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178.建国神話(2)


「救世主…?なんの話だ?」


 隣で寛いでいたユリウスが尋ねてきた。

 ユリウスもツクヨミも、魔素が必要だからヴェローニカの側から離れない。この広いワンルームのような間取りの客室で、皆で一つの大きなソファーの上で寛いでいる。

 ユリウスは隣でヴェローニカと同じように背もたれに背を預けて退屈しのぎに本を読み、ツクヨミは反対隣で時折毛づくろいしながら丸くなって眠る。

 なんだか平和で笑いが漏れてしまうな。



「神話を読んでたの」

「ああ、ヴァイデンライヒ王か。救世主というのは?」

「諸説あるらしいんだけど、初代王は龍神の化身なんだって。悪を滅するために後の世にまた化身として人の世に降りてくるって。それは救世主伝説でしょ?それを神殿は待ち望んでるんだろうなって」

「神殿が?…龍神の化身を?」

「正確には金髪金眼の容姿の初代王の再来をよ」



「ああ。……ヴァイデンライヒ王を奴らは祀ってるからな。あれはカルト集団だ。奴らが必死にやっているのは、神への崇拝よりも神聖魔法の適性者集めだからな。そうやって神聖魔法を独占してまいないを集めるんだ。昔からそうだった。プロイセの民も狙われたからな」

「プロイセが?どうして?」

「プロイセは神の末裔の一族と言われてたからだろう。神聖魔術師も多かった。兄上もそうだったし」


「神の末裔?ほんとなの?」

「さあな。だが、家門名に名が入ってるだろ。レーニシュ=プロイセと」

「……?」

 ヴェローニカは首を傾げて上向いた。それを見てユリウスはふっと笑う。柔らかな微笑みだ。



「プロイセの民はソランとレーニの子孫と言われてるんだ。…ほら、プロイセの泉に彫像があったろ。レーニシュという名はソランとレーニの子の名前だとか眷属だとか言われている。双子月の名前の一つでもあるぞ。あるだろ?双子月。レーニシュとシュペーアだ。今はレーニシュという家門名がついてないのは、我らが神の末裔だということを王家が歴史から抹消したかったからだろうな」



「ああ。……ええ??」

『む?』

 急に大きな声を出したから、ツクヨミが起きてしまったようだ。ヴェローニカは宥めるようにツクヨミをなでる。

「レーニ……って、実在の人なの?」

「いや、わからんが。…少なくともプロイセではそう信じられていた。自分達がソランとレーニの子孫であることを誇りに思ってたんだな」

「そうなんだ」

『……かふ……』

 ツクヨミはあくびをしてまた毛づくろいを始めた。




「ツクヨミは知らないの?そういう神様のお話」

『……知ってはいるが……人の世に広まっている話などほとんどはどこか作為的、とまでは言わぬが恣意的に歪められたものだからな。吾の知る話とは大方違うだろう』

「え?そうなの?……じゃあ、レーニはほんとにいたの?ユリウスはレーニシュの子孫なの?」

『レーニシュか。……それは吾よりも旧いものだからな』


「ふるい?」

『レーニシュとシュペーアは“始まりの神”の眷属だ。ゆえにあやつらは“原初”の権能を持つ。吾は違う』

「始まりの神?……ソランのこと?」

『……ふふ。そなたはそういう話は好きそうだな』

「うん。好き。……でもね、神様のことだから、やっぱり安易に聞くのは間違ってるかな、とも思うの。……知りたいけど」

『……そうだな。知らない方が良いこともあるな』

「そうなんだ…」

 そう言われるとなんだか聞きづらい。



『ちなみにどんなことが知りたいのだ?』

「え?……えーと……いろいろあるけど……神様はいるのかとか……でもそれは神の定義によるよね。神獣も神様なら神様はいるのだし。あとは神様は人に関わってもいいのかとか。天国や地獄のような神様の世界はあるのかとか。あるのなら、どうしてここに干渉しているのかとか……あるけど……なんだかそんなのどうでもいいことのようにも思えるし」

