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174.王族の禁秘と神官長の宿願


「どうだ。わかるか?」

「…いえ。ですがあの状態では魔力量に大きな差はまだ生じないかと。申し訳ございません、陛下」

 白い神官服の男が畏まる。

「やはり産まれるまではわからんか…」

「ですが、側妃様は金髪ですし、神殿でも一番の神聖魔法の使い手なのです。きっと、今回こそは…」

「…だと、いいがな」



 この王国で恐らく一等豪華な寝室だ。置かれた美術品や家具に調度類、あらゆる装飾が金細工や金糸で飾られている。天井の魔導シャンデリアの明かりでそれらがキラキラと豪奢に輝いていた。

 王城の奥深く、限られた者しか踏み入ることのできない後宮の、最奥の間。


 陛下と呼ばれたガウンをまとった美貌の男は、魔獣の革張りの一人掛けソファーに腰掛けて脚を組み替え、果実酒のグラスをゆらりゆらりと揺らして魔導灯の明かりにかざし、徐ろにその紅の色合いを見る。しばらくそれを愉しんで、ひとくち、口に含んだ。

 鼻を抜ける芳醇な香りと舌に広がる深い味わい。最高級の熟成された果実酒だ。男はそれを堪能しながら、ここに結実するまでの時間と労力を思う。

 全てはこの一杯のためにあったと。いつかは叶うものならば、それも報われると思えるものなのだが。




「魔力の注入についてはまだ母子への安全性と成果が判然とはしていないため、実施は陛下のご指示に従います。他には魔素が豊富な食べ物などが有効と言われておりますので、取り寄せましてございます」

「ああ。…それと、無論、まだ懐妊は伏せておけ。あれにまた殺られてはたまらん。くれぐれも用心せよ」

「は」

 金糸の刺繍も華やかな白い神官服を着た中年の男は、王の下知に胸に手を当て目を伏せた。



「魔力注入か。……マクシミリアン、そなたはどう思う。有効だと思うか」

「実は…それについてはすでに何度か平民での実験は繰り返してはおりますが、元が魔力の微量な母体であるからなのか、どうやら胎児に悪影響が出ております」

「具体的には?」

「…奇形となりまして…」

 国王は重いため息をつき、顔を手で覆う。美しい金の髪がさらさらと流れる。



 しばらくの沈黙が流れると、寝室に飾られた精巧な金細工の時計の秒針の音が耳についた。



「魔力を持った母体では試したことはないのか」

「ないわけではないのですが、何分、貴族令嬢を……しかも高魔力の令嬢を用意するというのはなかなかに骨の折れることでして」

「だろうな。だが。神官や巫女を使えば良いのではないか?」

「はい。神官や巫女の場合は何度か。しかし実験数は少なく、今のところはまだ思わしい結果には繋がってはおりません」


「そうか。こちらでも手頃な側室から試してみるか……ああ。問題は後宮ではあれに狙われるということだったな。ではやはり後宮の外で試すしかないか。……成功例はないのか?」

「目ぼしい成果はございません。魔力を減らしますと奇形の割合は減りますが、金髪とまでは…。魔力注入量の見極めも難しく。やはり魔力を無理に注入すると母子ともに死亡率や奇形率は上がるようです」

「胎児には魔力注入は危険なのだろうか……魔力回路が未発達だからなのか」

「魔力回路……確かに。それはあるかもしれませんね」




 ヴァイデンライヒ王国国王、コンスタンティンは顔を覆っていた手を離し、自身の腕を眺める。

 四十半ばという年齢に反して逞しい腕と手指だ。纏う前開きの夜着の衣装から覗く胸筋や腹筋を見ても、若い肉体美を持つ均整の取れた身体だ。二十代と言われてもおかしくはない。

 これは魔力注入で得た肉体と言っても過言ではなかった。だが最も必要であり、切実に欲しているところには未だ反映されてはいない。

 やはり魔力の潜在的な絶対量は、後天的には増やせないのか。生まれた時点で許容範囲や才能が決まっているということなのか。

 だが魔力回路とは成長期に体とともに多少は育つはずだ。鍛練や魔術刻印で拡張することも可能。それならば、何故……とコンスタンティンは思う。



 高位貴族の高魔力の象徴、黄金色の髪。

 ひと目でわかるそれは、魔力量の序列をはかる絶対の基準と言えた。

 それを持って生まれないことには、魔力保有量が一定基準値を超えることはないのだろうか。魔力を外部から注入し、人工的に魔力総量を上げて、その枠を超えることで、その象徴を後天的に手に入れることは不可能なのか。


 これまでの実験データから、魔力量が両親の素質を超えることはないということが不可侵であり絶対の法則なのであれば、それは魔力保有量が代を追うごとに減衰していくということである。


