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159.隷属の首輪(2)

《ヒューイット・シュレーゲル》




「信じられません。これが人間ではなく、魔素金属だとは。それで人間とは違うように視えるのか。しかし外見は人間にしか見えない……でも体内魔素は人間よりも遥かに充実しているし……魔力は回路というより全身に漲っている。魔素金属の強度に関係しているのか。だったらすごいな。今までに視たあらゆる魔素金属製の魔剣や防具よりも強度がありそうだ。物理も魔法も跳ね返しそう。……もうちょっと詳しく視ていいですか?」


 フェリクスは席を立ってユリウスの前に近づくと、ぶつぶつと呟いては彼の体のあちこちを遠慮なく見つめている。ユリウスは腕を組んでそれを眺めているが、少し居心地が悪そうだ。



「普段は疲れるからあんまり詳しく視ないようにしてるんですけど、出力を上げるとよく視えるんですよね……おお。複雑な魔術回路ですね。所々魔法陣も組み込まれてる。いやぁ、すごい。美しいなぁ……芸術的だ……ユリウスさん、魔法は何を使うんですか?」


「……お前は視ればわかるのではないのか?」

「そうなんですよ。そうなんですけどね。人とは違うからか視え方がちょっと不思議で……風属性のようですけど、魔素の色味がそれだけじゃないんですよね……普通に考えるとこれは他の属性魔法も使えるってことなのかも…」

「他の属性が……?本当か?何の属性だ?」

「うーん……どうしてかなぁ…」

「おい……」


 自分の考えに夢中になり、ユリウスの言葉が全く聞こえていない。


「ほらほら、一人でぶつくさ言わない」

「ああ、すみません、先輩。全身魔素金属の傀儡人形なんて、視たことなくて。プロイセかぁ……こんなすごい技術があったなんて。……あれ?じゃあプロイセ城に行けば、もしかしてまだこんなすごいものがあるんですか?ユリウスさん!」

「…………」

「こらこら、フェル」

「プロイセの技術や宝物庫に関しては私も興味があるな」



 暴走気味のフェリクスがリュディガーに注意されたが、そこにジークヴァルトも加わってきた。一方で絡まれたユリウスは無表情を貫いている。宝物庫の情報となると、レーニシュ=プロイセ家の者としては明かしたくない秘密なのだろう。

 心配そうな面持ちでヴェローニカが見守っている。



「……そうか。答える気はないか。いずれその技術を参考にできないかと思っていたのだが。……ではヴェローニカについてはどうだ?」

 しばらくやり取りしていたが、ユリウスの頑なな態度に観念したジークヴァルトが話題を転換させた。

 とりあえず今は無理強いする気はないらしい。



「はい。彼女に関しては……とにかく周囲の魔素量が尋常じゃないんです。しかも魔素も魔力も綺麗な虹色で……正直、こんな色の魔力や魔素は初めて視ます。まるで魔素に護られているみたいだ。彼女は魔素そのものというか……神話の時代の精霊という表現を思い起こさせるような……ここまで魔素が濃いと、魔法攻撃からも守られるんじゃないかな……とても興味深いです」


 フェリクスはヴェローニカを眺めて胸を押さえ、うっとりとする。まるで神像を前に跪く敬虔なる信者のようだが、その表情は美女に心を奪われた哀れな男のようでもある。



「これが視えてるのが僕だけなんて、本当に残念です。こんなに美しい大量の魔素に包まれている人間なんて他にはいませんよ。しかも普通、魔素は単色で視えるんですが、彼女はそうじゃないんです。いろいろな魔素が集まっているんです。だからきっと虹色なんですよ、先輩。まるであらゆる魔素に愛されているみたいな……本当にこれは奇跡です」


「私にも視えるぞ、大気の方ならな。体内までは視えないが」

「ほんとですか?ユリウスさん!ならわかりますよね?僕の気持ち!この拝みたくなる気持ち!」


 フェリクスはかなり個性的な性格のようだ。詰め寄る勢いに、先ほどまでは無表情だったユリウスも少し引いている。




「つまりヴェローニカはそれだけ人とは違うのだな。ぱっと見でわかるくらいなのか?」

 ジークヴァルトに尋ねられ、少し冷静さを取り戻してフェリクスは答える。

「はい。勿論です、閣下。僕がこの部屋に入って彼女を見た瞬間のあの感動。……神の子なのかと思いました。魔素も魔力も神々しすぎて、事前に聞いていなかったらきっと叫んでいましたよ。危なかった…」


