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155.孤児院再建会議(3)


「その辺りの利益の上げ方や実際の運営方法は、商売の上手な方に相談しなくてはいけませんね。子供達が練習で作った細工物や裁縫などの出来の良い作品を、孤児院への寄付の一貫と称して販売してみたりもいいでしょう。営利団体ではないからと寄付だけに頼っていては、いずれ立ち行かなくなります。そこから不正が始まるのです。ですからきちんと一定の利益を上げる仕組みを各孤児院で何とかして作らなくてはなりません」



「ふむ。寄付に頼らず定期的に利益を出す工夫が必要だな…」

 ヴィンフリートの青海を思わせる瞳は、頭の中で算盤を弾き出しているように遠くを映す。



「そして何より、子供達が大人になって孤児院を出たあとも自立して生活していけるようになるのが目的です。その仕組みを作るまで初めは大変なことですが、それができれば今後路上生活者も減ります。それは犯罪率を下げたり、疫病の蔓延を抑えられます。街は治安が良くなり、労働者からは税も取れる。面倒と思われるかもしれませんが、長期的に見れば良いことばかりなのですよ」



「ほう……ふふ。参ったな。随分と口が上手い」

「全くだ」

 ヴィンフリートが笑いながらジークヴァルトと視線を交わしている。



 買収してまで孤児院を経営したいなんて奇特な人間はきっと私くらいしかいないだろうから、他の人はきちんと利益を上げる仕組みを作らないと経営していけないだろう。

 じゃあ、今までどうやってたの?

 それは犯罪以外だと貴族からの寄付金。それをもらうために徐々に真っ黒くなっていくんだろうな。


 だからこそ利益はしっかりと出さなければならない。孤児院でなくとも何事であろうとも、善意で何かを行おうとしている人に、良心を搾り取ってかつかつの生活を強いるなんておかしい。だからこういうことこそ、ボランティアではいかんのだ。クリーンな運営を続けていくために。



「できるわけないですよ、そんなの。それは夢を語るようなものです。口だけならなんとでも言える」

 下座の方から声が上がった。



 経営権はご破算になったのにまだいたのか。

 この人達がどういう人達なのかは知らないけれど、あんな酷いことを子供達にしていた経営者の推薦で何の査定も負担もなく次の孤児院の経営者になるなんて、どう考えてもいい結果になるとは思えない。

 と、本人達が自覚していないところもすでにだめだ。ただの既得権益の横流しシステムじゃ、また同じようなことになるという懸念がどうしても拭えない。



「そうですよ、そんな子供の理想論に耳を傾ける必要なんてありません。我々は今までいろんな商売を繁盛させてきた実績があるのですから。慣例通り我々に任せておけばよいのです」

「そうだそうだ」


 慣例ねぇ…


「慣例通りに…ですか。大変保守的な考え方ですね。ああ、誤解しないでくださいね。保守的なのが悪いというのではありません。ただ皆様は保守が好きなあまり、心地良いぬるま湯に浸かりすぎて、お湯が冷めたことにも気づかずに風邪を拗らせてしまうかもしれませんね。歳を取ると寒冷にも疎くなりますから。時には熱いお湯を足すことも横着してはいけません」



「ぷっ、…慣例だけに寒冷に疎く…?」

 向こうで誰かが小さく吹いた。隣のリュディガーが「フェル」と笑いながら窘めているが、金髪紫眼の男性は口を押さえて笑いを堪えている。

 え?なんか知らずに上手いこと言ってしまったようだ…

 ほら、よく年を取ると暑さに鈍くなって知らないうちに熱中症になるよってテレビで言ってたよね。


 気を取り直そう。



「孤児院は営利団体ではないと初めにヴィンフリート様がおっしゃったはずです。なのにあなた方は、何故そんなに孤児院を経営したいのですか?…不思議ですね…?」

 私は高圧的な笑顔で下座に座るおじさん達を見回した。

 決して水を差されたから怒った訳ではないよ。


 びびった奴らは疚しいやつらだ。

 …全員だった。



「では、威勢のいいことを言っていたあなた、カスナー男爵家…と言いましたね。何故カスナー男爵は孤児院の経営を?」

「…そ、それは…その。男爵様は社会貢献のために、孤児院を経営なされるのです。あなたのような子供にはわからないでしょうが、とても崇高なお考えをお持ちなのですよ」

 胸どころか少しふくよかな腹を反らしてふふんと鼻を鳴らす。



「では営利は求めないと…?」

「ええ。もちろんです」

「では寄付だけで賄えない場合は身銭を切るということなのですね?」

「そ、それは……国の、援助も多少はありますし…」

 少し言い淀みながら発言する。ここで答えを濁すということは、経営に窮しても自腹を切る気はないようだ。


 ははん。それが目的か。

 そう言えば国から子供の人数に応じて支援金が出ると聞いたな。

 現在は各孤児院の院長は不在だが、子供達の面倒を見る者達はすぐに必要だったので、新たに雇用し直したとハインツからは聞いている。その必要経費は毎月の国から出ている支援金と、捕まった元経営者や従業員らが着服していたお金から孤児院運営費を賄っているから、実は今までよりも余裕があるらしい。だから安心していたのだけれど。

 もしやそれを掠め盗ろうというのか。それは子供達を養う金であって、お前らの物ではないぞ。


 ああ……まさか。それを取り戻せとでも前任者に言い含められての後任推薦か。だからここまで食い下がるのか。もしもそうならば……どこまでも腐り切った奴らだ。



「では、ただ譲り受けるのではなく権利を買収なさってください。その方が孤児院のためです。そのお金で子供達を養えるのですから」

「な、何を勝手にそのような…」

「買収できる財力もなくて、社会貢献のために孤児院を経営?それも営利は求めない?では何を財源にこれから経営をしようと?崇高な考えを持っていれば子供達の腹は膨れるのですか?」

