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177.建国神話(1)


 翌朝、ヴェローニカは食堂に向かうのを遠慮した。クリスティーネのあの様子だと、顔を合わせるのも嫌がるだろう。

 朝の支度に訪れた侍女達に、昨夜またエーリヒを治療したことを伝え、今朝の彼の様子を聞いてほっと安堵する。


 リオニーにはなるべくエーリヒの世話とコンラートを支えてあげるようにお願いした。

 しばらく部屋から出ることはないだろうから、なんなら侍女全員をエーリヒの世話に回してもらいたいと思っていたところ、今日は昨日休んでいたリーンハルトとエリアスがエーリヒの護衛に交代でつくと聞いて、ヴェローニカはまた安堵する。




「そう言えば、ウルリカとディーターは?」

「二人は昨夜夜番でしたので、今は休んでいます」

「夜番?」

「はい。今夜も行うそうです。ヒューイット様からお話を聞いたヴィンフリート様も心配していらっしゃるようで、エーリヒ様とヴェローニカ様の警護に人手が足りないならいくらでも出すと。ですからヴェローニカ様は安心してお休みください」


「警護……ですか?何かあったのですか?」

 不穏な言葉が気になって尋ねると、ヘリガとリオニーは目を合わせた。



「ヴェローニカ様。神殿とはあまり穏やかではない組織なのです。神聖魔術師を独占するため、強硬な手段をとる場合もあります」

 ヘリガの言葉にヴェローニカはリオニーを見た。リオニーも神聖魔術師である。

「私は侯爵家に助けてもらったんです。それがなかったら今頃神殿にいたでしょうね」

「そうなのですか…」


 神殿や街の教会をエーリヒが警戒していると聞いてはいたが、こういった事情があったのか。

 少し不安になりユリウスを見つめた。クリスティーネはユリウスの紫の瞳を見て、神殿に来ないかと勧誘をしていたのだ。



「大丈夫だ。おまえは私が守る。強硬な手段とやらをとってきたら……殺してもいいのだろ?」

 ユリウスは平然と言ってのけ、ヘリガとリオニーを見た。


 殺す……?

 その言葉の深刻さにヴェローニカは目を見張った。



「……それはあちらがどのような手段をとるのかにもよりますが……ですがヴェローニカ様はお守りしなければなりません」

 ヘリガの発言にリオニーも頷いている。

「待ってください。何故、私なのですか?……私が神聖魔法を使えるのは、あの方はご存知ないはずです。それに昨日勧誘されていたのは、ユリウスですよ?」


「ヴェローニカ様は聖女なのです。他国の情報とはいえ宗教的なことですから、神殿はヴェローニカ様の容姿からお力を知っている可能性があります。神殿側がもしそれを知ったなら、奪いにくる可能性はあります」


「奪う?ここから拉致するというのですか?……あの令嬢が私のことを神殿に報告した可能性があると?エーリヒ様の婚約者だというのにですか?それではエーリヒ様を怒らせることになるのは明らかではないですか」


 そんな後先も考えない手段をとるなんてことは……

「あの方ならやりそうです」

「…………」



「来客の際は髪色を変える魔術具をつけるように進言すべきでした。神聖魔術師が来るなら、神殿の者と思うべきでした。申し訳ありません」

 ヘリガは眉根を寄せて畏まって謝罪した。

「謝らないでください、ヘリガ。誰も悪くありません」

「もう、ファーレンハイト令嬢には帰っていただいてもいいんじゃない?ヘリガ。治療は私とヴェローニカ様で十分よ。昨夜もひどかったんだから」




 昨夜もヴェローニカがエーリヒの治療を行ったことを聞いたリオニーは、それでクリスティーネが神聖魔法で治療した後に確認したときよりも、夜のエーリヒの容態が安定していたのかと納得したところだった。