 なんだか良くわからないが、ヴェローニカはやはり特別らしい。


「それは……本当に危なかったね、フェル。変人扱いされてしまうところだよ」

 さすがのリュディガーも部下の風変わりな言動に笑いが漏れている。

「もしかしたら私よりも良く視えているのかもしれないな。お前は」

「そうですか……それは残念です。誰ともこの感動を共有できない……いつものことなんですが」


 勝手な仲間意識のあったユリウスの言葉にフェリクスは嘆息を漏らした。

 ユリウスもわずかに呆れたような雰囲気だ。




「ヴェローニカ、可哀想だから何か見せてやればどうだ?」

「何かって?」

「…………」

 首を傾げたヴェローニカがユリウスとしばらく無言で見つめ合って、会話するように何度か頷いてから、「では…」と手のひらをフェリクスの前に出した。

 フェリクスはそれを不思議そうに見つめてからまた彼女を見て、小首を傾げる。


 するとヴェローニカの手のひらがキラキラと輝き出した。とても小さな光の粒が空中に集まってその光量を増していく。

「え?魔力?……じゃない。魔素か!どこからこの量が。魔素が光るほど集まるなんて、自然じゃありえない……しかも虹色……これは……吸魔の塔の周りの、あの虹の環の現象なんじゃないですか?」



 ヴェローニカの手のひらの光の粒はどんどんと増えていき、虹色の輝きも増していく。するとそれまで膝の上で大人しくしていた猫がむくりと起き出して、「にあ、にあ」と手のひらに前足をかけようとしている。

「うふふ。ツクヨミも見たいですか?」

 ヴェローニカが手のひらを黒猫の前に差し出すと、急にその光の粒子が猫の体に吸われていった。



「…………」

 一同はその光景が理解できずにしばらく唖然となった。手のひらに現れる煌めく光の粒子は、出てくる側から猫に吸い込まれていく。




「ちょっと待って、ニカ。その猫の首輪、何?」

「え?…首輪?」

 リュディガーの声音が普段の穏やかさを失っていて、ヴェローニカは戸惑っている。


「その首輪、どうしたの?」

「ツクヨミの首輪ですか?これは初めから着けていたのです。立派な首輪なので飼い猫かと思っていたのですが、全く帰ろうともせずに居座ってしまったので……もしかして、リュディガー様はこの子の飼い主をご存知なんですか?」

「…………」

 リュディガーが深刻そうな顔をして押し黙った。



「どうしたリュディガー。何か障りがあるのか?」

「ジーク。これは……その猫は、何か犯罪に巻き込まれているのかもしれない。でも、おかしいな。だったらこんな……フェル、その猫はどう視えるの?」


「それが先輩、その猫もおかしいとは思っていたんですよね。彼女の魔素が濃すぎてちょっとわかりづらいのもあるんですが、その猫の体内魔素は暗くてよく視えないんですよ。猫だし、魔力が少ないからそう視えるのかなと思ってたんですけど。…そういう感じとも違うというか。まさかこの黒は呪術系なのかな?でも猫だしなぁ……うーん。確かに彼女の周りの魔素を少しずつ吸収してるみたいですね。でもそれもどんどん頭の方に向かっている…」



 フェリクスは猫に近づいて屈み込み、首輪をじっと間近から見つめた。

「あ、これ、先輩、吸魔石じゃ…」

「やっぱりそうか」

「なんだ、リュディガー?わかるように説明しろ」

 ジークヴァルトに促されて、リュディガーは重い口を開く。


「その首輪に付いている黒い石は吸魔石。神殿や王城にあるあれだ。つまり、魔力を吸う。…それは、闇で“隷属の首輪”と呼ばれている魔導具だよ。奴隷商や密輸団の摘発で押収されることがあるんだ」

「隷属の首輪…?」

 ヴェローニカが繰り返した声が聞こえ、手のひらの光が消えた。彼女の白い手のひらは、黒猫の背中を恐る恐る抱き寄せるように触れる。



「隷属の首輪とは、何ですか?魔力を吸うって、大気の魔素をですか?それとも……この子の、魔力を?」




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