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14.私にとっての幸せと大切な存在


 どこかで朝を告げる鐘が鳴った。前世で聞こえていたお寺の朝の鐘とは音色が違って洋風だ。

 目を開けると豪華な部屋のベッドの中。相変わらずのふわふわお布団。

 今までの洞穴生活から奴隷に落ちて、そこから救われたのは夢ではなかった。

 それでも白夜のふわふわが懐かしくなる。

 白夜はどうしてるだろう。

 ベッドの中でもぞもぞしながら思いを馳せた。



 よし、一度村に帰ろう。

 せっかく王都まで来たけれど、生きていればまた来ることもあるだろう。

 皆と一緒に馬車で送ってもらって、村の近くで降ろしてもらったら見つからないように注意して白夜を探そう。村人に捕まっちゃうとまた売られちゃうし。

 白夜と会えたら、二人で暮らせる場所を探してこの世界を旅すればいい。どうせなら暖かい所へ。


 なんだか楽しみになってきた。

 何もあそこにいる必要なんてないのだ。どこまで南下すれば海に辿り着けるのだろうか。あ、でも白夜は暖かい土地でも大丈夫かな。狐って寒い土地に住んでいるんじゃなかったか。

 とりあえず白夜を探してから悩もう。



「そうと決まれば、起きるぞ」

 がばっとベッドから起き上がって、朝日の入る窓辺を見る。

 危ない。あれは私の煩悩を刺激する。

 とりあえず着替えなきゃ。

 クローゼットを開けると、服は一着も入っていなかった。

「うん。別にこのままでいいか」


 昨夜は人生初のお風呂に入らせてもらって今は身体も綺麗な状態だ。服を脱いだら身体中には傷や痣だらけでお湯がしみた。使用人の皆さんがお風呂の世話をしてくれたのだが、気の毒がって薬湯にしてくれて恐縮した。

 使い方はわかったので、これからは一人で入れるよ。


 いつかは自分の家にもお風呂を作りたい。村にはお風呂なんてなさそうだったから、庶民には馴染みがないのかもしれない。

 この世界の貴族のお風呂は何やら不思議技術を利用しているようだ。全て使用人達がセッティングしたので仕組みは良くわからなかったけれど。

 自分で作るならもっとアナログな力に頼るものになるだろう。薪に五右衛門風呂的な。



 今までの人生を振り返ると、幸せってあたたかいってことなんじゃないかなって思うの。

 布団の中でぬくぬく温かい。

 お風呂に浸かってじんわり温かい。

 春の陽気がぽかぽか暖かい。

 白夜を抱きしめてふんわり柔らかで温かい。

 ご飯やスープを食べて美味しくて満たされてぽかぽかになって温かい。


 これらは今までの私がじわじわと、心に体に染み入るように「幸せだな」って感じたことだ。

 綺麗だな、美しいなってぼうっと見るのも素敵なことだけど、私の感じる幸せとはちょっと違うような気がする。

 要は心と体が感じるぬくもりなのだ。つまり生きていれば避けることのできない寂しさやつらさは、それのどれかで満たせばいい。




コンコンコン

 部屋の扉がノックされた。返事をすると使用人の女性達が入ってくる。

 どうしたんだろう?

「おはようございます、お嬢様。私はマリエルと申します。本日からお嬢様のお世話をさせていただきますね」

 マリエルはニコリと微笑んだ。この人は昨夜、食後の紅茶を入れてくれた使用人だ。


「お嬢様…?」

「お嬢様はこのお屋敷のお客様ですので、お嬢様とお呼びさせてください」

「いえ、そんな。私はただの平民なのでお嬢様と呼ばれる所以はありませんから…」

「いいえ。貴族なら尚更ですが、例え平民だとしても当屋敷のお客様ですので、お嬢様とお呼びさせていただきます。主のご意向ですのでお気になさらずに」


 主のご意向……一体どんな酔狂な……



 すると後ろから更に二人の女性使用人が入ってきた。両手に数着の衣装や装身具などをそれぞれ持っている。

 朝の支度のお手伝いのようだ。

 浴室で洗顔などをして、着替えの時点でまた戸惑う。



「あの、これはちょっと豪華すぎるような…」

 仕立ての良い白いワンピースをあてがわれた。レースやフリルが嫌味なく使われ、銀糸や水色、青の美しい刺繍や青い腰のリボンがお洒落な一着で、どう考えても平民用ではない。

