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147.黒猫の名前とヘリガの憂慮

「あなたの名前はツクヨミです。黒猫ちゃん」


 眠る前に黒猫の命名を発表した。いろいろ考えたが、夜までに新たな候補が思い浮かばなければこれにしようと決めていた。そして名前をつけたからには、これからは心置きなく思う存分可愛がり倒すのだ。

 今まではいついなくなってもいいように、なでくり回すのは控えていた。このこよなく猫を愛する猫好きの想いをセーブしていたのだよ。



 私は黒猫を抱き上げて頬ずりし、チュッと頭にキスをした。

 うん、やはり顔に毛がつくね。

 でもいいのだ。ふふふ。あのシリコンの手袋でなでてあげたらムダ毛がスッキリとれるのに。あの初見は可愛くない手袋も使ってみて思い切り毛がとれると、ビジュアルは気にならなくなるのである。


 …よし、作ろう。この王国の愛猫家さん達のために。

 猫ヲタの猫に対する愛情は並々ならぬものがある。ここでもきっとそのはずだ。そうと決まれば早速シアナに連絡だ。

 まずは基本のブラシ型だな。上級者には手袋型を…素材はやはり魔獣素材だろうか…?シリコン代替素材は見つかるのか?



「ツクヨミ?…何か意味があるのか?」

「えーと、それは…神様の名前です。“月読尊”と書きます。解釈はいろいろあるのですが、太陽神である天照大御神に対して、月読尊は月の神とするのが一般的です。ただ尊ですから…男神とされるようなのですよね。この子は雌ですが…私は初め、ツクヨミは女神だと思っていましたから、女神のイメージが個人的に強くて。月の神だし」


 ユリウスに尋ねられて紙に漢字を書くと、皆が覗き込んできた。


「これは……古代語ではないのですか?ヴェローニカ様」

「え…?そうなのですか?」

 ヘリガが驚いた顔をしてこちらを見たので戸惑ってしまった。

 こ、これは何の変哲もない漢字なのに。

「正確には古代語の一つです。古代語とは何種類か伝わっていますから」



 え?どうゆうこと?漢字が古代語…?

 ああ。もしかして。この世界には神獣がいるのだもの。白夜みたいな存在が古代にいて、誰かの前世を蘇らせたのがたまたま漢字を知っている人だったのかもしれない。数種類の古代語があるのも他の世界や国の知識を持つ人もいたからなのでは。


 古代とは神が生きた神代の世だと、以前エーリヒも言っていた。だとしたら、古代はなんだかすごかったっていうのも頷ける。普通に神様に会えるのなら、いろんな世界の前世の知識を持った人達がいた可能性があるのだから。そして何らかのきっかけでそれが失われてしまった。戦で何もかもが燃えてしまったプロイセの希少酒のように。つまりロストテクノロジー。


 では天照大御神や月読尊がこの世界にいるわけではないのか。あくまであるのは前世の世界の知識。少し残念。

 神獣がいるのだから、神様もきっといるはずなのだが。でもそれはこの世界の神様なのね。



「何故、古代語がわかるのですか?ヴェローニカ様…それに、その太陽神だとか月の神だとかの名前は初めて聞きました。ソランとレーニやレヒカやアプトならわかりますが…」

 レヒカ…ってなんだっけ?アプトは確か……えーと。龍神って言ってたかな。吸魔石の周りの光の環だって言ってたような。

 ヘリガの言葉は予想はしていたものの。また白夜というパワーワードを使ってみようかな。以前にディーターに歌った子守唄はそれで誤魔化せたからね。


「えーと…白夜から教わりました」

 白夜が私の前世の記憶を蘇らせたので、表現的には間違ってはいない。

「白夜とは…ヴェローニカ様と一緒に暮らしていた神獣ですか…なるほど」

 おお。納得してくれた。これからは不審に思われたらこうしよう。白夜を知っている人になら通じるはずだ。神獣という神の威を借りた、聖女よりもさらなるパワーワードだからね。


 ユリウスを見ると、なんだかにこやかにこちらを見ている。ユリウスにだけは私の嘘が…いや、誤魔化しがバレている。



「ツクヨミではどうですか?月の神様の名前です。あなたの毛並みと黄色い瞳に合うと思うのですが。気に入らない時はまた考えます」

 黒猫を抱き上げて尋ねてみる。

「にあ」

「良いのですか?」

「にあ」

「ではあなたは今日からツクヨミですよ。ふふふ」


 わ…


「どうしましたか?」

 リオニーが私の変化に気づいたようだ。

 リオニーは神聖魔術師で、治癒に関しては一任されているので、そういう変化には敏感なのかもしれない。

 今回の私の不調に気づかなかったことを悔やんでいた。隠していたのだから仕方ないことなのに。余計な心配をさせてしまったな。



「いえ、静電気が起きたようです」

「せいでんき…?」

 静電気を知らないようだ。電気がわからないのかもしれない。

「頬ずりしたら、ぴりっとしたのです」

「ああ。猫の毛に雷の魔素が溜まっていたのでしょう」

「雷の魔素ですか」

 やはり電気は雷の魔素か。なるほど。



◆◆◆ ◆◆◆


《ヘリガ・ドレヴェス》



 ヴェローニカが就寝したあとは、執務室でいつもの報告会である。日々の出来事の情報共有をするため、短く済む時もあれば長丁場になることもあった。コンラートの執務の合間に、侍女達が勝手にソファーセットに集まってお茶をしていることもしばしばなのだが。

