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157.孤児院再建会議(5)


 “潔癖”?“賢くない”?わかっている。そんなことは。

 心配しているからそう言うんだということも。

 でもこれは、“正義感”なんかじゃないの。

 私は自分が壊れていると、自覚している。

 “普通”とは違うと。

 だがそれの、何が悪いのだ。

 “普通”でなければならないなど、誰が決めたのだ。


 世界とは、いろいろな個性が寄り集まってできているから面白いのだ。

 流れに沿って逆らわず、全てが同じ思い同じ方向に向かうことは“強大な力”を生むことにはなるけれど、それは自分の意志と言えるのか。生きていると、言えるのか。

 流れに任せるのも生き方だ。

 でも、抗いたいときだって、あるはずだ。



 私は険しい空気を漂わせる大人のハインツに、我が子を愛おしむような、相反する穏やかな笑みを向けた。

 わずかにハインツが目を見張る。彼には珍しく、気迫漲る朱色の瞳に困惑の色が見えた。



「正義を貫く…?ふふ。……そうですね。潔癖では、あるかもしれません。ハインツ卿は、これが人生の酸いも甘いも知らない若者特有の青臭い正義感から来るものとお思いのようですが、それは全くの誤解です。これは正義感なんかじゃない。私は、私のためにしているに過ぎないのです。だからこれはただの私の願い……畢竟、欲のためです」



「欲…?」

 誰もが何を言っているんだという顔をした。



「何のためにするのかと仰いましたね。理由なんてそんなこと、決まっています。私が被害者だったら助けて欲しいからです。助けて欲しいときに、私はいつも助けてもらえなかった。皆様ももし被害者だったら、助けて欲しいと思うでしょう?……『どうか、神様……誰か、助けて…』と…」



 あの夜、奴隷商の男に脅かされた小さな命達を想う。

 子供達の悲鳴が蘇る。

 涙に濡れ、恐怖に震え、きぼうを失った瞳達。



「きっと子供達は願ってる。優しく温かい庇護者のぬくもりを求めてる。この世に生まれたなら当然いるはずの両親が、どうして自分にはいないのか。あの子達はただ、大人の勝手でこの世界に生まれ落ちただけなのに……そんな藁にもすがるほどの懇願する気持ちを私は知っているくせに、見ないふり、聞こえないふりなんて、そんなの……」


 私はそこで一変して声を低くした。最上の不快感を込めて。


「至極、気分が悪い」


 豹変した雰囲気に周囲が息を呑む気配がした。

 今この機会に、皆に知らしめたい。

 神掛けて誓う。この、覚悟を。



「私は私の心に従う。邪魔をするならば容赦はしない。だからこれは……私の欲なのです」



 いつもよりは幾分か低い声で不敵に言ったあと、その場を取り繕うようにまた微笑むと、ハインツは我に返ったように一瞬目を見張り、そして真剣な表情を浮かべて沈黙した。



「ふん、何が容赦しないだ。偽善者めが」

 下座の方からまたぼそっと声がした。



 ……またか。本当に懲りないな。

 ハインツやヴィンフリート、ジークヴァルトとは違い、お子様の言葉など、聞く耳を持たないか。

 どおれ、今度は誰だ?相手をしてやろう。


 私はぐるりと背中を向けていた下座を振り返り、正面に見据えた。下座に座った者達がびくっと姿勢を正した。

 背後から気づかうようなヴィンフリートの呼び掛けが聞こえたが、もうそれどころではない。



「偽善、綺麗事、理想論……結構じゃないですか。『為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり』……要は貫き通せば成るのです」



 私は下座の人達を見て声を張り、華やかに微笑った。今日一番に華やかな笑顔だが、それは芳しいほどに毒を含んでいる。

 いい加減、面倒だ。そんなにやり合いたきゃ、やろうじゃないか。上等だ…



「どなたですか?私に何か言いたいことがあるのでは?…ここは会議の場です。意見があるのならきちんと名を名乗って発言してください。こそこそと陰で文句を言うのはもう止めにしませんか?私に不満があるのでしたら、どうぞこの場で仰って?何か良い案でもあるのでしたら、是非若輩の私にご教示くださいませ。私も聞きたいです」