 であれば、魔力に頼りきったこの王国はいずれ滅びかねないのではないだろうか。




「何故だろうな……私の身体には魔力は馴染むのだが。肝心の子には良い影響はないのか。大人の身体にしか効果はないということなのか。……だがそれも、中途半端か……」

 後の声は呟きだった。だからだろう。斟酌しんしゃくからかマクシミリアンはつい言葉選びを誤ってしまった。

「陛下は魔力が高くいらっしゃいますので馴染むのかと」

「ふん…」


 漏れた笑いは自嘲じみていた。

 マクシミリアンは内心焦りを感じる。

 …皮肉に聞こえたかと。



「…もしかしたら長年をかけて徐々に慣らしていったからかもしれません」

「……なるほど。では母体へも徐々に慣らしていけばよいのではないか?胎児には悪影響なのであれば、その前段階での魔力注入を考慮するしかあるまい」

「左様ですね。…確かに。その可能性はあります。ではそのように対処させていただきます」

「ああ」




◆◆◆


《マクシミリアン・キューネルト》




(紫眼であれば陛下の望む胎児の選別ができるのかもしれないが……紫眼は全て神都の大神殿にとられている。暗部の特殊部隊アスラの中に瞳が馴染んだ者もいるが……()()を陛下の御前に出す訳には……ままならぬものだな。)



 国王の寝室を下がり、王都神殿神官長マクシミリアンは王城の後宮区画を歩いていく。

 今代の後宮には、先代の御代よりもたくさんの妃が住んでいた。しかも全員が高魔力を誇る金髪だ。


 此の程、神殿からも魔力の高い金髪の上級神官を後宮に入れた。それには理由がある。

 現王コンスタンティンは若い頃から麗しい美貌を持ち、様々な浮名を流して色狂いの王と呼ばれている。以前は検証などせずに手当たり次第であったから、まあそれも間違いではないが、王には王の深慮と思惑があったのだ。



 現在の直系王族、それも王位継承権を持つ者達には、本人達も知らない切実な秘事がある。それは王族の沽券に関わる絶対的な禁秘だ。そしてそれを解決しなければ今後の王族……ひいては王国の存続も危うい。それを回避するための極めて適切な試みなのだ。

 そしてその王の試みは、神殿の……否、正確にはマクシミリアンの所属する秘密結社のかねてよりの宿願に通ずるものがある。検証実験から得られる研究成果と素材はそれに利用できるのだ。


 貴重な上位の神聖魔術師をただの母胎とするなど極めて惜しいことではあるが、これもひいては宿願のため。

 ()()を生み出すには何より“王家の血筋”と“高魔力”がかかせないのである。




 何をするにも須要なのは魔力の確保だ。

 王都に吸魔石を設置してからもう百年以上になる。となると王都周辺の魔素は吸い尽くしたのだろう。最近は王城の吸魔石も王都神殿の吸魔石も魔力の溜まり具合は悪くなる一方だった。


(そろそろ吸魔石を魔素の豊富な場所に移動させるべきなのだろうが。あれを移動するとなると……厄介だな。)




 今から約百五十年前、レーニシュ=プロイセ公爵家を滅ぼし、冶金やきん、鍛冶、錬金、魔術、医学、あらゆる学術や技術を独占していた彼の家門から『智慧』を手に入れた王家と秘密結社『黄金の暁』が造った、近代偉大なる発明。極意である『大いなる業』の一つ、“吸魔石”。


 吸魔石は大気の魔素を吸い、魔力を確保するのに重宝する、結界石と並ぶ貴重な巨大魔導具だ。

 王都神殿の吸魔の塔――神塔の最上階に設置されている吸魔石は、王都上空の魔素を吸い続けることで、天候の安定も担っているが、その大きさや長年の運用によりその機能は成長を続け、今や効力は大規模なものとなり、大気の魔素だけではなく、あれに近づく生物の魔力までをも吸い尽くすほど強力なものに育っている。それゆえ、微量な魔力しか持たない平民は勿論、下位貴族や下級神官、巫女たちは近づくことすらできない。



 その吸魔石の周りに浮かぶ光の環。

 吸魔石の力によって凝集した魔素の光は、王都の青空を虹色に彩り、初代王に神託を下した龍神アプトの臨在を表しているとして王都の民の畏敬の念を集めている。

 吸魔石のある王都とは、龍神に守られた都市なのである。


 だがあの範囲内に魔力量の低い者が入ると、瞬く間に魔力を奪われ、その生命までもが吸い尽くされてしまう。

 時として飛んでいた鳥が近づきすぎて魔力を吸われ、神塔の側に墜ちてしまうこともある。

 魔導具の稼働を停止させれば光の環は消えるが、全く吸魔性がなくなる訳ではなかった。

 吸魔石は魔力を確保するのになくてはならない魔導具ではあるが、極めて危険な代物でもあることは否定できない。



(あれを安全に運ぶとなると、魔術師団の協力がいるか。…だが…魔術師団、ケンプフェルト家か…ハインミュラーであれば協力的なのだが。)



 マクシミリアン・キューネルトはハインミュラー公爵家配下の伯爵家門であった。だが魔術師団長はケンプフェルト公爵家の人間であり、第一側妃の家門だ。王城の吸魔石の移動ならばともかく、神殿保有の吸魔石の移動になど、そう思い通りには動いてはくれない。


