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13.大人達のお話(2)

《フォルカー》




「古代文字だと?」

 子爵の驚愕の声が部屋に響く。それほど驚くべきことのようだ。

「エーリヒ、つまりお前はあの魔法陣は古代魔法を使用した痕跡だと言いたいのか?」

「あくまでまだ推測に過ぎません」

 亜麻色の髪の側近は有無を言わさぬ美しい笑顔を浮かべた。

(なんだか笑顔の圧がすごい側近だな。)


 あの魔法陣を写し取っていたのか。確かにあの後の雨であの場にあった模様は、もうすでに消えてしまっているだろう。



「古代魔法か……あり得るな」

「と、言いますと?」

 子爵の合いの手に伯爵は視線をそちらに向けた。

「王都の結界石の影響をものともしない大規模な魔素の異常による雷雲と落雷。そしてその後の不可解な状況だ。複数の人体の消失というな。そんな奇妙な魔法など聞いたことはあるか?それが古代魔法によるものだと言われれば……まだ納得もできる」


 そうなのだ。落雷の後、すぐに伯爵らの配下が現れたことで信じ難い事態への驚きは恐怖までに至らなかっただけで、周辺の異常さに度肝を抜いたのは確かだ。




 雷が止み、小雨に気づいて立ち上がると、そこにはさっきまで会話していた銀髪の女の子が倒れていた。

 もしや雷に打たれたのかと思い傍に寄ろうと足を踏み出したが、すぐに思い留まった。

 少女の周りには大きな円状の模様が地面に描かれていたのだ。

 小雨の降る中、地面に横たわり目を閉じた少女。その周りの円状の複雑な図形と流れる美しい銀髪。

 それは何やら神々しい一枚の宗教画でも見ているようにも思えた。


挿絵(By みてみん)


 そして次に気づいたのは、辺りに倒れていたはずの商会の男達の死体が全てなかったことだ。それも、衣服や装備品だけを残して、肉体だけが跡形もなく消え去っていた。地面にできていた血溜まりすらも全て。

 女の子を助け起こすことすら忘れて、ロルフと二人で呆然と立ち尽くしそれを眺めていた。


 そしてそこにやって来た伯爵の配下達からは、さらに不可思議な現象を聞く。

 それまで戦っていたアードラー商会の者達が落雷の稲光で目を閉じた一瞬の後に、やはり衣服や装備品だけを残して完全に消えてしまったのだと。あとに残ったのは一時的に雇われていた傭兵の数人だけで、彼らはすぐさま投降した。

 余りの不気味さに、必然的にそこで戦闘は終了を余儀なくされたのである。




「魔法陣の中心には、また歳に似合わぬ不可解な言動をする珍しい容姿の少女だ。結びつけたくもなるだろう」

「まさか。閣下はその娘が古代魔法を使用したとでも仰るのですか?……それはあまりにも突飛なのでは」

「だが、消失したのは全てアードラー商会の者達だぞ。フォルカーら傭兵と配下達、そして子供達はあの場にいても無事だった。それは対象を選別したということなのではないのか?先ほどハインツ、そなたも申していたではないか。罪人は容赦なく死ねとその娘は言ったと。まさに彼女の望み通りだ。そうだろう?」


 伯爵は恐ろしささえ感じるほどの美しい笑みをたたえて、子爵とフォルカー、そして子爵家の使用人マリエルを順に見た。



 伯爵の視線にマリエルは頷き、胸に右手を当て、

「はい、閣下。正確には、『人権というのは人に対する権利であって、クズには情けは必要ない。全ての罪人はすべからく、苦しみ抜いて死ぬべきです』と、先ほど彼女は笑顔で申しておりました」

と畏まって答えた。



「そうか。…はは。……まあ、そのお陰で聴取も何も取れなかった訳だが…」

「…ははっ…」

 子爵の座っているソファーの方から誰かの乾いた笑い声が聞こえた。子爵本人か、後ろに控えた側近か。

(俺も笑いたいくらいだ…そんなの、馬鹿げてると…)



