128.店頭販売始め〼(2)
そしてトーマスとアルノーが調味料屋さんの店先にポップコーンを作る特設コーナーを作ってくれた。
その間に私は許可を得て、スパイスをいくつか買い取り、カレー粉を調合しておいた。ポップコーンのカレー味である。
他には、塩バター、しょうゆバター。それと甘味としてグラニュー糖を用意し、キャラメルの作り方をアルノーに教えてある。
ポップコーンをここで売ることにした理由は、各種フレーバーとして使える調味料が揃っていることからだ。この貴重な調味料屋さんの販促にも繋がるのでは?と思ったからだった。
さらにはこの商店街の他店の店先にも人を雇って、ポップコーン以外の別の出店を出す交渉もするつもりだ。その店の商品を扱った出店を出すことによって、人気が出たらお店の集客効果にもなるから、きっと賛成してくれるはず。
例えば手軽に食べられて美味しい綿菓子とか、ポテトチップスにポテトフライ、肉まんなんかを考えているんだよね。
綿菓子を作るには、まずは専用の魔導具から作らなければならないかもしれないな。風魔法と火魔法を利用した魔導具を。勿論、私はアイデアだけで、製作は職人さんにお任せである。
野菜売り場ではポテトの出店を、お肉屋さんでは肉まんを。綿菓子はまたここになっちゃうかな?どこか他にやりたい店舗を募集してもいい。
何故なら、ここの一店舗だけにそれらの商品を集中させるとやっかみを受けるかもしれないし、調理も煩雑になる。でも商店街の皆で儲かれば、きっと敵を作らずに稼げるわ。
そして実績を作れば、何をするにもコンラートを説得しやすくなって、グリーベル商会を通して王都に限らず、グリューネヴァルトの領地やグリーベル商会の支店がある各都市で徐々に広げていける。そうやって店舗展開していけば、一気に収入も増える。そうなれば少しでも今までの恩を返せるはず。
孤児院にも運営費を支援できるし。そしてゆくゆくは……白夜が迎えに来る頃までには、ひとり立ちできるようになっておきたい。
今日は、その足がかりである。
一応そんな感じの展望をコンラートにはすでに話してある。
他にも砂時計や改良したペン、パスタマシンの製作までコンラートには頼んであって、本当に関係各所、大忙しのようだ。でも無茶振り注文を受けてくれた工房の職人さん達は、意外にも「腕試しだ」と張り切ってくれているとコンラートからは聞いているので、安心している。
では、ポップコーンを作るところからの、実演販売開始である。
道行く人が「何事か?」とチラリチラリと視線を送る中、蓋をしたフライパンを魔導コンロで温めると、パンパンパン!と軽い爆発音が鳴り響き、皆がぎょっとして立ち止まり始めた。
「なんだ?どうした?」
「おい、危ねぇな、大丈夫かよ」
歩行者達がざわついて集まってくる。
ほどよく集まってきた買い物客が興味深そうに見守る中、フライパンの蓋を開けると、中にはもくもくとした白いポップコーンがいっぱい。当然ながら、ここの人達はこんなものは見たことがなくて、それが何なのか、見当もつかなかった。
「なんだそりゃ?食えるのか?」
「おい、トーマス、何を始めたんだ、お前」
「いーから、食ってみろよ。ほら、まずは基本の塩味から食ってみろ。今日はとりあえず味見だ、味見。気に入ったら買ってくれ」
トーマスが作ったポップコーンに、アルノーが調味料を混ぜて、見物客に配り始めた。
「お、なんだこりゃ、うめぇな!」
「軽い食感だな。何なんだ?これは」
「…それはまだ内緒だ。もうちょっと違う味も食ってみろ」
アルノーがしょうゆバター味も出してきた。
「なんだ、この香ばしい味。あと引く味だな。なんの調味料使ってんだ?アルノー」
「これは港町から新しく仕入れた、ショウって調味料ですよ」
「へぇ…」
ポップコーン売り場は、わいわいと人だかりができ始めている。
「アルノーさん、今度はこれをお願いします」
「これ、なんだい?ニカちゃん」
カレー粉の器を渡されたアルノーは、興味深そうに匂いを嗅ぐ。
「なんか……すっごい変わった香り。でも、美味しそうだね」
アルノーはわくわく顔で、ポップコーンにカレー粉を適量混ぜて味見をした。
「うまっ!なんだこれ。これ、なんていう味なの?こんなの、うちにあった?」
「これはスパイスを数種類混ぜたんですよ。“カレー粉”って言います」
「あとで作り方教えてよ、ニカちゃん!」
「…いいですけど…これはほんとは特許が欲しいところですね」
可愛く顎を摘んで首を傾げ、ちょっと渋って見せたりしてみようかな。
