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135.晩餐への誘い(4)

《ユリウス・レーニシュ=プロイセ》




 ヴェローニカがこちらを見上げている。

(立ちたいということか。別にいいのに。気に食わぬ)

「……」

 仕方なくユリウスはヴェローニカの望み通りにその細い指先を取って支え、立たせてあげた。一緒に黒猫がトタンと床に下りる。他の者達も席を立って礼を示す。


挿絵(By みてみん)


「待たせたかな」

 給仕の者がエーリヒの兄の椅子を引く。

「君がヴェローニカかな。可愛らしいね。これは想像以上だ。お人形のようだね」

「ありがとうございます。お初にお目にかかります、ヴェローニカと申します。今夜はお招きに与りまして、光栄でございます」

 ヴェローニカは美しい所作でスカートを摘み、挨拶をした。


「これは……利発なお嬢さんだ。私はヴィンフリート・シュレーゲル・フォン・グリューネヴァルト。エーリヒの兄だ。ヴィンフリートと呼んでくれてかまわない。私の上にも長男がいるんだが。今は領地で仕事をしてるけどね。君に会えたことをあとで兄に自慢しよう。…さあ、座って。皆も…」

 にこやかにヴィンフリートは話して、一同に着席を促した。ユリウスはヴェローニカをまた椅子に座らせる。



(自慢する…?長男もヴェローニカのことを知っているのか。どんなふうに噂しているのか知らんが。)


 ヴィンフリートはグリューネヴァルト侯爵家の次男らしいが、シュレーゲルというのはグリューネヴァルトとは違う爵位を持っているようだ。先刻クヌートが伯爵だと言っていた。次男にしてはなかなか高い身分だ。



「君も席について食事しなさい。ヴェローニカにはちゃんと給仕をつける」

「結構だ」

「……」

 ヴィンフリートはユリウスを見つめた。

「君は……紫眼なのか。珍しいね。紫眼というのは、魔素が視えると聞いたが……本当かい?」

「…この紫が魔素が視える証左かは知らぬが、魔素は視える」


(紫眼か……懐かしい。私が魔素が視えるのは、魔物だからだがな。本物の紫眼はもう少し青みがかっている…)


「そうなのか。君もエーリヒの部下なのか?紫眼がいるとは聞いてはいなかったが…」


(エーリヒの部下だと?…ふざけるな…)


「…私は姫のものだ…」

 少し声に棘が混じった。

「そうか……姫、か……珍しい従者を持っているね、ヴェローニカ」

「……ありがとうございます」

 ヴェローニカの魔素が少し乱れた。やはり今日は本当に疲れているようだ。珍しく少し苛立っている。今の会話の何が気に障ったのか。



 ヴィンフリートに促されて、食事が始まった。

 ユリウスが生前によく饗されたものが並んでいる。あれから食文化にはあまり発展がないのか。懐かしさはあるが、今はヴェローニカの血に勝るものはない。


「最近コンラートから色々な仕事や注文が舞い込んでくると聞いたが……君と何か関係があるのかな?君がエーリヒのところに来てからだと聞いたからね」

「…無茶なお願いをしてしまって、申し訳ありません。全てそちらにお話がいっているとは、思いもよりませんでした。もしご負担のようでしたら、これからは他に割り振った方がよろしいでしょうか?」


「ほう。やはり君が考案したものなのか。…にわかには信じがたいが…」

「ご迷惑であれば…」

「いいや。迷惑だなんて言ってはいないよ?確かに奇抜なものばかりで面食らう者もいるだろうが、とても興味深いよ」

「ですが……そちらのクヌートには含むところがあったようですので、私が迷惑をかけているのかと思ったのですが」

「クヌートが…?」


 ヴィンフリートが部屋の隅に立っていたクヌートを見た。皆の視線を集めた当のクヌートは、少し青ざめた顔をしている。



(これはわざと話題を振ったな。意趣返しとは、意地が悪い。やはり意外と好戦的だな、ヴェローニカは。“ナメるな”ということか。まあ、それはそうか。)

 彼女はユリウスのように、見た目通りの年齢ではない。その上どうやら前世では身分制度もなかったようだ。女性である身で男性にも臆することなく意見するその姿は、以前の常識によるものなのか。いや、彼女の本質によるものなのだろう。

(商店街でのことも、まるで普段の優しい姫とは別人だった。怒らせると本当に怖いな。…姫を子供と侮るからだ。)

 思わず口元がニヤリと笑んだ。



 だが今日のヴェローニカは、いつも以上に心が乱れているようにユリウスには思える。何故だろうか。まさかまだあの時のバケモノ発言を引きずっているのか。

(私がバケモノと呼ばれたくらいであれほど怒るとは。それでもまだ今日は、大気の魔素まで乱れずに済んだが。…だがあのような魔法は初めて見たな。)