「まだ推測に過ぎませんよ、主君」

 鈴の音のような涼し気なひと声が、この場の異様な雰囲気を一掃した。

「つまらないことを言うな、エーリヒ」

 伯爵は自身の側近を振り返り、睨めつける。

「皆様が引いておいででしたので。主の過ぎたる興もお諌めしませんと」

 主従の軽口に空気が緩む。

 彼の主に対する態度は非常に丁寧で礼儀を弁えているが、関係はどうやら気安いようだ。




「その場にいたのは……ここではフォルカーだけなのだが……何か変わったことはなかったのか」

「変わったこと…ですか…」

「何が古代魔法が発動したきっかけなのかわからないだろう」

 伯爵の下問にフォルカーは当時の状況を再び思い出そうとする。古代魔法の何たるかがフォルカーにはよくわからないので、きっかけと言われてもピンとはこないが、恐らくすごいものなのだろう。



 変わったこと……

 あの夜は、いや、あの娘は変わったことだらけだった。

「変わったことと言えば、彼女が……奴隷商の男を刺したときに、何かを言っていたのですが……それがよくわからなかったのです」

 伯爵はソファーの肘掛けに肘を立て、頬杖をついてフォルカーの話に耳を傾けている。

「…………」


「よくわからないとは?」

 無言で聞いている伯爵に代わって、子爵がフォルカーを促した。

「何というか……呪文のようにも聞こえました。とにかくわからない言葉を言っていたのです」

「呪文……詠唱文か?神官が使うような」

 クライスラー子爵が顎に手を当てて眉をひそめた。

「神官の祝詞は聞いたことがありますが、それではなかったかと…」


「その呪文とやらが何か知りたいな……古代語、とかだったら……面白いと思わないか、エーリヒ」

 伯爵が側に立つ側近に笑顔で問いかけた。

「…それは、興味深いですね…」

 亜麻色の髪の彼は妖艶な笑みを浮かべた。何やら背筋がゾクッとする恐ろしいような美しい笑みだった。

 美しさも過ぎれば恐ろしいものなのだな、とフォルカーは本日何度も思い知る。




「…その娘は奴隷商を一人、自らの手で殺したのだとイザークからは聞いてはいたのだが……本当だったのだな」

 頬杖をついたまま伯爵が呟き、子爵の後ろに控えている琥珀色の髪の側近を見た。

「は、閣下。子供達からもその証言は取れたのですが。正当防衛のように子供達はその娘を庇っています」

「…そなたはそれを見ていたのだな」

 フォルカーは少し緊張した面持ちになる。



「どういった状況だったのだ?」

「ええと……どこからお話しましょう」

「そなたが見た場面だ」

「…子供達の悲鳴が聞こえたので奴隷商の奴らに痛めつけられていると思い、私ともう一人の傭兵がその場に急ぎました。彼女は一人だけ馬車から放り出され、蹴られて暴行を受けていました。彼女の容姿が特別だったので、奴らは彼女だけでも連れて行こうとしていたのだと思います。…ですが何やら突然狂ったように彼女が笑い出したのです。…それで、相手の人数も多かったので、しばらく物陰で様子を見ていました」



 フォルカーの脳裏に、あの時の彼女の狂ったような笑い声が蘇る。幼い声なのに不安を煽られる、気がふれたような笑い声だった。

「とにかくあの時の彼女は異様でした」

「ほう……それで?」

 伯爵に促されて、フォルカーは躊躇いながらも何かの手がかりになるのかとその時のことを思い出そうとする。



「彼女の発言からは、大人に対する強い敵意と不信感が窺えました。そして幼い少女とは思えない口調でその男を挑発し始めました。相手は今までに奴隷にした子供達を幾人も暴行し殺していた、そんな奴でした。彼女が胸ぐらを掴まれて、危ないと思い介入しようと思いましたが、彼女は奴の顔に握っていた砂をまき、相手が怯んだ隙に腰の短剣を引き抜いて胸を刺したのです。しかも、一度抜いて出血させ、とどめにもう一度首を刺した。……あれを見ると、挑発したのはわざと男の懐に入るためだったのだと思います」