 だがこれを固辞したとしても他の服は淡い黄色やピンクや赤など更にカラフルで豪華に見える。


「お嬢様の髪や瞳にとても映えると思い、ご用意したのですが……それに今日はご主人様達とのお茶会がありますから、これより質素になりますと失礼に当たってしまいますよ」

「お茶会?」

 マリエルは微笑んで頷いている。

 いつの間にそんなことに。でもそういうことなら仕方がない。

「わかりました」

 何やら楽しそうな女性達に囲まれて、観念して大人しく着せ替え人形と化すのであった。




◆◆◆◆◆◆




「そういう格好をすると本当に貴族に見えるな」

 フォルカーは部屋に入ってくるなり開口一番にそう言った。

 さもあろう。マリエルの自信作である。

 銀色の髪も編み込んでハーフアップに結い上げられ、ワンピースに合わせて可愛らしく髪留めで飾られている。

「苦しゅうないぞ」

 そう言って微笑むと、フォルカーは顔を引きつらせた。

「いや、さすがにそんな風にはしゃべらんだろ…」


 うん。わかってる。調子に乗った。ごめんなさい。

 だが鏡を見ると、これは前世のヲタク達の絶賛が聞こえてきそうな程なのだから調子にも乗るよ。



「それではお二人の朝食をお運びしますね」

 フォルカーとふざけ合っているとマリエルが声をかけてきた。

「え?皆と一緒に食べるんじゃないんですか?」

「別棟までは少し遠いですから」

 確かに結構歩いた記憶がある。けれど同じ邸宅の中だし。だが、そのままマリエルは出て行ってしまった。忙しいのだろうな。

「マリエルさんがここまで運ぶ方が大変なんじゃ…」

「まぁ……ここの使用人の言うとおりにしてた方がいいんじゃないか?」

 その方が迷惑をかけないのなら。




 そして運ばれてきた朝食をフォルカーと二人で食べる。

「馬車で送ってもらえるのはいつになりますか?」

「お前も帰るのか?孤児院を探すんじゃ」

「そう思っていたんですけど、早く帰って探してあげないといけなくて」

「探す?」

 ライ麦パン……ブロートをちぎって食べながらフォルカーがこちらを見た。

「前に言っていた、友達です」

 すると不可解な顔をする。

「友達を探すってどういうことだ?」

「えーっと…」


 どうやって説明しようかと思っていると、給仕をしていたマリエルが話しかけてきた。

「お嬢様はどちらのご出身ですか?」

 フォルカーはマリエルをはっとしたような顔で見た。

 ん?なんだろう。変な違和感。

「ゲーアノルト山脈の麓のクルゼ村です」

 フォルカーが口に入れた物を大仰にゴクリと飲み込むのがわかった。喉に詰まったのだろうか。

 マリエルが美人だからといって慌てすぎである。


「ゲーアノルト山脈というと、王都から北東の高い山脈ですね。山脈の向こう側はエルーシアという国がありますが、ご存知ですか?」

「エルーシア?…さぁ…わかりません。そうなんですか」

「その村を出たことはなかったのですか?」

「…そうですね。少し前までは」

「……?」



 自分の話をするの、苦手だな。

 村の話は綺麗には説明できない。話したあとの皆の表情が浮かぶから。名前がないと言ったあの時のようにきっと気分を害すると想像できる。

 必要なのかな、この話。どうして私のことなんて聞くんだろう。さほど興味もないくせに。

「どうかしましたか?」

 マリエルが微笑む。

「…………」


 この人は使用人だから私にこうして微笑んでいるだけなのに。私も気にせず微笑めばいいだけなのに。

 そっか、馬車の送り先を知るためか。



 まただ。

 心の奥底に沈んだ記憶と感情は常に澱のように底を這いずり、時に揺蕩って浮いてくる。


 ただ私に優しくしてくれる人なんていない。