 そしてコンラートとリオニーがエーリヒの看病に寝室に訪れた際の、クリスティーネの言動を聞いた。コンラートはクリスティーネの振る舞いに対して、危機感を抱いたようだ。




「でも、あの方はエーリヒ様の婚約者なのですよね?」

「昨夜コンラートが侯爵様に確認をとりましたが、それはファーレンハイト家の意向であって、侯爵様はエーリヒ様の意志を尊重すると言っていたそうです。であればエーリヒ様があの令嬢を選ぶなどあり得ない」


「……そう、なのですか?」

 ヘリガに尋ねると、彼女は力強く頷いた。

「当然です。あれがいいと言うのなら、エーリヒ様は女の趣味が悪すぎます」

「…………」

 それまで黙って聞いていたユリウスが、「確かにな」と可笑しそうに吹き出した。

 もう。ユリウスはすぐ茶化すんだから。

 ヴェローニカはチラリとユリウスを呆れた気持ちで見つめた。




「とにかく、ヴェローニカ様は安静に。お体が万全ではないのですから」

「大丈夫ですよ、ヘリガ。でも今日は言われた通りに大人しくしています。私がここにいれば皆も安心するでしょうから。それからヘリガもリオニーもちゃんと交代で休んでくださいね。無理をしてはいけませんよ」

「「はい」」


 二人が頷いてくれたのを見て、今度はユリウスに声をかけた。

「ごめんね、ユリウス。ここに一緒にいてくれる?」

「もちろんだ。私は好きでおまえと一緒にいるのだ。謝る必要などどこにもない」

「ありがとう。ユリウス」

『吾もいるのを忘れるな』

「うん。ありがと、ツクヨミ」


 ヴェローニカは時折尻尾を揺らしながら膝の上で寝そべっていた黒猫を抱き上げて、すりすりと頬ずりした。




 リオニーがエーリヒの看病に行き、ヘリガはクリスティーネに神殿に帰ってもらうようにコンラートに提案してくると言って出ていった。


 客室のソファーにはヴェローニカとユリウス、ツクヨミだけになった。

 ヴェローニカはこの機会に、ヴァイデンライヒ建国神話と教典を読んでみることにする。神殿の教えや考え方を知りたいと思ったからだ。





 初代王ヴァイデンライヒは神託を受けて決起し、この地の諸部族の紛争を収めて統一、この王国を建国したというのはだいたい知っているとおりだ。その後内戦があったり、隣国との戦争があったりで、領土が狭まったり広がったりし、時代によって国境線には多少変化はあったようだ。



 ちなみにプロイセは昔は小国だった。ユリウスの家門名の、レーニシュ=プロイセ王国である。

 その歴史はヴァイデンライヒ王国よりも古く、王都ヴァイデンより以北の地一帯を治めていたが、のちに王国に併合された。そして国土が広まって、王都は遷都し、今に至る。

 ということは、併合されなければユリウスは一国の王子様だったのね。


 ユリウスの話だとレーニシュ=プロイセ家はヴァイデンライヒ王国の王位継承権まで持っていたようだ。今で言う、リーデルシュタイン公爵家のような立ち位置だったのだろう。

 序列通りにお兄さんが即位していたら、ユリウスは王弟であり、プロイセの領主だったというわけだ。

 プロイセ城で会った時のユリウスの美しくも凛々しい白騎士の姿を思い出すと、確かに王子様と言われてもおかしくはなかったな。



 直系、王の子を差し置いて傍系の序列が最上位となるのは、この王国の王位継承法によると、ヴァイデンライヒの血族であることと魔力量や魔法の才能が何より優先されるからだ。