『なんだそれは』

 くつくつとツクヨミは笑う。


 ツクヨミ自身は言及はしていないが、ヴェローニカはすでにツクヨミは白夜のように神獣、神様なのだと思っている。

 先ほどツクヨミが触れた、“レーニシュとシュペーアは始まりの神の眷属”であり、“ツクヨミは違う”のであれば、もしかしたらツクヨミはソランではなく、弟神レヒカの眷属なのかもしれない。


 神様、か……

 そうだよね。つらい時にばっかり、「神様、助けてー!」なんて縋るのは、自分勝手だったかもしれない。神様だって自分のことで精一杯だったりするのかな。



「そもそも魔法がある時点でもう、この世界には神様はいるのだと感じるから」

『魔法か……そうよな。魔法というより、魔素だろうよ。魔素とはいわゆる精霊。万物の根源だ。あまねく生物、無生物に宿る存在。魔素が願いを拾い、奇跡を叶え、神を肯定するのだ』


 魔素は精霊で、万物の根源。

 白夜が「強く願え」って言ったのは、そういうことなんだ。

 やっぱり、まずは手を伸ばさなきゃ、何も手には入らない。ただ待っているだけじゃ……

 でも、自分のために願うなんて、なんだか傲慢な気がして。


「…………」

『どうした?』

「ううん。……魔素が神様か。そうなんだ。だったら私はただ……その魔素に、優しい人には優しい世界であって欲しいと願うだけだよ。それだけ」

『そうか。“善には善の、悪には悪の報いを”……だったな』

「そうです」

 ヴェローニカはツクヨミに頷き、微笑んだ。




「なあ、ツクヨミよ」

『む』

「ヴェローニカが以前雷雲を呼んだことがあるのだが……あれは本当に姫の能力なんだろうか。大気の魔素を操って、そんなこともできるのか?」

『……それか。……まあ、できるようになったのだろうな』

「できるようになった?とは?」

『それだけ魔素はあっても、まだ子供だからな。素質はあろうとそれができるには本来まだ早いのだが、何かきっかけがあったのだろう?』

「きっかけか。怒り、とかか?」

『それは大事な要素だな』



「それと一度目の時に魔法陣が地面にできたらしいんだが…」

 ユリウスが言っているのは、奴隷商を殺したあの夜のことだろう。エーリヒから聞いたのか。


「私が倒れてたところにあったんだって。……それってまるで悪魔召喚みたいだよね」

 かの有名なエロイムエッサイムだよ。

『悪魔召喚だと?……ははは。また面白いことを言うな、そなたは』

 またツクヨミが楽しそうに笑う。ユリウスはぎょっとしたようだが。


『悪魔召喚などではない。その魔法陣はあれがそなたに力を貸したということなのだろう。だからその歳で雷雲を操れるほどになったのだ。まあ……そなたに感化されたのさ、きっと』

「あれ?…感化?」

『そのときに言ったのだろ?《天網恢恢疎にして漏らさず》と』

「……うん。…よくわかったね、ツクヨミ」

「なんだそれは。どういう意味なんだ?」



 ユリウスの問いに少し気恥ずかしく思う。なんだか中二的発言だが、でもでも本当にそう思うのだから仕方ないじゃないか。本当にそうであればって……

「えと。…天網……天が世界に張りめぐらした網の目は、粗いように見えても決して悪人を漏らすことはない……って意味の言葉なの」


「なるほどな。姫は天罰を願ったんだな」

「うん…。ずっとね、そう思っていたから。そうあるべきだって。例え、今生の報いを受けずに死んだら、それを来世で受けるのだとしても、そんなの遅すぎる。だってそんな罪はもう忘れているもの。きっと不条理だって思うだけで反省なんかしないから。被害者だって納得できない。消化できない想いは、憎しみに変わるでしょ?」


『すぐに報いがあったとしても、そういう者共は反省などせぬものだ。それでも魂には罪過は刻まれる。因果律からは何人たりとも逃れられぬ』

「…そうか…」

 なるほど。そういう考えもあるのか。んー、でもなぁ。やっぱり理不尽だよ。だって前世の罪なんて覚えていないのに。身に覚えがないのに罰なんて、それこそひねくれちゃわない?



