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151.仕掛けられた罠(1)

《諜報部隊オイレ 第二班班長 アーダルベルト》




「証拠資料を押収し、痕跡を消したら速やかに撤収だ」

「「はっ!」」



 秘密裏にハインミュラーの実験施設を強襲し、今回も大きな被害もなく任務を終えた。これはリーデルシュタイン伯爵護衛騎士筆頭であるエーリヒの協力のおかげだ。


 プロイセの実験施設が荒らされ、その犯人と目星をつけられた第二王子アレクシオスが王妃側勢力により失脚した。だが今頃は、真犯人は違うと気づいたことだろう。その後の作戦だっただけにもっと抵抗があるかと身構えていた諜報部隊オイレ第二班の長、コードネーム、ヌルことアーダルベルトだったが、思いの外今夜の襲撃はあっさりと事が片付いて肩透かしを食らった気分でいた。




「アーダルベルト」

「は。御用でしょうか、エーリヒ卿」

 諜報部隊と同じく闇色の艷やかな髪色をしたエーリヒが部下達を見守っていたアーダルベルトに近寄り、声をかけてきた。

 以前は常に美しい微笑を浮かべていたはずなのだが、今回の特殊任務で合流してからはあまり笑わなくなったようだ。


「変だとは思わないか」

「変……とは」

「この施設の規模の割に収容されていた実験体が少ない。それに、空の檻の数が多いのも気になる」

「それは……確かに私も思っておりました。檻には血痕もありましたし、収容者が殺されたのかとも思いましたが。この辺りは獣臭もしますから…ここにいたのは人ではなかったのかもしれませんね」



 アーダルベルトの視線の先には薄暗い廊下が続き、そこには空の牢屋が並んでいた。

「すでにこの施設は警戒され、撤退済みだったのでしょうか」

「ここに残ったものは放棄したということか」

「あるいは」

 アーダルベルトの答えに、エーリヒは難しい顔をする。

(無駄足だったとは思いたくはないが…)


「捕らえた奴らは?」

「気絶しているので、すでに拘束し馬車に閉じ込めています。聴取は帰ってからの予定でした」

「叩き起こして檻に入れていたのは何なのか聞いてみろ」

「はい」



 捕らえた研究者達を監視している部下に命じようと左腕の通信魔術具に魔力を流した時だった。夜のしじまに満たされた暗い廊下の奥から突然、「ギャアアア!」と鋭い叫び声があがり、その静寂を破った。そして奥の方で喚く声と炎弾が飛び交う明かりが見えた。

 この先で魔法戦闘が行われている。


「どうした?!」

 呼びかけた声に返ってきたのは大型の獣の「グオオォ!」という野太い複数の咆哮と、建物の壁が崩壊する轟音と振動だった。

 暗闇の中で魔法の光が幾度か明滅し、奥から人影が数人、何かを喚きながら咆哮の主から走って逃げてくる。



「班長!奥の部屋に魔獣がいました!通常個体よりも巨大なレッドベアです!」

「ゼクス!ノインがやられた!早く来い!一階だ!」

 ツヴァイはこちらに叫びながら後ろの追跡者に障壁魔法を張り、フィアは肩に誰かを背負って通信魔術具で連絡を取っている。

 シールドの向こうには大きな影が吼え哮りながら、ズシンズシンと彼らを追いかけ、攻撃を仕掛けているのが見えた。



「魔獣だと?この先に魔力反応などなかったはず…」

 アーダルベルトが魔剣を抜剣して身構えると、炎が当たって轟く衝撃音とともにシールドにひびが入っていく。

 奥で見えていた炎は魔獣の攻撃でもあったらしい。ツヴァイが障壁に魔力を注いでも、その炎攻撃にはもう耐えられそうにない。

 シールドの耐久力がギリギリのところで炎が止んだのも束の間、大きな影が勢いよく迫ってきて、その異様な姿が廊下の魔導灯に照らし出された。



 見えたのはこの広い廊下を覆い尽くすほど大きなレッドベアだった。そのサイズでまだ立ってもいない。推察するに、あれが立ち上がればすこぶる巨体だ。しかも双頭。

(特殊個体か?)

 だが特殊個体ではなかった。シールドを攻撃していたのは二つの口から吐き出される炎のブレスと、レッドベアの腕ではなく、その尾。通常個体よりも格段に大きなレッドベアの大木のような腕にも相当する太さの、二尾のフォレストスネークである。



「な?!なんだ、あれは?!」

 アーダルベルトが驚愕の叫びをあげると、フォレストスネークの突撃がシールドを破壊し、その大振りの一撃は壁もろともぶち破る。

 壁が崩れたことで奇形のレッドベアは、奴にとっては狭い廊下から解放されたように外へと飛び出し、悠然と立ち上がって闇夜を切り裂く雄叫びをあげた。

 地鳴りがするのではないかというほどの咆哮に身が竦みそうになる。その巨体は三階にまで到達しそうなほどの体高だった。


 夜明け前の青白く細い三日月の下、壁が崩れて巻き起こった粉塵が落ち着いてくると、巨大なレッドベアの全貌が見えてくる。通常のレッドベアよりも遥かに大きく、頭が二つ、そして二本のフォレストスネークの尾が蠢いて鎌首をもたげ、シャーっと牙を向いて威嚇音を発している。



「あれは、キメラか…」



 この研究所には、人間や魔獣の肉体の一部が浮いている薄気味悪いガラス瓶が何本も並んでいたことを思い出した。ここでは人間への刻印実験だけでなく、魔獣のキメラも造っていたのだろう。