 ユリウスの兄は紫眼という稀有な才能の持ち主だったから、序列最上位となっていた。

 それが……悲劇と言えば、悲劇なんだけれど。

 ううん。でもやっぱり、妬む奴らが悪いのよ。絶対に。




 閑話休題。

 初代王は龍神アプトと人の子だった、つまり半神半人だったとか、神の化身だから皆とは違う容姿の魔力に満ちた輝く金髪金眼で全魔法が使えたという解釈もあるようだった。

 初代王を神格化させることは、建国神話としてはよくある話だ。

 そして王国を、大陸を、世界を救済するため、後の世にまた化身として再臨するのだと。



「つまり救世主伝説か……」


 救世主メシアもキリストや弥勒のように宗教ではよくある考え方だ。


 しかし外国では、現世界神レヒカを最高神、もしくは唯一神として祀る国もある。

 レヒカをこの世界の最高神とする国では、元世界神のソランを神話通りに太陽神と考え、龍神アプトはレヒカの眷属神であり神獣と考えているらしい。


 他には、ソランは堕落した神であるために人間を誘惑し唆す悪神であり、それに対抗できるのは善神であるレヒカだと考える宗教もある。そうなるといつか聞いた太陽と月の物語も、国や宗教によって伝わり方や解釈が違うのではないだろうか。




 この王国の神殿の解釈では、龍神アプトはこの大陸の天空神であり厳格な神で、悪を滅するために時代を超えて人の世に顕現し、悪道に堕ちた者達に神罰の矢という雷撃を落とす。

 つまり神殿にとって、雷とは神罰の具現なのだ。

 だからこそ神殿は、雷魔法を最上位魔法だと尊び、その適性があると言われる紫眼を尊ぶ。



 初代王ヴァイデンライヒには付き従った腹心――使徒がいて、その者達に自身の権能である雷属性魔法を与えた。彼らは紫色の瞳をしていた。

 ヴァイデンライヒに権能を与えられた紫眼の魔術師達は、その神罰の具現である雷魔法で王国統一に貢献したという。その後彼らは領地を与えられ、王国の高位貴族となる。



 以降、初代王のような金髪金眼は現れてはいないが、紫眼は稀に現れた。龍神アプトの権能である雷属性と、治癒と浄化の神聖属性の適性を持ち、何より魔力の源である魔素の流れが視えるという特殊な瞳を持つ彼らを、アプトの眷属であり使徒であるとして当然の如く神殿は囲い込み、厚遇した。

 神殿にとって雷属性とは神聖属性よりも神を象徴するものなのだ。



 しかし王国の主要都市はいつからか結界石で魔素が拡散され、乱されて、大きく天候は荒れないようになっているし、王都に至っては巨大な吸魔石まであることで自然の魔素は吸収されて希薄になり、なおさら神罰の雷は起きないことになる。それについてはどう捉えているのだろうか。


 まあ、都合の良いように考えてはいそうだな。神官達はあの虹色の環が龍神だと言っているのだから、「我らの行いはあのように神に是認されているのだ!我らは神に寵愛された民なのだ!親愛なる王国民達よ、龍神アプトと初代王ヴァイデンライヒを信仰せよ!(盲信)」……みたいな。


 雷などただの天候の一つで放電現象なのだ。ない方がおかしい。(一刀両断)



 そういう考え方は暴風とか地震とか台風、干ばつや洪水などの天災もそうだろう。

 それらは古くから“神の怒り”とされてきた。

 あとは日食やほうき星、赤い月とかね。

 科学が発達すれば、それらは神の怒りでもなんでもなく、れっきとした自然現象なんだとわかることなのだけれども。そういうものを神殿は神の威だとして利用していそう。


 揚げ足を取るとしたら……「龍神の権能は雷なのに、雷雲を、即ちアプトを王都は遠ざけている。ということは、龍神の守護も遠ざけてはいないのかな?」ということかな。

 そこんとこは大いに疑問なんだがね。



 それに、金髪金眼。それはあの夜のエーリヒの姿だ。それに白夜は言っていた。彼は全魔法適性だと。それは神威なのだと。

 エーリヒがこのまま正体を明かして、彼が王位に就いたとしたら、神殿はどうするのだろうか。しかるべく素直に彼を認めて崇め、その意に従うのだろうか。

 神殿が長きに渡り待ち望んでいた、金髪金眼である彼を。初代王の再臨であると。

 それならば逆に神殿は敵ではなく、エーリヒの強い味方となるはず。そうなって欲しいとは、思うのだが。




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