 優しさには理由がある。そして心の余裕と他に分け与えられる程の強さがいる。全ての行為には対価が必要だ。

 それならそれでもいいと理解している。

 なのに体が子供になったからか、心まで子供の体に引きずられているみたいだ。

 きっとこんな豪華な邸宅で、綺麗なお姉さんに優しく微笑まれて、何にも考えずに甘えてみたくなってしまって。

 もっと見て欲しい。心配して欲しい。優しくして欲しい。でも優しさには裏があるはずって、どこかで警戒心も消えないでいる。なんて中途半端だ。



「お嬢様?」

 はっとしてマリエルを見た。

「大丈夫ですか?」

「…はい。なんでもありません」

 私は気持ちを切り替えて微笑んだ。


 気をつけなければ。見失うな。

 優しさが優しさで返ってくるとは限らない。ましてやこの世界で。信じて、裏切られて、いちいち他人に心を揺らされていたら、何も変われない。

 もうただの無知で無力な子供とは違う。過剰な期待は禁物だ。

 見失いそうになったら、今の私が欲しい物を手に入れるにはどうしたらいいのかを考えることが先決だ。



「お嬢様」

 考えているとマリエルの優しい声が聞こえた。

「この後はご主人様達とのお茶会があります。その時にお嬢様の思いをお話になってはいかがですか?」

 マリエルは私の傍に屈み、顔を覗き込んで話しかける。

「思い……ですか?」

「先程お嬢様はいつ帰れるのかを気にされていましたよね?」

「はい」

「故郷に何か気になっていることがあるのではないですか?」

「…はい」



 この人は賢明な人なのだなとふと思った。

 まだここで目覚めて二日目だけれど、フォルカーはただの“いい人”だからあんな奴隷商とは関わりはなかったという言葉にももう納得できる。

 そしてマリエルは使用人にしては洞察力がある女性だ。フォルカーと違って、ただの優しいいい人ではない気がする。

 目的があれば優しさを武器にしてでも遂行できる強かさ。だがそれはそれで、好感が持てる。強かさは生きる上で大事な要素だからだ。

 私は彼女に話すことにした。



「村の裏山に白い狐がいるのです。その子と一緒に山で暮らしていました。私にとっては大切な存在です。でも、以前住んでいた村の人達に私が捕まって、奴隷商にそのまま売られてしまったんです。ひとりで狩りはできる子なのですが、それまでずっと一緒に暮らしていたので、その子は私を探して彷徨っているかもしれません。もし村人に見つかったら、捕まって殺されてしまうかも……とても、とても綺麗な白い狐だから」



 そこまで話したら、いつの間にか頬に涙が伝っていた。話している内に、本当に捕まってしまったのではないかとどうしようもなく不安になって。

 私にはどうする事もできないのに。何の力も持っていない。なんて無力なんだ……


 私がすぐさま涙を拭おうとすると、マリエルが優しく頬を拭ってくれる。びっくりしてマリエルを見ると、やはり微笑みながら私を見ていたが、今まで私に見せていた笑顔とは少し違うような気がした。



「わかりました。私が先にご主人様に今の話をお伝えしてもよろしいですか?」

「はい……お願いします」


 これでせめてすぐに帰れるだろうか。白夜は無事だろうか。またあのふわふわなあの子を抱きしめられるだろうか。




「フォルカーさん。ちょっとよろしいですか?」

「え?あ、はい」

 朝食の後、マリエルがフォルカーを連れて部屋を出ていった。

 心が乱れた私に気を使ってくれたのだろうか?

 マリエルは、何者なんだろう。

 なんだかちょっと知りたくなった。


 茶会までの時間、白夜のことを思ってそわそわする気持ちを落ち着けるためにバルコニーに出て、朝日を浴びた美しいフランス式庭園を眺めた。




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