 第一側妃は王妃と対立する勢力である。

 つまりそれぞれの実家のケンプフェルト公爵家とハインミュラー公爵家とは敵対する家門であることはもちろん、神殿が魔術師団でも欲している貴重な神聖魔術師を独占していることも反目の要因だ。


 であれば歯痒くはあるが、まだ現状維持するほかない。

 規模は小さくなるが新たな吸魔石を、どこか魔素の豊かな場所に設置する方が早い。

 魔力はいくらあっても困ることはない。ハインミュラーの魔術刻印の研究にもだいぶ魔力を取られている。




 それはさておき、マクシミリアンは現在の王族にそろそろ限界を感じていた。

 何度試しても、王の望む結果は得られない。

 今のところ、残念ながら両親が金髪でなければ金髪の子供は産まれないようだった。しかもそれでも金髪が産まれないこともあった。

 それは次代の魔力継承において、減衰が起こっていることを示唆している。



(あれだけやってだめなのだ。もう、あの王では。今の王族の血統では、だめなのかもしれない。一度始祖の恩寵から外れた者では。)

 このまま手を拱いていれば、いずれは()()王太子が王位に就く。この研究の成果が上がればそれでもなんとかできようが、なければ。

 それではこの王国に未来はない。


(…それならまだ傍流の方が望みは高い。金髪の公爵家筋なら、丁度いいのがいる。)



 例えば、ジークヴァルト・リーデルシュタインのような、王族の血も濃い選ばれし血統。


(あれは見事な金髪で、見るからに魔力が高そうだ。今のところ、一番可能性は高い。実験体として使うのが理想的だが、どうにか血液だけでも手に入れられないものか。それで大いなる業を用いれば、不老不死さえ叶えるという奇跡の力を持つ“賢者の石”を錬金することも可能かもしれない。それさえあれば……)




 現王コンスタンティンは九年前、王位に就く際に王位継承権を持つ他の兄弟達を全て粛清してしまった。残ったのはすでに有力公爵家に降嫁していた王妹のみ。

 王妹はそれは見事な金髪だった。その生母も高貴な血筋だったのだから魔力量は間違いない。そしてその王妹がすでに嫁いでいたのが、リーデルシュタイン公爵家だ。



 マクシミリアンの所属する黄金の暁の宿願に必要な実験体の条件は、“ヴァイデンライヒの血族”であること。そして何より高魔力の証である、“金髪”であること。

 すなわち黄金の暁の宿願とは、“初代王ヴァイデンライヒの再臨”である。



 しかし現実は、近年みるみる貴族の潜在魔力は減少する一方だ。その証左のように、若い世代で金髪は高位貴族の中でも珍しくなってきている。

 マクシミリアンが思うにそれは、近年急激に深刻さを増している。


 後天的に高魔力は得られるのか。

 つまるところ、()()()()()()()()()()“金髪”を得られるのかどうかという王の試みは、今後の王国と黄金の暁にとって何をおいても避けては通れない重要な課題なのだ。

 そしてもしもそれが叶わないのなら、新たに()()()()()()()()を次代に据えなければならない。

 この王国を未来に繋げていくために。




(だがそうなると……どうやってあの男を思い通りに動かすか、だが。)



 ジークヴァルトを王位に就かせるのは実は簡単だ。マクシミリアンが握っている王族の禁秘を明かせばいいだけなのだから。それで王国は何もかもがひっくり返る。

 ただ……


(王位をチラつかせたとしても、あやつらがこちらの言うことを素直に聞いてくれるとは到底思えん。ならば他の候補を探した方が良いくらいだ。魔導具で洗脳してしまえれば楽なのだが……魔力が高いと抵抗も高まるから、洗脳も容易にはいかないだろう。)


 それでも洗脳は徐々に進めていけば良い。まずはあれを王位に就ける……だが不安要素はまだある。



(あれには厄介な懐刀がいたではないか。)



 マクシミリアンはそこに思い至って大いに嘆息し、首を振った。


(やはりだめだ。新たに立てる王は容易に動かせる駒でなければ。奴らは側近も厄介な者達が多い。それに、魔術師団の紫眼も奴ら側だったはずだ。)


 今の王には弱みがあるからこそ、こちらの要求にも応じる姿勢があるのだ。

 他に傍流がいない訳ではないが、リーデルシュタインよりもヴァイデンライヒの血が薄くなる。それでは大願成就の可能性も弱まる気がする。



(あの若造を拉致して洗脳できれば手っ取り早いのだがな。それでもし目的の赤子を生み出せれば出自の証明などしなくとも、誰が見ても真なる王、万軍の主だと明らかなのだから、我らが保護するその子がこの王国全てを統べる絶対的な王となる。さすれば神殿や王国の権威も絶頂となろう。)



「ヴァイデンライヒに栄光あれ……」



 マクシミリアンは確固たる信念を胸に秘め、後宮をあとにした。




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