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137.晩餐への誘い(6)

《ユリウス・レーニシュ=プロイセ》




「君の話が本当なら、一体どこの公爵家かな?…現在の公爵家当主の弟君に、紫眼など、いただろうか…?私の記憶にはないのだがね……もしいたならばそれは…」

 ヴィンフリートはそこで勿体ぶったように一度言葉を止めた。そして続ける。



「王位継承序列は最上位だ。それは可笑しな話だろう?」



 少し気だるげにこめかみ辺りに指を当て、テーブルに肘をついて、ヴィンフリートは不穏な瞳でユリウスを見据えていた。不機嫌をあらわにした声だ。口元には皮肉げな笑みを浮かべている。

 隣にはヒューイットが呆けたように佇んでいる。後ろの護衛はまだ剣呑な雰囲気を保っていた。

 当然だろう。主を殺すぞと脅したのだから。



「ヴィンフリート様…」

「いい、ヴェローニカ」

 仲裁しようとしたのだろう。だがユリウスはヴェローニカを止めた。


 今まで明らかにはしてこなかったが、これはいい機会だ。身分が重要な奴らには、有効な手段。と同時に、揺るぎない事実は奴らに恐怖も与えてやれる。それで遠ざけるのならば、願ってもないこと。



「そなたが知っているかは知らないが……私の名前は、ユリウス・レーニシュ=プロイセ。兄の名は、アウグスト・レーニシュ=プロイセ。……最後の、レーニシュ=プロイセ公爵だ」



「…レーニシュ=プロイセ公爵……だと?」


 ヴィンフリートはしばし呆然とし、そして吹き出すと、顔を歪めて可笑しそうに笑った。周囲の者達もユリウスの話に呆気に取られたような顔をしている。




 侍女達もディーターもユリウスがプロイセ城の亡霊だとは知ってはいたが、家門名は知らなかった。この体に入ってからは一度も、誰にもファミリーネームを名乗った事などなかったからだ。

 ヴェローニカに従属を決めた時以外には、死んでからは一度も。


 ヴェローニカには、ユリウスの家名に“プロイセ”とあることに対して、一度も問われたことはなかった。

 聡い彼女ならば、ユリウスが滅びたプロイセに関係する人間だということには気づいていただろう。

 彼女と初めて会った時、彼女は自分の故郷の話に触れた。恐らくプロイセのように蹂躙されたのだろう。ならばユリウスを案じて、聞きづらかったのかもしれない。

 彼女が自分に心を砕いていることを感じる度に、ユリウスの心は温かくなり、切なくなる。




「ははっ……何を、馬鹿なことを」

「お父様…?レーニシュ=プロイセとは、旧プロイセの家門ではないのですか?先日歴史の授業で習いました。ヴァイデンライヒ王家に反旗を翻し、返り討ちにあって滅門した逆賊の家門だと」



「はっ!反旗を翻した?逆賊の家門だと?……ふざけるな。…あいつらはプロイセの富を欲したのだ。プロイセの富、技術、名声、伝統。その全てに嫉妬しただけの、ただの略奪者だ。今はもう王家の魔力も代を追うごとに徐々に弱まり、廃れた建国神話を正統化させるために、神の末裔と言われるレーニシュ=プロイセが目障りだったのだ。そのために我らは……濡れ衣を着せられた…!」



 ヒューイットの言葉にユリウスは神経を逆撫でされたように過剰に反応し、声高に反論した。

「……」

 ヴィンフリートは眉を寄せてこちらを見ている。荒唐無稽な話だ。理解できるわけがない。


「レーニシュ=プロイセ公爵家の……生き残り、なのか?だが、アウグスト・レーニシュ=プロイセとは、確か、最後のプロイセ当主の名だったはず…」



「だからそう言っている。アウグストは私の兄上だ。兄上は紫眼の神聖魔術師だった。もちろん魔力も豊富だった。だから王位継承序列もヴァイデンライヒ王家直系を退けて、傍系ではあったが最上位だった。だが……不毛な継承争いを避けるため、私は領主ではなく騎士であることを選び、兄上は王ではなくプロイセの領主であることを選んだ。ただの碧眼の王は兄上に王位を譲られ、それを王国民に惜しまれたことでずっと兄上を妬んでいた。奴は何かにつけ、プロイセを目の敵にし、我らは追い詰められた。…ずっと耐えていたんだ。それなのに……。立派な領主だった。あのような最期を迎えるべき人では、なかったのだ!…生き延びてくれと、何度も懇願したのに…」 