「な、なんと下品な……」


 下品と言われようが痛くも痒くもありません。

 ほらほら、早く反論してみなさい。不埒者は容赦はしませんよ。

 顎に手を添え、わずかに首を傾けて下座の彼らを見回す。



「…いいでしょう。カスナー男爵はそれでもなんとかやり繰りする目処があるためにどうしても孤児院を経営したいとします。…ええと…一体誰の推薦だったのかしら?前任者のうちのどなたですか?その方の名前はわかるのですよね?どこの派閥の誰で、一体何の罪状で拘束されたのでしょうか?カスナー男爵は後任を推薦されるほどにその方とは知己の間柄なのですよね?『我々は今までいろんな商売を繁盛させてきた実績がある』…でしたっけ?あなた方は孤児院経営では営利を求める気はないのに?商売を繁盛させてきた実績が孤児院に役立つと?まさか、仲良しだった前任者の運営方法などを参考にするのではないでしょうね?だとしたら、全く信用などできないのは……私だけでしょうか…?」



 貴族に対して暴言とも取れる内容に唖然としている彼らを見据えて微笑んでやった。

 だって『もう経営権は見直しだよ、だから後任者を再検討しよう。新たな経営方法を模索しよう』って話の流れになっているのに、はっきり言わないとわからないんでしょ?



「……ぶ、無礼な……」

 大いに気に食わないようだが、どうやらそれ以上ぐうの音も出ないようである。

 はい、一人終了。



「では、そちらは反論がないようですので、お次はどなたかしら?…ノイマン様?ご意見はありますか?ございましたら子供の私にもわかるように是非ご教示くださいませ」

 慇懃に、だが尊大に胸に手を当てて微笑んだ。



「皆様、お忘れのようですが……今回の孤児院の捜査には王家が介入したのですよ?であれば、経営後任者を慎重に選ぶのは当然ではありませんか。慣例を全否定する訳ではありませんが、だからといって罪を犯して拘束された前任者の推薦を何の吟味もなく通して良いものでしょうか?その結果、また同じような不正が行われ、それが発覚した場合、どのようなお咎めが待っているのでしょうか?……皆様?もう一度よーくお考えくださいませ」



 王族などきっとそこまで考えてはいない。第二王子を失脚させるための茶番だったのだから。だが、これを利用しない手はない。それが本音と建前という大人トーク。



 押し黙ってしまった下座に座った者達を冷ややかに眺めた。

 するとちょうど私の下座側に座っていたヒューイットが驚いた顔をしてこちらを凝視しているのが目に入った。


 ああ、やはり私が下座に座るべきだった。ヴィンフリートが隣に座れと言ったのだけれど、恐らく行き過ぎた私を御するためだと思って。

 目が点な彼を見ていると、腹黒な大人達に煽られた闘争心が少し冷静になってくる。

 またやりすぎた?

 いやいや、まだまだ可愛いもんだよね。



『ねぇユリウス?言い過ぎたかしら?』

『ふふ…いいや、大丈夫だ。姫の後ろの大人どもは皆笑っているぞ』

『え?そうなの?そっちは見えないから。…きっと私の毒舌に慣れたのね』



「ふふっ。ヴェローニカ、もう良い。そなたの言い分はわかった」

 ユリウスと念話で話していると、ジークヴァルトの抑えた含み笑いが後ろから聞こえた。

「そなた達もヴェローニカに反論ができないのであれば、今回の経営の件はもう諦めろ」


「そ、そんな!」

「横暴です!」

「慣習に則るべきです、閣下」

「慣習よりも大事なのは、子供達の安全です。それが脅かされる可能性がある限り、私は異議を唱えます。ですからあなた方もこれが不当だというのならば、ご自分の正当性を示し、代案を出してください。そして自分達は孤児院を経営するに値するという根拠を示し、信頼を抱かせてください。ただの非難など誰にでもできる。それこそ子供にすら。ですが……あなた方は大人なのでしょう?でしたらきっと素晴らしいアイディアがあるのでしょうね?」

 にこりと微笑んであげた。

 とりあえず微笑んでおけば丸く収まると学んだのはエーリヒからだった。



「ゴホンッ……そ、そもそも、そのご令嬢は何故この場にいるのですか?ただの見学ならば発言は控えていただきたい」

 え?知らなかったんだ。なら、そうだね。ただの子供に会議をめちゃくちゃにされたって思うのは仕方ない。

「私は…」



「ああ、すまない。説明がまだだったね。この子は私が後見している子だ。この子から今回、自費で孤児院を買収し、経営したいと相談を受けてね。そのために本日はこの場に我々も同席させてもらった。……やはり不祥事があったからね、この件は大変注目されているんだ。よって慎重に経営者を決めたいというのが今回裁定を任されたリーデルシュタイン卿のご意志でもある。人格はもちろんのこと、どんなふうに経営していきたいのか、今後は寄付金だけで賄うのは無理があるということを真剣に考えているのか……などを話し合いたいと、召喚状には書いたはずだよ?こちらは何一つ、君達の特権を認めたつもりはない。彼女の言うように、反論があるのなら、是非代案を出してくれないか。…ふふ。確かに批判だけなら誰にでもできるな。私も面白い意見があるなら是非とも聞きたい。…君達も多少は経営案を考えてここに来たんだろ?ならば有意義な会議にしようじゃないか」



 ヴィンフリートは机の上に肘をついて手を組み、うっすらと笑みを浮かべて下座の貴族達を眺めた。




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