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141.ある春の日の午後〜王城にて〜(3)

《ジークヴァルト・リーデルシュタイン》



 ここは王城のリーデルシュタイン伯爵の執務室。

 今日も今日とてジークヴァルトは、首席補佐官であり乳兄弟のアルブレヒトと忙しなく執務中である。ところがとある一枚の報告書に目が留まった。



「なんだこの報告書は……?」


 ジークヴァルトは昨日王都平民区画の商店街にて起きた騒動についての“秘”と記された報告書を掴んで、アルブレヒトにヒラヒラと示す。それに対し、アルブレヒトはいつもの穏やかスマイルだ。

「重力魔法……とは、なんだ?」

 報告書を読み直し、ジークヴァルトは再びアルブレヒトを見上げる。


「エーリヒの執事が彼女に事情を聞いたそうなのですが、よく理解できなかったようだとエーリヒは言っていましたね」

「理解できない?」

「重力というのはこの惑星から受ける引力だとか…」

「惑星?…引力?」

 意味のわからない言葉に眉をひそめるしかない。


「とにかく彼女が言うには、自分の体重が重くなったように感じるのだとか」

「体重が重く?……なるとどうなるのだ?」

「身動きがとりづらくなるようですよ」

「……太ったようなものか?」

「どうなのでしょうね……彼らは地面にはりつけられただけのようですが、そのうち血液の流れも悪くなって気を失ったり、身体が重みに耐えられずに破壊される…と言っていたようです」


 軽く首を傾げたアルブレヒトにもわからないようだ。だがその内容は想像するに凄惨なもののようである。



「エーリヒは何か言っていなかったのか?」

「まだ直接彼女と話す機会がないようですから、エーリヒにも詳しいことはわからないようです」

「あやつでもわからんことがあるのだな…」



 エーリヒは今、プロイセの研究施設で押収した資料から判明した新たな施設の捜査のために、諜報部隊オイレとともに王都を離れている。あの厄介な魔術師団技術開発部製の最新感知魔導具のせいだ。あれを探知できるのは、今のところエーリヒしかいなかった。



「重力魔法というものもか?」

「そのようですね」

「……また古代魔法の類だろうか」

「それであれば専門家の意見を聞くしかないでしょうが……あまり彼女の情報を広めるのも」

「そうだな。それがもし本当に古代魔法だとして、それでは研究者達が騒ぎだすことになるかもしれん。奴らは常軌を逸した者の集まりだからな」

「ええ…」

 ジークヴァルトは重いため息をつく。


(まいったな。手に負えん…)



 報告書によると現場に居合わせたエーリヒの護衛騎士の話では、ヴェローニカは商店街を不当に管理していた荒くれ者達の迷惑行為に腹を立て、複数人を地面に押し潰す勢いで魔力威圧していたという。


 明確な魔力差があれば相手に威圧感を与えることは可能だ。それは高位貴族の専門分野ともいえる。じわじわと圧迫し息苦しさを与えたり、一時的な金縛り効果で相手の魔法発動を含めた初動を牽制したり、瞬間的に魔力を放出して殺気として恐怖感を与えたりする。

 初代王などは“言霊”という魔力を乗せた言葉で自由を奪って支配し、行動を強制させるような特殊な力もあったようだ。


 だが、地面に押し潰すとはどういった状況なのだろうか。しかも対象が複数に及んでいる。

 従者であるユリウスも怒りで魔力威圧したことにより、平民が一時呼吸困難に陥ったとある。


(どちらも化け物だな、これは。)



 そこでふとジークヴァルトは思い出し、再び報告書に目を通す。

 化け物という言葉にヴェローニカは過剰反応を示したと記載されている。ユリウスを“化け物”と呼ばれてそれが起きたのだと。



「…眷属か…」

 ジークヴァルトには“眷属”というものはピンとこないのだが、家族のようなものだろうか。だがヴェローニカにとって、“家族”とは嫌悪の対象だという。



――私にとっては白夜は神様のようなものなのです。



 茶会の時、彼女はそう言っていた。

 そしてジークヴァルトはそんな彼女にこう聞いた。「神か。家族ではなく」と。

 すると彼女は「家族は、私にはよくわかりませんから」と答えた。


 となると、彼女にとってのユリウスもまた、“家族”とは少し違うものなのだろうか。



「ヴェローニカを一度紫眼に見てもらうのではなかったか?」

「そうですね。そのようにリュディガーにはお願いしています。調整はしているところですよ」

「そうか。……決まったらアルも来るか?会いたがっていただろ」

「…………」

 アルブレヒトは目を丸くしたようだ。

(そんなに驚くようなことだったか?)


