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154.孤児院再建会議(2)


「ヴェローニカ、来たか」

「クライスラー卿、お久しぶりです」

「良い、私のこともハインツで良いぞ。閣下を名前で呼ぶのに私だけ家名ではな」

「はい。では、ハインツ卿」

「うむ。…ヴィンフリート様。お久しぶりでございます」

「ああ、ハインツ卿。久しぶりだね。どうやらヴェローニカとは仲良しのようだ」

「それはこちらのセリフです。いつの間にお知り合いになったのですか?」

「何を言う。私はエーリヒの兄だぞ」

「左様でしたね」


 軽やかに二人が笑い合う姿を見ると、良好な関係のようだ。

 そう言えば二人は同年代なのだろう。職種は軍人と商人兼事業主ではあるが、身分もハインツは子爵でヴィンフリートは子爵から伯爵になってそう時は経っていないはず。元々の身分の上下はあろうが、同年代であれば学生時代も重なったのだろうし、そういったことからこの二人は関わりがあったのだろう。



「ハインツ卿、息子のヒューイットだ。今日は後学のために連れてきた。同席させてもいいかな」

「これはヒューイット様。大きくなられましたね」

「ハインツ卿、お久しぶりです」


 なんだか余所の親戚の集まりのご挨拶を見ているようだな。ここだけ至って和やかな雰囲気だ。

 反対に下座の方々は今だ緊張気味のようだが。



「ヒューイット様ならもちろん結構ですよ。実は…今日はどうしても見学したいという方がもう一人いらしていてね…」

「ん…?まさか」

「ええ。皆が緊張するからせめて会議後にとお止めしたんだが。…どうしても早くヴェローニカに会いたかったようですよ…」

「私に、ですか?」

 少々含み笑い気味のハインツが気になるが、そう言えば席がまだ結構余っている。




 またガチャリと扉が開いた。そこに降臨したのは、神話級のイケメン。

「ハインツ、もう入っても良いか?」

 従者に扉を開けさせて顔を出したのはジークヴァルト・リーデルシュタイン伯爵だった。そしてすぐ傍に見えたリュディガーの隣にもう一人の金髪男性が。彼らが伴う従者達と一緒にヘリガも戻ったようだ。

 え?前列全員金髪。高位貴族来すぎじゃない?



「リ、リーデルシュタイン伯爵閣下!」

 下座のおじ様方が立ったまま大パニックだ。やはりジークヴァルトは有名人のようだ。

「アイクシュテット卿もいるぞ」

「あの制服は魔術師団の方々か」

「おい、紫眼ではないのか、あの方はもしや…」

「ミュラー卿だ…」

「何故このような場に…」

 おじ様方の間ではざわざわと喧騒が起こっている。


「久しぶりだな、ヴェローニカ。変わりはないか?」

「はい。お久しぶりでございます。ジークヴァルト様。リュディガー様も」

 あとから現れた高位貴族達に礼をするために一度ツクヨミを下ろす。もう一人の金髪男性にも笑顔で目礼した。

 わぁ。この人は瞳が紫色なんだ。ユリウスとは少し色味が違うけれど、やっぱり紫色って綺麗……尊い色味だ。


「ほう。様になっているな」

「本当だね、ジーク。なんだか感慨深いね。久しぶり、ニカ。元気だった?」

「はい。元気でしたよ」



 わんこ系リュディガーと笑顔で挨拶を交わしていると、ジークヴァルトは何か見極めようとするかのような侮りがたい目でユリウスを見ているようだ。エーリヒからその正体を聞いているのだろう。

 ところがユリウスはユリウスで全く意に介さない様子で飄々と見つめ返している。互いに言葉を交わす気はないようだ。

 もしかしたらユリウスはあれで、呼び捨てにしないように気を遣っているのかも。



 彼は次に私が抱いているツクヨミを見た。

「あ、猫はだめですよね?」

「いや、かまわない。その猫のことはエーリヒから聞いて…」


 そこでジークヴァルトはピタリと言葉を止めた。そしてツクヨミをひたと見つめて、しばらく無言を保つ。その後、ふっと笑って頷いた。

「ああ。…猫も同席してかまわない」

 そしてひらりと優美にマントを翻して上座へと向かう。


 やったね、ツクヨミ。猫ちゃん――マスコット役(重要)――同伴のお許しが出たよ。


 どうやらこれで客は全て揃ったようだ。




 ここに集まっていたおじ様方は、孤児院経営の後釜に付く予定の関係者の人達だったようだ。孤児院を経営する予定の者やその家門に仕える者達が話し合いに集まっていたのだ。

 その選定については前任者の推薦が慣例らしかった。



 前任者が罪を犯して捕まったのに、それに推薦される人達なんて信用できるの?おかしくない?そんな権利なくない?