 ユリウスの声には張り裂けるほどの悲痛な感情が混じっていることを、この場の誰もが感じ取っていた。だが、それには疑問が残る。


「…何を、言っている…?レーニシュ=プロイセ家が滅んだのは、もう百五十年は前のことだぞ」



 ユリウスはひとつ嘆息する。上着を脱いで右腕の袖についたカフスを外すと、その袖を肘上までまくり上げた。

 何をしだしたのかはわからないながらも、皆がユリウスの挙動を見守っていた。

 肘までむき出しの美しい造形の右腕を掲げた。すると皆が見ている前でその肘関節に亀裂が入って腕ごとパカリと割れ、中から折りたたまれていた鋭利なブレードが展開した。


 肘側から手首の関節を支点に、手の甲側へと折りたたみナイフのようにカチャリとブレードが現れ、広間のシャンデリアの明かりを反射する。

 魔力を帯びて淡く虹色に輝くブレードを皆に掲げて見せたユリウスの、紫色だったその瞳は、いつの間にか鮮血のような紅色に変わっていた。


 最近は気分が高揚すると、瞳の色が変色するようになっていた。マリオネットの体の魔力が高まると紅色に変化するようだ。



「……」

 それを見ていた周囲は唖然とし、ヴィンフリートの護衛は驚愕しつつも警戒を強める。



「これはプロイセの秘宝、今はなき技術マリオネット……魔素金属製の“傀儡人形レーニシュ”だ。私はこのマリオネットに憑依した百五十年の時を彷徨うプロイセ城の亡霊だからな。……わかったか?人間ども。……そして“人の子”、ヴィンフリートよ」



「……傀儡…人形……」

 ヴィンフリートの呟きが聞こえた。

「亡霊だと…?魔物じゃないか!ヴィンフリート様、ヒューイット様、お下がりください!」

 護衛が二人の前に立ちはだかる。

「魔物…」

 ヴェローニカが呟いたのが聞こえた。彼女の魔素が急激に騒ぎ出す。


「ヴェローニカ、大丈夫だ。怒ることはない。おまえも以前言っただろ?人間とは、未知を恐れるものだと」


「ユリウスは魔物じゃないわっ!!」


 ヴェローニカの剣幕にユリウスはふっと笑って、再び彼女を抱き寄せた。ブレードで傷つけないように、左腕で。

「大丈夫だ。お前がそう思っているのなら、それでいい。もう心を乱すな」

「……」


 ヴェローニカの青銀の瞳に涙が溜まっている。今にもそれは溢れそうだった。その目元を指の背でそっと触れると、堰切ったようにぽろりと涙が溢れた。それを左手で少しもどかしく拭ってやりながら、困ったものだとユリウスは思う。


「そのようにいちいち怒っていては、身も心も持たぬ。何より、銀髪を隠蔽している意味がないだろ」

 彼女が我を失うことで、すでに何度か魔力暴走を起こしているのだから。

 ユリウスがわざと笑って見せると、ヴェローニカはきょとんした。しばらくぱちぱちと瞬いて、その度にぽろぽろと水晶のような涙をこぼしてから、ふっと彼女は微笑む。

「……ふふ。そうね」



 やっとヴェローニカが落ち着いたのを見て取って、ユリウスは右腕のブレードを納めた。ヴェローニカを抱きしめるのには、大仰な刃は邪魔だ。ところがそれを彼女は興味深そうに見つめてくる。


「他にも仕込み武器がついてるの?」

「ん?ああ、そうだ。色々ある。からくりを全て駆使すれば、さらに敵なしだな」

 ユリウスは袖を戻しながら、ヘリガやウルリカを見ておどけるように言った。だが侍女やディーターは今だにぎょっとした顔つきをしていた。


 戦闘訓練でもこのようなマリオネットの仕込みを見せたことはなかったからだろうが、だとしたら、ヴェローニカは何故こんな反応なのか。

 彼女の瞳には、畏怖も忌避も見えない。どちらかと言えば、あるのは好意的な好奇心。

 いつかのアレキサンドライトの話をした時を思い出す。本当に不思議な人だ。



 ヴェローニカが椅子から下りようとしたので、抱き上げて下ろしてあげた。すかさず黒猫が彼女の足元にすりすりとまとわりつく。それを見ていると自然とまた笑みが浮かんだ。先ほどまでの渦巻く感情が嘘のように。

 このような日常は、あのプロイセ城にいたままではあり得なかった。全て彼女がもたらしてくれたものだ。



「ヴィンフリート様。ヒューイット様。驚かせてしまって申し訳ありません。ユリウスに他意はありません。先ほどの無礼はどうかお許しください」

 ヴェローニカは謝罪の立礼をする。

(他意は……ないこともないが。まあ、よいか。)



「無礼か……。いや。まさか……君がレーニシュ=プロイセ家の者とは。こちらも礼を欠いていたようだ。…すまない、ユリウス卿。非礼を詫びる」

 ヴィンフリートが席を立って謝罪をした。それを見た周囲が狼狽える。

(まあ、動揺するのは当然か。伯爵が魔物に礼を示すなど。)


 だが一人だけ動揺どころか喜んでいる気配がある。ヴェローニカだけは嬉しそうに微笑んでいた。その様子をユリウスはまた微笑ましい気持ちで見守る。どうやらヴィンフリートに心を許したようだ。



「ヴィンフリート様?」

「ん?…なんだい?ヴェローニカ」

 ヴィンフリートはにこやかにヴェローニカを見た。周囲は未だに困惑を隠せないでいるのに、さすがは生粋の高位貴族だ。肝が据わっている。

「お詫びに、ひとつ、提案がございます」




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