『天網か……真にあれが好きそうだ。魔素溢れるそなたが怒りに身を震わせて、魔力を乗せてそれを口にしたなら、確かにあれにも届こう。それで王都の近くにあれが来たのだ……そのうち会ったら礼でも言うといい』

「あれ、とはなんだ?」

『まあ、旧い知り合いだ』

 ユリウスの問いにツクヨミは口を濁し、ゆらりゆらりと尾を揺らしている。これ以上は語る気はないということだろう。


「そうか。ツクヨミは謎が多いな。古代魔法が発動するのに、白夜以外の神獣が関係した可能性は考えてはいたのだが……そのうちか。確かに姫なら今後もまたすごいのに会いそうだな」

 ははっとユリウスが軽やかに笑った。



 そうか。神獣仲間なのかな。この世界にもいっぱいいるんだな、神様。さすがに八百万もいないだろうけど。あれはたくさんって意味だしね。

 次に会えるのはどんな子だろうか。またもふもふだったらいいなぁ。




「ところで何故あんな首輪を着けていたのだ?」

「そうね。誰に着けられたの?それが王都の人達なら、これからも注意しないといけないんじゃないの?支障がないなら教えて」

『ふむ……吾の油断よ。恥じ入るばかりだ。だが確かに気をつけねばならんか。……王都に着いてから小さく変化へんげしたことで檻の隙間から逃げ出したからな。誰と言われても……あれは奴隷商か。魔獣を捕らえ慣れている様子だったから、貴族にでも売るつもりだったのだろう』


「奴隷商……あいつら、本当にクズだわ。絶滅させてやりたい…」

「はは。絶滅か。…姫のところでは奴隷などいなかったようだが、ここでは奴隷は合法だ。やるとしても違法な分を取り締まるしかできないぞ」


 奴隷が違法じゃないなんて。初めからそれが常識な皆のように、そんなに簡単には呑み込めない。



「奴隷制度なんて……いるの?なんでもすぐに感情で撤廃なんてしたら、どこかに弊害が出るのかもしれないけど……でも私はやっぱり納得できない。親にだって人を売る権利なんてない。子供を売らなきゃ生きていけないほど困窮しているなら、初めから産まなければいい。そんな親元に産まれた子供が可哀想だよ。無責任すぎる。それに奴隷なんてそんなものが必要ないように統治すればいい。ただの怠慢だわ。お金なんてあるところにはあるのだから。強権があるなら富の再分配でもすればいいじゃない。身分差を作るのは権力者の不満の捌け口にするためよ。そうやって自分より下の者を見て優越感を満たしたり、安心したり、保身を図ったりするのよ。結局皆、自分だけが選ばれたいの」



「そうだな。……だが実際に顧客は権力者や貴族だ。奴ら全てを敵に回すのは、現実として厳しい。それで成り立っている現状がある限り、やはりこの問題の改善は難しいだろうな」

「…………」


 言いたい放題不満を述べたヴェローニカだったが、ユリウスにあっさりと一言で反論される。

 現実が厳しいのはわかっている。けれど、それをどうにかしたいのだ。こうしている今も苦しんでいる人達はいる。それでも無理なものは無理だと。いつかのブーメランが返ってきた。


 ヴェローニカは表情を曇らせて口元を歪め、もぞもぞとソファーの上で膝を抱えて丸くなった。

 やはりユリウスはフォルカーとは違って教養ある貴族のため、言い包めるのは難しいようだ。



 小さく丸まったヴェローニカの上から、ユリウスとツクヨミが目を合わせる。

 二人にはヴェローニカを取り巻く鬱屈とした魔素が視えていた。

 ヴェローニカの言葉が理解できないのではない。まだまだ常識と認識に齟齬がある。この世界を生きる者達には、それに対してリスクを冒してまで荒ぶる感情が持てないのが実情だ。