 という疑問をやんわりと……やんわりとできたかはわからないが、自分なりにまろやかに伝えてみたら、案の定目の敵のような反応をされた。


 でも犯罪の内容が内容なんで、また同じことが繰り返されるとも限りませんよね?慎重になるべきでは?とまたやんわり(?)伝えると、ジークヴァルトは「確かにそれは否定できない」と頷いた。

 伯爵が同意したので、皆さんはもう反論はできないようである。



 この王国の現状が恐ろしくなった。

 たまたまここに私に同意してくれる常識的な――いや違うな。ここでの常識はおっさん達の方だった。――人道的な高位貴族がいたからこうなっただけなのである。

 これでは他のことについても、何もかも疑問すら持たずに是正などされる隙もなく慣例通りに悪事が蔓延っていくだけなのではないのか。そういった悪風がこの王国のあまねく全ての基盤を形作っているのではないのか。



「ではヴェローニカは後任はどのように決めたら良いと思うのだ」

「私のように買収してでも経営しようという者は稀なのでしょうか」


 すると質問されたジークヴァルトはヴィンフリートにその回答を委ねるよう視線を向ける。それを受けてヴィンフリートは答えた。

「通常は稀ですね。孤児院とは営利団体ではありませんから」


「そうでしょうね……ですが、子供達を育てることは、利となりますよね」

「どういう意味だ?ヴェローニカ」

 華美とまでは言わないが品のあるこの広い会議の間の上座に座し、上位者の余裕を窺わせてゆるりと軽く首を傾げたジークヴァルトの問いに、私は自分の中にある思いを伝える。



「例えばヴィンフリート様のような商会を持つ方が孤児院を経営したとします。ならば商会で使える人材を育てるために学習させれば良いのです。文字を教え、算術を教え、礼儀作法を教えて、商売のノウハウを教える。そうすれば成人して孤児院を出る頃には、商会の立派な即戦力となります。そのために先に孤児院に、子供達に、教育という投資をするのです。商会は優秀な人材を得、さらに孤児院運営という社会貢献をすることで世間の信頼と名声を得るのです。そういった人材を求める先見のある方に、是非とも孤児院を経営してもらいたいですね」



「ほう…」

 ジークヴァルトは感心したような声を出し、ヴィンフリートは耳を傾けながら同意するように何度か頷いていた。

 前世では当然のことを言ったまでなのだが、ここでは奇抜な発想になるのかもしれない。何せ平民は文字すら読めないのが大半なのだ。だが教育とは何よりも大事な未来への投資だ。



「ですがもっと適性に合わせて細分化できるといいですね。小さい頃から続けて行えば何事も十分に身になるでしょうが、どうしても人には得手不得手がありますし、好き嫌いもありますから。頭を使う子、体を使う子で適性を分けたり。細かな手先の作業が向いていれば細工や大工、裁縫や服飾職人だったり、身体全体を使うのが得意なら土方や傭兵だったり。計算が得意なら商会で雇って、小さな店舗の収支計算を計算が苦手な店主の代わりにやってあげたり。孤児院で前もって職業訓練をしておけば、大人になった時にいろいろな職につけます」



「平民孤児に職業訓練か……なかなか斬新な考えだな」

 考慮するようなジークヴァルトの呟きが聞こえた。

 そうなんだろうな。

 以前に行った孤児院では何の教育も施してはいなかったようだし。平民の学校すらないようだ。

 そのためだけの孤児院っていうのもなんだか違うけれど、ここでは職に就けなければまともに暮らしていけないような気がするから。それで実利を得ながら、皆が笑顔で暮らせる場所にしたい。



「確かに商会の者を育てるのにはいいかもしれないね。商売人としては己の利益の追求のみではなく、寄付などの社会貢献も確かに求められる。だが他の者には経営を名乗り出るほどのメリットがあるだろうか。大商会ではないとそのような人数の人材も必要ないし、運営もままならないよ」

 ヴィンフリートが笑顔で私を見た。これはもっと何かあるのだろう?という目だ。



「では例えば、いろんな職人達の協会がありますよね?そこから有望な職人を育てるための寄付を募るというのはどうですか?」

「面白い案ではあるが、わざわざ人材を育てるために職人協会が寄付をするだろうか。だったら有望そうな普通の平民を雇うと思うよ?」

 楽しそうに瑠璃色の瞳を細めてヴィンフリートが質問してくる。



「そうでしょうか?支援を受けて専門的に勉強した子なら雇ってすぐに戦力になりますが、通常の場合は雇ってから教え込まないといけません。新人の時間も教える職人の時間も無駄に使います。孤児院で長年学んだ子との差はそう簡単には埋まらないと思います。それに、職人協会からの寄付とは何も金銭だけではなく、技術を教える先生の派遣であっても良いはずです。それならハードルは低くはなりませんか?」

「ふーむ。金でなく、人か…」

 ヴィンフリートが唸った。もうひと押しか。



「どこだって即戦力になる子を雇いたい。だから、就業前の平民の子にも孤児院で有料で技術を教え込むのを副業にするのはいかがですか?平民の子からは多少授業料をとって孤児院の子達と同じように専門技術を仕込むのです。職人協会は教師を孤児院に派遣し、技術を教える。それを営利で回せるように工夫するのです。例えば人材派遣会社のような、あらゆる職種に対応する窓口を孤児院に作って、どういう人材が欲しいのかを予め調査し、人材が欲しい人達から利益をとり、それを子供達の生活費や育成に回すのです」



「ほう。なかなか興味深いな。それがうまく回れば画期的だ。…だが、発足させるには初めに複雑な体制作りが必要だ。言うほど簡単にできるだろうか…」

 確かに、そうなんだよな。




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