――私のユリウス――



 ふとその言葉が脳裏をよぎり、ユリウスはヴェローニカの声を反芻する。その言葉に特別な意味合いはないとは思いつつも、胸が温かくなるのを噛みしめた。



「クヌート、何があった?」

「っ……申し訳ありません。私の態度がヴェローニカ様のご気分を害したようです」

「具体的には?」

「……」

 クヌートは目を伏せて畏まったままだ。

「すまないね、ヴェローニカ。彼は商人だからね。恐らく君を値踏みしたのだろう。悪い癖ではあるが、それが商人というものだ。許してはくれないか」


「……ヴィンフリート様が謝罪をする必要はございません。これは私とクヌートとの間のことですから」

「ふっ。君は……子供とは思えないね。確かにその通りだ。でも私は彼の主人だからね。今後も君とは気持ちよく取引を行いたいし。彼を許してもらうために、何か要求はあるかな?」

「……」

「…ん?遠慮はしなくていい」



「…では恐れながら。今日の諍いに私が関与していなければ、グリーベル商会は介入しなかったようですので、今後もアードラー商会やバルツァー商会のような反社会的な行いをする商会から、あの商店街の皆さんを守っていただきたいのです。クヌートからは今日の損害はなかったと聞いていたので、もし本当に負担にならないのであれば、お気遣いいただきたく。…そのようなお願いは、叶うものでしょうか…?」



「商店街を…?君自身のお願いではないのかな?」

「私にはできることとできないことがありますから。クヌートにはそれができるようですので。できる人にお願いしたいのです。いかがでしょうか?」

「どうだ?クヌート」

「はい。問題はありません。バルツァー商会には今後、牽制が必要でしたし、それでヴェローニカ様にお許しいただけるのであれば、喜んで対処させていただきます」

「ありがとうございます、クヌート」

 ヴェローニカが微笑むとクヌートは畏まる。

「いえ。こちらこそ」



 やってきた使用人がヴィンフリートに耳打ちをした。それに頷いて何か指示を出したようだ。

「これで許してもらえたと思いたいのだが…」

「はい。もちろんです」

 ヴェローニカの微笑みには偽りはないようだ。


(結局あそこの者達が憂いないようにしたかったということか。姫の情の深さには恐れ入る。だからこそ、それを傷つける者を決して許さない。…私はその姫の庇護の対象ということか。こんなに小さいのに。参ったな、本当に…)



「そうか。ならば良かった。今後もよろしく頼むよ。…ちなみに何か他にも商売のアイディアはあるのかな?」

「…それについては、コンラートに話しているのですが」

「コンラートはエーリヒの執事だよ。商売人ではない。君のアイディアを全て拾い上げることはできないと思うのだがね」

 ヴィンフリートは食事の手を止め、興味深そうに微笑んだ。


「私はエーリヒ様の邸宅にお世話になっているので、エーリヒ様の部下を通すことで何らかのロイヤリティが彼らに入るのなら、それに越したことはないのです。コンラートを素通りして直接ヴィンフリート様に提案したら、彼らに利益はないのであれば、私が話すことは何もありません」


「これはまた…ははっ」

 ヴィンフリートが笑いだした。クヌートはぎょっとした表情をしている。



「ヴェローニカ、君……まだエーリヒと養子縁組はしていないと聞いているのだが…」

「…はい」

「そうか。では、私の娘にならないか?」

 ヴィンフリートの発言に、侍女達やディーターが動揺を示した。クヌートも目を見張って注視している。


「君はどうも商売っ気があるようだからね。そのような考え方は中々貴族にはできない。…卑しい、などと言われてしまうのがオチだ」

「私は思うのですが…」

「何かね?」

「相手を見下して堂々と“卑しい”と言う場合は、大抵卑しいのはそれを発した本人のことが多いです。卑しいの意味をはき違えているのです」

「プッ。…なんだって?」

 ヴィンフリートは吹き出す。口を押さえてヴェローニカに対し、目を見張った。


「相手に対して何の理解も尊重もなく、突き放したように卑しいと言い放つ、その品性が卑しいと思うのです。私が先ほど言ったことは、純然たる権利ですよ?私が提案した商品や商売で利益を生むのですから、その配当をもらうのは当然の権利です」


「あっはっはっは!」

 ヴィンフリートは手のひらでテーブルを軽く数度叩き、さも可笑しそうに笑った。周りの給仕達は主人のその様子に驚いている。



(ああ…これはまた。厄介だな)

 この反応を見ると、どうやらヴィンフリートは先ほど自身が言った経験をしてきたのだろう。社交界では商人など生粋の貴族からすれば、金に汚い卑しい人間と映るものだ。だとしても、彼はそもそもの生まれも侯爵家なのだから、陰口は叩けど、面と向かって言う者はいまい。であれば言い返すこともできない。それをヴェローニカが事もなげに一蹴したのだ。それは笑いたくもなるか。



「あはは……そうだな。ヴェローニカの言う通りだ。奴らの方が……卑しいな…ぷくく…」



 ヴィンフリートが笑いを堪えているところへ、奥の扉が開いて誰か子供が入ってきた。

「お父様、お呼びですか?」

「ああ…ふふ。ヒューイット、こちらへ来なさい」

 ヴィンフリートが手を伸ばして手招きし、呼び寄せたのは、金髪碧眼の小さなヴィンフリートだ。ヴェローニカよりも少し大きいくらいの年頃だろうか。




《続く》

ヴィンフリート様、楽しそうです。

ヴィンフリートの息子のヒューイットがやって来ました。


画像はヴィンフリート。

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