき声に反応した。震える手を伸ばし、瓦礫に爪を立てる。だが抵抗できたのはほんの一瞬で、あとは瓦礫に血がついていく。ずるずる…と数本の赤い跡。
「だめだ、やめろ……ヴェローニカ……爪が、剥がれるじゃないか……」
ユリウスの魔力ももう尽きそうだ。次第に意識がぼんやりとしてきた。
『ヴェローニカ!!ユリウス!!』
ギャアオオウゥ!!とツクヨミの恐ろしいまでの咆哮と暗殺者達の悲鳴が遠く聞こえる。
もう立ち上がれずに、それでも片腕だけで這いつくばって、ユリウスはヴェローニカに向かって手を伸ばした。視界が霞んでくる。狭窄して、見えなくなる。
(私は……また、繰り返すのか……また、守れないのか……)
「誰か、誰か頼む……ヴェローニカを……ヴェローニカを……助け――」
突然、背中に大きな衝撃が走り、ユリウスの意識はそこで途切れた。