「「班長!」」

「「エーリヒ様!」」

 施設内に散らばっていた隊員達とエーリヒの護衛騎士が異変に気づいて集まってきた。

「ノインは?!」

 神聖魔術師のゼクスが駆けつけて負傷したノインの様子を見ると、左肩からレッドベアの爪撃を受けたのか、左腕がもう落ちそうなほど損傷し、胸も抉れていて、流れている血の量からもひと目で助からないとわかるほどの重傷だった。



「グオオォ!!」

 レッドベアの咆哮にそちらを振り仰ぐと、負傷したノインを目掛けてスネークの尾を伸ばしてきた。

 ノインの惨状に衝撃を受けていたことで不意をつかれ、一瞬遅れて魔剣を盾に構えた。

 だが攻撃がすぐ目の前に迫った時、寸前でシールドで遮られた衝撃音が響き渡った。


「ボサッとするな」

「は、はい!」


 シールドを張ったのはエーリヒのようだ。ただの部分的な盾サイズではなく、ノインらを包み込むような半球のシールドだ。だがレッドベアはシールドを壊そうと続けて攻撃を仕掛けてくる。

 大抵の魔獣に見られる傾向だが、特に熊型は執着心が強いと言われている。ノインに一撃を加えたが仕留め損ねたことで、自分の獲物だという認識が強いのだろう。

 だが、これ以上やらせる訳にはいかない。



「奴を囲め!距離を取って魔法を撃ち込め!スネークの尾に気をつけろ!」

「「は!」」

 隊員達が班長のアーダルベルトに従い、レッドベアを取り囲んで魔法攻撃を開始した。



「班長……」

 魔剣を握り締めてシールドから出ようとしたアーダルベルトをゼクスが呼び止める。悲痛な表情で見上げていた。

「…………」

 部下が言いたいことはアーダルベルトにはわかっていた。彼の能力では、助けられないのだ。

 どう考えてもこの負傷は、神殿の上級神官でなければ……いや、それでも助からないかもしれない。



「問題ない」


 エーリヒがノインの脇に腰を下ろした。そして負傷部位に手をかざす。その手のひらからは治癒の光が……


「え?」

 思わず声が出ていた。

 エーリヒのかざされた手のひらが夜の闇の中で淡く光り、負傷した患部の肉が蠢いて盛り上がり始めたのだ。側にいたゼクスも驚愕の表情でそれを見守っている。


(これは……神聖魔法じゃないのか……?エーリヒ卿が神聖魔法が使えるなんて、聞いていないぞ。)



グオオォ!

ドカンッ!ドカンッ!


 シールドにまた衝撃が伝わった。そしてアーダルベルトはその事実に気づいた。

 エーリヒは倒れているノインと立っているアーダルベルト達を包み込むほど大きく、加えて強靭なフォレストスネークの乱撃にも耐えうる半球のシールドを張り続けながら、たった今目の前でノインに神聖魔法を使っているのだと。

 全く理解が追いつかない。常識の埒外だ。



「うるさいぞ。いつまでやっている。…ディーター。早く仕留めろ」

『は!エーリヒ様!』

 エーリヒのバングルから、ディーターの声が聞こえた。その声を受けてアーダルベルトは戦闘の様子を再び振り返る。



 縦横無尽に繰り出されるフォレストスネークの二本の尾の攻撃と双頭から吐き出される炎のブレスから距離をとりながら、諜報部隊の隊員達は各自魔法を撃ち続けているが、外皮が硬い上に魔法耐性まで持ち合わせているのか、然程痛痒を感じてはいないようだ。だが近接攻撃をしようにも、二本のスネークがその懐には容易には近づけさせてはくれない。




 これでも彼らは伯爵の諜報部隊オイレの精鋭攻撃部隊である第二班である。

 『オイレ』は三班から構成される。


 『フリューゲル』と言われる第一班は、特に対人戦の攻防に長け、常に伯爵を影からその翼で守っている。その他、伝令や運搬、支援などを迅速に行う部隊だ。

 第三班は『アウゲ』の役割を持ち、尾行や監視、暗号解読、情報収集、偵察などを担う部隊。

 『クラウエ』である第二班は、破壊工作に特化し、梟さながら静かに敵に忍び寄り、その鋭い爪で屠る。時には捕らえた者達の拷問も担当する攻撃的な部隊。

 それ故第二班は諜報部隊でありながら攻撃の要であり、暗殺や毒殺、有効的な苦痛の与え方など、特殊な攻撃にも長けていた。




『エーリヒ様!こいつ、火を吐くし、蛇が邪魔して簡単には近づけないですよぉ!』

「泣き言を言うな。…仕方ない。シールドを張ってやるから、さっさと突っ込め」


(なんだって?シールドを張る?ここからどうやって?)


『ほんとですか?…りょーかい!』

「え?」

 ゼクスも驚いたようだ。ディーターは当然エーリヒにはそれができると思っているということに。エーリヒの言を微塵も疑ってはいないということに。


 続けてエーリヒは自身の護衛騎士達に命を下す。

「エリアス。これからディーターが奇襲する。かぶらで牽制しろ」

『は!』

「リーンハルトは敵に接近するディーターの周りを霧で覆え。蛇は体温で位置を感知している。ディーターの奇襲をさとらせるな」

『は!』

「近づくまでは魔剣には熱を通すなよ、ディーター。エリアスの鏑が合図だ」

『は!』


(鏑…?霧…?蛇は体温を感知しているだって……?)




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