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166.この想いの正体は(1)

《エーリヒ・グリューネヴァルト》




 ヴェローニカを抱いたまま、子爵邸まで乗って来た馬車に乗り込んで、他には誰も乗せずにエーリヒは扉を閉めた。

 追ってきたユリウスが外で声をかけていたが、無視して馬車を走らせる。

 他の者達はここまで自分達が乗って来た馬車に乗ればいい。


「早く目を覚ませ、ヴェローニカ……ちゃんと話そう」

 腕の中で眠るヴェローニカにエーリヒは声をかけ、優しく頬に触れた。




 ハインミュラーの隠し施設捜査の報告に戻った折、珍しいジークヴァルトの不在を不審に思った。

 何かの会議に参加するとは聞いていたが、アルブレヒトは問題はないと多くを語らない。王城内だとはいえ、他の貴族も参加する会議に自分を伴わないなど今の時期に不用心すぎる。

 他の補佐官に所在を尋ねると王城を出たという。

 ジークヴァルト自ら王城を出てまで参加する会議とはなんだ。



 さらに孤児院経営者の後任人事会議が同日にあると聞く。その任命の監督権限はアレクシオスの不正捜査に関わったジークヴァルトに王室から委託されていた。ジークヴァルトの国民人気を利用した、王族の不祥事に対する非難を回避するための目眩ましである。

 孤児院経営者の後任人事と聞き、関心を持っていたヴェローニカの予定をコンラートに尋ねると、孤児院再建のための話し合いにハインツ子爵邸に向かったと聞いて全てが繋がった。

 後ろめたさがなければ、ここまで隠す謂れなどない。



 本当はすぐにでも馬で駆けつけたかったが、王城から自分が馬で貴族街を駆け抜け、ハインミュラーの目がある貴族門を通るのは目立つ。最近は王太子や第二王子ら王族の監視の目から逃れて目立たないように王城や王都を出入りしていたため、馬車を使うしかなかった。

 ついて来ようとする護衛達も振り切ってハインツの屋敷に到着すると、貴族の馬車が続々と屋敷から帰っていくところだった。

 すでに会議は終わったようだが、どうやら貴族達の機嫌は良さそうにない。良くない傾向だ。



 使用人の案内も無視して探知魔法でヴェローニカの居場所を探ると、案の定、主だった者達の魔力がある一室に集まっている。目的地に辿り着くと、ちょうど人払いをして魔術師団の紫眼持ちと話を始めたところだった。

 ユリウスを主として守ろうとしている様を不愉快に思いながらも、部屋の外からしばらくその様子を窺っていると、そのうち護衛達が追いついてきた。そして部屋内では黒猫の首輪が隷属の首輪だという話になったのだ。



 無理矢理それを外そうとしているヴェローニカに気づいて、それを止めに部屋に入ろうとしたが、エーリヒもまたヴェローニカの『止めないで』という声には逆らえなかった。

 あの声が聞こえた者には強制的に精神干渉効果があるほどヴェローニカの意志と魔力は強いということ。


 だがエーリヒの魔力も並の人間のものではない。すぐにも精神干渉は打ち破った。

 しかしエーリヒは彼女の意志を尊重することにした。本格的に危うい時には止めに入ろうと心に決めて。

 彼女の意志は尊重したい。

 だが、それで彼女が傷つくのは許せない。



――彼女を大切にするあまりに彼女の自由を奪ってはいないか?



 ヴィンフリートの言いたいことはわかる。

 だが……


「容認できないものは容認できない…」


 馬車がグリューネヴァルト邸に到着する。

 エーリヒはヴェローニカを抱き上げて馬車を降り、邸宅に入っていった。




◆◆◆◆◆◆


《ジークヴァルト・リーデルシュタイン》




「エーリヒ卿が、あのような反応を見せるとは……驚きましたね、閣下」


 エーリヒがヴェローニカを連れて部屋を出ていって、しばらくの沈黙のあと、ハインツが戸惑うように言った。


「シュタールでも、今までのエーリヒ卿とは何か違うと違和感を感じたりはしましたが…、まさか、あれほど、とは」



「…………」

 そうだな、あれは変わった。

 ジークヴァルトもそう思ったが、その言葉がなかなか口を出なかった。何故かはわからない。



「違和感どころではない。あれはもう別人です。ジークヴァルト様にあのような態度をとるとは……不敬極まりない」

 後ろに立つギルベルトが不愉快そうに呟く。

 エーリヒは普段、同僚であるギルベルトに対して敬意を払っていた。それがあのような口調や態度をとったのだから、驚くのも無理はない。

 ギルベルトはまだ何も知らないのだ。

 ようやくジークヴァルトも声が出た。



「もう良い。…私もエーリヒには無断でやったのだ。あれがヴェローニカを大事にしているのは知っていた。…だからこそではあったが…。それを囮に使うような真似をしたのだ。だが、必要なことだったし、対処も講じた」