「とっきょ?」
「まぁ…考案料みたいなものですよ」
「あはは!しっかりしてるね、ニカちゃん。さすが大店の子だけあるや」
そんなことをアルノーと話していると、トーマスの方では…
「ええ?家畜の餌かよ?」
「え?食えんの?これ?硬くねーのか?」
何時ぞやの見慣れた光景が繰り広げられていた。
◆◆◆◆◆◆
《ディーター・ロンメル》
「どうやら姫の思惑は成功したようだな」
ユリウスは腕を組んで、店先に作った販売エリアを少し離れた場所から見守っている。
「ほんと。ヴェローニカ様はすごいねぇ」
ディーターが感心したように頷いて見ていると、
「ディーター、今はニカ様かお嬢様と呼ばないと。またヘリガに投げられるわよ」
隣のリオニーにつつかれる。
今ヘリガは、ウルリカと一緒にヴェローニカの側で見守っていた。
「あ、やべ。…ヘリガ、マジ切れだったからね、あのとき」
ディーターは先日の夜の出来事を思い出した。
ディーターが余計なエーリヒの夜のプライベートを暴露してしまった、あの事件である。
先ほどユリウスにも、念話で念を押されたところだ。
『お前、今日はエーリヒのことには触れるなよ』と。
ここにいる侍女と護衛は本当にヴェローニカを溺愛しているな、とディーターは思った。
でも今回の療養と今日の外出で、短い時間ではあったが、ディーターには彼らがヴェローニカを大事にする気持ちが良くわかった。
そしてそれと同時に、きっと主のエーリヒもヴェローニカを大切にしているのだと思った。
だが……肝心のヴェローニカは、エーリヒのことをどう思っているのだろうか。
それについては、ディーターはまだ今回触れる機会はなかった。ヘリガ達からも、あのあとヴェローニカが取り乱したなどの話は聞いていない。
「ん?…なんだ、あやつらは」
ユリウスの低い声に、ディーターは我に返ってそちらを見た。
◆◆◆
「おいおい、誰の許可を取ってこんな道端で物を売ってんだ?お前ら」
がらの悪い連中が人混みの中から姿を現した。
その凄みのある声に驚いて、それまで美味しそうにポップコーンを頬張っていた大人や子供達がびくっと肩を波立たせて、後ろを振り向く。
「な、なんだ、あんたら。…誰の許可って、ここは俺の店の店先だ。許可も何もねぇだろうが」
「ああ?なんだと、てめぇ!誰に向かってそんな口利いてんだ!コラ!」
粗暴な雰囲気の男達は、ポップコーンを作っていた調味料屋の主人トーマスに難癖をつける。ぐるりと調理台を回り込んできて詰め寄り、居丈高に彼の胸をドンッと押した。
押し飛ばされたトーマスはよろめくように調理台に当たって転び、魔導コンロの上にあったフライパンを地面にひっくり返した。
ガシャーン!
フライパンが地面に転がる盛大な音が辺りに響き、それまで和やかだった商店街には、たちまち不穏な空気が広がる。
真っ白なポップコーンが地面に無惨に散らばった。
「トーマスさん!大丈夫ですか?」
地面に蹲ったトーマスに駆け寄って、怪我はないか様子を見る。
「あ、ああ。…大丈夫だ…」
どうやら怪我はないらしい。フライパンで火傷しなくて良かった。
だが作り立てのポップコーンが台無しだった。
急いで魔導コンロを消した。
これは……ショバ代払え的な、あれだろうか?だが本当にここはトーマスの店の店先なので、そんな必要はないはず。その辺は確認済みだ。
だいたいこの反社的な男達は誰?あんたらこそ、どこぞの組織の人間なわけ?
「大丈夫じゃねぇんだよ。誰の許可を取ったんだって聞いてんだろーが!ああ?!」
トーマスを押し飛ばした男は、さらに声を荒げて恫喝した。一歩踏み出した足元で、パリパリ…とポップコーンが踏み潰される音がする。
…食べ物を粗末にしやがって…
視界の端でヘリガ達が動く。それを軽く首を振って止めた。
今日は記念すべきポップコーンの店頭販売初日である。こんなくだらないことでケチがつくのは御免蒙りたい。
私は正直、恫喝されようが、殴られようが、慣れているので問題はないが。それに先にあちらに手を出させて責任をとらせるという手もあるな。
いやいや。それではお客様が怖がってしまう。まずは冷静に話し合おう。
「お待ちください。他のお客様のご迷惑になりますので、あちらで落ち着いてお話しくださいませんか?」
「ああ?なんだ、このガキ…」
トーマスを突き飛ばして歩み寄ってきた男に、とりあえず売り場から離れてもらおうと声をかけると、今度は私にいちゃもんを付け始める。それを見たヘリガが、「お嬢様」とさすがに私の前に庇うように立った。