 各人の前にはコーヒーがあり、今ではそれがすっかりお馴染みとなっている。


 さて本日の話題は……



「で?コンラート。あれはエーリヒ様の嫉妬だったの?」


 コンラートはリオニーの質問に、普段はしない嫌な顔を露骨に表した。

 それはヘリガも聞いてみたいことではあったが、この調子では今日もコンラートにははぐらかされるのだろう。当然ながら執事であるコンラートは主の醜聞には敏感だ。軽々しくエーリヒの心中を勝手に推量して、他言するような真似はしない。



「さあな。…このところずっとヴェローニカ様に会っておられないからだろう。嫉妬という表現が正しいのかどうかはわからない」

「朝の支度の時はどのようなご様子だったの?」

「別に。普通だ」

「ふーん。つまんない」


 もっとこう…なんかなかったの?機微に疎いコンラートが見逃してるだけなんじゃないの?とリオニーは呟く。


「お二人を無理矢理そのような関係で見るのはやめろ」

 その口調と表情から、コンラートが心底嫌がっているのがわかる。



「でもコンラート。そんな悠長なことを言っていると、そのうちヴェローニカ様を奪われるわよ」


「…どういう意味だ。…ユリウス様にという意味か」

「まあ確かにユリウス様は美しいし、強いが…あの方はマリオネットだろ?リオニー。お前がいつも言っている姫と従騎士の物語は聞き飽きたぞ」

 ウルリカがやれやれと言わんばかりにコーヒーを飲んだ。



「そうではありません、コンラート。リオニーと同じかどうかはわかりませんが、私も懸念があります」

 深刻そうに口を開いたヘリガにコンラートは目をやる。

「なんだ」

「先日も報告しましたが、ヴィンフリート様がヴェローニカ様に興味を示しています」

「ああ…それは聞いたが…」


「ヴェローニカ様とヴィンフリート様は利害が一致しているのです。これほどわかりやすい構図はありません。コンラートはヴェローニカ様の商会での利益の受け取りを拒否したと言いましたが、それではヴェローニカ様はまた自分の価値を見失うことにはなりませんか?」


「そうよ、私はそれを言いたかったの。ね、ヘリガ」

「しかし…ヴェローニカ様からそのようなものを受け取る訳には…それでなくてもエーリヒ様からはヴェローニカ様の予算を増やして貴族街で買い物させろと言われたのだぞ」

「まあ!さすがエーリヒ様。太っ腹ね。次の外出はドレスを買いに行きましょ。エーリヒ様も気に入りそうなのをね!」

 リオニーは今から新しいドレスをヴェローニカに着せることで頭がいっぱいである。



「私は怖いのです、コンラート。先日、ヴェローニカ様がおっしゃった言葉が忘れられません」



 ヴィンフリートの屋敷に初めて招待された夜、その道中でヴェローニカとユリウスが話していた内容は、コンラートにもヘリガは伝えた。

 ユリウスは本心で王都から出たいと思っているようだし、ヴェローニカも王都の魔素が薄くてユリウスが不便なら出るのも吝かではないと思っているようだと。

 そして何より、



――私がいなくなっても、皆はこれからエーリヒ様のお連れになる女性に仕えるようになるのですから。


と、何の心残りもないような含みのない笑顔で彼女は言った。


――そもそもあなた方は貴族なのです。私のような孤児に仕えること自体が間違っているのですよ。あなた方はエーリヒ様の愛する女性にお仕えすることが、本来のお仕事ですよね。


と。

 まさにその通りではある。だが、それがヴェローニカだったのなら、とヘリガは思わずにはいられない。



 商店街で見せたあの“重力”という未知の魔法。

 あれは三大元素魔法でも、土魔法適性のある錬金術師の魔法でもないだろうし、上位の氷や神聖、雷でも、特殊魔法の精神系でも呪術系でもなかった。となると、残るは……古代魔法しかない。

 そして弱者に示す慈悲と威厳。あの威風堂々とした態度。

 素晴らしい才能と思想の持ち主だ。例え幼くとも、主として仰ぐのに申し分ない。いや、あの方をおいて他にない。

 そして何より……恐らくエーリヒは……


 思い出すのは今朝見たコネクティングドア。魔剣で焼き切れ、蹴り破られていた。今までのエーリヒならば、あのような行為はあり得ない。


 もしそうであればこのまま傍観していても良いのだろうか。

 これはただのヘリガの杞憂なのだろうか。




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