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129.店頭販売始め〼(3)


「おいおい。姉ちゃんが俺のお相手でもしてくれるってのか?」

 紺色の髪の美人秘書スタイルのヘリガを見て男達は笑い、囃し立て始める。

 がらの悪い男達に囲まれて、それまでポップコーンに興味を持って集まっていた周囲の人達が警戒するように散っていく。

「ちょっと…営業妨害ですよ?」


 後ろで見守っていたウルリカも、偽装した紺髪ポニーテールの可愛らしい外見に反して剣呑な眼差しをし、腕組みを解いて臨戦態勢に入っている。



「大丈夫よ、ヘリガ、ウルリカ。…あなた方の所属を答えてください。何の権限があってこのようなことをするのですか?」

「所属だと?生意気なガキだな。てめーこそ、どこのガキだ?この店のガキなのか?あ?ぐだぐだ言ってっと、てめーんち潰してやるぞ、オラ!」


 怒鳴り声とともに、男は転がっていたフライパンを蹴り飛ばした。派手な音を立てて吹き飛んでいったフライパンを、見物人達が慌てて避ける。それを愉快そうにニヤニヤして眺めながら、調理台に置いてあったポップコーンを粗雑に掴み上げて口に頬張り、ムシャムシャと咀嚼する。周りにいた男達もそれに続いて、無断でポップコーンを食べ始めた。


「なんだこりゃ……結構イケるじゃねぇか」

「ほんとですね」

 ゲラゲラと下卑た笑い声を上げながら、ポップコーンを鷲掴みにして貪っている。ポロポロと粗末に地面に撒き散らして。



「…………」

 …話にならない。言葉は通じるはずなのにね。

 ああ、猿かな?人間の皮を被った猿なのかな?



「なんだ、ガキ。ビビってもう声もでねぇのか?」


 多分ヘリガ達が今黙っているのは、孤児院での事があったからだろう。差し迫った状況でなければ、私の命令を待っているのだ。本当は腸が煮えくり返る思いなのかもしれない。私のせいでいらぬ我慢をさせているかな。



「…私はここの店の者ではありませんので、お店には余計な事はしないでください」

 とりあえずこいつらを帰らせなければ。

「ああ?じゃあどこのガキなんだよ、てめーはよ!」

 ガタン!と調理台に蹴りを入れた。


 ああ!もう!これじゃあせっかく集まってくれたお客さんが、こいつらのせいで皆怖がって逃げてしまうじゃないか。

 トーマスが「嬢ちゃん、もういい。危ねえから逆らうな」と小声で伝えてくる。


 ……いいこと、あるかー!!



「おう、わかってんじゃねぇか。初めっからそうやって言う事聞いてりゃいいんだよ。手間かけさせやがって。大体、俺達に断りもなく勝手な商売してるお前らが悪りぃんだからよ。そうだろ?」

「…はい…」


 なんだその論理。暴論過ぎて笑えんわ。この状況は誰から見てもトーマスが被害者だ。

 弱いから悪いのか?ふざけるなよ。どう考えても悪事を企んで、実行した方が悪いに決まってるだろ。

 被害者の方が悪いわけ、ねーだろが。


 いやこれ、もういいんじゃないかな?ぶっ飛ばしちゃって。面倒臭いからさ。ヘリガもウルリカもそう思っているはず。

 ああ、いやいや。ちょっと待って。(二回目)

 冷静にならなきゃ。私はこれでも責任者なんだからね。なんとか話し合いで収めないと。



「声を荒げないと話せないんですか?脅しが身に染み付いているんですね。これは迷惑行為です。役人を呼びますよ」

 うん、そうだ。お役人さんを呼ぼう。

「ああ?役人だぁ?そんなの俺達が怖がるとでも思ってんのか?このクソガキが!」


 大柄な男がその太い腕を伸ばして捕まえようとしてきたのを、ヘリガがゴミでも見るような目で、軽くパシンと振り払った。ただそれだけの動作だったのだが、力の差が歴然だったのか、ヘリガに腕を振り払われた男は容易に吹き飛ばされて、みっともなく地面を転がり、呆気なく倒れ伏した。

 そう言えばヘリガは、身体強化が得意だと聞いたな。あんなに吹っ飛ぶんだね。


 他にも動いた者がいたようだが、そちらはウルリカに制圧されている。あっさりと腕を捻られて悲鳴を上げ、ポイ投げされて、捻られた腕を押さえて呻き、あちらも地面に転がっていた。



「いってぇな!なんだ、この女!馬鹿力め!やりやがったな!」

「くそっ、てめぇ!女のくせに生意気な!」

 ヘリガに打ち払われて腕を押さえた男が凄んだ。

 だがそこは地面である。まずは立ちなさい。それに“女のくせに”とはいただけないな。それはブーメランだぞ。“男のくせに”。

 すると、そこに今度はユリウスが立ちはだかった。



「おい、お前ら。どこの奴らだと姫は聞いている。…答えよ…」


 ユリウスに低い声で凄まれて、彼らは顔色を変え、後ずさった。凄むというのは、こういうことを言うのだとユリウスは体現している。



 今日のユリウスは皆と同じく闇色の髪で、腰にはいつもの魔剣を装備している。男達のように体躯がごついわけではないが、端整な顔立ちの護衛という風体だ。

 皆、庶民区画に来る際の変装をし、身なりは富豪に仕えているような平民にしては仕立ての良い格好だった。



「あの、多分この人達はバルツァー商会の人達です。この辺で露店とか屋台とかを出すと、いつもはアードラー商会の人達が来るんですが、最近勢力争いがあって…近頃はバルツァー商会が幅を利かせ始めてて。でも今日は店先だから、大丈夫だと思ったのに…」