「ええ。わかっています」

 ハインツも神妙に頷いた。



「エーリヒ卿に無断でだったのか。それは怒るね…」

 リュディガーは少し呆れ気味で、だが優しい声で言った。

「だがリュディガー。今のあれを見て、あいつに許可をとれるとでも?」

 ジークヴァルトがわずかにおどけたようにそう言うと、リュディガーは仕方ないなというように笑った。

「でもエーリヒ卿は……ニカをあんなに理解しているんだね。…そっちの方が驚いたよ、私は」

 リュディガーの声はしんみりとしていて、うら寂しさが感じられた。




 ジークヴァルトはヴィンフリートの隣に大人しく座るその息子に目を向けた。

 ヴェローニカよりは少し大きいが、同い年だと聞いている。ヴェローニカは実年齢よりもこれまでの暮らしのせいで身体が小さい。

 彼は父親に似た、金髪碧眼の美貌を持つ将来有望そうな少年だ。とても素直で実直そうな印象を受ける。

 だからこそ彼を危ぶみ、「強かに生きろ、正直なだけではダメだ」とヴェローニカは敢えて彼に教えたのではないだろうか。



 それが子供の言うことか。

 そう思うと、何から何まで大人びた娘だ。見た目と話す内容の差が激しすぎる。

 先ほどの会議での、従来の常識にとらわれない驚くべき発想。流暢な語彙力に加え、大人達を手玉に取るほどの大胆な発言や物怖じしない胆力。そして弱者を想う優しい心。それを自分の欲だと言い放つ豪儀さ。

 子供だというのに、ジークヴァルトは彼女を制することも擁護することも忘れて見惚れてしまっていた。


 紛う事なく生意気だ、小賢しいとは思いつつも、彼女の言い分はいつも的を射てもいて、次に彼女は何を話すのか、もっとずっと見ていたいと思ってしまった。

 『所詮、()しか見ていない』と彼女が言うように、あれを発言したのが立場ある高位貴族であれば、あのような扱いにはならなかっただろう。


 そんな大人よりも大人のようなあの子が、あんな悲哀と孤独を感じていたのか……



 考えてみれば当然のことだ。

 どんなに大人びていたとしても、まだあのような少女なのだから。本当なら、まだ親の愛をその身に一身に受けて、甘えたい盛りの年頃だろうに。

 本当にエーリヒの言うようなら……今までどんなに過酷でつらい目に合ってきたのだろうか。

 確かに名前がないからと名づけたのはジークヴァルトだ。だがあのように可憐で小さな少女が。

 エーリヒの言うように、全く違う環境で生きてきたジークヴァルトには、彼女の置かれていた環境は想像もつかない。

 それ故に大人びたのか。




(ヴェローニカが寂しくなくなるまで、ずっと一緒にいてあげればいい…か。)


 ヴェローニカを見慣れて忘れてしまいそうになるが、このくらいの年齢にしては堂々として利発な物言いだった。

 あの発言からすれば、この子はヴェローニカが好きなんだろう。そしてあんなに深刻そうな表情で今も黙って座っているのは、先ほどエーリヒに言われたことを必死に考えて、彼女のことを理解しようとしているからなのだろう。



(それもそうだな。あれだけの美しい娘だ。子供の時分など憧れてしまう。…あの子は、これからどんなに聡く美しく育つのか…)



 ジークヴァルトはその時湧いた感情をおかしく思った。

 いくら自分にあのような好ましい幼馴染がいなかったからと、こんな子供を羨ましく思うとは…と。




 ジークヴァルトの幼馴染といえば、今も首席補佐官として支えてくれている侯爵家嫡男のアルブレヒトや、今隣に座っている同じく侯爵家出身で同い年のリュディガーだ。

 あとは馴染みではないが、従兄弟の王族達。親しくはないが、一番近しかった女性は第一王女のアドルフィーナだった。


 王族傍流の公爵家嫡男として育ったジークヴァルトには、みだりな身分の者は近づけない。

 それでも貴族の通う学院では、身分違いでも言葉を交わす場面はある。

 たった一言ジークヴァルトが挨拶を交わした令嬢が頬を染めて見惚れ、喜んだだけで、それが目障りだとあっという間に他の令嬢達からの総攻撃を受けることになったこともある。


 特に第一王女アドルフィーナは容赦がなかった。

 彼女のせいで休学や退学に追い込まれた令嬢もいたし、公にはなってはいないが、負傷した令嬢達もいた。だが有名な話でもある。




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