「……ジークも行くつもりなの?」

「む?……それはどういうことだ?」

「いや、ジークはここで執務でしょ」

「…………」

(そっちか。)

 しばらくジークヴァルトとアルブレヒトは見つめ合う。

 そよそよと爽やかな春風が開け放った窓から入ってきた。もうそろそろ暑くなり始めるだろう。今は何をするにもいい季節だ。それなのにここでこうやって、いい年をした男達が執務三昧の日々だ。


「私を行かせずに誰を行かせる気だったんだ?」

「それは……エーリヒでしょうね」

 アルブレヒトはふいと視線を逸らした。

「あれは今いないだろうが」

「その頃には帰ってきていますよ」

「…………」

「リュディガーの話ではあちらも忙しいようですから」

「紫眼のことか?」

「…ミュラー卿ですよ、ジーク」

「ミュラー……辺境伯の息子だったな」



 魔術師団に現在所属する紫眼の情報をジークヴァルトは呼び起こす。丁度リュディガーの統率する第三軍の部下だった。彼がリュディガー麾下に入ることは大きな話題になったために覚えている。

 “話題”というより、“問題”と表現すべきか。



「ええ。フェリクス・ミュラー辺境伯令息です。彼は貴重な紫眼の神聖魔術師ですからね。しかも金髪で魔力も高い。魔素を視る魔素眼を持つ上に、雷、神聖、精神魔法も使えるそうです。エーリヒのように探知魔法もできて、各方面で引く手数多なのですよ」



 神話では紫色の瞳は、黄金の瞳を持っていた初代王から与えられた能力で、彼の眷属の証だと言われている。その瞳は大気や物質、生物の中にある魔素が視えるらしい。

 それにより魔素を通して人の感情までも見分けられるため、罪人の供述の真偽判定のために司法院にも呼ばれるし、魔導具や魔術具の解明や製作の助言のために魔術師団の技術開発部の顧問も担う。当然魔術師団の団員として魔獣討伐や治癒の施術もあるだろうし、探知が精確なら探索技能を活かした特殊任務もあるだろう。そして精神魔法もまた貴重な魔法で、例えば魔獣の調教と洗脳にも使われる。


 それだけの有用な能力を持つ者が王国に数人しか存在しないというのに、そのうちの二人は神殿の神官なのだ。それは魔術師団にいるミュラーが多忙を極めることだろう。



「紫眼は……三人しかいないのか。成人している現役の者は」

「二人ですよ」

「む?……神殿にはすでに二人いると聞くぞ」

「一人は未成年ですから」

「そうだったか」

「そのまだ未成年の少年が今の首位神官です」

「未成年なのに首位なのか」

「ミュラー卿と同じく金髪の紫眼らしいです」



 恐らく魔力量が高く、神殿にいるもう一人の成人した紫眼よりもさらに能力が高いのだろう。まだ成人もしていない子供だというのに、王城に負けず劣らずあの魔窟である神殿の中で、最高位である大神官に次ぐ地位にいるのだから。



「ほう。どこの家門の者なのだ?」

「それは明かされてはいないので……孤児なのではないのでしょうか」

「孤児。つまり私生児か」

「そうなのでしょうね。金髪紫眼を捨てるとは思えませんから……家門の力が弱く神殿に奪われたか、恐らく……」

「…売られたか」

「…………」

 アルブレヒトが表情を曇らせた。


「神殿も相変わらず闇が深いな」

「ですから今回の子供の拉致事件にも関わっているのかと思ったのですが」

「そうだな。だが結果としてハインミュラーが釣れた訳だ。……王妃とジルヴェスターを追い詰めるのには上々だ」

「プロイセをやったのはアレクシオスだと思っていることでしょうしね」

 そう言ってアルブレヒトは微笑む。それにはジークヴァルトもつられて笑った。


「あれは傑作だったな。しかもハインツの方の孤児院捜索も背後にいたのがアレクシオスだと割れた。今頃奴らは火消しに躍起になっているだろう」

「左様ですね。そしてまた一つエーリヒに拠点を潰される訳です」

「はははっ」

 執務室のカーテンが揺れ、穏やかな春風が室内に流れて、ジークヴァルトの明るい笑い声が部屋に満ちた。



「ですが……孤児院の不正事件に王家が介入してくるとは思いませんでしたね」

「どうせ奴らは裏にアレクシオスが絡んでいることを知っていたんだろう。このまま潰す気なんだ」

「…ではそろそろ…次はこちらですね…」

「……そうだな。気を引き締めないと……」



 ジークヴァルトとアルブレヒトは神妙に見つめ合って気持ちを新たにする。

 その後すぐに二人のもとには、第二王子アレクシオスの王位継承権剥奪の一報が届いた。




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