 アルノーがビクつきながら、ユリウスとヘリガとウルリカをきょろきょろと見て話す。


 アルノーが恐れているのはどちらなのだろうか?…男達よりも、優美だが覇気のありそうなユリウスや、か弱い美人と思っていたはずが、ならず者よりも強かったヘリガとウルリカに驚いているような気がする。


「アードラー商会やバルツァー商会というのは、この辺を取り仕切る役目でもあるのですか?」

 私はアルノーとバルツァー商会の者達を見回した。

「…いや…そんなことは…ないはずなんだけど…」

「ああ?なんだと、てめぇこの野郎!」

「ひぇっ…」

 今度はバルツァー商会の者達を気にして隠れ、身を縮めている。



 アードラー商会とは、あれだ。マリエルを苦しめていた悪徳商会であり、あの暴力的な奴隷商の男がいた商会。バルツァー商会もこの分じゃ同じようなものだろう。



「では役人を呼んではっきりさせましょうか?ここの商店街の皆さんも迷惑しているようですし。これは立派な営業妨害です。損害賠償や慰謝料を請求したいくらいです」

「な、なんだてめぇは?ガキのくせにくだらねーことをべらべらと…お前らは黙って従ってりゃいいんだよ!」


 また子供の私に向かって来ようとして、それをユリウスに遮られ、男は歩みを止める。


「てめぇはこのガキの用心棒か何かなのか?女みてぇなチャラい顔して粋がってんじゃねぇぞ。そんな立派な剣を持ってるみてぇだが…どうせ顔で雇われたクチなんだろ?この俺とやろうってのか?」


 荒くれ者らしく、腕っぷしを見せびらかすように袖をまくり上げて見せた。確かに腕の太さはユリウスよりも立派なものだ。



「ふん、くだらん。それより、我が姫に対して“ガキ”とは、何たる言い草だ。聞き捨てならんぞ、貴様…」


 ユリウスの身体から魔力が揺らめいた。すると正面で睨み合っていた男が「ガッ!ぐあぁっ!」と喚き出す。自分の喉を押さえて、苦しみもがいている。

「え?」

「うわっ!」

 周りの男達は、急に苦しみ出した男とユリウスを交互に見て、その異様さを感じて後退る。喉を押さえた男の顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。


「ユリウス!」

 慌ててユリウスに声をかけて腕に触れると、ユリウスの身体からふっと魔力の揺らめきが収まった。

 どうやら苛立ちで魔力が漏れて、平民にとっては魔力威圧したようになり、息ができなくなったようだ。

 ユリウスの威圧から解放された男は、ゲホッゲホッと咳き込んで地面に蹲っている。



「ひっ!な、なんだこいつ?バケモノだ!」

「こいつ、さっきと目の色が変わったぞ!真っ赤だ!ほんとにバケモンじゃねぇのか?」

 バルツァー商会のチンピラ達は、ユリウスを見て顔を引きつらせた。

 いつもは光に当たると美しいアメジストにも見える紫水晶の瞳が、太陽光の下なのに、今は真っ赤に染まって揺らめいている。魔力が高まっているからなのか、それとも怒りに興奮しているからなのか。


 そんなことより…


「今、なんと…?」

「あ…?」

「あなた方、今、なんと言いましたか…?」



 ユリウスの瞳の色が変化することを知った夜、ユリウスの瞳は宝石のように美しいと思った。アレキサンドライトのように変色する瞳。

 でも、ユリウスは違った。

 ユリウスは覚悟してこのマリオネットに宿ったはずなのに、瞳の色が変化することを知って、悲しげな顔で笑った。

 ユリウスは確かに、自分自身の意思で体を求めた。だとしても、望んでなった体ではない。

 ならばユリウスを誰にも、バケモノとは、呼ばせない。



『私のユリウスを…バケモノだなんて…』

 誰にも…



「姫…魔力が…」

『《許さない》』

「?!」

 次の瞬間、その場にいた者達は全員が硬直した。

 バルツァー商会の男達も、集まっていた客や通りの野次馬達も、ユリウスやヘリガ達も、怒りの声が聞こえた者達は皆、まるで時間が止まったようにピタリとその場で動きを止めた。


 まただ。いつもそうだ。

 無抵抗な者だからこそ、お前らは暴力ですぐに捻じ伏せようとする。

 理解できないからこそ、偏見で排斥しようとする。

 お前らは皆、優しさを、弱さと捉える。

 理不尽だ。

 理不尽な世の中だ。



『《お前ら……そこにひれ伏せ》』



 怒りのままに日本語で命じていた。

 だがいつかとは違って、理性は保っている。

 ふつふつと腹の底から沸き上がる怒り。視界を霞ませ、意識までも刈り取ろうとする魔力に翻弄される。それらに呑み込まれまいと、慎重に理性を混ぜ込む。発する言葉に、重力を練り込むように。


 この世界の魔素は、私の味方。

 魔素は、私の願いを叶える。



 バルツァー商会の男達は、全員地面にバタバタと倒れ伏した。身体に重くまとわりつく理解しがたい重力(ちから)に、地べたを這う虫のように抗い、起き上がろうと地面を蠢く。

「うわぁ!」

「ぐあ!」

「なんなんだよ、これ?!身体が…重い!」


 辺り一面、驚愕と困惑、そして恐怖に染まっていく。




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