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160.隷属の首輪(3)

《ヒューイット・シュレーゲル》




「そうだね。吸っているだろう。そうやって魔力量の多い魔獣や……人間を拘束するためのものなんだ。隷属と呼ばれる所以は、吸った魔力を使って拘束した者を隷属させるための多様な状態異常をかけるからだ。そして魔力を吸われると生物は行動を阻害される。魔力の急激な体内移動や増減は、魔力回路に負担がかかるからね。それで余計に隷属魔法に抵抗できなくなる。その石の大きさなら、猫の体に対してかなりの量を吸っているはず。でも、それなら不可解なんだ」



 ショックを受けたのか、ヴェローニカは黙ってしまった。

 ヒューイットが思わず立ち上がりかけると、後ろに控えていたユリウスが彼女の側に近づいて行って隣に座り、慰めるようにその肩を抱き寄せた。


 きっと自分よりもユリウスの方がヴェローニカも安心するだろう。ユリウスは彼女の護衛騎士であり、絶対の主従関係、眷属なのだと聞いている。それが具体的にはどういうものなのかはよくわからないけれど。

 ヒューイットは歯痒さを感じて唇を噛み締め、また拳を握る。



「何が不可解なんだ、リュディガー。そいつは今、隷属状態だということか?」

 黙ってしまったヴェローニカの代わりにジークヴァルトが尋ねる。



「隷属の前にあれは常に魔力を吸い続けるんだ。普通の猫ならこんな状態はもたない。魔力は生命力でもある。平民なら耐えられない。……魔力がすぐに底を突くからね。そして吸魔は肉体的苦痛も与える。生命いのちを削る痛みだ。それをこんな小さな猫が耐えているなんてあり得ないんだよ。つまり……それは普通の猫じゃない」



「なるほど。それはそうだな。普通の猫は話しかけてきたりなどしない」

「え?……ジーク、猫が話すって、何?」

 リュディガーは目を瞬かせる。



「もういいだろ、黒猫よ。観念して自ら事情を話せ。……せっかく口止めしたのに悪かったな。だが自分で魔素に手を出したのが悪いのだ」

「何言ってるの、ジーク?」

 突然黒猫に話しかけ出したジークヴァルトに、リュディガーは困惑している。




『全く……忌まわしい事この上ない。小僧の仲間は小癪なわっぱばかりよ……』




「うぇ!??」

 近くでしゃがんで黒猫の首輪を覗いていたフェリクスが素っ頓狂な声をあげて尻餅をついた。


 聞こえたのは、不思議な響きの威厳のある女性の声だった。一瞬、誰?と思ったヒューイットだったが、腰を抜かしたフェリクスが凝視しているのは、ヴェローニカの膝の上の黒猫、ツクヨミだ。


 つまり、今の女性の声は、ツクヨミなのか?

(そんなこと、あり得るの?猫が、喋るなんて…)

 だが一番近くにいたヴェローニカとユリウスは然程驚いてはいない。ユリウスは平然としているし、ヴェローニカはまだ首輪の事実に対する動揺が抜けてはいないようだ。



「ツクヨミ……喋れるのですか?」

『すまないな。その方が……そちが気に病まぬと思ったのだ』

「気に病む…?」

『話ができると、いろいろとバレるだろ?……この首輪のこととかな』

「ではこれは、本当にツクヨミの魔力を吸っているのですか?」

『……そうだ』

「外れないのですか?」

『……外せるのなら、このままではおらんよ』



「誰か…………リュディガー様、外し方を教えてください!」

 しばらく黒猫と話していたヴェローニカが縋るものを探すように辺りを見回し、リュディガーに懇願した。

「急に猫が話し出したのに、ニカは驚かないんだね」

「白夜も、話しますから」


 リュディガーはヴェローニカの様子に呆れたふうにため息をついてから、隷属の首輪について説明をした。

「恐らく神聖魔法で解呪できるはずだ。これは呪術の魔導具だからね」

「神聖魔法?……じゃあリオニーなら」

 ヴェローニカが侍女のリオニーを振り返ったが、彼女は気まずい表情をしている。

「申し訳ありません。私には…解呪は不可能かと…」

「…………」



「ニカ、大丈夫。神聖魔法ならフェルが使える。フェル、試してみて」

 消沈したヴェローニカに声をかけたリュディガーはフェリクスに神聖魔法の行使を頼んだが、彼は黒猫の目の前で首輪を黙って見つめていた。

「フェル?」

「先輩。これ、いつものと違います。なんだかいろんな魔導回路が組み込まれてる。解呪の隙がない。…僕にもムリかも」

「何?」



『外せぬ』

「え?……ツクヨミ?」

『これはそのような粗悪品ではないらしい。何より吾の魔力を吸い続けてしまったからな。これは闇の魔術から派生したもの。あろう事か吾の魔力と馴染みが良いらしい。こうしている今も成長し、忌々しい事に呪いの強度を増しているのだ。着けた当初ならまだしも、今や易々とは外せぬ。これを着けたやつらも鍵など持ってはいなかったしな』