 私は胸に手を当てて首を傾げた。


「…………」

 面と向かって言われると言い返してはこないようだ。堂々と言えないくせに、いつもねちねちこそこそと。



「だんまりですか……偽善だ、なんだと、自分は離れた安全な場所から誰かの陰に隠れて知ったふうな口をきき、いかにも有識者ぶっているとは……実に滑稽ですね」

「な…?」


「だってそうでしょう?何もしないで安全な場所から保身を図り、ことの成り行きをただ見ているだけの者達に、正論ぶって非難される筋合いなどない。…非難するなら代案を出せと……先ほど、私、言いましたよね…?」


 怒りは湧いていたが、最後に笑顔は取り戻した。

 怒りを呑み込むのには慣れている。だが心の余裕は手放してはいけない。何故ならこの世界では、我慢をしていても魔力が漏れてしまうことがあるからだ。



「小娘が…調子に乗りおって…」

「なんて生意気な子供だ」

 やいのやいのとまたわやが聞こえ始めた。

 いちいちうるせーんだよ。雑音が。



「文句があるなら代案を出せと言っているのに、本当に話が通じない大人達ですね。そんなに私が子供であることが気に食わないのですか?ハインツ卿のような方には文句も言えないくせに。子供相手に不満を述べるのだけは一人前で、あまりにも非生産的な会話だ。大人とは……長く生きただけあって大層ご立派なのですね…?」

 ふっと冷笑を大人達に向けた。



「な…なんだと?言わせておけば、子供のくせに生意気言いおって!」

「なんという侮辱だ!」

「子供の分際で大人の話に口を出すんじゃない!」

「そうだ!子供がこのような会議に参加するなんてあり得ないぞ!孤児院を買収するなんて馬鹿げてる!」



「やめないか!……両閣下の御前なのだぞ、お前達」



 ハインツのドスの利いた咎める声が広間に響いて、興奮していた下座の大人達が口を閉じた。子供に煽られて、この場に伯爵が二人もいることを失念してしまったようだ。



「お前達の経営権はすでに白紙に戻った。この会議の主旨は伝えてあったはず。この場を設けても再考に値する意見を述べられないお前達の手落ちだ。それとも、閣下の決定に歯向かうのか?」


 それまで口を極めて罵倒していた彼らは、緊迫した事態に我に返り急にしおらしく振る舞っている。

 男爵や子爵の縁戚や家人である彼らは、厳密に言えば貴族ではない。自ら爵位を持っているのではないのだ。


 これが鶴の一声か。ずるいよな。

 私のこの怒りはどうしてくれるんだよ。



「ようやく静まりましたね。強者に従うのは世の習い。是非もない。ですが……どこへ行っても子供、子供と……。全く皆様、馬鹿の一つ覚えですね」



「ヴェローニカ……そなた……さすがにそれは言い過ぎだぞ」

 ハインツが苦言を呈してきたが、私はいつもと何一つ変わらない。多少言葉が乱暴なのは認める。だが子供というだけで見下し、内容の如何を問わず発言権を否定するなど愚の骨頂。

 どこかの誰かとまるで一緒だ。私のトラウマに触れたのは、お前らなのだ。



「そうでしょうか?こういう方々は私が大人になった暁には、きっとこういうのでしょう。『女のくせに、生意気だ』と。所詮、()しか見ていないのです」

「…………」

「私が子供であり、女であることは事実ですが……」

 この際ついでだ。こうも言っておこう。



『あなた方は金も代案も出す気がないのですから、もうこれ以上口も出さないでくださいね。……どちらも提示する気がないあなた方には、初めから発言権などないのです。大人なのですから、そろそろ聞き分けてください』



「「!?」」

 魔力が乗った低い声に下座の中年貴族達がビクンと体を強張らせた。それまでの威勢は鳴りを潜めて、青褪めてさえいる。

 “口を出すな”と私が魔力で威圧したせいで、今度こそ何も言えなくなったようだ。

 やはり魔力威圧は手っ取り早い。



「ヴェローニカ……興奮し過ぎだ。魔力を抑えなさい」

 隣に座っていたヴィンフリートが穏やかに窘めた。背中に触れた手のひらがぽんぽんと指先で叩いてから優しくなでてくれている。



『大丈夫か?』

 ユリウスの声が聞こえた。ようやく肩の力が抜けていく。ユリウスの声を聞いたら急に甘えたくなってしまった。

『…うん、大丈夫…』

 金も出さずに威張り腐って命令ばかりしていた前世の奴らを思い出してしまった。


 最近は魔力での精神干渉の仕方も覚えたし、魔術理論の勉強も始めたからできることも増えて、かっとなるとつい魔力で解決しようとしてしまう。暴力を振るうよりはマシだろうと。