 しばらく不貞腐れるように身を縮めて押し黙っていたが、ふとヴェローニカはツクヨミに声をかけた。

「……そう言えばツクヨミはしゃべらなければ普通の猫に見えるのに、どうしてあんな魔力を吸うような首輪をつけられたの?さっき小さくなったって言ってたけど」

『これは吾の真の姿ではないからな。奴らは吾を魔獣だとでも思ったのだろう』

「じゃあほんとはもっと大っきいんだ」

『うむ。まだその姿にはなれぬがな。これは“省エネ”というやつだ』

「省エネ……」


「では以前は本来の姿だったというのに、何故簡単に捕まったのだ?ますますわからぬ」

『…………』

 ツクヨミは素知らぬ顔でまた毛づくろいを始めた。どうやら言いたくないようだ。


 奴らは『魔獣を捕らえ慣れている』とツクヨミは言った。つまり、捕獲する魔獣の特徴や弱点をよく知っているということだ。



「ねぇ、ツクヨミ?」

『む?』

 ヴェローニカはツクヨミの耳元に近づいて小声で話す。「もしかして“またたび”でも使われたの?」と。

 猫にまたたびが効くのは有名だ。そしてネコ科の猛獣にもまたたびは有効なのだ。もしかしたら大きくなったツクヨミの姿とは、それなのではないだろうか。ならば今後も注意は必要だ。きちんと聞いておかなければ。


『…………む。そなたは、詳しいな……』

 やはりそうらしい。


「ん?なんだ?何と言ったのだ?ヴェローニカ」

「……んー。ないしょ」

 ツクヨミは知られたくないようだし、ここは内緒にしておこうかな。それよりも……




「魔力、足りないの?王都の魔素が薄いから?」

『それもあるし、月の満ち欠けも関係している。今夜は朔だからな』

「そう言えば白夜も満月は魔術的な効果が高まるとか言ってたみたい」

『ビャクヤとはなんだ?時折聞くが…』

「私の……えーと…友達?神様?…とにかく大切な子だよ。白狐の神獣なの」

『ビャッコ?』

「シルバーフォックスだ」

「違うよ。白夜は一緒にするなって言ってたもん」



『シルバーフォックス……白狐か……ならば“白”……そなたとともにいるのならば、“原初の光”か』

 ボソリと呟いた声。

 “原初の光”ってなんだろう。

「もしかして、知ってるの?白夜のこと」

『……いや。会ったことはないが……なるほど……それの気配か。すでに見つけていたのだな。……いや、ここへ連れ戻したのか』

「え?」

『いや。…なんでもない』


「ああ、白夜の気配か。姫には白夜の気配……加護のようなものがある。人間にはわからないだろうが。強者の気配に敏感な魔獣にはわかるだろう。だから姫にはいくら魔素が多かろうと弱い魔獣は寄りつかない。それのことだろ?」

『ん?……うむ…』





 扉をノックされてユリウスが取り次ぎに行ってくれた。すると入ってきたのはヘリガだった。

「どうしたの?ヘリガ。私は大丈夫よ?」

「報告がありまして」


 ヘリガはコンラートにクリスティーネの神殿への帰還を提案しに行っていたのだが、それをコンラートが彼女に伝えるとまた癇癪を起こしてしまったようだ。自分がいなければエーリヒは助からないぞと。

 だがヴェローニカがツクヨミと夜中にこっそりエーリヒを治療しているとヘリガから知らされたコンラートは、今度は頑として譲らなかったらしい。



 エーリヒの安全を考慮してどうにか隣部屋から移動させたい、ひいては邸から神殿の人間を追い払いたいコンラートと、婚約者の立場を誇示するクリスティーネが衝突した。

 ついにはクリスティーネは辺境伯と神殿に連絡し、コンラートは侯爵とジークヴァルトに連絡した。そしてエーリヒを神殿の手から守って欲しいと訴えたようだ。



「…大変なことになりましたね…」


 辺境伯のことは侯爵が抑えてくれることを期待しても、神殿が動き出したらどうなるのかは、ヴェローニカには想像がつかない。

 こんなこと、どう考えてもエーリヒが許すとは思えないのに。

 クリスティーネはどう収拾をつける気なのだろうか。追い詰められて自暴自棄になっているのか。それともここまでしてもまだ婚約者の立場は維持できるという、何か()()でもあるの?



「治療はヴェローニカ様にお任せできるようにはなりましたが、それを神殿には知られたくはありません。ですが伯爵は魔術師団の神聖魔術師を寄越してくれるとのことで、まだいつになるかはわかりませんが、それを令嬢には伝えたところです」

「ファーレンハイト令嬢を掣肘するのね」

「はい。なるべく急ぐとは聞きましたが……もしかしたら明日になるかもしれません。魔術師団は、特に神聖魔術師は多忙でしょうから」



 そしてまた侯爵邸には、新たな客がやってくるのである。




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