「そんな…」


『なに、どうということはない。これには状態異常の付加効果もあるようだが、それらは吾には無意味。ならばただ魔力を吸い、外れぬというだけのことよ。今までもこうしていられたのだ。問題はない。それに、今はそなたのような魔素溢れる者を見つけた。今までよりも遥かに楽なのだぞ』



「だから、私についてきたのですね」

『……そうだ。……すまぬな』

「そんなこと……良いのです」

『…………』

 首を振り、憂い顔でヴェローニカは黒猫をなで続ける。

「それは、苦しいのですか?」

『む?』

「痛いのではないのですか?魔力を無理に吸われるのは」

『…然程でもない』

 長い尾をふわりふわりと揺らす。

「嘘が、下手ですね……ツクヨミは」


 ヴェローニカの声がこらえるように震えた。

 青銀の瞳はゆらりと盛り上がって光を溜め、目元が赤くなっている。それがヒューイットからは良く見えた。



『……だからそなたには教えたくはなかったのだ。ただの猫だと思っておれば良かったものを……』




「姫、落ち着け。これは今すぐどうこうなることではなさそうだ。このような魔導具を使おうというのであれば、外れないということはないだろう。きっと鍵があるはずだ。これから探せばいい。大丈夫だ」

 ユリウスはヴェローニカを落ち着かせるように肩をさすりながら穏やかに話しかける。


「ユリウス…。でも、ツクヨミにこのような物を着けた組織をこれから探して、すぐに見つかるのでしょうか。そんなに簡単に鍵を奪えるのでしょうか。それまでツクヨミは、このままなのですよ…?」

「…ヴェローニカ…」

「こんなに小さな石です。もしかしたらすぐに魔力は飽和するのではないのですか?壊れるまで魔力を流せば良いのではないのですか?」

 希望を見つけたように彼女は訴える。



「ニカ。……残念ながら、それは飽和することはない。というのも、その黒猫が言ったように、吸魔石も魔素金属のように成長するんだ。もっと効率よく魔力を蓄えようとするし、隷属の首輪には呪術が施されていて、奪った魔力で呪縛の強度を増していく。装着者を隷属させるために、魅了や催眠、混乱、苦痛などの状態異常の他に、首輪自体の強度も上がる仕組みなんだ。だから破壊もできない」


「じゃあ、鍵がなければ外れないのですか?探しても、もし鍵がなかったら…」


「外し方は魔導具を作った錬金術師や呪術師が知るはずだ。…そいつらを捕まえればいい」



「じゃあ……錬金術師や呪術師が見つからなければ?……この子が死ぬまで魔力を吸い続けるのですか?」

「…………」

 リュディガーの説明に悲観したのか、ヴェローニカは涙を流す。

 隣に座るユリウスが眉を寄せて、ぽろぽろ流れる彼女の涙を指で拭う。侍女達も彼女と黒猫を心配して見守っているようだ。




「呪縛……解呪……」

 ヴェローニカが何かを呟いた。

 そして黒猫をなでていたその小さな両手で首輪を掴む。ぐいっと力を入れて掴んだ首輪を引き千切るように引っ張った。


「無理だ、ニカ。力ではとれないんだ」

 リュディガーが止めるのも構わずぐいぐいと首輪を引っ張っていると、バチッと青白い光が飛んだ。

 痛みがあったのか、ヴェローニカは驚いたように咄嗟に手を離して自分の手のひらを見つめ、その手を握る。

「ヴェローニカ、怪我をしたのか?」

 ユリウスが彼女の手を見ようとしたが、「大丈夫です」と首を振る。



「雷魔法が仕掛けられていますね。隷属の首輪が外部からの干渉に反発しているんですよ。吸魔石の魔力を利用して、隷属の首輪自体に防衛機能や自己修復機能がついているようです」

 黒猫の首輪を鑑定しながら、フェリクスが今光った現象を説明した。


「だとすると以前よりも性能が上がっているね。どこの組織か知らないが、随分腕のいい錬金術師を抱えているようだ。……相当大きな組織だろう。どこだろうか…」

 リュディガーはその組織の見当を始めたようだ。


「そうですね。こんなの、僕も見たことがないです。危ないですからもう触らない方がいいですよ。雷魔法は上位魔法です。いくら魔素で守られたあなたでも、直接触れれば怪我をしますから」




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