 どうも私は子供に関すること、ユリウスに関することになると頭に血が上りやすい。気をつけなければ。

 ひとつ、息をつく。

 仕切り直しだ。



「申し訳ありません。……つまり……私が言いたいのは、思惑はどうあれ、結果的に子供達の幸せに繋がれば良いということなのです。この中で本気で子供達の命と尊厳、将来を考えてくださる方がいらっしゃるのであれば、それは是非とも協力したいと考えています」



 ああ、頭が痛い。頭に血が上ったからか。

 目を閉じてこめかみを指先で揉んだ。

 こんな時にはコンラートのような有能執事が欲しくなる。交渉とか会議とか、表のお仕事を全部お願いすれば、私の容姿で軽視されることもないのに。毎回これでは埒が明かない。

 結局のところ、同じ内容を話したとしても成人男性でなければ見くびられるのだ。でもそうするとその理不尽を受け入れているみたいで複雑でもある。

 しかしここは柔軟に誰か人材を探すべきかな。


 それまで静かに膝でうずくまって眠っていたツクヨミが起き出して、頭をすりすりとこすりつけてくる。

 魔力で起こしてしまったか。それなのに心配してくれるなんて。優しい子だな。

 くさくさしていた気分が一気に和んだ。



「ふふ。“金を出さないなら口も出すな”か。まさしく名言だ。言ってやりたい者達が大勢いるな、ハインツ。少し会わない間に、嫌味に磨きがかかっている。しかも今、声に魔力を乗せていたぞ。……あれは威圧というより、もう精神干渉じゃないのか?」

「閣下……笑い事では…」

「ハインツ卿もね」


 ハインツが困ったふうにジークヴァルトを諌めるが、少し楽しんでいるようにも見えるのは気のせいなのか。現にリュディガーにツッコまれたようだった。




◆◆◆◆◆◆


《クライスラー子爵家家臣 孤児院視察担当者》




 まずい、まずいぞ。この小娘は一体何なんだ?

 あの日孤児院に行ったのはこいつだな。こいつのせいで何もかもがだめになった。



 あの孤児院の経営者連中は根こそぎ拘束された。私の懐に入るはずの金も全てパアだ。それどころか調べが進めば私の立場も危うくなるかもしれない。あの場で子供相手に遊んでいたのもバレてしまう。

 おしまいだ…仕事も、家庭も…私の人生が…

 こいつだ、きっと全部こいつのせいだ。



 殿下にはあの日視察に来た紫眼の男と紺色の髪の少女の正体を調べろと命じられていたが……

 この指輪で変色したような紺色の髪、十歳にも満たない見た目。そして紫色の瞳の見目の良い紺色の髪の護衛。琥珀や水色、桃色の髪の侍女達。

 殿下は従者のふりをした紫眼の男が不正を暴いたと踏んでいたが、違う。きっとこいつだ。この口の達者でクソ生意気な子供に違いない。



 まさかこの歳で魔力を声に乗せて威圧するとは……つまりそれだけの魔力と魔法の才能があるということ。何もかもが予想外だ。

 だが頼みの綱の殿下はすでに王位継承権を剥奪されてしまったし、助けてもらうことなど期待できるのか。

 クソッ……どうすればいいのだ。こいつの情報を殿下に上げたところで……まだなんとかなるのかどうか。



 それにしても、孤児院に捜査が入ることなど担当の私にも知らされてはいなかった。事後報告されたときは極秘の特別捜査だからとは思っていたが……まさか、すでに怪しまれているということではないだろうな。

 もしそうなら、今日この会議に従者として呼ばれたのは、まさかこの後の私の行動を見張るためなのか?それとも従来どおり担当者として呼ばれたのか?わからない。どっちが正解だ?

 だが……このまま大人しくしていても、いずれ捕まるのであれば…

 やることなど、ひとつしかない。




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