 貴族達は皆、押し黙ってフォルカーの話を聞いている。それぞれの顔には、疑念や不快感などの悪感情が浮かぶ。

「…………」

 話しすぎてしまっただろうか。それでもアンスガーと彼女のやりとりは本当に衝撃的すぎて笑えないので、省いたのだが。



「えーと……ですが、正当防衛ではあると思います。彼女は髪を掴まれたり、腹を蹴られたりしていましたし、あのまま抵抗しなければ奴らに連れて行かれていました。……彼女は奴を殺さないと、これからも奴は他の子供達をさらい、殺すのだと思ったのだと思います」

「何故そう思うのだ」

「…彼女はあの男を刺したあと、お前の罪はこんなものでは赦されない、だとか、お前が奪った命の数だけ、地獄で未来永劫苦しみ抜けというようなことを……言っていました」



「…………」

 部屋内が再び静寂に包まれた。この場にいる貴族達が引いている。

「…本当に凄まじい娘だな……なんなのだ……そやつは悪魔か何かなのか?」

 ソファーに肘をついて美しい眉目を寄せ、こめかみを押さえた伯爵の苦笑まじりの言葉に忌避感が表れていて、少し焦る。


 やはり少し話しすぎてしまったか。

 彼女を危険視しすぎて、何か咎めがあるのも後味が悪い。何故なら彼女は確かに過激で危険ではあるのだが、それは敵に回せば、なのだ。彼女自体は決して悪だとはフォルカーは思ってはいなかった。

(あいつは口は悪いが。いや……丁寧だが内容がどぎついのか。)



「ですが、それまで彼女はずっと他の子供達を守ろうと、自分が一人で前に出て盾になっていました。あの男に脅されて他の子供達は泣き叫んでいるというのに、あの子は男達の前で綺麗に微笑んで、あの男の殺意をうまく宥めていた。煮炊きの残りを融通してもらえるように交渉したり、子供達が用を足せるように頼んだり……あの子がいなかったら、きっと何人か殺されていました。あの子は自分の容姿には奴隷としての価値があり、危害は加えられやしないと計算した上でそうしていたに違いありません。彼女は敵だと認識したら容赦はしませんが、守ると決めたら自分を犠牲にしてでも守るでしょう。…そんな風に感じました…」

「…そうか…」

 伯爵は一言呟いた。



「ああ、それと、気のせいなのかもしれませんが、実は……落雷の前に彼女に話しかけたのですが、非常に警戒していた状態で、我々が近づこうとしたときに、彼女に動くなと言われたのです。すると何故か身体が動かなくなったような気がしました。もちろん不用意に近づこうとも思いませんでしたが、……何かあの時は……威圧感を受けたというか……金縛りにあったというか。お恥ずかしい話ですが…」


「ふ……どう思う?」

 伯爵が子爵を見た。すると引きつったように子爵は笑う。

「…はは、まさか……まだ子供でしょう?」

 次に伯爵は隣に控える側近を見た。彼は口元に黒い革手袋をはめた手を当てて、その視線に応える。

「魔力による威圧でしょうか……本当に興味深い子ですね」

「エーリヒもそう思うか。…ふふ」

 伯爵は面白そうに笑みを浮かべながら、テーブルのグラスをとり果実酒を口にした。




「しかし、そうなるとその娘の魔法の才が気になるな」

 果実酒を飲み干してひと息つき、グラスをテーブルに置いた伯爵はまた綺麗な笑みを浮かべた。

(魔法の才……あれが、魔力による威圧…?だとしたらやはりあの子は平民なんかでは…)


「フォルカー、明日その娘を茶会に呼ぶ。そなたも参じよ」


(え……貴族と、お茶会…)

 この報告会で発言するのにも、フォルカーには緊張から胃が痛む思いでいたのに。

(いや待て。俺がお茶会に同席する訳ではないな。うん。大丈夫。)

「魔術師団からも誰か呼ぶか…」

 更なる貴族が参席する気配に、フォルカーはこの場にいないロルフが心底羨ましくなった。




新たな登場人物が。

イザークはハインツ子爵の補佐官です。

マリエルはハインツの使用人として働いています。

この世界では髪色の明るさ=魔力の高さです。

金髪キラキラなジークヴァルトは高魔力保有者ですね。

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